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林田力 東急不動産だまし売り裁判5東京都政

林田力『東急不動産だまし売り裁判5東京都政』は東京都政に関する論考をまとめたものである。東急不動産だまし売り裁判は東急リバブル東急不動産が不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りし、消費者契約法違反(不利益事実不告知)で売買契約が取り消された問題である。
『東急不動産だまし売り裁判』シリーズでは東急リバブル東急不動産だまし売りの経緯から問題発生時の不誠実な対応を描いてきた。『東急不動産だまし売り裁判5東京都政』では番外編として東京都政について考察する。

【書名】東急不動産だまし売り裁判5東京都政/トウキュウフドウサンダマシウリサイバン ゴ トウキョウトセイ/The Suit TOKYU Land Corporation Fraud 5 Tokyo Metropolitan Government
【著者】林田力/ハヤシダリキ/Hayashida Riki
【既刊】『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』『東急不動産だまし売り裁判購入編』『東急不動産だまし売り裁判2リバブル編』『東急不動産だまし売り裁判3』『東急不動産だまし売り裁判4渋谷東急プラザの協議』
『東急大井町線高架下立ち退き』『裏事件レポート』『東急不動産係長脅迫電話逮捕事件』『東急コミュニティー解約記』
『二子玉川ライズ反対運動1』『二子玉川ライズ反対運動2』『二子玉川ライズ反対運動3』『二子玉川ライズ反対運動4』『二子玉川ライズ反対運動5』『二子玉川ライズ住民訴訟 二子玉川ライズ反対運動6』『二子玉川ライズ反対運動7』『二子玉川ライズ反対運動8』『二子玉川ライズ反対運動9ブランズ二子玉川の複合被害』

東京都政 (東急不動産だまし売り裁判) / 林田力 / 林田力 / |本が好き!
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東京都政 感想 林田力 - 読書メーター
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東京都政 (東急不動産だまし売り裁判) - はてなキーワード
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開発問題から考える東京都政の課題
発表稿
東京都議選向け質問集
石原コンクリート都政の問題点
石原慎太郎支持層に届かなかった石原批判
東京都議会が東京五輪招致失敗検証で参考人招致
東京都知事選は開発問題を争点に
宇都宮健児氏が東京都知事選挙に立候補
宇都宮健児氏の東京都知事選挙出馬と反貧困運動
東京を変えるキックオフ集会
松沢成文「東京改造大作戦」分析
宇都宮けんじ「希望の政策」研究
みんなの党支持層に宇都宮けんじ氏浸透を期待
東京都知事選挙候補者の開発不動産問題公約
東京都知事に猪瀬直樹氏が当選
宇都宮けんじ選挙戦の分析と総括
東京都知事選挙と政策別勝手連
江東区の選挙結果分析
宇都宮けんじ開発政策の分析
宇都宮けんじ住宅政策の分析
宇都宮けんじ脱原発政策の分析
猪瀬直樹東京都知事の開発政策への姿勢
猪瀬直樹知事がヘイトスピーチを下品と表明
東急不動産係長逮捕事件とヘイトスピーチ
ネット右翼は東京都青少年健全育成条例で目を覚ませ
熟慮民主主義と直接民主主義
『貧困都政』貧困ビジネスの救い難さ
『住民運動のミッション』暮らしの価値



