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警察不祥事

新聞やTV報道で連日に渡り警察の不祥事が明らかにされている。警察の腐敗した実態を知り、裏切られたというか、あきれたというか。しかし普段から警察の市民に対する権威的な対応に疑問を感じることは多い。警察組織は縦の社会と言われているが、これも警察腐敗の原因の一つと思われる。警察の実態について批判的に関心を持つことが必要である。

石川県警本部交通部交通機動隊所属の警察官が交通事故の事情聴取及び事故現場の交通整理をしていた際に、事故車の同乗者と組み合いとなり、暴行(膝蹴り)を加えて死亡させたとして、国家賠償責任が認められた(金沢地判H12.4.20判時1731-85)。

スピード違反取り締まりにおいて、オービスの誤作動による被害が増えている。最近では、一般道においても、新Hシステムや移動オービス(車載式赤外線カメラによるスピード取り締まり装置)が多くなり、それに伴い誤作動による被害が増加している。


林田力『東急不動産だまし売り裁判』警察不祥事、危機管理

「ポチの告白」寺澤有氏が語る

警察権力の腐敗の実態を正面から描いた社会派映画「ポチの告白」(高橋玄監督)の公開に先立つ2008年1月22日に原案協力・出演者の寺澤有氏がトークイベント「対決!! 公安 VS 右翼 〜北芝健と鈴木邦男の邂逅」にて作品の意義を語った。
「対決!! 公安 VS 右翼」は北芝健氏(元警視庁刑事)、鈴木邦男氏(一水会顧問)、寺澤氏を迎えて、東京都杉並区にあるライブハウス・阿佐ヶ谷ロフトAで行われた。「ポチの告白」は警察不祥事を精力的に取材している寺澤氏が様々なエピソードを提供して一つのストーリーにした映画である。
作品は2005年に完成したが、3時間という大作で、回転率を高くするために短い作品を好む映画館の傾向から公開する機会がなかった。「靖国 YASUKUNI」の配給で有名なアルゴ・ピクチャーズが配給し、1月24日から新宿K's cinemaで公開される。
寺澤氏はトークイベントで「映画には記事に書いていない裏話も載せた」と語る。映画の内容は全て実話に基づいているとする。現実の方がエゲツなくて、逆に嘘くさくなるから止めようとなったほどという。警察官をポチ呼ばわりすることに反感を抱く警察官もいるかもしれない。しかし、映画を観れば日本国民全体が強い者になびくポチになっているとの警鐘が主体であると分かってくると思うと語った。
映画を観た鈴木氏は「3時間は長いと思ったが、あっという間でした」と感想を述べた。「短い映画で回転率を上げる中で、3時間もの作品を発表することは勇気がある。成功していますね」という。
これを受けて寺澤氏は映画館に受け入れられるようにするために短縮版も作ったという裏話を披露した。しかし、「ポチの告白」の醍醐味は当初は真面目な警察官が段々と悪に染まっていくことである。何か大きな事件に遭遇して悪に一変するわけではない。警察組織で過ごしていくうちに悪に染まっていくという感じが短縮版では出せず、お蔵入りにしたという。
鈴木氏は「靖国 YASUKUNI」以上に問題提起する映画と絶賛した。「北芝さんも呼んで映画館でトークショーをやる。それが北芝さんの目指す警察の信用回復にもなる」と提案した。
今回のトークイベントは「北芝健の対決シリーズ第一弾」と銘打っており、北芝氏がホスト的な位置付けである。警察絶対擁護派を公言する北芝氏がホスト的な立場のトークイベントで警察から取材拒否されたこともある寺澤氏が出演し、「ポチの告白」が紹介されること自体が異色である。北芝氏の懐の深さを感じさせたイベントであった。
その北芝氏も警察の問題として、志布志事件については強く糾弾した。志布志事件は選挙違反の捜査で鹿児島県警が自白の強要や異例の長期勾留などを行った冤罪事件である。自白を得るために踏み字を強要した鹿児島県警のやり方を「同じ警察官と思えない。警察官である前に人間でない」と批判した。また、捜査を指揮した警部補一人だけが責任をとらされた結果もトカゲの尻尾切りとする。
あまりの剣幕に司会の御堂岡啓昭氏が「ここまで北芝さんが警察を批判するとは思わなかった」と思えた。その御堂岡氏からは「ポチの告白」に登場する悪徳警察官が実在の元警察官をモデルにしているのではないかとのイニシャル・トークも飛び出した。
イベント後半にゲスト出演した石原伸司氏(元暴力団組長・作家)も参加者からの質問に答える形で警察の問題を語った。警察の取調べを受けると体をガタガタにされてしまう。特に関西は酷いという。暴力的な取調べに対する暴力団側の対策についても石原氏は説明した。それは逮捕前に弁護士に裸の全身写真を撮影してもらうことである。これによって、留置中に傷ができれば警察官による暴行であると証明する。
寺澤氏はイベントの最後で、「警察組織に顕著であるが、日本は弱いものイジメがはびこる社会になっている」と警鐘を鳴らした。問題なのは自殺してしまうなど弱者もなされるままになっていることである。弱者も一矢報いるようになれば強者も少しは気をつけるようになるのではないか、と発言した。
私はマンション購入トラブルで泣き寝入りせず、売主の東急不動産と裁判で争った経験がある(「マンション販売トラブルで「お詫び」 東急リバブル・東急不動産」)。
http://www.news.janjan.jp/living/0710/0710023335/1.php
トラブル当初の東急不動産の態度が正に消費者に泣き寝入りを強要する弱いものイジメの態度であった。それ故に一矢報いるようにしなければ変わらないという寺澤氏の発言は共感するところが大である。反骨精神から野心的なテーマに取り組んだ「ポチの告白」が世の中を変えるうねりとなることを期待したい。

