希望のまち東京in東部
希望のまち東京in東部事務所では以下のイベントを定期開催しています。
・毎週木曜日午後6時半から8時半まで市民カフェ
・毎週土曜日午後2時から4時まで読書会
参加者には「空き家活用と投資用マンション問題」などの資料を配布しています。
※予定は変更されることもありますので、希望のまち東京in東部Webサイトをご確認ください。
HOPEは希望のまち東京in東部が発行するWebマガジンです。 HOPE第1号は宇都宮健児弁護士のインタビューです。
HOPE第2号(2016年10月26日)はAEQUITAS(エキタス)特集。藤川里恵さんのインタビューです。
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希望のまち東京in東部市民カフェ第161回「事業としての介護」

希望のまち東京in東部市民カフェ第161回「事業としての介護」が2017年8月24日(木)、東京都江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催された。

訪問介護は参入のハードルが低い。介護施設経営は、それなりの施設が必要である。自治体が供給のコントロールをしている。自治体の増設計画に乗れるか。自治体に認められないと開設できない。施設には収容人員に対する職員数が定められている。グループホーム経は小規模のため、空き家活用が可能かもしれない。

医療福祉施設は3K職場になっている。安楽死ではなく、片付け死のようなものが横行しているのではないか。施設は作業がルーチン化している。ブラック企業も多い。横浜市の大口病院では点滴への異物混入で、患者が相次いで中毒死した。立正佼成会附属佼成病院では患者の長男が患者の経鼻経管栄養の注入速度を勝手に速めていた。

医療福祉の分野は広い。立正佼成会附属佼成病院裁判は自己決定の問題がある。病院が患者の生死を左右する「キーパーソン」を勝手に指定できるのか。家族が同意したのか。このような「キーパーソン」を医療の中で定めることなどできる訳ではない。医の倫理にもとる。これを許せば「キーパーソン同意殺人事件」も可能になってしまうのではないか。

地域に顔が見える形にする。そこが難しい。町会では捉えられない人が福祉を必要とする。社会運動が労働運動のような要求するだけの運動ではなく、生協運動のように自ら生産に関わる運動に取り組むべきではないか。そのような問題意識は多くの人が持っている。日本の社会運動は政党の系列化している面がある。

これから認知症は増えるだろう。年齢が上がると認知症が増える。認知症にも様々な段階がある。人によって認知の出方が違う。要介護3は中程度の介護を要する。衣服の着脱に全面的な介護が必要。要介護4は重度の介護が必要。一人では立ち上がりができない。排便できるか否かは要介護認定の大きなポイントになる。要介護認定には不服申し立てができる。介護保険審査会に審査請求ができる。本人の状態に変化があった場合には変更認定を申請する。

在宅がいいか、施設がいいか。意識の問題がある。施設に入ることを勧めると、本人がそれほど重いのかとがっかりすることがある。国の方針は在宅を勧めている。身体介護は業務としては有資格者が行うことになっている。施設は無資格で募集していることがある。

事業所によって交通費を出すところと交通費を出さないところがある。交通費を出さないところは時給が高くなる。時給に含まれている。交通費でもらえる点の良いところは、課税所得が減るところである。訪問介護は日勤であるが、施設への勤務では夜勤がある。

一般のビジネスならば高い価値のあるものには高い値段が付けられる。ところが、介護は介護保険制度によって決まっている。レベルの高いサービスをしても高収入になる訳ではない。下手に頑張るよりも、法令通りのサービスをした方が儲かる。

混合介護は避けられないのではないか。利用者としても決まりきったサービスだけでなく、十割負担でもいいので介護保険外のサービスを受けたいという需要はある。便利屋でもいい。ポットやコタツの修理をしたことがある。将棋の相手をしたこともある。植木に水をやることが本人にとっては食事よりも切実な問題かもしれない。国で決めた作業以外の需要がある。変な規制がある。送迎は良いが、一方向だけの輸送は認められていない。

働き方改革とロスジェネ世代

林田力

希望のまち東京in東部市民カフェ第160回「働き方改革」では働き方改革が画一的な昭和の働き方を改革し、多様で柔軟な働き方の創設を目指していると報告した。これに対して、その昭和の働き方を変える意義は肯定しながらも、格差と貧困が問題であると指摘された。

