希望のまち東京in東部
HOPE創刊号 希望のまち東京in東部はWebマガジンHOPE創刊号を2016年4月23日に発刊しました。宇都宮健児さんのインタビューです。PDFファイルで20MBあります。ブロードバンド環境でダウンロードください。Facebookをお持ちの方はコメント付でシェアしてくれると嬉しいです。
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希望のまち東京in東部第7回読書会「貨幣」

希望のまち東京in東部は2016年7月2日(土)、第7回読書会「貨幣」を江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催した。貨幣について研究した。

経済学は貨幣独自の存在理由についてあまり考察していない。マルクスは貨幣を研究しようとした。日本銀行が実体経済を無視してバンバン貨幣を刷っている。これは不自然なことではないか。一般に恐慌は供給過多、デフレをイメージするが、本当の恐慌はハイパーインフレである。

紙幣が紙屑になる。供給過多で会社が潰れることは市場の安定化作用の一環である。市場から淘汰されることで供給過多は解消されていく。一番恐ろしいことは紙幣が信用を失うことである。アベノミクスは危険な感じがする。自国の国債を日銀が引き受けるならば経済も何もない。

金融当局と金融機関の馴れ合い、国家独占資本主義論がある。国民を担保に借金を重ねる。未来を借りる。景気の右肩上がりを前提と考えている。富を増やさなければならないという強迫観念に囚われている。中央銀行は政府のインフレバイアスに依存してはならない。

金貨は価値があった。兌換紙幣も価値があった。不換紙幣はフィクションである。兌換紙幣を不換紙幣にしたタイミングで貨幣の価値がなくなる訳ではない。金融となると貨幣に振り回される。金融当局と金融機関の蜜月関係が崩れてきている。

ユーロがあるからギリシアは緊縮財政が求められる。ギリシアはユーロでなければ、高福祉の赤字財政を続けていてもドラクマが安くなるだけである。その結果、輸出が伸びて外貨が増える。だからギリシア単独で成り立っていれば「我が国は高福祉の赤字財政で良い」と考えても、それなりに経済は回る。

北欧はEUに冷淡である。国にとっては懸命な判断である。満員の風呂に皆が入っても湯がこぼれてしまう。人々にはEUの官僚制への反発がある。イギリスはユーロに入っていない。英語ができる人材の方がフランス語、ドイツ語ができる人材よりも多い。英国では若年層にEU残留派が多い。英国は海賊で成り上がった。人間の売買の主体にもなった。

貨幣には根拠がないとの主張が新鮮である。「山があるから登る」と同じである。持ち家を持たなくても良い。必要な時に住む。私的所有の終焉をどうするか。それを国有にしたことがソ連型共産主義の失敗である。

貨幣は持っている人間に都合よくできている。一方で持っている人ほど振り回される。ゼロが一個減るだけで滅茶苦茶貧乏になる。5億円が5千万円になったら首を吊ってしまう。貨幣は哲学的な議論になる。不思議な存在である。未開社会にも貨幣類似のものはある。首飾りや家畜などである。貨幣は多様であった。贈り物があって、返礼がある。先進国が本当の意味で「先進」とは分からない。

実体経済の金額と金融経済の金額がかけ離れている。信用収縮はまた起きてくる。そうでなければ資本主義社会は成り立たない。それで金持ちが吹き飛べばいい。しかし、政策当局と富裕層が結託しているため、富裕層の損失を国民に負担させる。いざとなったら庶民の血を絞り取る。

社会主義は無駄ではなかった。軍拡競争でソ連は破滅したが、アメリカにも打撃を与えた。最早、国は足枷である。金持ちがEU残留を求めている。放置しても滅びるのではないか。自滅の仕方によっては迷惑がかかるために気をつけなければならない。

希望のまち東京in東部第6回読書会「リバタリアン社会主義」

希望のまち東京in東部は2016年6月25日(土)、第5回読書会「国家と資本とネーション」を江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催した。柄谷行人『トランスクリティーク――カントとマルクス』の結論部分を対象とした。

トランスナショナリズムが起きている。通貨は近代国家の象徴であった。通貨を統合したEUはトランスナショナリズムを体現している。戦争を避けるために国家を超えるものをつくりあげていかなければならない。EUは理想的なことを始めようとしていた。

米英の生き残りのためのグローバリゼーション、金融資本主義が席巻した。それは悪い形のグローバリゼーションであった。虐げられているという認識にはズレがある。世界帝国に対抗する市民では弱いのではないか。お金を持っている人が、お金を持っていない人よりも幸せと思い込まされている文化がある。EUはドルに対するヨーロッパの防衛であった。

英国の国民投票でEU離脱が決まった。残留派はEUの改革に発言し、関与するというスタンスであった。国民は経済の損得勘定で考えた。スコットランド独立運動に火がつくのではないか。ナショナリズムには健全なものと不健全なものがある。綺麗なロンドンの街が移民によって汚されるという声がある。日本でも中国人への反発がある。