都知事選出馬の渡辺美樹・ワタミ会長の経営の評価

渡辺美樹・ワタミ会長が2011年4月10日に投開票される東京都知事選挙への立候補を表明した。渡辺氏は「東京を経営する」をキャッチコピーとしており、有権者は渡辺氏の経営の内容を冷静に評価する必要がある。
カリスマ経営者ともてはやされる渡辺氏であるが、雑誌『週刊金曜日』上で痛烈に批判されたばかりである(村上力「居酒屋ワタミが事故を隠蔽工作」『週刊金曜日』2010年11月5日号)。東京都世田谷区の居酒屋「語らい処 坐・和民」三軒茶屋駅前店では2010年9月に20名の発症者を出すノロウイルス食中毒事故を起こして営業停止処分を受けた。しかし、一時閉店を知らせる店頭の張り紙は「設備改修および店内清掃」を理由とし、食中毒の事実に触れなかった。
記事はワタミの隠蔽工作を批判した上で、従業員に渡辺氏の個人崇拝を行っているなどとワタミの企業体質に踏み込む。渡辺氏は「何があってもウソはつかない。それは利益よりも大切だ」と語っていた(「社長の腐敗 「安易な道」を選ぶから不祥事が起こる」日経ベンチャー2007年12月1日)。そのカリスマ経営者の矛盾を暴露した力作記事であり、都知事選候補者の判断材料としても有益である。
記事はカリスマ経営者の率いる企業の隠蔽工作ということで話題になったが、行政処分などの都合の悪い事実を隠す体質は日本企業でありふれたものである。
たとえば賃貸仲介不動産業者・グリーンウッド(吉野敏和代表)の事例がある。グリーンウッドは賃貸借契約書に記載なく退室立会費を受領したなどとして宅地建物取引業法違反で東京都から業務停止処分を受けた(東京都都市整備局「宅地建物取引業者に対する行政処分について」2010年6月8日)。業務停止処分期間中はウェブサイト上での物件紹介も禁止される。ところが「住まいの貧困に取り組むネットワーク」によると、グリーンウッドは自社ウェブに以下の表示をしたという。
「只今 ホームページ調整中です。物件リストを6月19日には掲載いたしますので、今しばらくお待ち下さい。」
これに対して同ネットワークは「ふざけた記載」と怒りを顕わにする(住まいの貧困に取り組むネットワーク ブログ「シンエイエステートとグリーンウッドに対して東京都が行政処分」2010年6月8日)。
http://housingpoor.blog53.fc2.com/blog-entry-106.html
東京都の報道発表資料によると、グリーンウッドは資本金0円で、東証1部のワタミとは比較にならない。それでも行政処分隠しという点で同レベルの活動をしていることは興味深い。ワタミの隠蔽工作をカリスマ経営故の異常性を捉えるならば視点を誤ることになる。実際、ワタミでは給料未払いなど労働紛争も起きており、ブラック企業とする指摘もある。革新的な経営者というよりも、日本企業の醜い点を巧妙に活用したというイメージが近い。
この視点は都知事選の候補者評価としては非常に重要である。石原慎太郎都知事が欠点の多い政治家であることは、石原氏の支持者も否定できない事実である。それでも過去に石原氏が当選した理由は欠点を認めながらも、それを上回るカリスマ性を感じる有権者が多かったためである。
既に食中毒の隠蔽工作などに基づく渡辺氏の批判が始まっているが、カリスマ経営者故の異常性と位置付けてしまうならば、型破りの候補者を求める有権者に逆に魅力的に映ってしまう。これは石原氏の当選と同じ道である。反対に隠蔽体質の日本企業と変わらないと位置付けることで、つまらない保守系候補の一人としてカリスマ性を奪うことができる。

