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HOPE創刊号 希望のまち東京in東部はWebマガジンHOPE創刊号を2016年4月23日に発刊しました。宇都宮健児さんのインタビューです。PDFファイルで20MBあります。ブロードバンド環境でダウンロードください。Facebookをお持ちの方はコメント付でシェアしてくれると嬉しいです。
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希望のまち東京in東部読書会第13回「国家と貨幣」

希望のまち東京in東部は2016年9月10日(土)、第13回読書会「国家と貨幣」を江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催した。柄谷行人『世界史の構造』から「第2部 世界=帝国」「第2章 世界貨幣」「1 国家と貨幣」「2 商品世界の社会契約」「3 『リヴァイアサン』と『資本論』」を取り上げた。

本書は真剣に読むと厄介である。柄谷の文章は「ここは無視していい」というものはなく、つながっている。そのつながりも尋常一様でなく、読むほどに深みを帯びる。商品交換(交換様式C)は個人と個人よりも共同体と共同体の間のものである。商品交換は国家や共同体に支えられて存在する。国家を単なる暴力装置と見るような通俗的マルクス主義を批判しているのではないか。

前回の読書会で国家の成り立ちを共同体の交易を可能にする「場」として始まったと述べた。そのような都市国家間の「交易」と「戦争」を通して、大きな国家が形成された。都市の形成は国家の形成と切り離せない。言い換えれば、交換様式B と交換様式C(商品交換)は不可分である。ここでは国家の形成、市場と交換様式C(商品交換)が必然的に結び付いているとした。

本書は、高利貸し資本が資本主義的生産様式に先行して存在していたとマルクスが指摘していたと述べる。これは新鮮である。通俗的なマルクス主義者の認識とは異なる。通俗的マルクス主義者のマルクス像とは異なるマルクス解釈を提示するところに柄谷の面白さがある。

高利貸し資本が資本主義的生産様式に先行して存在していたことは歴史的事実である。高利貸し資本が存在していなければ、鎌倉時代に徳政令は発せられなかっただろう。通俗的マルクス主義を拒否する理由として唯物史観が大きいのではないか。産業資本、金融資本というような歴史を発展的に見ることは現実に反して無理があるのではないか。

貨幣は抽象物である。そのものは価値を持たない。誰でも自由に行き来できる場所としての存在である。労働価値説では既存の資本主義体制に対抗できない。そこを理解しない左翼が問題である。マルクスも労働価値説を最後まで捨て切れなかったのではないか。

マルクスは多くの点で古典派の考えを受け継いだ。価値の実体は「抽象的労働」或いは「社会的労働」であると。しかし、価値の実体は商品に内在するのではなく商品と商品の交換を通してしか、価値形態を通してしか発現されない。つまり、商品の価値は商品と商品の《関係》においてしか考えられない。抽象的・社会的労働といったものは、商品と商品が等値される関係から生じる貨幣(一般的等価物)を通して事後的に与えられる。

奴隷は人間が人間自身を貨幣材料にしたものである。一方で土地を貨幣材料にしたことはない。不動産バブルに重なってくるのではないか。貴金属だから貨幣に価値がある訳ではない。任意に分割しうる、諸部分が一様である、その使用価値が耐久的である。背景に社会的労働時間があった。

アメリカの金兌換停止は金の流出を止めようとした。金の価値を認めているから兌換を停止した。アメリカはレアメタル、石油、穀物など国際商品を取引所によって押さえている。これはアメリカが覇権を維持する理由ではないか。民族紛争や宗教紛争に見える国際紛争も資源の取り合いという面がある。アメリカは突出した軍事費をかけている。

金融資本主義は現物資産と資本のバランスが取れていない。架空である。バブルである。実経済とフィクションが乖離している。実体経済を伴わない資金が動いている。コモディティ・バスケットとして物と資金を同じレベルにするという考えが出ている。ペーパーマネーの信用が失墜に向かっている。それならば新しい兌換紙幣としてのコモディティ・バスケットは、今後かなり有力な案として浮上してくる可能性がある。

新築マンションが需要を無視して建設されている。近いうちにバブルが崩壊すると分かっていても建築している。不動産の評価は人の思惑に過ぎない。不動産バブルはフィクションである。不動産屋には錬金術と信じていた人がいる。明日破綻すると分かっていても投資している。ババ抜きをしていた。皆がババを持っていた。