ここでもロスジェネ世代(就職氷河期世代)の問題意識がある。格差と貧困では格差を生まないようにすることには熱心であるが、既にレールから外れた人々には関心が低い。それではロスジェネ世代は救われない。ロスジェネ世代が世代論にこだわらなければ救済されない。

この問題も働き方改革はカバーしている。働き方改革実現会議決定「働き方改革実行計画」(2017年3月29日)19頁は「就職氷河期世代や若者の活躍に向けた支援・環境整備」として以下のように指摘する。

「就職氷河期に学校を卒業して、正社員になれず非正規のまま就業又は無業を続けている方が40万人以上いる。こうした就職氷河期世代の視点に立って、格差の固定化が進まぬように、また働き手の確保の観点からも、対応が必要である。35歳を超えて離転職を繰り返すフリーター等の正社員化に向けて、同一労働同一賃金制度の施行を通じて均等・均衡な教育機会の提供を図るとともに、個々の対象者の職務経歴、職業能力等に応じた集中的な支援を行う。」

一般論としては格差と貧困は政権よりも野党の方が強い問題意識を持っている。そこは認めるが、この「働き方改革実行計画」ほどロスジェネ世代の視点に立っているか。

「働き方改革実行計画」の問題は「個々の対象者の職務経歴、職業能力等に応じた集中的な支援を行う」の具体的な内容である。置かれた状況は個々人で異なり、画一的な施策に馴染まない。上記のように表現するしかないところである。

希望のまち東京in東部市民カフェ第160回「働き方改革」

希望のまち東京in東部市民カフェ第160回「働き方改革」が2017年8月17日(木)、東京都江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催された。ロスジェネ世代の立場から働き方改革について報告した。多様な働き方があっていい。他者に自分の働き方を強制すべきではない。ところが皆が一緒でなければ気が済まない人がいる。それが働き方改革の抵抗勢力になる。

日本的雇用の恩恵を受けた世代は雇用制度改革を脊髄反射的に批判するが、それにロスジェネ世代は反発を覚える。年功序列や終身雇用などの日本型雇用は世界的にも稀である。そこを認識する必要がある。日本型雇用ではやっていけなくなった状況を直視しなければならない。そこが欠けていると働き方改革を理解できない。働き方改革に今まではしていなかった、余計なことをするなでは話にならない。

生産性の向上はポイントになる。働けば働くほど経済が発展するものではない。無駄な仕事には会議という名目の茶話会の接待である。菓子の購入やコーヒーを注ぐ仕事を求められる。意味のある会議をしているように見えない。他の仕事をしていた方が生産的である。

労働者のニーズは多様化している。介護や育児と両立する範囲で仕事を求める人は多いが、求人には長時間勤務か短時間勤務しかない。労働組合は労働者の個別的なニーズに応えない傾向がある。非正規労働者を代弁しない傾向がある。労働組合に相談しても対象にならないと言われたとの話を聞く。「安倍辞めろ」より労働組合改革が先でないか。

格差と貧困への対策が大きな問題である。ここでもロスジェネ世代の問題意識がある。格差を生まないようにすることには熱心であるが、既にレールから外れた人々には無関心である。それではロスジェネ世代は救われない。

東急電鉄・東急不動産の再開発の二子玉川ライズは地域の形を破壊する。楽天本社が二子玉川ライズの超高層ビルを一棟丸ごと入居した。楽天のようなIT企業が巨大な本社を持つ意味があるのか。楽天は二子玉川ライズに本社を移転してから低迷が続いている。百姓にも色々ある。付加価値の高い農業が登場している。

介護は重労働でスキルも必要であるが、保険制度もあり、利用者は低価格で利用できるものと思っている。そうであるならば混合介護のような方向性になるのではないか。介護施設に勤めると低賃金である。社会保険を考えなければフリーエージェント的なヘルパーは、それなりの収入が得られる。次回の市民カフェでは介護事業について議論する。

希望のまち東京in東部市民カフェ第160回「働き方改革」資料

林田力

働き方改革は長時間労働をなくす画一的規制と多様で柔軟な働き方の創設という二つの性格を持つ。どちらも会社人間や過労死をなくすという目的は通じるが、方向性が異なる。

前者は労働時間の上限設定や年休取得推進などである。電通過労自殺事件などへの対処療法的な性格を持つ。また、最低基準的な要素を持つ。

後者はフレックスタイム(時差通勤)や在宅勤務(テレワーク)、フリーアドレスなど労働の自由度を高めるものである。昭和の働き方を変えるという意味で改革の名に相応しい。