『警察庁出入り禁止』を読む

本書は著者が様々な警察の疑惑を取材した内容をまとめたものである。雑誌への発表記事が大半であるが、掲載が見送られた内容も含まれている。内容は公安警察による排外主義の扇動、交通違反取締りの恣意性、パチンコ業者との癒着など多岐に渡る。書名は著者が警察庁及び警視庁から取材拒否されたことを記念する意味が込められている(2ページ)。
著者の寺澤有氏は警察の不正を執念深く追及するジャーナリストである。その原点には高校生の時に体験した警察の理不尽な交通取締りへの憤りがあると本書で告白している。「その取締りから10年以上たった今でさえ、現場にいた警察官3名の顔と名前はハッキリ覚えている」と述べる(102ページ)。
私は大手不動産会社から不利益事実(隣地建て替えなど)を説明されずに問題物件を騙し売りされた。不都合な事実を隠して問題物件を騙し売りする詐欺的商法と泣き寝入りを迫る不誠実さには激しい憤りを抱いた。その憤りが市民記者活動の出発点にもなっている。それ故に著者の憤りと、その後の警察不祥事報道への執念は非常に理解できる。
往々にして世の中を変える原動力は個人的な体験に基づく私憤である。過去を水に流すことを是とする非歴史的な民族性を特色とする日本では、過去を忘れて心機一転する人を度量があると持ち上げる傾向があるが、そのような人間ばかりでは反省も改善も進歩もない。焼け野原から経済大国にしてしまう前に進むことしかできない発想は随所で行き詰まりを見せている。理不尽なことに対しては理不尽であると言い続けることが大切である。
本書は様々な問題を取り扱っているが、中でも衝撃的なものは群馬県警高崎署の警察官が木刀でバイク走行者をメッタ打ちにしたという疑惑である。警察は市民の犯罪捜査への協力が得られないと嘆くが、「その原因は、日頃市民と接する機会の多い交通警察があまりにも市民の反感を買っているからだ」と警察官の中にも原因が警察側にあることを認識している発言をしている(221ページ)。
警察への批判が本書のメインテーマであるならば、サブテーマは警察発表を垂れ流すだけで、自ら取材して報道しようとしないマスメディアへの批判である。寺澤氏がスーパーバイザーを務めた映画「ポチの告白」でも警察とマスメディアの双方が批判されている。本書の問題意識が、そのまま「ポチの告白」につながっていることが理解できた。

参照記事
マンション販売トラブルで「お詫び」 東急リバブル・東急不動産
http://www.news.janjan.jp/living/0710/0710023335/1.php
警察権力の腐敗描く大作映画「ポチの告白」原案協力者が語る
http://www.news.janjan.jp/culture/0901/0901246057/1.php
林田力「『報道されない警察とマスコミの腐敗』警察と報道に共通する問題」JanJanBlog 2010年5月21日
http://www.janjanblog.com/archives/3009

著者:寺澤有
出版社:風雅書房
定価:1700円(税込み)
発行日:1994年12月10日

『報道されない警察とマスコミの腐敗』警察と報道に共通する問題

本書(寺澤有『報道されない警察とマスコミの腐敗 映画『ポチの告白』が暴いたもの』インシデンツ、2009年2月25日発行)は警察不祥事を精力的に報道するジャーナリストの寺澤有氏が警察やマスメディア、司法の関係者にインタビューし、警察とマスメディアの腐敗を掘り下げた力作である。著者が原案協力及びスーパーバイザーとなった映画『ポチの告白』(高橋玄監督)のシーンと関連させてまとめているため、映画鑑賞者にとっては映画への理解を深められる作品になっている。
北海道警察の裏金問題を実名で告発した原田宏二・元釧路方面本部長や盗聴法に反対する市民集会で発言した寺西和史・裁判官ら、そうそうたる顔ぶれが登場する。警察の不正を告発した警察官が多く登場するが、一口に内部告発者と言っても様々である。
例えば仙波敏郎・愛媛県警巡査部長(インタビュー当時)は偽造領収書作成を一度も書かなかったと胸を張る(60頁)。これに対して黒木昭雄・元警視庁巡査部長は偽造領収書作成を頼まれると「断れなかった」という(189頁)。仙波氏のような人こそ告発者の鑑であるが、告発者にのみ高い倫理を要求するのは組織の腐敗を放置することにつながる。様々な立場の告発者にインタビューしたことにより、警察の問題の根深さを明らかにしている。
本書の一方の柱が警察の腐敗ならば、もう一方の柱はマスメディアの腐敗である。フリージャーナリストの山岡俊介氏は報道すべきことを報道しないマスメディアの体たらくを激しく糾弾する。記者自身、東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実(隣地建て替えなど)を説明されずにマンションを購入したトラブルを抱えていたが、マスメディアは報道に及び腰であった。
この中で自前のWebサイトで東急不動産トラブルを報道したのが山岡氏であった(山岡俊介「東急不動産側が、マンション購入者に「不利益事実」を伝えなかった呆れた言い分」ストレイ・ドッグ2005年2月21日)。記者が市民記者として自ら記事を発信する道を選択した動機も既存のマスメディアに失望した面が大きい。それ故に山岡氏の怒りは大いに共感できる。
本書の批判対象となった警察とマスメディアには共通の問題が存在する。警察は犯罪を取り締まる組織であるが、警察自身の犯罪は誰が取り締まるのかという問題を抱えている。報道機関には権力を監視するという使命があるが、第四権力とも称される報道機関自身を誰が監視するのかという問題を抱える。一見すると共通点が少なそうな警察とマスメディアの腐敗に迫る本書は、ユニークなテーマ設定で日本社会の問題点をえぐった一冊である。