石原コンクリート都政の問題点を明らかにしたシンポジウム

シンポジウム「もう、ごめん!石原コンクリート都政」(東京を考えるシンポジウム実行委員会主催)が2010年2月13日に東京都渋谷区の東京ウイメンズプラザホールで開催された。新銀行東京や築地移転、オリンピック誘致など、様々な分野に渡る石原都政の問題点が炙り出された。
司会は前国立市長の上原公子氏と一水会顧問の鈴木邦男氏である。鈴木氏は冒頭で石原慎太郎都知事の問題点として排外主義を指摘した。その顕著な例が衆議院議員総選挙の選挙活動期間中に、石原氏の公設第一秘書・栗原俊記が対立候補の新井将敬氏の選挙ポスターに「北朝鮮より帰化」というシールを貼って逮捕された黒シール事件である。鈴木氏は三島由紀夫を例に右翼思想が排外主義に直結するものではないことを強調し、石原氏の問題性を浮き彫りにした。
基調講演者の斎藤貴男氏が遅れたために順番を入れ替えて、山口義行・立教大学教授の新銀行東京の問題についての説明を先にした。山口氏は石原氏のキーワードとして、徹底したウケ狙い、無理を押し通すための無駄、責任のなすりつけの3点を挙げた。
新銀行東京はウケ狙いで始まった。金融機関の貸し渋りから中小企業を救済するという名目を支持した人々も少なくなかったが、新銀行東京の参入時は貸し渋りが一段落し、金融機関が貸し出し競争を再開した時期であった。そのために中小企業の資金需要は乏しかったが、新銀行東京は無理をしてでも業績を伸ばそうとし、資産を食い潰していった。
そして破綻が明白になった後は責任のなすりつけである。偉そうなことを言っている人が責任をとらないことは教育上悪影響を及ぼす。今では新銀行東京から借り入れると、他の金融機関が見放した倒産寸前の会社と思われてしまうと中小企業経営者層から敬遠されている。
新銀行東京は2009年度中間決算で初の黒字になったが、そのカラクリも明らかにした。融資先の倒産に備えて積み立てた「貸倒引当金」を取り崩した見かけだけの黒字である。一日も早く整理することが必要と指摘した。
続いて演壇に立った西崎光子・都議会議員(株式会社新銀行東京に関する特別委員)は都議会で「一日も早く店仕舞いを」と主張しているが、自民党や公明党が抵抗していると説明した。知事の責任を追及し、都民への情報公開を進めるため、特別委員会の審議への注目を求めた。
次は斎藤氏による「石原都政10年の検証」と題した基調講演である。斎藤氏は石原の問題点を明らかにした書籍『空疎な小皇帝―石原慎太郎という問題』の著者である。石原氏を取材していくうちに「どこをどうしたら、このような人間になってしまうのかという思い」になったと語る。批判対象でも取材するからには、取材対象に惹かれる点があるものだが、石原氏の場合、つまらない話ばかりで次第に取材が嫌になった。たとえば料理店で店員を怒鳴りつけるというエピソードなどである。人間の醜さをモロに見せつけられた。石原氏側は最初から最後まで取材拒否であったという。
石原都政は小泉政権の構造改革を先取りしていた。強いものが弱者をいたぶるのが当たり前とする社会を目指している。但し、構造改革には生産性の向上・経済の効率化などの目的があり、格差拡大などはマイナス面とする見方もある。これに対して、石原都政では差別が目的化している。
石原都政の手法は嘘と恫喝であり、これほど最低の男は存在しないとした。その例として公設派遣村の入所者200人が所在不明とされた問題を指摘した。夕食時までに大田区の「なぎさ寮」まで戻れなかった入所者が200人である。多くの入所者は、その後に戻ってきており、派遣村で実際にいなくなった人数は少ない。
最後に斎藤氏は石原氏を追及しないマスメディアや石原氏に投票する有権者も問題であると指摘した。石原氏の本質は弱者差別であるが、だからこそ石原氏に投票するのではないかと問題提起した。人間存在のあり方が問われていると結論付けた。
日本消費者連盟の吉村英二氏は築地移転の問題を指摘した。移転の理由として築地市場の老朽化が挙げられるが、これは別の場所に移転する理由にはならない。集荷力の向上についても、土壌汚染が発覚した豊洲には誰も出荷したがらない。営業しながらの再整備も可能である。東京都は臨海の開発に失敗し、膨大な赤字がある。築地市場の土地を売却したいだけである。石原氏は既得権益の破壊者と受け止められがちであるが、実態は土建屋都政である。
福士敬子・都議会議員はオリンピック誘致の問題を指摘した。オリンピックはスポーツの祭典ではなく、企業の事業祭典になっている。石原氏は財界にとって利用しやすいために、財界がこきつかっているのではないか。石原都政で一貫しているものは再開発や道路などの事業である。オリンピック誘致では予算はあってなきがごとしで、無駄遣いが行われたと述べた。
外環道検討委員会の金子秀人氏は東京外郭環状道路の問題点を指摘した。東名以南の計画はなく、外環道は都市計画的に破綻していると主張した。
土肥信雄・前都立三鷹高校校長は教育委員会による教育現場への締め付けの実態を語った。教育委員会が管理するための教育であり、生徒のための教育になっていない状況である。
全国福祉保育労働組合東京地方本部の民谷孝則氏は福祉切捨ての問題を述べた。福祉施設への人件費補助削減などにより、介護職は低賃金に苦しみ、男性の寿退職なども起きているとする。
吉田万三・元足立区長は医療・社会保障の問題を述べた。切捨ての一例として、保健所が統廃合され、一部の保健所が保健相談所に格下げされている点を指摘した。将来的には保健相談所を民間委託するための地ならしではないかと問題提起した。
来るべき都知事選挙では皆が力を合わせられるようにすることが大切であると強調した。有名人を探して一発ホームランを狙うのではなく、ヒットの積み重ねが大切と主張する。
最後に実行委員長の宇都宮健児・弁護士から閉会の挨拶がなされた。宇都宮氏は都政を転換させなければならないと述べる。弁護士にとって一番大切なことは弁護士法第1条にある「基本的人権を擁護し、社会正義を実現すること」である。この点で石原氏は弁護士にはなれないが、政治も弱い人に手を差し伸べるのが本来のあり方である。石原都政の実態を都民に伝えること、政治的立場を超えてつながっていくことが重要であると締めくくった。