前者は規制強化、後者は規制緩和を志向する。両者は進め方にも差がある。前者は上意下達の強権的な方法で進めることができる。これに対して後者は現場労働者のニーズを吸い上げる必要がある。上意下達だけでは成功しない。

たとえば経団連の「働き方改革 CHALLENGE 2017」では会員企業が、(1)長時間労働の是正、(2)年次有給休暇の取得促進、(3)柔軟な働き方の促進に関する自主行動計画(KPI(注:数値目標)と行動計画)を策定することとしている。(1)や(2)は前者、(3)は後者となる。(1)や(2)は上意下達で進められるが、(3)は企業の工夫のしどころになる。それ故に自主行動計画になる。

働き方改革の評価が混乱する要因は、これら二つの異なる性格を混同していることが大きい。異なるものを見て評価するならば議論が噛み合わなくて当然である。ある人は砂糖を舐めて甘いと評価し、別の人は塩を舐めて辛いと評価する。意見が分かれることは当然である。



【労働者感覚】現場の労働者感覚からすると、前者は過剰労働で大変な状態の労働者にとって福音になる。しかし、そうではない労働者にとっては逆に働きにくくなる危険がある。「今日は勢いに乗っているから7時までぶっ続けで仕事しよう」というような働き方がしにくくなるためである。

企業にとって働き方改革は政府、労働基準監督署、経営者団体などから押し付けられたものという側面がある。それだけでは働き方改革がノー残業デーや20時消灯など前者の強制で終わってしまう。そのような企業の労働者は、働き方改革が働きにくくする規制強化との悪印象を抱くだろう。

これに対して後者は待ち望んでいたことである。根本問題は産業が高度化したにもかかわらず、工場労働者に最適化された画一的な労務管理が継続しており、それが不適合になっていることである。それが合わない人に別の選択肢を可能にする。

また、後者は労働者のニーズを吸い取らなければ成功しない性格を持つために、これまで言えなかったことを言いやすくなったという効果が生じやすい。一方で昭和の働き方に疑問を持たない向きには面白くない変化に映るだろう。



【労働運動】伝統的な労働運動は前者を重視し、後者を軽視する。これは労働運動が労働者に応えられていないと言われる所以である。軽視するどころか、後者を改悪と否定する傾向もある。

労働運動家が後者の改革に生理的嫌悪感を持つ背景には、後者を突き詰めると労働者の団結・連帯の基盤すらなくなってしまうかもしれない組織の事情もあるだろう。しかし、それは組織の事情であって、労働者の利益ではない。現場労働者の多様なニーズを吸い取らなければ労働組合の存在意義はなくなるだろう。後者の働き方改革を経営に提言するくらいを期待する。



【産業界】産業界は伝統的な労働運動とは逆に後者を重視する。後者は生産性向上という産業界の利益と合致する。雇用の請負化・裁量化の流れとも親和性がある。

経団連は「2016ワーク・ライフ・バランスへの取組み状況」で2016年の会員企業の取り組みを公表するが、取り組みの狙いとしては、多様性を掲げる企業が目に付いた。

・トヨタ自動車「多様な才能や価値観を持つ人材が活躍し、一人ひとりにとって魅力的な自己実現の場となる」

・イトーヨーカドー「多様なワークスタイルの創造に積極的に取り組んでおります」

因みに東急不動産だまし売り裁判原告としては、東急グループが一社も掲載していない点に注目する。東急不動産系列の東急ハンズではパワハラ過労死が起きた。ワーク・ライフ・バランスの点でも東急不買運動の正しさを実感する。



【政府】政府も究極のところは後者を重視していると判断する。首相官邸Web「働き方改革の実現」の説明は玉虫色である。

「働き方改革は、一億総活躍社会実現に向けた最大のチャレンジ。多様な働き方を可能とするとともに、中間層の厚みを増しつつ、格差の固定化を回避し、成長と分配の好循環を実現するため、働く人の立場・視点で取り組んでいきます」

「多様な働き方」は後者である。一方で「中間層の厚み」や「成長と分配の好循環」は昭和のケインズ経済政策の香りがする。また、「格差の固定化を回避」には格差と貧困という今日的な問題意識が盛り込まれている。

