希望のまち東京in東部
HOPE創刊号 希望のまち東京in東部はWebマガジンHOPE創刊号を2016年4月23日に発刊しました。宇都宮健児さんのインタビューです。PDFファイルで20MBあります。ブロードバンド環境でダウンロードください。Facebookをお持ちの方はコメント付でシェアしてくれると嬉しいです。
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希望のまち東京in東部第10回読書会「交換様式論」

希望のまち東京in東部は2016年7月30日(土)、第10回読書会「交換様式論」を江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催した。柄谷行人『世界史の構造』から「序説 交換様式論」を取り上げた。

構造主義は色々と考えていたが、最終的には体制の補完になったのではないか。社会構造を超克するかという答えを出さない。それはマルクス主義者の見方ではないか。権力は暴力で押さえつけるものという見方はナイーブである。文明社会が未開社会よりも素晴らしいとはいえない。共産主義が素晴らしい、人類の発展段階であるという主張への反論である。

サルトル論争はマルクス主義と構造主義の論争という面があった。マルクス主義に対する構造主義の勝利宣言であった。進歩史観、必然史観は最も幼稚なマルクス主義者の考えである。サルトルには同情する。個人の自由の捉え方は魅力的である。日本には最も欠けている。

タイトルに「構造」と入れたところに味がある。構造はマルクス主義者が嫌う表現である。しかし、下部構造、上部構造のように構造はマルクス主義者が使っていた。マルクス主義者は構造を下部構造、上部構造に限定して用いた。構造主義者は、それ以外の構造も見ている。構造主義の切り口は面白い。

マルクス主義者は進歩と遅れたものという二分法に毒されていた。それを構造主義が批判した。裸族が服を着ている文明人より劣っているという見方は傲慢である。支配階級のイデオロギーを支配されている人々が支持することはある。シンプルな権力批判は通用しない。現実は複雑である。マルクス主義者からすると柄谷さんに反発を覚えるかもしれない。

構造主義的な考え方は若年層にとっては当たり前である。社会を変えようという学生運動の世代とは異なる。高度経済成長、右肩上がりの経済で革命思想が修練するプロセスを経験していることは性質が悪い。サルトルは学生運動に支持された。それが収斂するプロセスで構造主義が登場する。

学生運動華やかな頃の大学生の進学率は低かった。だから学生運動が盛り上がったと言っても、世間的にはどうだったか。大学にも格差がある。学生運動を支えたものは他の大学の学生が多かった。東大生には巻き込まれたという意識がある。早稲田は3分の2くらいが体制派であった。大学を早期に正常化することを希望した。

サンカは山の民である。誇り高い人々である。サンカには様々な由来がある。古代朝廷に討伐された人々という説がある。日本は奥深い。マルクス主義は差別問題を解決しなかった。マルクス主義者は「権力者が差別を温存してきた」で済ませてしまう。沖縄は二級国民として扱われた。

日本人は昔から構造的な差別構造の中に生きている。差異と差別は違う。室町時代は人間の流動性が高かった。前近代は差別される側も独自の文化や誇りを持って対抗していた。差別は近代天皇制によって天皇を頂点としてランク付けられたことが問題ではないか。近代国民国家的な平等意識は逆に問題ではないか。最近の米国映画ではネイティブ・アメリカン(インディアン)を真っ当に描いている作品が多い。

東京都知事選挙は小池百合子候補が優勢とされる。多くの人は小池候補の積極支持ではなく、消去法で選択しているのではないか。小池候補は組織を向こうに回して戦っているイメージがある。一番分かりやすく差別化を図れた。鳥越俊太郎が古いイデオロギーを唱えていることに対して、若年層は「そのようなものではない」と感じている。若年層の保守化とは言い切れない。

石原慎太郎は差別主義者であった。障害者にも問題発言している。小池候補に対する厚化粧発言は増田陣営の大失点である。鳥越俊太郎は、はまらない。小池陣営には上手な参謀がいる。商品の売り方が上手である。有権者は消費者になっている。天気が悪いから投票しないなど消費者意識で選挙に行っている。

「アベ政治を許さない」は飲み屋で話す分にはいい。若年層の問題意識に応えなければならない。意識のある人とない人と分けることは嫌い。保守化という見方が古い。純血主義は発展しない。ちょっとしたところが変わると大きく変わるのではないか。サンダースの支持層に若年層が多い。アメリカは深刻なのではないか。