小池晃氏擁立の革新都政をつくる会は歌でも勝負

4月に投開票される東京都知事選で、日本共産党系の政治団体「革新都政をつくる会」が前参院議員の小池晃・共産党政策委員長を擁立する方針と3日に報道された。
同日、東京都江東区で開催された「革新都・区政をめざす江東連絡会」主催の「2011春 東京を変える 都民のための都政を江東区民の集い」で中山伸・革新都政をつくる会事務局長は正式発表前ということで候補者を明らかにしなかったが、報道内容を否定することもなかった。
中山氏は候補者の条件として「都政、国政問題での立ち位置が明確で、論戦力、政治力があり、知名度とともに幅広い共同拡大の要となる人」などを挙げた。中山氏は、この条件から「皆さんにも候補者のイメージが浮かぶでしょう」と語った。
小池氏はテレビの討論番組や記者会見などで党の顔として知名度は高い。また、昨年の参議院議員選挙では落選したものの、「小池晃さんを応援する市民勝手連」が立ち上がるなど共産党組織外からも支持を広げた。この実績などから「共同拡大の要」と想定しているに見られる。
「江東区民の集い」では労働組合や弁護士、市民団体、都議会議員など各界からリレートークがなされたが、寸劇や合唱など楽しめるパフォーマンスがあったことも特徴である。圧巻は都知事選の応援歌「明日をこの手に」で、会場全体で唱和した。「明日をこの手に」は橋本のぶよ氏が作詞・作曲した曲である。
「革新都政をつくる会」の出発点である美濃部亮吉氏の都知事選でも「おはよう東京」という応援歌があった。「おはよう東京」では「革新の希望にあふれる私の東京」と明るい希望を高らかに歌い上げていた。これに対し、「明日をこの手に」は「住みつづけるために」「くらしを守る」など、深刻な現実を踏まえて東京を変えようという決意の歌になっている。応援歌を活用して幅広い層に浸透できるか、選挙手法にも注目である。

石原慎太郎都知事再選の絶望と希望

東京都知事選挙が2011年4月10日に投開票され、現職の石原慎太郎氏が再選した。インターネット上では小池晃前参議院議員の人気が高まっていたが、石原氏の圧勝という選挙結果にネチズンからは失望の声が出ている。
小池氏は以下の理由から共産党支持とは限らないネチズンからも支持された。
第一に脱原発を明確に打ち出した点である。原発の新規建設計画を中止し、東海地震の震源想定域にある浜岡原発を停止し、自然エネルギーへの転換を訴えた。これが福島第一原発事故を政府発表やマスメディア報道以上に深刻な問題と考える人々に支持された。これまで原子力の平和利用を必ずしも否定しなかった日本共産党にとっては民意に応じた方針転換であり、教条的という共産党への悪印象の解消にもつながった。
第二に改正青少年健全育成条例の廃止である。改正条例は創作活動を委縮させ、表現の自由を脅かし、マンガ文化やアニメ産業の発展にも、民主主義にも反すると主張した。漫画やアニメ好きな若年層に支持を広げることになった。
第三にナイトクラブ営業に関する公開質問状への回答である。東京では数多くのクラブが警察の取り締まりによって営業停止に追い込まれている。この現実に対し、クラブカルチャー育成協議会は都知事選候補者に「客を踊らせる営業を深夜行うことが、風紀の乱れにつながるとお考えでしょうか」などの質問を行った。
石原氏以外の多くの候補が回答を寄せ、「風紀の乱れにつながらない」と回答したが、特に小池氏の回答が丁寧でクラブ文化を理解していると評判になった。小池氏は以下のように回答する。
「クラブカルチャーは、アートや音楽で活動している人々や、アートや音楽をクラブの現場で楽しみながら学びたい、そして多くの出会いを得たいという人々が集まって文化を生み出す場として、正当に評価されるべきと考えます。」
また、「都内のナイトクラブが深夜1時以降も営業可能な条例を作って頂けますか」との質問に対して、肯定する候補者もいる中で以下のように条例と法律の相違を踏まえて回答した。
「営業時間は、国の法律である風俗営業法で制限されていますので、現行法のもとでは、1時以降も営業可能とする条例を、都が定めることはできません。しかし、関係者や都民のみなさんから強い要望があれば、都知事として国に働きかけることを含め、積極的に取り組みます。」
この回答によって小池氏が制度についても正確に理解しているとして、クラブ文化に関係するアーティストの支持も広がった。
これらの要因によって、インターネット上では小池氏が人気候補となった。ウェブサイト「リアルタイム世論調査」のアンケート「2011年東京都知事選挙、誰に投票しますか?」では小池氏が5割近くの票を集めた。また、ツイッターなどでも小池氏支持の呟きが多く見られた。
小池氏支持者の中には石原氏の再選だけは阻止したいという消極的支持も多い。石原氏は原発推進論者と公言してはばからず、青少年健全育成条例を進め、クラブの取り締まりの背後にも「浄化」を唱える石原氏の政策がある。石原氏の対極に位置するために小池氏が支持された格好であるが、反石原の対立候補として事実上の共産党候補である小池氏が認識された点がポイントである。
前回の都知事選挙は反石原候補が分裂した点が反石原陣営にとって失敗であった。今回も投票結果を見れば前回と同じように見えるが、渡辺美樹氏も東国原英夫氏も反石原を明確に打ち出していた訳ではない。一方で共産党公認の国会議員であった小池氏は一般の共産党系無所属の首長候補以上に共産党色が強く、これまでの発想では幅広い支持は難しいが、少なくともネットでは反石原の本命候補と評価された。
ここには市民派にとって絶望の中の希望がある。これまで市民派の協同と言えば社会党や民主党を軸に考えられてきた。当時の野党第一党であった社会党や民主党を軸とすることには一応の合理性がある。そこでは非妥協的な共産党は協同を破壊する印象が強かった。唯我独尊的な共産党は結果として自民党を利していると批判されたほどであった。
しかし、社会党の後継の社民党は縮小した。民主党は政権交代を果たしたものの、多くの市民派を失望させる結果となった。ここにおいて市民派協同の軸として最有力の政党は好むと好まざるとにかかわらず共産党になる。
一方で共産党には拒否感や抵抗感があることも事実であり、それが共産党にとってはネックとなっていた。共産党候補が唯一の市民派候補でも、市民派から支持されるとは限らなかった。このネックは現実世界では依然として問題であるものの、ネットの世界では小池氏は乗り越えた感がある。