これに対して、働き方改革実現会議「働き方改革実行計画概要」(2017年3月28日)は、より明確である。ここでは「日本の労働制度と働き方にある課題」として以下の3点を挙げる。

1.世の中から「非正規」という言葉を一掃していく

2.長時間労働を自慢するかのような風潮が蔓延・常識化している現状を変えていく

3.単線型の日本のキャリアパスを変えていく

3は多様性そのものである。この姿勢は1の解決方法にも影響する。1は総論賛成の論点であるが、どう解決するかは議論がある。複線型のキャリアパスは、皆を正社員という単一の雇用形態ではなく、昭和の働き方の改革を志向する。

2は面白い表現である。単純に長時間労働をなくすならば労働時間の短縮を掲げることが直接的である。ここには会社員時代に付き合い残業をしなかった安倍首相個人のカラーが出ている。これも一律の労働時間規制ではなく、昭和の働き方の改革を志向する。

但し、長時間労働を自慢する風潮を変えるだけでは、仕事ができない人が長時間労働となることへの問題意識の答えにならない。この点は高度プロフェッショナル制度の賛否の議論などで溝が生まれるところである。

ここまで書くと政府にとって前者を取り組む意味がないように思えてくるが、一定の意味はある。まず官僚は画一的規制が大好きである。官僚にとって手っ取り早い手法である。政権の働き方改革の真髄を捻じ曲げてでも、画一的規制に走るだろう。

次に新自由主義改革は往々にして労組弱体化とリンクする。それが新自由主義改革の目的であるかは議論が分かれるが、少なくとも効果はあった。これまで残業時間は労使協約で決められていたが、そこに法律で上限を定めることは、集団的労働関係から個別的労働関係にシフトすることを意味する。



【管見】働き方改革は昭和の働き方の改革である。選択肢を増やすことが大切である。9時から5時まで働きたいという人は今まで通り働けば良いが、全ての労働者がそれに合わせなくてもいい。そのような選択肢を作ることが大切である。

批判者には昭和の働き方の既得権を守るという視点が強いように感じる。昭和の働き方を改革するという立場に立てば、昭和の働き方が異常だったという視点が必要である。昭和の働き方に郷愁を抱くことは自由であるが、それを他者に強制することはできない。選択肢を増やすことは否定できないのではないか。

選択肢を増やすこと、多様な働き方が生まれることに対して、それ自体を格差が生まれる原因と見る向きもある。しかし、異なるものを上下関係で見てしまうことは日本の悪癖である。異なるものを単に異なるものとして見ることはできないか。格差問題に敏感な人ほど実は差別意識が強い面がある。

非正規雇用にはジョブ型雇用の徹底という面で進んでいるところがある。エキスパートとして尊重されるならば非正規雇用という形態は肯定できる。ここでも異なるものを上下関係で見る日本の悪癖が問題である。「私指図する人、あなた働く人」となり、下っ端の便利屋扱いされる実態もある。正社員がさっさと帰り、非正規で回す職場の実態が問題提起される。

異なるものを上下関係ではなく、多様性尊重に転換する意識改革が必要であるが、このような日本の悪しき実態を踏まえるならば雇用制度改革の議論に激しい緊張があること自体は否定しない。



【疑問1】前回の市民カフェでは働き方改革への疑問として二点が指摘された。それに対する考察である。第一の疑問は「働き方改革で改善される労働者は一部ではないか」である。

政府の働き方改革の施策は全労働者を対象とするが、力点は昭和の働き方の改革であり、たとえば平成の格差と貧困の問題に不十分であるとの批判は成り立つ。そのような批判には意味があるし、共感したい。

しかし、それをもって昭和の働き方の改革が間違っていると切り捨てるならば、昭和の働き方の改革に期待する立場として同意できない。昭和の時代から会社人間が社会問題になっており、昭和の働き方改革は重要な社会課題である。そこへの問題意識が乏しいと感じている。



【疑問2】第二の疑問は「出来る人はいいが、出来ない人は困るのではないか」である。

私は逆の印象を持っている。ジョブ型雇用は「これは私の仕事ではない」というストッパーになる。小説『銀河英雄伝説』のヤン・ウェンリーのような「給料分以上の仕事をしない」という姿勢が必要ではないか。

逆に昭和の日本型雇用は会社に無限の忠誠、何でもすることを要求される。AもBも何でもできるスーパーマンならば日本型雇用で良いかもしれないが、選択と集中によって有限の能力から専門性を高める凡人には苦しい。