小池百合子都知事になれば利権にはメスが入る。利権と利権の奪い合いという側面があるとしても、利権が暴かれる。それは良いことである。ステレオタイプに右翼と否定すべきではない。空き家活用でコミュニティーを作る。国土交通省が空き家を低所得者向け住宅に活用し、補助金を出す方針を出した。

構造改革路線をどう評価するか。社会党右派が唱えてきた改良主義である。それは当たり前である。当たり前な内容であるが、社会党も構造改革路線を採らなかったことが問題である。政党があって個人がいる訳ではない。多様な人が集まって市民運動を進める。生活者をベースにする。

「国政革新のため」「安倍政権許さない」となると浮いてしまう。今回の都知事選がそうであった。宇都宮健児さんを当選させたいと活動することが市民運動である。四野党共闘が第一目的になっていないか。だから鳥越擁立を失敗とさえ思っていない可能性がある。民進党と共産党が並んで選挙活動をしたことを成功と考えているかもしれない。「住まい」と「暮らし」を考えていきたい。

次回は「序論 氏族社会への移行」「第1章 定住革命」を取り上げる。柄谷行人は刺激になる。

希望のまち東京in東部第9回読書会「世界史の構造」

希望のまち東京in東部は2016年7月16日(土)、第9回読書会「世界史の構造」を江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催した。柄谷行人『世界史の構造』を取り上げた。『トランスクリティーク』の続編のような位置付けの書籍である。

階級闘争では資本主義社会を超えた次の社会に到達することはできないのではないか。ソ連は生産様式を変えたが、国家は残っていた。インターナショナリズムは自然とやってこない。国家やネーションは単なるエージェントではなく、能動的なエージェントとして動く。下部構造を変えれば上部構造が変わるという簡単なものではない。生産様式ではなく、交換様式から捉え直す。絶対主義国家であっても絶対主義的な交換様式一本ではない。アジア的な農業共同体も国家として作られたものである。

ソ連は企業を国営化したり、農場を集団化したりしたが、国営企業や集団農場の取引ではルーブルを用いており、資本主義の取引と変わりない。生産様式を変えても交換様式は変わっていない。下部構造も変わっていないのではないか。

バブル経済の頃から資本主義が変わっていくと感じた。911から世界史が変わってきた。資本主義も変わっていく。社会主義の硬直した資本主義理解が混乱をしている。自称社会主義国家の中華人民共和国は今や最先端の環境破壊国家である。自由主義体制は巧妙な支配である。中国などはストレートな支配である。

奴隷制社会は人間が商品化される。資本制社会は人間の労働力が商品化される。歴史の終わりに対するNOの意思表示が『トランスクリティーク』である。『トランスクリティーク』は単純すぎた。『世界史の構造』で分かってきた。『トランスクリティーク』で読む以上のものが分かった。未来社会を語らないことが学者としての誠実性である。

互酬制は原始共産主義社会である。食べたい時に食べる。それは良いことか。文化的には国際化が伸展しているのに関わらず、ナショナリズムが勃興している。同質性よりも相違点を取り出して分断を作る。国家と国家の戦争は簡単にはできない。東北地方の工場が製造を中止すると世界の自動車の製造ラインが止まる。グローバリゼーションは当たり前のことである。

資本は食い尽くす。少し前は中国を生産拠点にしていたが、今はバングラディッシュである。権力にとっては中国人を移民させても良い。剰余価値を生み出す労働者である。ナショナリズムは国家に対して反乱を起こす。トランプ現象もサンダース現象もナショナリズムである。愛国運動である。サンダースを世界平和主義者とすることは勘違いになるかもしれない。サンダースは世界平和と言っていない。

マルクスは『ドイツ・イデオロギー』にて諸民族が共産主義革命を同時に遂行することが可能であり、それは世界交通を前提としていると指摘した。マルクスの時代に、この指摘がなされたことは驚くべきことである。これからはインターネットが武器になる。

ソ連が駄目になったから共産主義は駄目とは言えない。同じ轍を踏まないことが大切である。社会党・社民党が崩壊した理由は柔軟性、現実主義を持っていなかったことである。社民党は社会民主主義の政党であり、本来ならば共産党よりも柔軟になれる筈である。福島瑞穂参議院議員は社会主義者というよりもヒューマニストである。社会党には政権構想がなかった。自民党は社会党を野党として利用した。共産党が大きくなって革命を起こすと怖いと主張する。社会党幹部の愚かしさと失敗がある。

