希望のまち東京in東部
希望のまち東京in東部事務所では以下のイベントを定期開催しています。
・毎週木曜日午後6時半から8時半まで市民カフェ
・毎週土曜日午後2時から4時まで読書会
※予定は変更されることもありますので、希望のまち東京in東部Webサイトをご確認ください。
どなたでもご参加できます。時間がある方は参加よろしくお願いします。軽食をご用意しておりますので、お気軽にご参加ください。皆様、是非足をお運びください。参加者には「空き家活用と投資用マンション問題」などの資料を配布しています。
市民カフェは誰でも、いつでも、無料で話し合える市民の「場」です。
読書会は発表者がレジュメを配布して説明し、それを受けて参加者が自由に議論する方式です。書籍の用意や事前の通読は必須ではありません。
HOPEは希望のまち東京in東部が発行するWebマガジンです。 HOPE第1号は宇都宮健児弁護士のインタビューです。
HOPE第2号(2016年10月26日)はAEQUITAS(エキタス)特集。藤川里恵さんのインタビューです。
希望のまち東京in東部

希望のまち東京in東部市民カフェ第127回「春と修羅」

希望のまち東京in東部は2017年1月12日(木)、希望のまち東京in東部第127回市民カフェを東京都江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催した。今回は宮沢賢治「春と修羅」を主テーマとした。

宮沢賢治は夜中に読むことが向いている。自己省察の文学である。昼間に野原で読むものではない。宇宙から人間的な悪意まである。相対的理論的なものもある。思想的なものと実践的なものが混在している。宮沢賢治にはコンプレックスがあるのではないか。自分が差別されている、人から差別されていると感じる登場人物が出てくる。東北人の意識ではないか。妹の死に直面して修羅の気持ちになっている。もだえ苦しむ。自分の中の荒ぶる感情が出ている。

童話にはストーリーという分かりやすさがあるが、詩にはない。詩は何回も読む。読む度に解釈が変わる。映画『シン・ゴジラ』には「春と修羅」が登場した。妻を亡くした登場人物・牧教授と妹を亡くした宮沢賢治を重ね合わせているのか。日本には滅び行くものへの美学がある。それは世界普遍的なものか。忠臣蔵の浅野内匠頭は本来ならば馬鹿殿である。

「雨ニモ負ケズ」は発表を意識して書いた作品ではない。「銀河鉄道の夜」は何度も推敲して書いた。削ぎ落としていくことで詩になる。これに対して「春と修羅」は直接的である。自分の中から湧き出る言葉を形にする。あまり作為的ではない。作為は時代性を生む。流行歌は時代の空気を反映する。

仏教は唯識論である。道元に惹かれた。悟るということよりも人生の一回性がすごいことである。煩悩は煩悩のまま浮かばせている。大乗仏教よりも上座部仏教的である。仏教は当初、自分のための悟りであった。他人も救おうと言い出したのは釈迦の後の人達である。

鎌倉仏教は日本の仏教において転換点であった。人が死ぬことが日常であった。殺し殺される社会であった。無常観があった。創価学会員に折伏されて映画『人間革命』を観たことがある。ゲラゲラ笑ってしまった。改めて観るとシナリオは優れている。

日蓮宗(法華宗)は独特である。日蓮教になっている。日蓮宗で世界を制覇するという感覚に引っかかる。日蓮正宗は国立戒壇を掲げている。天皇も信者にしようとしているから、大変なことである。天皇を仏教の下に見る。立派な天皇でなければ変えてもいいという考えである。天下人思想は中国から輸入されたものである。宗教と国家が結びつくことは怖い。そうなると宗教は攻撃的になる。

石原莞爾は軍人だから戦争の手法になったが、意識的には宮沢賢治と重なる。宮沢賢治はナショナリストである。ナショナリズムとファシズムは分けて考えなければならない。ファシズムと日本側軍国主義は違う。違うから危険である。宮沢賢治には悪意なく利用された。市民運動は多様性と向き合う。敵か味方かではなく、共通のテーマとし続ける。

ファシズムはファシズムの拡大のためにナショナリズムを利用する。日本のファシズムは天皇制を利用する。共産主義はファシズムか。ソ連も全体主義という点ではファシズムと重ね合わせられる。日本人は社会主義を好意的に見過ぎる欠点がある。日本はファシズムに失敗した。イタリアやドイツのファシズムは運動が国家の上位にあった。日本は大政翼賛会など上意下達の官製運動にしかならなかった。給料を上げることと軍産複合体の強化がセットになる。