私は昭和の日本型雇用を経験していない。会社人間という悪印象ばかり聞いて育った世代である。それ故の評価という点があることを否定しない。

日本型雇用で働いてきた人が90年代以降にジョブ型化して困ったという言説はステレオタイプ化している。そのような事実があるならば、何が問題か分析する必要がある。今までは当たり前にあった他者からの手助けがなくなったために困ったということならば、他者の不経済の上に成り立っていたことになる。そのような日本型雇用自体が持続可能なシステムとは言えない。

この他者の不経済が問題である。昭和の価値観では中々出てこない視点であるが、「出来る人」と見られる側の不満が鬱積している。昭和の価値観では「出来る人が多くやって当然」となるが、負担の不公平感は爆発寸前なほど渦巻いている。それが諸手を挙げて改革を絶賛する原動力になっている。

昭和の価値観と現役世代の感覚が乖離している一例として、浜崎あゆみ「A Song for xx」をあげる。浜崎はJ-POP黄金期を代表する歌姫・カリスマであるが、デビュー当初からカリスマだった訳ではない。彼女を一躍カリスマにした作品が「A Song for xx」である。1999年1月1日にリリースされ、初のオリコン首位・ミリオンセラー作品となった。

その歌詞には「いつも強い子だねって言われ続けてた 泣かないで偉いねって褒められたりしていたよ そんな風に周りが言えば言う程に 笑うことさえ苦痛になってた」とある。

この苦痛が理解できるか。「出来る人は頑張ればいいじゃないか」という昭和の精神論根性論に潰されそうになる人は多い。それが日本社会の生き辛さになっている。その気持ちが分かるか。そこを表現したから浜崎あゆみに多くの人が共感した。「あゆの詩に救われた」と感じる人は多い。

この苦痛を昭和の運動、シニア世代の運動は全く理解できていないのではないか。その無理解は当然のことながら、昭和の運動への失望と反発として返ってくる。それとも、このような苦痛は格差と貧困という現実の問題を前にして贅沢な悩みになるのか。

絶対的な窮乏に陥っている人がいた場合に優先順位として後回しになることは理解可能である。私も貧困ビジネス告発には共感を持って取り組んだ。後回しは仕方がないが、苦痛を全く理解しようとせずに「頑張れる人は頑張ることが当然」と昭和の価値観を押し付けるだけならば希望はない。働き方改革には破壊的側面があることを肯定するが、それ故にこそ働き方改革を支持する。

運行管理から見る運送業界のブラック労働

希望のまち東京in東部市民カフェ第159回「運行管理から見る運送業界のブラック労働」が2017年8月10日(木)、東京都江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催された。

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運送業界のブラック労働が社会問題になっています。厚生労働省『過労死等防止対策白書』(2016年10月)は過労死の最も多い業種に道路貨物運送業をあげます(23頁)。2017年8月1日にはヤマト運輸の下請け会社のトラック運転手の男性が、未払い賃金を請求した労働者を仕事のミスを理由にして解雇するのは不当として、地位確認などを求める労働審判を東京地裁に申し立てました。運行管理の観点からブラック労働に陥りやすい運送業界の実態を語ります。

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運行管理の規制自体が長時間労働を前提としている。運転手のブラック労働は大事故の原因になる。事故が起きると運行管理者が報告する。それによって情報を共有する。過積載は荷主の責任を問われる。法令通りであっても安全を守れるのか。貨物ドライバーの疲弊はラストワンマイルで起きている。バスは乗客に影響を及ぼす。

運送業界は性質上、ブラック企業化しやすいのか。それとも日本企業の性質上、ブラック企業になるのか。無理して運転しなくてもいいのではないかと思う。余裕のある業務になっていないのではないか。余裕を持ったスケジュールを事業者や運行管理者が組まなければならない。道路状況や気象状況を確認して指示しなければならない。


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事務所に来られた方で欲しい方に先着順で差し上げます。
バル・ポルテーニョ(墨田区江東橋)のスパークリングワイン又は小生ビールプレゼント券。
靴の丸善(東京都台東区花川戸、浅草駅近く)の10%割引券。有効期限2017年7月31日。
「焼肉 力 東陽町」の1テーブル1皿カルビ1人前無料券。有効期限2017年5月31日。