書評『青年将校ジョージ・ワシントン』

林田力

西川秀和『アメリカ人の物語1青年将校ジョージ・ワシントン』(悠書館、2017年)はジョージ・ワシントンの青年時代と独立戦争勃発に至るアメリカ植民地の歴史を描く書籍である。アメリカ史に登場する魅力的な人物を取り上げるシリーズの第1巻である。

ワシントンは有名な人物であるが、アメリカ独立戦争の指導者で初代大統領ということくらいしか知られていない。本書は青年時代のワシントンを詳しく述べている。著者はワシントンに傾倒し、体型まで近づけようとトレーニングに励んでいると紹介されるが、本書は偉人伝のような書き方ではなく、批判精神を持っている。

たとえば奴隷制度への記述がある。また、ワシントンはフレンチ・インディアン戦争では軍人として命令違反とも評価できるようなイケイケドンドン的なことをしている。ワシントンを無条件に賛美すると、日本の戦前戦中の関東軍将校を批判できなくなる。

ワシントンに限らず、独立戦争に至るアメリカ植民地人には危うい熱狂が感じられる。日本の幕末の尊皇攘夷や戦前のファシズムのような。良くも悪くも近現代の日本と関係の深い国は米国である。意外と日本人と米国人は似ているところがあるかもしれない。

米国が独立に至る背景として、フレンチ・インディアン戦争がある。戦争に主体的に参画したという経験が独立の原動力になる。これは一つの歴史的な真実である。古代ギリシアのポリスの参政権は戦争への参加の義務と対になっていた。そのために自前で武装する財力のない平民には参政権がなかったが、軍船の漕ぎ手として参戦することで参政権が認められた。第一次世界大戦後にヨーロッパ諸国で女性の参政権が認められるようになったが、それは総力戦下における軍需物資生産など女性の戦争協力が背景にある。

それにしても、アングロサクソンの底力には恐ろしさを感じる。序盤はフランスが優勢であった。イギリス側はどうしようもない状態であった。しかし、最後には逆転し、圧倒的な勝利にまで持っていく。日本が太平洋戦争で敗北したことも納得してしまうような底力である。

本書では、先住民のインディアンが虐げられるだけの存在でも、平和的な部族でもないことが描かれている。頭の皮を剥ぐという残酷な行為が普通に行われている。捕虜の扱いというような論理も通用しない。最近はインディアンの思想を高く評価する向きもあるが、ここでは非文明的な未開の部族の印象を受ける。

アメリカで独立運動が盛り上がった背景として、独立前から植民地議会があり、一定の自治があったことが挙げられる。絶対王政の下ならば、どれほど圧政であったとしても独立の動きは遅れたのではないか。そのように考えると皮肉である。

また、これは次巻以降で詳述されるだろうが、独自の議会を持っていた十三州がまとまったことが力になった。一般に独立は分散化をもたらすことが多いため、これは世界史的に珍しい。それが米国を超大国にさせるまでの強みになったと言えるが、それは規模の経済が機能した19世紀や20世紀の強みである。スロベニアは分離独立して経済発展した。依然として、スコットランド独立運動など分散化の独立運動が活発である。ダウンサイジングの現代は分散することの強みもあるだろう。

米国の独立が世界史的に見て稀有なことであることは経済構造にもある。植民地時代の米国はモノカルチャーであり、英国商人が価格決定権を握っていた。これは世界中の植民地と同じである。ほとんどの植民地は独立後もモノカルチャーは変わらず、経済的には先進国に従属し続けている。

これに対してワシントンは植民地時代から農場主として、モノカルチャー脱却を進めていた。現在でも多くの旧植民地がモノカルチャーで不安定な経済であることを踏まえれば、恐るべき慧眼である。ここにも米国が単に独立しただけでなく、超大国になる要因がある。

そして経済面で植民地人が英国に抵抗する手段には英国製品不買運動があった。英国製品不買運動は、最初の大規模な大衆による政治運動と評されている(357頁)。不買運動の強みは製品を購入しないという日常的な行動で参加できることである。政治運動と言えばデモや集会のイメージが強いが、むしろ不買運動こそ強力である。現代日本でも不買運動のアプローチを活用すべきだろう。

米国植民地の英国製品不買運動によって、英国の工場は閉鎖され、多数の労働者が失業した。失業者は不買運動をした植民地人を恨むのではなく、植民地人の求める印紙法を撤廃するよう英国政府に圧力をかける側で動いたと見られた(358頁)。この心理構造は興味深い。

日本では雪印食中毒事件など企業不祥事で経営が苦境に陥った場合でさえ、食中毒になる食品を食べるかもしれない消費者よりも、失業する労働者に同情が集まりがちである。日本は消費者よりも生産者の論理を優先する。この時代のイギリス労働者の方が会社人間ではなく、生活者感覚を持っている。

最後に本書は植民地人の宗教観についても述べている。これは当時の人々の考え方を知る上で有益である。植民地時代のアメリカではクリスマスは宗教的な儀式であり、厳粛なものであったという(289頁)。最近の日本はクリスマスだけでなく、ハロウィンまで馬鹿騒ぎイベントとして導入されているが、由来を真剣に考えなければ冒涜になる。


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