石原慎太郎支持層に届かなかった石原批判

2011年4月の東京都知事選挙では現職の石原慎太郎氏が再選した。石原氏は数々の暴言や失言を繰り返してきた人物である。批判者にとって石原氏ほど批判しやすい人物は存在しない。それにも関わらず、石原氏は東京都知事に再選した。ここから有名人好きの東京都民の民度の低さと片付けることは容易であるが、石原氏支持者の心理と批判者の限界を分析することは有益である。
暴言や失言を繰り返す石原氏を支持する層には二つのパターンに分類できる。
第一に暴言そのものを支持する層である。石原氏の発言を暴言とは捉えず、反対にタブー破りの正論であり、「よく言った」と持ち上げる。このような層は石原氏の発言を問題とは考えていない。だから石原氏を支持することには論理的な一貫性がある。石原氏の問題発言を批判したところで、彼らの心には響かない。
第二に暴言にも関わらず、石原氏を支持する層である。彼らは暴言を支持するものではない。それでも、石原氏は悪い点もあるが、良い点もあるというスタンスで、石原氏を支持する。悪い点もあるが、良い点もあるならば、差し引きすれば大して良い政治家にはならない。
しかし、何故か悪い点があることも優れた政治家の魅力と評価されてしまう傾向にある。石原氏に数々の欠点が存在すること自体が型破りの候補者を求める有権者に逆に魅力的に映ってしまうという困った現実がある(林田力「都知事選出馬の渡辺美樹・ワタミ会長の経営の評価」PJニュース2011年2月21日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110219_3/
ステレオタイプな評価をすれば、日本人は「けなしの文化」「減点主義」とされる。特に同格以下の存在に対する日本人の「けなしの文化」「減点主義」は容赦がない。ところが、石原氏のような権力者に対してだけは加点主義で好意的評価を下すという醜悪さがある。
この第二の層は第一の層よりも穏健であるが、論理的には徹底していない。従って石原批判者としては第二の層を説得することが批判を広げるための合理的な戦略になる。良い点も悪い点もあると考える人には、悪い点が大きいことを示せば説得可能である。
第一の層と第ニの層は固定的なものではなく、暴言の内容によって流動する。三国人発言を支持する人種差別主義者でも、天罰発言には腹を立てた人は少なくない。天罰発言後の石原氏に対する支持層は第二の層が圧倒的に多くなる。反石原陣営にとっては説得可能な層が増えたことになる。
再びステレオタイプな評価をすれば、日本人は同質性が強く、異なる立場への共感力に乏しい。人権意識の高い国では政治生命を絶たれるマイノリティへの差別発言もスルーされがちである。これに対し、現実に大勢の日本人が被災し、誰もが被害に遭う可能性がある地震や津波の被災者への暴言には腹を立てる。現実に天罰発言は広範な反発を呼び、石原氏も陳謝を余儀なくされた。
日本人に対する天罰発言はマイノリティへの差別発言の延長線上のものである。マイノリティを差別する人種差別主義者は、やがては日本人にも矛先を向けることを石原発言は示している。在日コリアンの差別を放置・助長するような政治家が日本人の人権を保障することはない(林田力「延坪島砲撃事件による朝鮮学校無償化停止の不当(下)」PJニュース2010年11月30日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20101126_4/
従ってマイノリティの差別発言と天罰発言で反発の大きさが異なること自体が日本社会の後進性、人権意識の低さを示している。一方で、そのような意識の低い日本人にも天罰発言は石原氏の問題を理解させる材料になった。現実にインターネットでは石原氏の天罰発言と原発推進姿勢を結び付けて、再選阻止を目指す声が盛り上がった。被災者の痛みを感じないから危険な原発を推進するという論理である。
ところが、現実社会では盛り上がりに欠けた。ここには現実社会の石原批判の担い手である左派市民の限界がある。左派市民は石原氏を痛烈に批判する。しかし、その石原氏批判が公正なものであるかが問題である。
暴言批判を前面に出した石原批判は、突き詰めれば石原慎太郎という人格の否定になる。「石原慎太郎が生理的に嫌い」も反石原の立派な理由である。しかし、その批判が石原支持層に届くかは別問題である。「私は石原氏が好きだから、欠点があっても好意的評価をする」と返され、平行線になってしまう。
この平行線を打ち破るほどの論理性を左派が有しているかが問題である。石原氏を痛烈に批判する左派も実は身内には甘い傾向がある。政府や企業の汚職や疑惑を鋭く追及していた社民党代議士や労働組合が、裏では秘書給与のピンハネやヤミ専従などの不正をしていた。この種の二重基準が石原批判からも感じ取られている恐れがある。
実際、石原氏を激しく非難する左派の運動家も、問題発言したメンバーに対しては「他人同士のこととなると実に的確・冷静な判断・指摘をすることのできる人かもしれない」と擁護した例がある。それならば天罰発言の石原氏も政治家としては適切な能力を発揮するかもしれないという論理も成り立つが、市民同士の場合と政治家への批判は異なると二重基準を正当化した。
このような人物の石原批判が石原支持層に届かないことは至極当然である。単に石原氏が嫌いな人のたわ言と受け止められてしまう。正義を追求する側にばかり高い倫理性を要求する日本社会の二重基準は不公正であるが、自分達にだけ甘い左派の二重基準に厳しい視線が向けられていることに左派も自覚する必要がある。