日本主義は無抵抗主義ではないか。江戸時代は今よりも近代化されていた社会かもしれない。江戸の町の仕組みはボトムアップで作られていった。日本の保守層は明治時代を評価しようとしている。江戸時代はナショナリズムを持っていない。江戸の町人はコスモポリタニズムである。

明治は江戸時代よりも時代が逆行した。清水次郎長は土建利権のピンはね親方であった。江戸時代はジョブ型の仕事をしていた。江戸時代の官僚制は現代よりも優れていた。月番制と複数担当制によって相互牽制ができていた。

小池百合子都知事や小池百合子政経塾「希望の塾」の話題が賑やかである。Facebookで投稿する人が多い。批判も多い。オリンピック競技上問題は腰砕けと批判する声がある。しかし、問題にしただけでも素晴らしい。国民はいい加減である。いい加減だから面白い面もある。衆議院議員選挙よりも東京都議選が面白い。千代田区長選挙が前哨戦になる。千代田区は新住民が増えている。

バブル崩壊で地価が半減した。土地しか見ていなかった。株価を見ていなかった。昔のバブルは政官民一緒にバブルを作っていた。今のバブルは官製バブルである。作られたバブルである。銀行は汚い。地上げ屋は大手不動産業者や銀行を雇った。

ドイツの黒い森(シュバルツバルト)などヨーロッパの森林意識は日本の森林イメージとは異なる。緑の党もヨーロッパと日本では意識が異なる。オバマ政権の8年間がトランプ大統領を生み出した。城東地域や城北地域は日本の高度経済成長を支えた。新築マンションが埋まるまで竣工後一年以上経っている。新自由主義は昔の自由主義をブラッシュアップしている。カジノ資本主義や博打資本主義になると実体経済と関係なくなる。

SMAP騒動で芸能界の封建的体質が明らかになった。SMAPは焼肉屋で解散会を開いた。レーサーになった森且行は参加したが、木村拓哉は参加しなかった。メンバーのソロ活動が注目される。

希望のまち東京in東部市民カフェ第126回「都議会議員選挙」

希望のまち東京in東部は2017年1月5日(木)、希望のまち東京in東部第126回市民カフェを東京都江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催した。今回は都議会議員選挙を議論した。

東京都議会議員選挙が面白い。2017年も小池劇場になる。自民党議員に三人以外にも離脱の会派動きがある。都連の引き締めも厳しくなっている。都議会の公明党は自民党と連立を解消した。千代田区の都議選に注目する。千代田区長選挙が前哨戦になる。

政治家二世三世ではなく、現場で働いている人が都議会議員になって欲しい。クリントン候補も元大統領の配偶者である点がマイナスになった。都議選は国政選挙に影響を及ぼす。正月解散は先送りになったようである。年末に解散してもプラス材料は出てこないのではないか。日本銀行が株を持ち、大株主になっている。経済構造が歪んでいる。打つ手がない。

民進党が不甲斐ない。自民党は蓮舫氏が代表を続けて欲しいと思っているだろう。小池百合子都知事は風を読むことが上手である。小泉劇場の取っ掛かりを作った。政治は何でもありが良い。

トランプ政権の動きが気になる。1月20日が大統領就任式である。共和党とトランプの関係はどうなるか。今のところ、共和党に沿っているように見える。民主党色を払拭している。リバタリアン党が支持を集めた。

これに対してトランプの元々の政策はケインズ的なインフラ投資があった。ケインズ的な政府主導の景気対策ではアメリカ発の世界不況が起きるかもしれない。これまでアメリカは産業の形態を変えることには熱心であったが、産業の育成には熱心でなかった。ビジネス状況が変化する可能性がある。

多数決の多数は何を想定しているか。仮想的を想定する多数がある。「皆が支持している」との言葉に騙される。アレクシス・ド・トクヴィルは多数派の専制を警告した。フランス革命は反論する人の首を全て飛ばした。本来の保守主義は斬新的な変革を好む。国民は過ちを犯す。愚かな指導者を選ぶ。アメリカの優れたところは、誤った選択がなされることを前提に制度設計されている。

日本でもサンダース現象が起きて欲しい。宇都宮健児弁護士の施策が都民のためになるか評価されたい。希望のまち東京をつくる会が1月15日に事務所開きを行う。事務所は水道橋駅の近くである。都民党の中には右翼も左翼もいてもいい。そうしなければ大きな勢力にならない。