日本はケインズ経済学の影響が強い。バブルを批判するならばケインズの信用創造を批判しなければならない。債権者が債権回収のために貸しはがしに走ることは合理的な行動になる。その結果、社会全体の信用収縮が起きるとしても、合成の誤謬と否定できないのではないか。左翼は市場原理主義批判で満足しているが、自分達が学んできたケインズ経済学を批判することが先ではないか。

左翼は意外とケインズを信奉している。アベノミクスもケインズ経済学のような公共事業による有効需要の創出であった。左翼のアベノミクス批判は富裕層ではなく、庶民にばら撒けという批判になりがちである。金を流すという点ではアベノミクスも左翼も変わらない。

日本の政党には均衡財政派がいない。自民党にはいたが、大蔵官僚あがりであり、省益が露骨である。アメリカ共和党のキングリッチ改革のようなスマートさはない。メディアは経済産業省派と財務省派の対立として描けていない。金融庁が規制官庁として独立したおかげで貸金規正などが推進されたのではないか。

ケインズの呪縛から脱出できていない。竹中平蔵は政権によって意見を変える。当初はケインズ経済学的であった。小泉政権の時に新自由主義になった。江東区の中小企業若者就労マッチング事業はパソナが受託している。次回は「4 世界貨幣」「5 貨幣の資本への転化」「6 資本と国家」に取り組む。

希望のまち東京in東部第12回読書会「国家の起源」

希望のまち東京in東部は2016年8月20日(土)、第12回読書会「交換様式論」を江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催した。柄谷行人『世界史の構造』から「第2部 世界=帝国」「序論 国家の起源」「第1章 国家」を取り上げた。

交換様式は(A)互酬、(B)略取と再分配、(C)商品交換、(D)高次元での互酬の四パターンに分類される。これは歴史的な発生順に並べたものである。これに対応して社会構成体は(A)ネーション、氏族社会、(B)国家、世界帝国、(C)資本制社会、近代国家、(D)未来社会、世界共和国になる。

国家は外の国家に対して存在する。これは柄谷さんの特徴的な見方である。互酬原理は定住や備蓄により生じる階級分解や権力の集中を抑制した。この段階では、どれほど規模が大きくなっても首長制国家にしかならない。農業から国家が始まるのではなく、国家から農業が始まる。下部構造が上部構造を規定するとは限らない。農業の起源は農村ではなく、技術者が集まる都市にある。交換する場として都市が始まった。

産業革命も機械の発明からではない。マニファクチャーによる分業と協業という労働の組織化から始まった。人間的労働を機械化することが機械自体よりも重要である。これはマルクスが資本論で考察している。さらに柄谷さんは国家が自立性を持ち、生産様式を改革する。江戸時代もマニファクチャー段階には到達していた。それは国家が主導したのか。江戸幕府には世界市場も海外植民地もなかった。

四大文明の発祥地は農業に最適な場所ではなかった。征服は国家をもたらなさない。征服は一時的な略奪を生むだけである。絶対的な主権者は外から来る。支配共同体と被支配共同体の交換により、征服という事実が当事者達から否認される。日米安保条約を連想した。基地の提供という貢物に対して極東の安全を再分配する。それでアメリカと日本が対等な関係にあると擬制する。物語が必要である。恐怖支配は続かない。

国家において重要な役割を果たすものは宗教である。神殿は再配分すべき富の貯蔵庫である。再配分を行う首長が祭司である。氏族共同体から国家へ。何千年前と比べて私達が進歩しているとは言えない。宗教は面白い。神殿で拝むことも精神的な再配分である。

靖国神社は論理的な矛盾が多い。会津の人々は靖国神社を認められない。戊辰戦争で官軍側の戦死者を祀るようになった。千鳥が淵で良い。国のために雄々しく戦った戦死者は空襲犠牲者などの民間人死者とは別扱いして欲しいという遺族感情がある。A級戦犯は国に仇名した存在ではないかという議論がある。