サンダースとトランプがくっついた形である。大損することは富裕層である。ブルーカラーは「ざまあ見ろ」と喜んでいる。EUはエリートが牛耳っている。上から目線で政策を下ろしていく。グローバリゼーションは避けられないが、どれが良いもので悪いものか。グローバリゼーションに対抗するものは、ネーションではなく、ローカルである。

スペインやイタリアやギリシアは魅力的な国である。魅力的な側面を奪うEUならばない方がいい。英国の選択も一つの選択である。イギリスがEUを抜けるとカナダやオーストラリア、ニュージーランドなどのアングロサクソン同盟が強化されるのではないか。日本は同盟国と言っても歯牙にもかけてくれない。

沖縄の独立論が出てくるかもしれない。沖縄米軍関係者の犯罪に怒っている。本土復帰は日本と同じレベルになれるという動機があった。実態は日本によって酷い目に遭っている。IRAのように怒ってもいいレベルである。ソ連も帝国主義であった。

移民難民でイギリスは怒っているが、経営者は怒っていない。企業経営者は残留派である。英国企業は自国民を蔑ろにした。企業の論理は人間を考えない。剰余価値しか考えない。

国民国家は同化を伴う。フランス発のものであるが、フランス絶対王政が前史としてあった。南フランスはパリとは別の文化圏であった。トゥールーズはトロサと発音していた。アルビジョア十字軍などで弾圧され、同化させられた。

絶対王政が弱かったスペインでは今でも地方文化の独自性が強く、独立運動を抱えている。江戸時代に国家意識が存在したか。ヨーロッパの王朝は複雑である。イギリスはドイツのハノーヴァーから国王を迎えた。

安倍首相は改憲提起の流れに参考にするだろう。「アベノミクスは駄目だった」との主張には「初期の頃は良かった」との反発が少なからずある。民主党政権は過剰に批判されている。民主党政権は「トライしてエラーだった」ということで、トライしただけでも評価に値する。

柄谷行人に消費者運動が出てくるところが教条的なマルクス主義とは異なることである。生産過程だけではなく、消費過程も考える。新左翼は消費者運動を欺瞞と捉える。左翼運動家の一部が左翼運動を止めて生協運動に取り組んだ経緯がある。取り残された新左翼が消費者運動を欺瞞的と酷評した。

消費者運動には不買運動がある。表示を求める運動がある。剰余価値のためだけに商品をつくっても駄目である。消費者に支持されるように生産者が変わるか、淘汰される。消費者は生産者でもある。今の協同組合が消費者の利益となっているか。組合員の出資だけで成り立っているか。

投票率は非常に低い。掘り起こししなければならない。地に足がついた運動が大事である。生協の個別宅配は便利である。買い物難民の救済になる。生協運動の取り掛かりになればいい。

現役世代には「戦争が起きる筈がない」と反発する人々がいる。それはシニア世代が戦前と重ね合わせて主張することにリアリティを感じない。やはり戦前と戦後は異なる。均分相続や男女平等など日本社会は大きく変わっている。仮に憲法9条が改正されても、戦前のような社会になるとは考えていない。

但し、安倍首相に反発が高まった背景は戦前の家制度的な社会に戻したいということを感じたためではないか。この反発は野党支持に必ずしも回らないが、安倍首相は軌道修正を余儀なくされた。東京大空襲のように日本が攻撃されなくても、アフリカや中東に自衛隊を何年も派兵し続ける戦争は起きるかもしれない。新聞に小さく「本日の戦死者」欄ができる社会になるかもしれない。

大変な犠牲の上に成立したシステムが国際連合である。これを活用することなしに人類の未来はないのではないか。現実に日本は軍隊を持っている。国連に軍隊を委ねることは矛盾の先送りになる。しかし、日本の平和運動は平和的生存権に立脚しており、国連軍でも許容できないのではないか。

福祉国家は国家主導である。国家、資本、ネーションから抜けられない。リベラルな社会主義は国家に消極的である。共和党はリバタリアンである。国家からの自由を目指す。リバタリアンも「貧乏人は死ね」ではなく、教会のセーフティネットがある。セーフティネットを国家が構築することには反対する。銃保持を憲法上の権利としている。戦争をしているくらい死んでいる。せめて機関銃は禁止して、拳銃のみにするということは考えないのか。アメリカのリベラルは本来の自由主義とは異なる。

マルクスとエンゲルスは資質が異なっていたからいい。マルクスは皮肉が強い、エンゲルスは情がある。所有欲は人間の最も卑しい衝動である。所有欲と書いて金銭欲と書いていない。国家は暴力装置がないと成り立たない。支配のための手段である。マルクス的に言えば階級支配のための装置である。

私的所有を否定することは問題ではないか。生きるためには、ある程度の所有が必要である。そこを否定するからマルクス主義など全てのユートピア思想は失敗するのではないか。最も卑しいものは高級レストランで食事をするような見せびらかしの浪費であり、それは所有欲とは別ではないか。紙幣は流通するから価値を持つ。紙幣に根拠はない。次回は貨幣について研究する。


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