警視庁が振り込め詐欺撲滅ビラ配布

振り込め詐欺犯人を一緒に捕まえましょう

手口が大きく報道されているにもかかわらず、被害が中々減少しない犯罪が振り込め詐欺である。引っ掛かりそうもないような単純な手口であるが、その時となると気が動転してだまされてしまうのだろう。この振り込め詐欺の被害防止施策の一環として警視庁深川警察署では振り込め詐欺に注意喚起するビラを管内の住戸に配布している。
このビラでは上段に「振り込め詐欺犯人を一緒に捕まえましょう!」と書かれている。これは中々インパクトのあるメッセージである。振り込め詐欺事件について知っているのに被害者になってしまうのは、自分には関係ないと思っているためである。そのため、「振り込め詐欺に気をつけてください」というビラでは「どうせ自分には関係ないから」と考えて大して注意されずに終わってしまう可能性がある。
これに対して、このビラでは「犯人を一緒に捕まえましょう」と呼びかける形である。このビラによって、「もし自分に振り込め詐欺犯人から電話がかかってきたら、捕まえてやろう」と身構えてくれる人もいるかもしれない。この点で工夫された文言になっている。
一方、ビラには「息子さん?から「携帯電話の番号が変わった」という電話があったら、すぐ110番してください」とも書かれてあり、かなり強引である。番号が変わったことを伝えただけで110番されてしまったならば、親に気安く電話をかけることもできなくなる。もっとも、それくらい用心すべきということを主張したいのだろう。
ビラでは息子を騙る典型的なオレオレ詐欺を対象にしているが、近時の振り込め詐欺は劇団型とも名付けられるような手が込んだものになっている。元警視庁刑事の北芝健氏は以下のように説明する。
「一番知られているオレオレ詐欺とはターゲットとなる家に電話をかけその際、息子や夫、事故の相手、警察官、会社の上司などになりすまし、示談金の要求や弁済金を請求し、代わる代わる電話口に出て信用をさせ、現金を指定の預金口座などに振り込ませる詐欺」(『北芝健のニッポン防犯生活術』河出書房、2007年、70頁)。
このため、「息子からの電話を疑え」というだけでは巧妙化する振り込め詐欺の手口に対応できない。劇団型振り込め詐欺では警察官も騙られることがあるため、警察にとっても他人事ではない。警察官を騙った詐欺こそ、警察への信頼を悪用するものであるため、警察にとって最も許しがたい犯罪類型の筈である。
それ故に「相手が警察官を名乗っても無条件に信用しないで下さい」という類の警察官を騙る詐欺に注意喚起をする文言が有効である。しかし、たとえ騙りであっても身内の否定につながりかねないため、警察にとっては書きたくないものかもしれない。警察の身内に甘い体質は相次ぐ警察不祥事で散々批判されている。
息子から「携帯電話の番号が変わった」との連絡があっただけで振り込め詐欺を疑うことを市民に求めるならば、警察にも世の中で起きている犯罪として注意喚起するだけでなく、自分達も騙られているという当事者意識・危機意識を期待したい。
林田力「警視庁が「振り込め詐欺」撲滅ビラ配布」オーマイライフ2009年3月5日

四つ葉のクローバーにも不満な高齢者

新しい高齢運転者標識として2010年8月19日に四つ葉のクローバーをデザインしたマークが決定されたが、依然として一部の高齢者には不満である。
新デザインは、幸福を象徴する四つ葉のクローバーに、シニアの「S」を組み合わせている。四つ葉は各々色が異なる。上の葉は黄緑、右の葉は緑、下の葉は黄色、左の葉は橙色というカラフルなデザインである。
元々、高齢ドライバーが車に表示する標識には「もみじマーク」がある。しかし、枯れ葉に見えることから不評で、2009年11月に新たなデザインを公募した。検討委員会が公募作品を4案に絞り、もみじマークを含む5案について6月18日から意見を募集した。「クローバーは幸せの象徴」「カラフルで、どの車にも合う」とクローバーのマークを推す声が多かったという。
ある高齢ドライバーは「もみじマークが何故、批判されたのか分かっていない」と憤る。問題はマークの色である。葉の黄色と橙色が「もみじマーク」と同じく、茶色にも見え、枯れ葉を想起させる。四つ葉のクローバーは通常、緑一色である。そこに茶色系の色を使うことは紅葉をイメージした「もみじマーク」以上に不自然である。役所が「高齢者=枯れ葉」というイメージを固定観念として抱いている結果ではないか。
これは高齢者の被害妄想として片付けられない。驚くべきことに候補作品4案のうちの3案に茶色系の色が強調されている。クローバーについては上述の通りである。稲穂の実を図案化したマークは黄色と橙色がメインである。ハート型の鳥のマークは茶色一色である。検討委員会には高齢者の色は茶色系という意識があるような印象を受ける。
後期高齢者医療制度導入時に「後期高齢者」という名称を使った役所の鈍感さが批判を浴びた。あくまで高齢者に「枯れる」というイメージを押し付けるならば、高齢運転者標識にも同種の批判が該当する。