靖国神社境内の隅に「鎮霊社」がある。靖国神社に合祀されていない内外の戦争犠牲者を広く慰霊するための社である。靖国神社への批判を避けるアリバイ的なものである。安倍首相は靖国神社本殿に加え、鎮霊社にも現職首相として初めて参拝した。明治時代の神仏分離令布告が廃仏毀釈に進展した。この廃仏毀釈が寺院に与えた損失ははかりしれない。

ハムラビ法典「目には目を」は一般にイメージされているように「やられたら、やり返す」ではない。血讐(マイナスの互酬)の否定である。目には目以上のものを復讐することはできない。「倍返し」は許されない。勝手に復讐してはならない。上位者である国家の裁定により解決する。

互酬を復活できないか。しかし、生産者協同組合の交換様式Xは捉え難い。現実可能な選択肢は何か。平和で拡張的な市場経済になるのではないか。経済の拡張が成り立たない。トントンまたは縮小均衡を考えていかなければならない。パイの拡大はないという前提で議論しているので、「パイを拡大すれば皆がハッピーになれる」では前提を逸脱する。昭和の高度経済成長を是とする発想ではないか。それに古さを感じる。

どうして運動に市民が広がらないのか。「集団的自衛権は悪」を先に言うと、そっぽを向かれる。事実を提示して考えさせる。Facebookでも問題提起だけの投稿の方が、「いいね」などのリアクションが大きい。自分の結論を書いた投稿はリアクションが少ない。発想のヒントを出して、結論は読者が考えればいい。その方が多くの人を引き込む。問題を提示しただけでもメッセージになる。相手の自由性を奪い取らない。

専制国家は一種の福祉国家である。ウェーバーは西ヨーロッパで福祉国家的な社会政策が出てきたのは絶対主義王権からとする。ファシズムが悪いとは単純に言えない。様々な背景があって生まれた。日本の社会はアジア的共同体である。近代になって戦争が必要で、そのための福祉政策が導入された。ヨーロッパ型になることが正しいのか。

マルクスのアジア知識には限界であった。ステレオタイプな見方をした。アジアを帝国と理解していた。アジア的なものを特殊性として認識した。

官僚制の発達は土木事業からであった。エジプトの官僚は奴隷であった。官僚制は王と臣下の間に互酬的な関係があると成り立たない。封建的な武士団は官僚制ではなかった。「君、君たらざれば、臣、臣たらず」の意識がある。江戸時代も下級武士はサラリーマン化しつつあったが、それでも封建的主従意識は残っていた。主君押し込めがあった。明治維新になって全ての国民が天皇の奴隷になったから、官僚制が成立した。「宮さん、宮さん」は国民への示威行動であった。

互酬制は遠いところではない。僅か数世代前である。韓国の歴史ドラマを見ていると日本の歴史との違いを感じる。朝鮮王朝では官僚制が成立している。古代日本では表面的に律令制を導入したが、官僚制にはならなかった。人類の歴史の大半は互酬制であった。

日本では互酬制を復活しやすいのではないか。藩を復活できるのではないか。日本の国体のスタイルは脆弱ではないか。本来の神社は統一的なヒエラルキーではない。左翼的イデオロギーではなく、自分の地域の神社を大切にしよう。国民の意識に敏感になる

小池百合子都知事は誰とでも会う人である。右翼と決め付けることはできない。革マルとも懇意と指摘される。スタート段階から叩いても仕方ない。東京都の利権を精査する。鳥越俊太郎が都知事になるよりも面白い。小池新党から市民派が出るということもいいのではないか。猪瀬直樹元都知事も都議会の利権問題に発言している。

四野党共闘に筋がなければ乗らなくてもいい。実際に小池さんに投票した市民派も多かった。有権者は愚かではない。築地市場の豊洲移転はどうするか。内田利権が絡んでいる。延期するだけでは地元江東区にとっては迷惑である。リオからの帰国後の都知事発言に注目する。

ブントの存在感は大きかった。ソ連の影響を受けない日本の社会主義者の運動であった。学生運動から転向して右になった人々は、日本共産党嫌いである。命をかけて戦う気持ちでいたのに平和路線に変わってしまった。日本共産党への失望を抱いた。この世代の日本共産党嫌いは理解できる。

ブントの反米はナショナリズムと通じている。イデオロギー闘争であるよりもナショナリズムのあり方の闘争であった。愛国主義とは異なる。右翼・左翼と区別しない方がいい。アメリカも駄目であるが、ソ連の言いなりにもならない。