反石原慎太郎の多義性と曖昧性

2011年4月の東京都知事選挙では反石原がキーワードの一つになりながらも、石原慎太郎氏が再選を果たした。反石原という論点が生じながらも、それが大きなうねりにならなかった要因として反石原という言葉の曖昧性・多義性がある。
反石原の声は大きく3パターンに分類できる。
第一に「大震災は天罰」発言など数々の暴言への反発、つきつめれば石原慎太郎という人格に対する嫌悪感である。これが一般的には最も強い反石原イメージであるが、好き嫌いの問題である。石原氏を嫌っていない大多数の有権者の心には響きにくい(「石原慎太郎支持層に届かなかった石原批判」PJニュース2011年5月9日)。
第二にタカ派と呼ばれる石原氏の保守・反動思想への批判である。しかし、これも首長選の選挙戦術として前面に出すことは難しい。保守・反動思想への対抗軸は平和主義・護憲運動になるが、それらは市民派結集の軸になりにくい。
反戦・平和主義は十五年戦争当時に侵略戦争に反対したかをめぐり、旧社会党系と共産党系で溝がある(林田力「共産党と社民党の大きな溝」PJニュース2010年3月22日)。
護憲運動は日本国憲法自身が国民主権や法の下の平等に矛盾する天皇制を規定しているという矛盾と歴史的限界を抱えている(「中井洽の非礼発言と天皇制の対立軸化(下)」PJニュース2010年12月5日)。
どちらも突き詰めると市民派の団結よりもセクト的対立を誘発しがちである。現実に対立をもたらしてきた経緯がある。
第三に石原都政の新自由主義・構造改革路線への批判である。『空疎な小皇帝−石原慎太郎という問題』の著者・斎藤貴男氏は、石原都政が小泉純一郎政権の構造改革を先取りしていたと指摘する(東京を考えるシンポジウム実行委員会主催シンポジウム「もう、ごめん!石原コンクリート都政」2010年2月13日)。築地市場移転や東京外郭環状道路(外環道)などの開発優先と、都立病院廃止などの福祉切り捨ては構造改革路線に合致する。
石原氏を構造改革派と位置付ければ、そのタカ派姿勢もレーガン、サッチャー、中曽根康弘、小泉の各氏ら従前の構造改革派と共通する要素と理解できる。石原氏をウルトラ保守の異常な政治家と位置付けるよりも、既に出尽くしている構造改革派の亜種と位置付けた方が、そのカリスマ性を奪うことができる。
そして小泉政権に対しては靖国神社参拝や自衛隊のイラク派兵よりも、格差拡大や貧困の批判が強かった。それを踏まえれば、反石原も構造改革路線への批判を前面に出すことが効果的である。
しかし、構造改革批判は第一の人格批判によって相殺されてしまう危険がある。構造改革路線の問題は全てを金銭的価値で評価する市場原理主義である。血も涙もない非情な市場原理主義に対して、批判者は人間性を対置する。構造改革派を無機的な金の亡者と描けるならば構造改革批判は成功である。
ところが、石原氏の暴言が逆に彼の人間味として受け止められ、構造改革派の非情さを見えにくくしてしまう。石原氏の批判者にとって石原氏の暴言は彼の冷酷さの表れであるが、人間としての冷酷さである。差別感情をあらわにすることで、無機的な市場原理主義者のイメージを回避できる。構造改革路線の成功者の小泉氏も首相就任当初は変人というキャラクターが国民的関心を集めた。
東日本大震災後の自粛選挙によって構造改革批判の論点を深められなかった点が反石原陣営にとって残念な点になるだろう。(「反石原慎太郎の多義性と曖昧性 」PJ ニュース2011年5月10日)