警察ジャーナリスト・黒木昭雄氏死亡への不審

元警察官でジャーナリストの黒木昭雄氏が2010年11月2日に千葉県市原市内で停車中の乗用車の中で死亡していたことが明らかになった。車内の後部座席には燃えた練炭があり、千葉県警市原署は自殺の可能性が高いと見ている。マスメディアの報道も警察報道に追随しているが、インターネット上では不審の声が出ている。
黒木氏は元警視庁巡査部長で、未解決事件や警察不祥事などについて精力的に調査していた。警察官時代の実体験に基づき、警察の裏金作り(偽造領収書作成)の実態なども告発している。
黒木氏はブログでも情報発信しているが、10月1日には岩手県警、警察庁、中井洽・前国家公安委員長らに関するブログ記事が狙い撃ちされた如く削除されたという。しかし、削除にも屈することなく、復元した記事を再掲載した。死亡前日にもツイッターで岩手17歳女性殺害事件について「税金が警察の犯罪隠しに使われています。皆さん、追及の声を上げて下さい。お願い申し上げます。」と訴えていた。
これらの状況からインターネットでは黒木氏は自殺ではなく、殺されたのではないかとの声が強い。その中で同じく警察OBで北芝健氏のブログに注目が集まっている。北芝健公式ブログの10月31日の記事「午前8時就寝」で黒木氏について以下のように記述している。
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調子に乗って無礼な態度、言動をとったから「てめえ勝負すんのかよ!」と噛みついたらびびって頭下げた。
再度無礼な口をきいたからまた「上等だ、てめえやるんだな」と双方立ち上がった状態になったので言ってやったら「やりません」と膝ぶるわせてイスに座った。
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黒木氏死亡の直前での黒木氏批判というタイミングの悪さから北芝氏に疑惑の目を向ける見解もある。また、バラエティ番組での北芝氏はエンタメ色溢れるトークでファンタジー北芝と呼ばれていた。その印象が強い向きにはブログの激烈な表現に戸惑う声も聞こえる。
しかし、ブログに書かれた内容自体は以前から北芝氏が言及しているもので、新味はない。あくまで特筆すべき点はタイミングである。激烈な表現も知らない人は驚くが、北芝氏の個性の一つである。北芝氏を挑発して怒りの説教電話を受けた人物が逆に驚いて警察に相談したという笑い話もあるほどである。実際、北芝氏の書籍や原作マンガ『まるごし刑事』には過激な表現が溢れている。バラエティ番組でのタレント活動は、犯罪学者、空手指導者、マンガ原作、要人警護など多彩な顔を持つ北芝氏の一面である。
もともと黒木氏が北芝氏を名誉毀損で提訴するなど、両者は犬猿の仲であった。警察の不正を告発する黒木氏と警察絶対擁護派を自認する北芝氏は立ち位置も対極に位置する。
一方で近年の北芝氏は警察絶対擁護派とは異なるスタンスも見せていた。北芝氏は2008年1月22日に阿佐ヶ谷ロフトAで開催されたトークイベント「対決!!公安 VS 右翼 〜北芝健と鈴木邦男の邂逅」では警察批判の急先鋒である寺澤有氏と共演し、冤罪事件の志布志事件を強烈に批判した。また、2月15日には警察の腐敗を描いた映画『ポチの告白』のトークイベントにも出演した。
その北芝氏が黒木氏の死亡については、岩手17歳女性殺害事件をめぐって黒木氏が岩手県警と激しい対立があったとコメントする。警察の暗部も知る北芝氏の言葉には重みがある。黒木氏が追及していた問題が彼の死によってウヤムヤになることだけは避けて欲しいものである。

クライシスマネージャー第3回養成講座開講

学術社団「日本安全保障・危機管理学会」(JSSC、二見宣理事長)は、第3回クライシスマネージャー養成講座を東京都港区の金沢工業大学大学院・虎ノ門キャンパスで開講する。
この講座は多様な危機を総合的に管理する能力を有する人材の養成を目指す。危機を起こさないための基盤作りから、被害の復旧までを対象とし、多岐にわたる危機を総合的に管理する組織リーダーのための講座である。
開講日は2010年8月20日、8月27日、9月3日の3日間である。1日5コマ、最終日のみ4コマの合計14講義となっている。ここにはテロ対策やメンタルへルス、パンデミックインフルエンザ、外国人犯罪組織、防災、マスメディア対策、コンプライアンスなど様々なテーマの講義が含まれている。1コマからの受講も可能であるため、興味のある講義を受講できる。
講義内容は大きく3つに大別される。
第一に総論的で国家寄りの内容である。危機管理を冠する学会は日本自治体危機管理学会、日本危機管理学会、危機管理システム研究学会と様々なものがある。その中でもJSSCは安全保障面を重視している。講師陣も公安調査庁や自衛隊OBが多い。そのため、養成講座でも国家安全保障に関わる話題が多い。
第二にテロや組織犯罪など個別の危機に焦点を絞った具体的な講義である。各論的なテーマで深掘りする。ここではメンタルヘルスや薬物依存のような薄っぺらな新自由主義者ならば個人の自己責任で切り捨ててしまいがちな問題も、組織や社会の危機管理の問題として正面から取り組む姿勢を見せている。
第三にマスメディア対策や裁判への対応、事業継続計画など危機発生後の対応にフォーカスした講義である。危機発生後の損害を最小化するための活動であり、組織の危機管理担当者にとっては即効的な内容になっている。
記者は2009年7月10日、7月24日、8月7日に開催された第1回養成講座を受講した。全講義終了後に総括を行ったJSSCの古市達郎・金沢工業大学危機管理研究室教授は養成講座の内容を単に知識として終わらせるのではなく、自分や家族を守ることからはじめて欲しいと激励した。また、組織の中で組織を守るために自信を持って提言して欲しいと希望した。
全講座受講者には顔写真入りの認定書が授与されたが、日本安全保障・危機管理学会ではクライシスマネージャーの有資格者によるユーザー会なども検討しており、資格授与は通過点である。どれだけ危機管理の実践に活かせるかがクライシスマネージャー資格の価値を定めることになる。
養成講座は政府の特殊な機関で働いていた講師陣の知見を民間でも活用できるようにするというユニークな試みである。単純に民間企業が手っ取り早く採用できるハウツーを詰め込むのではなく、危機管理の根本的な考え方を教えることを目指す。ここには総合的な危機管理の専門家を育成したいという運営側の意気込みが感じられる。
養成講座から浮かび上がったことは危機管理に対する日本社会の関心の低さである。表層的な分析にとどまらず、深層を探究するクライシスマネージャー養成講座は日本社会の危機管理意識を高めることに貢献する。一朝一夕で実現できることではないが、クライシスマネージャーの活躍によって日本に危機管理意識が根付くことを期待したい。