ナショナリズムは力がある。沖縄の闘いはイデオロギーではない。市民運動にとって厄介である。日本会議などの似非ナショナリズムの似非を明らかにしたい。右翼批判よりも似非批判をすべきである。ネット右翼からも安倍首相は酷評されている。日本という枠でごまかされている。国家ではなく、郷土愛である。

他者を知る。分かれば大丈夫である。勝手な情報だけで思い込みで判断しない。中国人が皆、日本と戦争したがっていると考えることは間違いである。今の中国だけで中国を量れない。中国の国家観は違うだろう。共産党政権が終着駅とは思っていない。日本が騒ぐほど危険な国ではない。遊牧民族が動き出すとヨーロッパが変わる。

次回は「第2部 世界=帝国」「第2章 世界貨幣」「1 国家と貨幣」「2 商品世界の社会契約」「3 『リヴァイアサン』と『資本論』」とする。次々回は「4 世界貨幣」「5 貨幣の資本への転化」「6 資本と国家」とする。



希望のまち東京in東部第11回読書会「定住革命」

希望のまち東京in東部は2016年8月6日(土)、第11回読書会「定住革命」を江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催した。柄谷行人『世界史の構造』から「序論 氏族社会への移行」「第1章 定住革命」「第2章 贈与と呪術」を取り上げた。東京都知事選挙結果についても議論した。

『世界史の構造』は、交換様式から社会構成体の歴史を見直すことにより、現在の資本=ネーション=国家を越える展望を開こうとする企てである。柄谷行人は通俗的なマルクス主義の弱いところを補填している。柄谷を読むと自分の理解力が問われる。

柄谷は生産様式ではなく、交換様式をポイントにしている。バンド(小さな家族集団)社会から氏族社会への移行に着目する。互酬には否定的互酬もある。仇討ちやマフィアの掟などがある。進歩史観では未開性ばかりが強調されるが、互酬の文化は今も生きている。文化人類学は発見型から論争型になっている。人間は、あまり変わらない。一直線に発展している訳ではない。

定住化が呪術を生む。移動時代は使者を打ち捨てていた。定住社会になって死者をそばに意識するようになった。マオリ族は贈与された物に呪力が宿ると信じる。与えたものは所有権を失うということではない。贈与を受けたならば返す。商品交換は異なる。商品交換は「所有」の社会であり富の蓄積を生じ「差違と権力」を産む。氏族社会は兄弟同盟のシステムである。強権的な父親(権力)を殺すことで解放される。

共産主義者は富の平等に関心が偏る。交換様式を見ることで自由を重視し、マルクスの欠陥を補えるのではないか。これは若年層が抱くマルクス主義への嫌悪感を克服できるのではないか。柄谷が所謂マルクス主義者から何だと言われるところかもしれない。共産主義嫌いの人も来て議論したい。

社会は固定したら滅びる。動いていなければならない。ところが、人間は富を得たら出したくない。遊牧民と定住民は価値観が異なる。西欧の価値観で中東を量ってはならない。中東の遊牧民では富がたまった人間は皆に配らないと殺される。定住から国家が生まれる。氏族社会は富が偏らないようにしている。氏族社会は一定以上の規模にはならない。

近親相姦をした部族は消滅する。だから近親相姦が悪いという知恵は伝わらない。譲渡、反対給付の関係で婚姻が行われている。そのような集団が残っている。これが構造主義の科学的なところである。柄谷は構造主義とマルクス主義を両立させている。構造主義は共産主義攻撃に使われてきた。構造主義は様々な分野に広がっている。難しいが面白い。構造主義は事実を事実として説明する学問である。何故か、いいか悪いかではない。

貨幣による商品交換は、ある種平等である。貨幣を持っていれば、鼻つまみ者でも被差別者でも商品を購入できる。コミュニティーから排除された人でも貨幣があれば生きていける。今の日本のワーキングプア層に互酬コミュニティーが魅力的に映るか。柄谷は高次の互酬性社会をイメージしている。