東京都議会が東京五輪招致失敗検証で参考人招致

東京都議会オリンピック・パラリンピック招致特別委員会は2010年5月24日に東京五輪の招致活動を検証するために参考人を招致する。招致対象は招致委員会の河野一郎事務総長、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長、大手広告代理店・電通の前スポーツ事業局長である。
東京は2016年夏季オリンピック(五輪)の開催地として立候補したが、2009年10月2日にコペンハーゲンで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)総会でブラジルのリオデジャネイロに決定した。ブラジルは成長著しいBRICsの一角であり、南米初の開催という記念すべき五輪となる。
東京は決選投票にも残らずに落選した。五輪開催への国民の支持率が他候補都市と比べ低かった点が敗因とされる。日本の夏季五輪招致は名古屋がソウルに敗れた1988年五輪、大阪が北京に敗れた2008年五輪に続いて3連敗である。多くの税金を投入した招致活動が失敗しただけでなく、委託事業費のほとんどを競争入札なしの特命随意契約で電通に受託させるなど不明朗な使途も批判を集めた。立候補の妥当性も含めた根本的な分析と反省が不可欠である。
2016年五輪招致における東京の最大のアピールポイントは環境への貢献であった。しかし、環境への貢献は五輪開催地にならなくても可能である。鳩山政権が温室効果ガス25%削減を打ち出したように日本が環境で貢献できる分野は幅広く存在する。
五輪招致の推進者達が真に環境問題について考えているならば、別の分野で環境に貢献することを期待する。築地市場の移転問題や外環道など都政は環境に関する問題が山積みである。これらの問題について環境優先の立場から政治力を発揮してもらいたい。
東京の五輪招致は国民の支持が低調であるにもかかわらず、石原慎太郎・都知事に代表されるように一部が異様なほどに熱意を示したことが特徴である。そこには委託事業費の不明朗な使途が象徴する五輪利権が見え隠れするが、1964年東京五輪の「成功体験」の世代的な幻想も大きい。1964年の東京五輪は一般に日本の復興と成長を象徴する出来事として語られることが多い。日本経済にオリンピック景気をもたらしたとも説明される。
しかし、1964年東京五輪は手放しで絶賛できるものではなかった。早くも五輪終了直後に新聞では自省する記事が新聞紙上に掲載された。朝日新聞は「天声人語」で「世界一豪華な体育館はできたが、その一方では、住宅地に住む人間は、下水道さえ持っていない」と指摘した(1964年10月30日)。また、毎日新聞は同年10月26日から31日まで連載記事「東京……これから」で公害対策や下水の完備などオリンピック事業のかけ声から取り残され、忘れ去られた問題を特集した。
立派なハコモノは完成したが、福祉が貧困で取り残された国民が放置される点は現代に通じる日本の問題点である。1964年東京五輪自体がハコモノ行政・土建国家という日本の否定すべき方向性を体現したものであった。1964年東京五輪の再来を期待する発想が「コンクリートから人へ」の現代では時代遅れのものとして批判されなければならない。