危機管理総論

以下では記者が受講した第1回クライシスマネージャー養成講座の内容を紹介する。但し、危機管理は状況の変化への即応が強く要請される分野であり、第1回と第3回では講義名・講師の内容は同一ではない。また、講義名・講師が同じであっても、内容が異なる可能性がある。
「危機管理総論―求められる危機管理士像T−」は養成講座全体の導入部となる総論的な講義である。講師は古市達郎・金沢工業大学危機管理研究室教授(元近畿公安調査局長)である。
本講義では日本社会の危機意識の弱さを問題提起する。日本企業には危機管理を後ろ向きの投資として軽視する発想があるが、守りを固めてこそ勝負できる。経済活動のグローバル化に伴い日本企業の立場の認識と責任が求められている。この観点からクライシスマネージャー養成講座で養成する危機管理士像を語った。
この講義は導入部の位置づけであるが、危機管理に強い組織の条件をまとめている点で実践的である。注目すべきは以下の項目が挙げられていることである。
「人事管理が適正かつ公平に運営されており、また、人材教育(OJTなど)にも熱心であること」
「人間関係、幹部同士や上下のコミュニケーションが良好であること」
これは組織全体に関わる内容である。危機管理が決して表面的な対策でお茶を濁すことができないものであることを示している。近年の日本企業は非正規雇用の拡大など短期的な人件費削減を追求し、労働者を使い捨てにする傾向が見られる。これは労働者を搾取し、企業の社会的責任を否定するものと批判されているが、危機管理の観点からも好ましいものとは言えないことが理解できる。
続いて「安全保障・危機管理における組織の役割−求められる危機管理士像U−」である。矢野義昭・あいおい損害保険株式会社顧問、一橋総合研究所アドバイザー(元自衛官)が講師を務めた。
ここでは安全保障の意義と、その中で企業、自治体、個人等の果たすべき責任について解説した。その上で日本の国家としての脆弱性と国民意識など安全保障・危機管理上の問題点を指摘した。
危機管理はNever Give up(決して諦めない)の精神が必要である。桜のように潔く散ることは危機管理に反するとした。この執念の点で日本人は幼い。具体的に以下の点を日本の国民性の問題点とする。
第一に危機を予見し予防策をとることをしない。
第二に脅威に対する感覚が鈍く、脅威を特定し直視することを回避する。
第三に危機管理のために合理的思考態度に乏しい。
本講義は「組織の役割」と題するが、国家寄りの話が多かった。主権国家が並存する状況においては国家を基本的なアクターとするリアリズムの立場からのものである。その上で危機に際してはリーダーに権限を集中させることが必要と力説した。
「国家は、こうあるべきだ」という国家論は個人が企業や地域で対応できる範疇外である。しかし、総合的な危機管理の専門家を育成する講座としては意味がある。小手先のテクニックを身につけることを目的としない養成講座のスタンスを表している。

状況判断と工作員

「危機管理における経営戦略の計画手法―危機管理からビジネスの勝機をつかむ!−」では陸上自衛隊で教えている状況判断についてビジネスで応用するための概要を説明した。講師は鬼塚隆志・元陸上自衛隊化学学校長である。
一般に状況判断という言葉は「状況判断が甘い」という形でネガティブな文脈で使われる。失敗時は「状況判断が甘い」と非難されるが、成功時は「状況判断が正しい」と評価されることは少ない。しかし、意識的に状況判断を行うことで、自ら企画し、付与された仕事を合理的かつ効果的に遂行することができる。状況判断を行うことで実行計画の重要な資料を得ることができ、計画作成が容易になるとともに仕事の終了後に行う成果の分析・評価などが容易になる。
本講義は自衛隊のナレッジを展開するものだが、講師が企業活動に適するように咀嚼して説明しているところが、特徴的であった。鬼塚氏は部長以上が課長以下からの方針をまとめるボトムアップ型の日本企業のあり方を批判する。
トップが目標を提示し、部下にブレークダウンしていくことがあるべき姿である。ボトムアップ型では重要性や優先順位が曖昧になり、戦力を逐次投入して敗れた旧日本軍と同じ失敗を繰り返すことになる。
戦前の日本軍は情報収集能力が高かったが、情報幕僚の力が弱かった。事実に基づいて判断するのではなく、やりたいことが先に立ち、結論あり気で判断していた。都合の悪い情報を報告する情報幕僚に対し、作戦幕僚が「そんなことで勝てるのか」と文句を言うようなシーンも少なくなかった。
反面教師として旧日本軍のモットー「決心攻撃、矢は左」をあげる。旧軍では、どのようなケースでも退却はなく、左からの攻撃と答えておけば評価された。そのような硬直的な姿勢が第二次世界大戦での敗北の一因となった。この反省を踏まえて、自衛隊ではアメリカの手法を取り入れた現実的な状況判断を教育している。
続いて「情報セキュリティ−情報は簡単に漏洩する!漏洩対策3つのポイント−」である。講師は長谷川忠・情報保全アナリストである。
企業情報や防衛情報の流出事件が相次いでいる。情報漏洩や大きな経済的損失や信頼関係の低下をもたらす。この講義では現実の事件やインシデントを分析・紹介して企業や団体の内部情報を、いかにすれば守れるのかを解説した。
情報セキュリティというと漫画『ブラッディ・マンデイ』のようにIT技術を駆使したハッキングが想起されるが、現実には人が介在するソーシャル・エンジニアリングによる漏洩の危険性も無視できない。本講義は人的要因による漏洩に特化し、外国の諜報活動の実態を詳しく説明した点が異色である。
外国の工作員の情報収集の手口を具体的に説明する。工作員の情報獲得は最初から情報そのものを狙うのではなく、内部に協力者を作ることから始めることが多い。これは職員の顔写真や趣味などトップシークレットとは言えない情報を活用してなされる。そのため、機密度の低い情報の保全にも注意を払う必要がある。
ロシアと中国では諜報活動に異なる特徴がある。ロシアはプーチン大統領(当時)の大国構築宣言以降、改めて諜報活動を活発化させている。旧ソ連と比較すると、軍事情報から科学技術情報にシフトしている。このロシアの諜報活用の特徴はプロの工作員によって担われていることである。「一人の工作員がバケツ一杯の砂を運ぶ」と喩えられている。
これに対して、中国の諜報活動の喩えは「一人の工作員が砂一粒を運ぶ」である。諜報機関は一般の中国人をリクルートし、彼が入手できる範囲の情報を入手させる。素人であるためスパイらしく見えず、スパイらしく行動しない点が厄介である。生々しい現実を知ることができる貴重な講義であった。