本日のTBS『ゴゴスマ』で音喜多駿都議が高木啓・都議会自民党幹事長を倒すために北区の選挙区で出ると発言した。音喜多駿都議は江東区から出馬するとの推測もなされていた。番組内で武士に二言はないかと念押しされていた。

今回は2017年最初の市民カフェである。宮沢賢治「春と修羅」をテーマとする予定であったが、延期する。中沢新一が「贈与する人」という文章で宮沢賢治を論じている。中沢新一は自己を仏教徒と規定している。単なる宗教学者の言葉ではない。仏教は、このようなものだったのか。自己犠牲ができることはすごいことである。

自己犠牲の思想には戦前の軍国主義に行き着く要素がある。人は、それほど大したものではない。アジテーターの怪しさがある。宮沢賢治の思想は八紘一宇に利用された。国柱会の田中智学は洒落ていた。石原莞爾は天皇絶対主義者ではなかった。

八紘一宇は田中智学が言い出した。日本の侵略を正当化する理由として八紘一宇を出してくる。思いが純粋であれば結果がどうなっても評価される思想が利用される。気がついたら日本人は満蒙開拓団や特攻隊になる。

エロスは生命賛歌である。生きることを賛美する。そこで死が出てくることは何なのか。贈与には返礼がある。商業は贈与と返礼の個別性を一般性に広げる。思想を丁寧に検証する必要がある。中沢新一は国家論が足りないように思える。触れていないのではなく、考えていない。戦前の軍国主義者が何の反省もなく民主主義者に変わったことが怖い。戦中の「撃ちてし止まん」が経済成長一辺倒になった。

連歌は当初、言葉遊びであった。五七五を切り取って俳句になった。短くすればするほど、芸術性、天才性が出てくる。江戸時代に純粋培養された。日本人は漢字を受け入れた上で平仮名や片仮名を作った。漢文学は韻を踏む。漢詩は恋の歌ばかりではない。友情や絶望を詠んでいる。

『注文の多い料理店』はブラックユーモアである。「あそこまで行く前に気付けよ」と言いたい。宮沢賢治は右翼に好まれる。右翼と保守主義は異なる。鈴木邦夫さんは本当の右翼と思っている。今は左翼に物分りが良くなっているが、野村秋介さんが元気だった時代は違っていた。物欲に走るよりは、まともである。

平安時代初期に活躍した最澄と空海は共に密教僧であるが、空海の方が密教を深く学んだ。そのために最澄は空海の弟子になった。延暦寺は学ぶ姿勢を持ち続け、日本文京の創始者はほとんど延暦寺で学んでいる。延暦寺は総合大学のようなものであった。

大陸に日本軍が出かけた経緯は馬鹿馬鹿しい。関東軍は南満州鉄道の守備隊でしかなかった。本国で持て余された軍人を大陸に追いやったところ、勝手なことを始めた。勝手に戦争したら、勝ってしまった。当時の中国は混乱していた。中国大陸を支配する気がないまま入ってしまった。きちんと総括しないと日本人は同じ過ちを繰り返す。

エネルギーと水が問題である。宮沢賢治の農業ロマンや自己犠牲の精神が満蒙開拓団に利用された。日蓮宗系は国家意識がある。日蓮は攻撃的である。日蓮は自ら法難を呼び寄せているのではないか。弾圧されるような言動をしているのではないか。

大乗仏教よりも上座部仏教がいいのではないか。人を救うことはおこがましい。大乗仏教は釈迦の教えではない。後の人が自分の考えを述べている。インドでは仏教をヒンズー教の一派と捉える傾向がある。日本には中国の仏教が入ってきた。仏教は日本で花開いた。鎌倉仏教が重要である。鎌倉仏教は分かりやすかった。浄土宗が典型である。葬式は儒教の影響であった。仏教は葬式をしなかった。八百万の神々がいい。江戸時代は物にも神が宿ると考えた。物を大切にする。自然観である。

希望のまち東京in東部市民カフェ第125回「銀河鉄道の夜」

希望のまち東京in東部は2016年12月22日(木)、希望のまち東京in東部第125回市民カフェを東京都江東区東陽の希望のまち東京in東部事務所で開催した。今回は宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を議論した。