田中角栄はアメリカに対して物を言った政治家である。石原慎太郎は最初、安保条約に反対であった。共産党も「愛国の党」と言っていた。愛国反米という意識があった。石原慎太郎は共著『NOと言える日本』がベストセラーになった。日本会議の指導層は安保闘争の左翼学生運動に反対した人々が立ち上げた。左翼学生運動から暴力を振るわれた恨みがある。一水会は反体制右翼である。間違って引っ張られないようにしなければならない。新左翼の残党が出自を隠して勧誘してくる。

東京都知事選挙の鳥越俊太郎候補が本日午後6時に錦糸町に来る。外された宇都宮健児さんも可哀想であるが、満身創痍で連れ回される鳥越俊太郎さんは可哀想。週刊誌がネガティブキャンペーンをする可能性がある。内田茂・自民党都連幹事長批判キャンペーンが広がれば小池百合子候補の票が伸びるだろう。小池百合子候補はトランプ的である。

希望のまち東京in東部第8回読書会「貨幣とは何か」

希望のまち東京in東部は2016年7月9日(土)、第8回読書会「貨幣とは何か」を江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催した。前回に続いて、岩井克人『貨幣論』など貨幣について議論した。参議院議員選挙や東京都知事選挙の情勢も話した。

資本主義社会では貨幣が直接登場してきた。労働をすっ飛ばして金が金を生む。これが金融資本主義である。国民は労働なしで金が金を生ませたいという妄想に周期的に襲われる。銀行の合併でリストラされる従業員は膨大である。合併比率が高い方のやり方に合わせられる。

『下町ロケット』など池井戸潤は銀行員出身である。池井戸潤の小説を読むと凄まじいと感じる。ゲンダイの金融業務は身近な経済感覚とは異なる。大学で学ぶマルクス経済学やケインズ経済学とはギャップがある。

グローバリゼーションの中で資本は国家を超えた。そこにはIT革命や金融革命が寄与している。デリバティブなどが開発された。デリバティブはリスクをヘッジすることを目的として開発された。しかし、このシステムはリスクを引き受ける投資家が存在しないと成り立たない。リスクをヘッジするとは誰かに転嫁することである。「金融工学でリスクを管理する」は根拠のない過信である。

民進党も経済を発展させるという発想でしかない。それではアベノミクスになる。資金を増刷してもインフレにならない。勤労者の可処分所得が下がっている。アベノミクスも第三の矢で規制緩和による成長戦略を考えていた。そこは反対が強く、安倍首相の立場に立っても中途半端になっている。カジノや混合医療に否定的な人が多いが、反対するだけでは産業構造の転換にならない。衰退産業から成長産業に労働力を移動する。自然エネルギーへの転換を産業構造の転換に使えないか。

建設業界は政治と癒着しやすい。経済特区で容積率を緩和し、建設不動産業界がボロ儲けする。地上げ屋が横行する。住宅地の相続税の高額化もシステム的な地上げである。国家は金儲けのシステムである。

高層マンションは資産価値が上がるとは言えない。高層マンションを建てても入居希望者がいなければ資産価値は上がらない。高いマンションを禁止する方が空間の価値を高める。特区は発展途上国の発想である。日本のような成熟した社会では過去の思想である。中国は特区で進めたが、天津の大爆発など大混乱を引き起こしている。

兌換紙幣は金貨などと交換できるため、まだフィクションではなかった。不換紙幣は未来への信頼が失われる可能性がある。皆が認めれば貨幣になる。市民通貨を作る。昔は藩札があった。里山主義の中で地域通貨を流通させる。権力者から見ると国家を否定することになる。ネックは「いい車に乗る」など共通の豊かさの中に生きている幻想にとりつかれていることである。キプロス通貨危機に際してビットコインに換金して国外に持ち出す人がいた。通貨に色々な考え方を持ち込む。多様な選択肢を与える。

木村雅則「ソビエト・ロシアにおける貨幣制度の崩壊過程と復興」松本歯科大学紀要40号(2012年)からソ連の貨幣について議論する。ドイツの第一次世界大戦後のインフレは重い賠償金支払いや植民地収奪の劣化があった。インフレ解消にはレンテンマルク発行やドーズ案などの努力があった。ドイツは経済が崩壊する前にインフレを収束させた。インフレが起きても経済が崩壊しないとは言えないのではないか。