パンデミックとBCP

「パンデミックインフルエンザ対応−感染爆発がもたらす経済的ダメージと企業の事業継続−」は一時期に大きく騒がれたパンデミックについての講義である。講師は六反田亮・防衛大学名誉教授(昭和大学客員教授)である。
医療の危機管理、特にパンデミックの警報フェーズにおける対応を中心に、感染症、予防法、対応、装備について政府・自治体・個人のレベルに分けて解説する。前半はインフルエンザウイルスについて医学的な説明を実施した。
パンデミック時の企業の対策としては人との接触を避けることが基本になる。会議を行わずにメールなどで代替する、従業員は社員食堂を時間差で利用するようにする、公共交通機関を使わず徒歩や自転車での通勤を奨励するなどである。また、事業を継続するためには一定量の在庫を抱えておく必要もある。在庫を持たないカンバン方式(Just In Time)は効率的とされるが、危機管理上は脆弱である。
パンデミック対策では決して「パンデミックの罠」に陥ってはならない。これは対策をしても焼け石に水であり、対策をすることが無駄に思えてしまうことである。パンデミックは間違いなく発生する。対策によって完全に防止できないとしても、新型インフルエンザに効くワクチン製造までの時間を稼ぎ、パンデミックの規模を小さくすることができる。
本講義に対する所感は以下の通りである。企業にとって人との接触を減らすことは簡単なことではない。恐らく非常時のみ実施しようとすると失敗する。日本のホワイトカラーは会議が多く、生産性が低いと指摘されている。パンデミック対策に限定せず、日常のワークスタイルを変更していく必要があると感じた。
「事業計画(BCP)―被害からの速やかな復旧のために―」は緊急時に事業の継続と早期復旧を図るための行動計画(BCP: Business Continuity Plan)について説明した。講師は高橋和孝・株式会社あいおいリスクコンサルティング専務取締役である。
いかなる会社にも社会的責任があり、事業の断絶や廃業は許されない。BCPは事業継続・企業存続のための革新的技術であり、被害を局限し、CSR(企業の社会的責任)の向上にも資することが出来る。本講義では、ヒト、モノ、カネ等の確保を計画策定上のポイントを押さえ、自社の身の丈にあった実践的対策のための方法論を提示する。
BCPの根底には企業は様々なステークホルダー(利害関係者)によって成り立っているとの発想がある。企業を株主だけのものとするアングルサクソン的な強欲資本主義はサブプライム・ショックで行き詰った。BCPを果たせる会社であることが企業価値を高めることになる。
本講義でも在庫を持たないカンバン方式に象徴される生産の効率化は冗長性を消失させ、BCPの観点では脆弱であると指摘された。また、地震とパンデミックにおけるBCPの相違を指摘する。伝統的なBCPは地震災害を念頭とし、事業の早期復旧を図るものである。これに対し、パンデミックでは感染を拡大させないために不要不急の事業を停止していく。どのタイミングで停止するかが非常に難しい判断になると主張した。