東京都知事選挙で小池百合子氏が当選した。自民党も野党も古い市民も負けた。古いエスタブリッシュメントに対する反発があった。公明党支持層の方が増田候補支持に熱心であった。小池氏が本当にジャンヌ・ダルクか否かは別として、有権者の意識はエスタブリッシュメントへの反発があるのではないか。労働条件が昔とは異なるのに旧態依然とした労働運動を続ける労働組合への反発がある。労働組合も日本共産党も、ある種のエスタブリッシュメントと見られている。古い市民運動グループは政党と同じ考え方しかしていない。

ブントは魅力的である。柄谷行人もブントであった。自由な雰囲気があった。組織や規律が弱い。組織作りは大衆闘争の中でしかあり得ない。革共同はイデオロギー臭が強くなる。路線争いで人殺しにまで至る。ブントにも問題点や時代的制約もある。西部邁もブントに加盟していた。大衆運動に幻滅して大衆を蔑視する側に回った人もいる。

米国大統領選挙は既存のエスタブリッシュメントに反対する人々がトランプとサンダースに分かれた。この傾向は世界に波及している。ナショナリズムは右からも左からも出てくる。鳥越俊太郎はエスタブリッシュメントであった。現実を見ていない。鳥越候補だから落選したと考えればいい。サンダース上院議員はイラク戦争が間違っていると堂々と主張した。

組織はヒエラルキーになるところが問題である。柄谷は、くじ引きを提唱した。党から落とした政策ではなく、地域の政策を吸い上げていく。政策論を徹底的に行うことは、地域の切実な問題を提起することである。市民は権力者を目指した瞬間に市民でなくなる。政党は万能な集団ではない。実は脆弱である。

靖国問題は分かっていない。天皇は靖国神社に親拝していない。A級戦犯が祀られている。昭和天皇はA級戦犯合祀後に参拝していない。もともと戊辰戦争の官軍側の戦死者を祀っている。戦争遂行のために靖国神社が生まれた。

セクトでは思想が少し違っただけで分断が起こる。柔軟性がない。そこが党派の駄目なところである。身内で殺し合いを始める。その弊害を学ばなければならない。もっと柔軟にならなければならない。純粋性ではなく、多様性が重要である。民主主義は非効率である。運動体が個人の持つ資質の違いを許容できるか。喋れない人の発言を待つ。

安倍政権は働き方改革を進めようとしている。これは労働者にとって歓迎できる内容になるかもしれない。働き方改革には社会的ニーズがある。日本的経営を懐かしむ古い労働運動は抵抗勢力になるかもしれない。

市民運動が政党に利用される懸念がある。東京都知事選挙で生じた亀裂の修復にも市民運動が利用されているのではないか。政党は自己の誤りを認めようとしない。政党の方から頭を下げることがせず、市民運動が用意した席に参加して一緒に笑顔で写真に収まることで亀裂がないことをアピールしているのではないか。

時給1500円の運動は分かりやすい。公明党は最低賃金時給1000円を主張している。自給1000円で年収いくらになるか。時給1500円でも年収300万円にもならない。しかし、若者の主張には左翼側からも中小企業が耐えられないと潰しにかかる。同情すべき中小企業が雛形にならない。社員を搾取して社長は贅沢三昧という中小企業もある。中小企業問題は難しい。個別的に見なければならない。

新銀行東京はバブル破綻で失敗した不動産業者にむしりとられた。悪質な中小企業に食い物にされた。2003年に東京都知事石原慎太郎の選挙公約(中小企業対策)に基づいて発足した。運営僅か3年で1000億円近い累積赤字を抱え事実上の破綻に至った。中小企業が日本経済を支えていることは事実であるが、伏魔殿である。利権は思想信条など関係ない。

共産党と言えば中国共産党になる。国家として対峙している。中国は共産主義政権ではなく、共産党政権である。ソ連は計画経済を推進して自滅したが、中国共産党は放棄した。党に対する貢献度で評価される。ジャッキー・チェンが中国人民政治協商会議委員に選ばれている。

蓮舫参議院議員が民進党代表に最有力とされる。蓮舫議員は野田派であり、利権誘導が激しい。安倍首相よりも汚いかもしれない。汚職できることも民主主義かもしれない。

次回は一週あけて8月20日である。「第2部 世界=帝国」「序論 国家の起源」「第1章 国家」を取り上げる。


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