宮沢賢治は推敲を重ねている。銀河鉄道は棺桶列車である。どうしようもない孤独感を覚えた。宮沢賢治は想像力が豊かである。旅をしても、あのような描写はできない。

仏教者の文学と感じた。仏教者が文学を書くと、このようになる。キリスト教的な感覚も入っている。死んでも人のために尽くすという意識がある。「銀河鉄道の夜」は子ども向けの童話ではない。大人が読んでも難しい。吉本隆明が宮沢賢治を高く評価している。

宮沢賢治は初期に短歌を詠んでいるが、あまり評価されていない。田中智学と宮沢賢治と石原莞爾は、つながっている。本当の意味でのナショナリズムが出てくる。ドイツは徹底的に反省したが、日本は一億総懺悔になったことの差異は国民性にある。

働いて金を得るという話を挿入したことに意義がある。パンを手に入れて帰宅する。どのような変化が著者に生じたのか。宮沢賢治は貧農に対して負い目があったのではないか。裕福な人が貧困者のために戦う例は多い。

キリスト教はキリスト教が一番と言う傾向がある。創価学会の人は立正佼成会でも霊友会でも大石寺でもなく、創価学会が一番と言う傾向がある。宮沢賢治は自分の宗派が一番とは言わない。それぞれのところに人は行くと言う。仏教の空という概念は奥深い。仏教を哲学として学んでいる人もいる。日蓮は蒙古襲来が大きかったのではないか。前近代は死が身近であった。宮沢賢治の生家は素封家で、浄土真宗であった。浄土真宗と日蓮宗の差異は何か。宮沢賢治ファンにはバリバリの左翼から右翼までいる。宮沢賢治の流れを汲む右翼思想もある。

出版業界も小売業界も同じである。出版業界に属することを特別なことのように思っている人がいる。日本には純文学という怪しい世界がある。若い人はサービス業と割り切っている。文化事業と勘違いしている人もいる。百田尚樹は割り切っている点が立派である。資本主義社会である限り、商売である。

宮沢賢治は岩手県出身である。東日本大震災の被災地である。復興がどうなっているかが気になる。鉄道の復旧がなされない。政治が激動している。どの政治を信じていいのか分かれない。野党共闘と言われるが、無理に取り繕っている感がある。日本人の心の中に憲法9条は無意識の中に刷り込まれていると言えるか。若い世代に該当するか。

酒は有害である。アルコール依存症は深刻である。公明党は依存症対策チームを立ち上げる。穏やかに暮らしたいという思いは当然である。それでも、おかしなことをおかしいと言いたい。おかしいと言い続けていくことが大事である。

福島原発事故を契機として、おかしいと感じるようになった。故郷に帰れない、生まれた地に帰れない原因を作ったことに、おかしいと感じた。天災は復興できる。故郷を強制的に奪われた。これは最悪のパターンである。国が国民の生活を守れていない。人間を数として考えている。

福島からの避難者がイジメを受けた。東北のアイデンティティーを勉強したい。福島県民にも浜通りを捨てようとしている傾向がある。何故、一体と考えられないのか。海には区切りがない。加害者が責任を取らず、国税を使って営業を続ける。地域に差別化を強いている。迅速な対処をしていない。加害者に対して法を適用しなければ国の形が成り立たない。

このまま進むと問題になると直感的に感じている。観念的ではなく、日常生活の中からおかしいと思うものがあるのではないか。奨学金やブラック企業の問題である。大学キャンパスでは立て看板がなくなった。これは良いことなのか。映画『この世界の片隅に』は是非見て欲しい。コンピュータは学習している。碁や将棋の世界で機械学習している。

特攻隊員にシャブを打っていたという歴史的事実を誤魔化している。兵士はヒロポンを日常的にやっていた。反戦団体も、この問題にあまり触れない。アメリカもベトナム戦争で兵士に薬物を使った。酷い戦争体験をしたために帰還兵がおかしくなったと言われるが、それは嘘である。薬物中毒になって精神的に病み、市民社会に復帰できなくなった。

大乗仏教よりも上座部仏教の方が奥深いのではないか。大乗仏教の悪いところがセクト化した日蓮宗に現れているのではないか。三島由紀夫は生まれた時の風景を覚えているという。仏陀は生まれた時に「天上天下唯我独尊」と言ったという。


希望のまち東京in東部TV再生リスト




#希望のまち東京in東部 #台東区 #足立区 #荒川区 #江戸川区 #葛飾区 #江東区 #墨田区 #市民 #政治 #seiji #イベント
Powered by 林田力
希望のまち東京in東部
希望のまち東京in東部