邦人の安全とメンタルヘルス

「海外における日系企業及び法人保護―邦人誘拐事件にみる命の値段―」は海外に進出した日系企業のテロに対する具体的方策をまとめる。講師は古市達郎・金沢工業大学危機管理研究室教授(元近畿公安調査局長)である。
本講義では日系企業及び在留邦人の安全保護は日本国の国益そのものと位置付ける。その理解のもと、事前の情報収集や現地の治安・対日感情など情報収集体制の確立、国際テロの類型・傾向を把握し海外における安全に関する十分な対策と行動の在り方を解説した。
講義では進出先の国の対日感情の実情を押さえておく必要性が強調された。日本からのODAが多い国でも対日感情が良いとは限らない。支配者層の圧制の維持にODAが使われ、日本が人民から怨嗟の的になっている場合もあるとの厳しい現実を指摘した。
海外での安全対策として、細かな点についても貴重な情報を提示しており、海外に駐在員を置いている企業にとって有益である。具体的にはホテルの部屋の選び方、ノックされた時のドアの開け方、ハイジャック時に安全度の高い飛行機の座席位置などである。
外務省の情報収集能力の弱さも問題提起された。在外公館の実務は各省庁からの出向者で担われ、外務省に入省したプロパーの外交官にスキルが蓄積しにくいという現状がある。外務省でもプロパー外交官に経験を積ませるために若いうちから在外公館勤務とさせているが、ローカルスタッフ(現地で雇用したスタッフ)に高圧的に接することを覚えるだけで本人の成長にならない面があると指摘した。
また、在ペルー日本大使公邸人質事件の裏話から、事前の情報収集の重要性を強調した。日本大使公邸を占拠した武装組織のトゥパク・アマル革命運動は人質事件によって存在を知られるようになったとされるが、外務省内には報告書があったとする。情報共有の大切さを実感した講義であった。
「管理者のためのメンタルヘルス−組織としての自殺予防対策−」は、うつ病を中心にメンタルヘルスの問題を取り上げる。講師は渡辺秀樹・シニア産業カウンセラー(株式会社話育総研 代表取締役)である。
組織運営におけるメンタルヘルス上のリスク、特に自殺問題について、うつ病患者を出さない組織作りから、患者の早期発見・早期対処、医療対応、職場復帰、自殺者が出た後の対応までを解説した。本講義では、うつ病は個人が勝手に病気になり、個人が治せばいい問題とは考えない。メンタルヘルスを組織の問題と位置付ける点が特徴である。
最初に、うつ病になりやすいタイプを仕事熱心で責任があり、いい人であることとする。これは一般に議論されている内容と同じであり、新味はない。しかも、これが分かったとしても有意義な情報にならない。何故なら、これらの性質は仕事を遂行する上で美徳とされるものであり、問題点として認識できず、それ故に対策を立てようがないためである。
そこで本講義では、うつ病になりやすい性質を肯定的な表現でお茶を濁すのではなく、欠点として再整理する。それは全ての仕事を徹底的に漏れなく行おうとするコダワリである。全ての仕事を同じように重要視し、優先順位の重み付けができないという欠点である。このように、うつ病になりやすい人が欠点を抱えていることが導き出されたが、それを個人の問題に矮小化しない点が本講義の優れた点である。
渡辺氏は組織としてストレスを与えないマネジメントが重要であると強調した。上司は部下に重要度の高低も合わせて説明し、時には「この仕事はあまり重要ではないので、ちょこちょこっとやればいい」と指示することを勧めた。現実の上司は割り当てた全ての仕事に全力投球を期待しがちで、それがメンタルヘルスの問題を生み出すことになる。
渡辺氏の指摘は全力を尽くして頑張ることを美徳とし、能力のある人が余力を残して物事に取り組むことを悪徳のようにみなす頑張リズムが蔓延する日本の組織において貴重である。
また、うつ病と他の精神疾患には容易に見分けられる特徴があるとする。前者は脳へのエネルギーが低下し、消極的になるが、発言内容には矛盾がない。自分を責め、他人のことは気にしないという特徴がある。これに対して後者は妄想や幻聴を伴い、発言内容に矛盾が多い。他人の目を非常に気にするという特徴がある。うつ病と他の精神疾患を明確に区別する説明は、うつ病に対する誤解や偏見を解き、正しい理解を深める上で有益である。
本講義では療養中の本人に言ってはいけない言葉も紹介した。「頑張れ」が禁句であることはメンタルヘルスについて知識がある人ならば誰でも知っていることである。それに加えて、「死ぬ」と言っている人は自殺しないというのは完全な誤解であるとする。相手の痛みを知り、気配りを忘れないことが肝要である。
自殺者が交通事故の死者数を上回り、メンタルヘルスが大きな問題になっているが、ここでは世間に流布されている情報では得られないユニークな知見を得ることができた。

暴力組織と薬物蔓延

「防犯・犯罪と組織安全・治安−在留外国人の犯罪の手口−」は日本における警察と犯罪組織の動向を解説する。講師は作家やマンガ原作者としても活躍する北芝健・犯罪アナリストである。
講義では日本における治安機関は警察や海上保安庁の他にも麻薬取締官や漁業監督官らがいる。船長も船内では捜査権が与えられている。北芝氏は元警視庁刑事であるが、治安機関を警察に限定しない視野の広さを持っている。
日本では中国マフィアの進出が著しい。その中でも強力なのが東北マフィアである。東北マフィアを構成する朝鮮族や満州族の言語は日本語と似ており、24時間で生活上の日本語を使えるようにするシステムを持っている。そのために日本社会に溶け込むのも早い。2002年9月27日には新宿・歌舞伎町の喫茶店パリジェンヌで東北マフィアが住吉会幸平一家組員を射殺する事件が発生した。チャイナマフィアは他の外国人も勢力下に組み込み、巨大化している。
暴力団は日本全国で9万人、暴力団にパラサイトする集団も含めて12万人存在する。暴力団は利益追求を優先するマフィア化の傾向が著しい。かつては事務所に代紋を掲げて自己顕示欲を満たしていたが、今では表向きは会社などになっている。構成員も一見するとヤクザに見えない人が増えた。それでも数分間話をすればヤクザかどうかは見分けられる。
最近ではガールズバーの経営を足掛かりにしている暴力団が増えている。暴力団の表経済への進出は北芝氏の著書でも「東急コンツェルンが広域組織系フロント企業との仕事を通じ、コンツェルンそのものが広域暴力団組織に乗っ取られそうになった」と記載されている(北芝健『警察裏物語 小説やTVドラマより面白い警察の真実』バジリコ、2006年、244頁)。
講義では薬物(ドラッグ)の蔓延についても言及された。渋谷の薬物販売現場を調査した北芝氏は購入者に日雇いの土木作業員が含まれることを指摘した。日々の労働が厳しい彼らは筋肉を鎮静させるため、または一時的に力を出すために薬物を使用する。これは苦力(クーリー)に阿片(アヘン)を吸引させて身体の痛みを忘れさせて使役させた状態を髣髴させるとした。
有名私立大学生や芸能人のお遊びでの薬物使用が大きく報道される傾向にあるが、薬物をめぐる状況は想像以上に深刻であることが北芝氏の講義から理解できる。薬物の撲滅を追求するならば、薬物を求める人々の状況を改善する必要がある。格差社会の病理を再認識させられた。
薬物に対しては反パターナリズムの立場から犯罪として扱うことを否定する立場もある。記者も反パターナリズムの考え方には大いに共感するが、反パターナリズムに基づく薬物合法論は、真の意味での自由意思による選択が大前提である。苛酷な労働環境に置かれた労働者が存在し、生きるために薬物に頼らざるを得ないという現実を無視して、「個人の自由に国家は介入するな」と叫んでも薄っぺらな議論になる。
正しい結論は正しい事実に基づかなければ導き出すことはできない。北芝氏の講義は「神学論争や犬の遠吠えは、やらない」(二見宣理事長)という日本安全保障・危機管理学会の趣旨を体現したものであった。