通貨ではなく、労働力価値を評するもの、労働時間票を発行することは可能か。不労所得は認めない。ソ連の不幸は戦時経済体制下で始まったことである。配給制度下の日本でも闇市があった。北朝鮮にも自由市場(チャンマダン)がある。もともとは自由市場を一切認めない計画経済体制であったが、現在は配給制度が消滅しており、自由市場は不可避である。日本では今でも煙草は煙草農家の私的処分が許されていない。

ロシア革命後のソ連でも自由市場(スハレフカ)は活発であった。市場と資本主義を一緒に考えるべきではない。ソ連の計画経済は手をつけていないことに手をつけてしまった。社会主義にロマンを感じた人々が強引に市場に手をつけてしまった。机上の理論を押し付けた。帝政ロシアの農奴は通貨を意識していなかった。その頃にも物々交換的な市場はあった。市場は、どのような経済体制においても必要である。

問題は中国である。この国はどうなるのか。資本主義よりも資本主義である。中国型国家独占資本主義である。中国人はロシア革命の失敗を見ている。中国は市場の真っ只中にあった国である。市場そのものを否定すると国家を否定することになる。一方で市場絶対主義は問題である。

市場経済は肯定せざるを得ない。資本主義ではなく、人間の生活として否定すべきものではない。計画経済より自由な市場の方が国民にとって好ましいことは当たり前のことである。これは資本主義と共産主義の優劣とは別次元の問題である。

市場は「神の見えざる手」以前に自然発生的に生じた。市場はイデオロギー以前のものである。市場は国民生活を支えてきた。貨幣が登場したことが問題である。貨幣は帝国が覇権を維持するために発行した。共同体同士が接触する時は戦争か市場になる。

商店街を重視したい。コンビニや「まいばすけっと」のような小規模店舗が救い。巨大なショッピングモールは問題ではないか。規模の経済へのナイーブな信奉がある。左翼も市場原理主義を批判しているだけで、全体最適の信奉者になっているように見える。「贅沢はできないけど、全ての命と生きる街づくりを一緒に」をキャッチコピーにしたい。便利になったようで生き難くなっている。都民が常に政策に関与していく。市民との双方向性で政策を作る。

NHK受信料はなくすべき。番組毎の課金式がいいのではないか。そうなれば権力者の顔色をうかがう必要がない。NHK会長選挙をすればいい。参加型にしていくことで民主主義は機能する。参加が楽しくなければならない。裁判員制度のようなものは義務であり、楽しくない。

『ランボー』はベトナム帰還兵の作品である。反戦要素もある。続編では単純な戦争映画になっていった。『ランボー3 怒りのアフガン』はアフガン戦争の泥沼にはまるソ連の崩壊を予言している。

東京都知事選挙の情勢が混迷している。市民派が過去の対立を引きずっている間に世間的には改革派の小池百合子氏と既得権益擁護の自民党都連・増田寛也氏の対決という構図ができつつある。増田寛也氏は借金など問題点が指摘されている。

一部市民の宇都宮健児さん嫌いの気持ちが強いことが理解できない。もう野党統一候補は厳しいのではないか。前回都知事選挙と似たような構図になる。市民派同士に対立があるために仕方がないが、世間的には共産党と民進党の野党間ヘゲモニー争いに映ってしまうのではないか。

ピュアな気持ちに対する嫌悪感がある。反共意識があるが、共産党を攻撃すると反撃されることが怖いため、宇都宮さんを敵視するのではないか。石田純一さんは応援隊長になればいい。都議会解散はありと思う。小池さんの提起は鋭い。「自民党が敵に回るならば、都民を味方につける」という発想である。

宇都宮健児都知事が成立したら、政策を問う都議会解散をして、都議を入れ替えて欲しい。ベクトルは違うかもしれないが、橋下徹大阪府知事・大阪市長の大阪維新の会の取り組みは大切である。東京が変わっていけば国政にも影響を及ぼす。東京は最大の一人区である。都知事選挙は大事な選挙である。

参議院議員選挙の東京選挙区では三宅洋平候補が当選圏内に入ったと色々なところで指摘される。以前は朝日健太郎候補(自民党)、小川敏夫候補(民進党)、田中康夫候補(おおさか維新の会)が5位6位7位争いをしていると見られた。衆議院議員以外は政党が必要か。地域の代表であって、政党の代表ではない。勉強会の間に事務所の前の永代通りを渡辺喜美候補と福島瑞穂候補の宣伝カーが走っていた。


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