地方自治

お騒がせ首長は改革者か暴君か

お騒がせ個性派首長の話題が尽きない。阿久根市の竹原信一市長や名古屋市の河村たかし市長らである。大阪府の橋下徹知事も含められるかもしれない。
彼ら個性派首長の特徴は公共事業中心の既得権の牙城と化した地方自治体や地方議会との全面的な対決である。この点で築地市場の豊洲移転や外環道など議会以上に開発に積極的な石原慎太郎知事は本記事における個性派首長からは除外される。
地方自治体の首長は大統領制であり、ある意味では内閣総理大臣よりも強い立場にある。思い切った改革も可能である。議院内閣制の下では首相は議会多数派の支持が前提であるが、首長は異なる。首長と議会が全面的に対立することもある。それでもやっていけるところが首長の強みである。
地方議会などとの全面的な対立も恐れずに我が道を貫く個性派首長は常識外れにも感じられる。目立ちたがり屋で、常軌を逸しているという印象を与える。それ故に個性派首長のパフォーマンスに眉をひそめる住民も少なくない。
一方で多数の住民の支持があったから、個性派首長は当選した。乱暴でも我が道を貫く個性派首長に拍手を送る住民が存在することも事実である。これは民主主義にとっては独裁者待望論につながる危険な傾向である。それでも地方政治の絶望的状況を踏まえると、個性派首長には一定の存在意義がある。
個性派首長の先駆者は脱ダム宣言を掲げた長野県の田中康夫知事(当時)であった。田中康夫氏によって地方自治体や地方議会が市民的価値観から乖離していることが浮き彫りになった。
地方自治は民主主義の学校と呼ばれるが、上からの民主化が進められた日本では国政よりも関心が低い。地方議会の議員は旦那衆によって占められ、それらの多くが土建屋の関係者である。彼らの既得権益で固められ、公共事業に偏った利益誘導は地方経済の健全な発展を阻害してきた。少子高齢化・低成長社会となった現在、その種の無駄な利益誘導を行う余裕はない。
個性派首長当人への是非とは別に、個性派首長の存在自体が地方政治に緊張をもたらしている。地方政治は大きな変化の流れの中にある。有権者として流れの方向性を見定める必要がある。

広島のオリンピック招致は被爆地を汚す

原爆が投下された被爆地である広島市は2020年の夏季オリンピック招致に向け、着々と体制を固めている。2010年5月25日には長崎県の中村法道知事が五輪招致検討委員会の応援委員として参加した。もともと広島市と長崎市にはオリンピックを核兵器廃絶・世界の恒久平和のシンボルにするために、五輪開催地に共同で立候補する構想があった。しかし、広島の五輪招致は、むしろ被爆地の尊厳を損なうことになると考える。
平和五輪構想はオリンピックの実態を踏まえるならばナイーブ過ぎる。オリンピックは世界平和ではなく、国威発揚のために利用されてきた。1936年のベルリン・オリンピックがナチス・ドイツのプロパガンダに使われたことは有名である。1988年のソウル・オリンピックでは分断国家・韓国が朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に対する優位性を印象付けることに成功した。
オリンピックは国家同士の戦いである。個人競技さえメダルは出場選手の所属国にカウントされる。スポーツという平和的な手段であっても、国家同士の戦いの場に被爆地を持ち出したならば他国から反発を受けることは火を見るよりも明らかである。
これは立場を変えて考えれば理解できる。たとえば日本がだまし討ちした真珠湾や大虐殺の行われた南京を平和のシンボルとしてオリンピック開催地となった場合に、素直に祝福できる日本人はどれだけ存在するだろうか。このような想像ができないところにも被害者意識は豊富だが、加害者意識が希薄という日本人の身勝手さが現れている。
被爆地を前面に出すことは、むしろオリンピックを招致する上で障害になる。しかし、被爆地であることを抑えて招致活動をするならば別のアピールポイントを見つけなければならない。それでは核廃絶のシンボルという本来の目的が失われてしまい、意味がなくなる。
広島市の問題は2016年のオリンピック開催地から落選した東京の敗因を分析したとは思えないことである。東京は環境に配慮したカーボンマイナス・オリンピックを掲げたが、落選した。環境問題は人類にとって重大問題であるが、オリンピックで最優先に考えなければならない問題ではない。同じことは核廃絶にも当てはまる。核廃絶はオリンピックとは別の場所で解決されるべき問題である。被爆地として真剣に核廃絶を進めるならばオリンピック招致に浮かれるのではなく、地道な取り組みを大切にすべきである。


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