CBRNEテロ

「多様なテロと災害への対応−テロの可能性と安全方策を推察する−」はCBRNEテロへの対処方法を説明する。講師は二見宣・日本安全保障危機管理学会理事長である。
CBRNEは化学兵器Chemical、生物兵器Biological、放射性物質Radiological、核兵器Nuclear、爆発物Explosiveの略称である。これらの各々について個人や企業で採用できる防御策を具体的に解説した。
日本もテロ対象国であるということは免れない。しかし、現実にはその対処が十分に施されているとはいえない。ひとたびテロが起これば、災害は一般人に及ぶ。対処法を知っていれば自分の身を守ることができる。
地下鉄サリン事件の軽症の被害者の中には、そのまま仕事に行った者もいる。それによって症状を悪化させ、後遺症に苦しむ結果となった。身体を洗う、サリンの付着した服を取り替えるという対応をしておけば後遺症に苦しまなかった可能性が高い。自衛隊などでは常識となっている知識が一般には全く知られていない。これを広めることがJSSCの使命とした。
日本では地下鉄サリン事件に際して、麻原彰晃らオウム真理教教団幹部の動向は大きく報道されたが、再びサリン事件が起きた時にどう対処するかという報道はなかった。これに対して、米国の日本法人では従業員分のガスマスクを用意した企業もある。日本人の危機意識は遅れている。テロや災害時の初期対応は個人や家族の責任であるということを周知させる必要がある。
興味深かった内容を2点ほど指摘する。
第一に国の脅威を数式化して説明した点である。「脅威=相手の意図×相手の能力÷我の対抗能力」である。この説明から私は以下のように考えた。日本を侵略する能力は日本国内に基地を持ち、大軍を駐留させているアメリカ合衆国が最も高い。しかし、日本にとって米国が脅威と主張する人は少ない。
これは米国の場合、「相手の意図」が小さいと考えられているためである。一方で米国と比べれば攻撃力がはるかに低い朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に日本人の多くが脅威を感じている。これは「相手の意図」を大きく見積もっているためである。どの国を脅威と感じるかは主観的かつ相対的な問題であることが理解できる。
第二に悪意によるテロだけでなく、災害による被害も同種に扱っている点である。たとえば化学兵器によるテロと化学工場の爆発、放射性物質によるテロとチェルノブイリのような原発事故は被害を受ける側からすれば同じである。従って化学工場や原子力発電所などを建設する場合は、事故があった時にどうするかということを考えなければならないと力説した。
これは日本社会では欠けている視点である。化学工場などの嫌悪施設が建設されるとなると住民意識の高い地域では反対運動が結成される。これに対して建設する側は安全性を強弁することで押し通そうとする。ここからは「事故があった時にどうするか」という発想は生まれない。
これは化学工場のような影響の大きな施設に限られない。記者は新築マンション購入トラブルで東急不動産と裁判した経験から、マンション建設反対運動と接している(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。低層住宅密集地に高層マンションを建設した場合、火災発生時に高層マンションまで、はしご車のような大型車両が入れないという問題が置き去りにされているケースがある。危機を想定して対処法を検討しておくことの重要性を確認できた講義であった。

マスコミ対策とコンプライアンス

「組織のマスコミ対策―いざという時にマスコミと上手に付き合う方法―」はマスメディア対策を紹介する。講師は古市達郎・金沢工業大学危機管理研究室教授(元近畿公安調査局長)である。
不祥事発生時において、マスコミは果たして常に巨大な敵なのか。上手なマスコミとの付き合い・対応によっては、むしろマスコミを味方につけ、組織の再生、イメージアップの好機に変えることすらできる。このための意識改革と具体的方策を解説した。
講義では最初に雪印食中毒事件や不二家の消費期限偽装事件など相次ぐ企業不祥事が紹介された。企業不祥事では役員が並んで頭を下げるシーンが御馴染みであるが、古市氏は暴風雨が通り過ぎるのを待っているようにしか見えないと辛辣である。
真摯な謝罪姿勢があるかという点が重要になる。これは、その後の論調にも影響する。この点は記者にも思い当たることがある。記者は東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りされた。
東急リバブル・東急不動産は2007年10月にウェブサイトに「お詫び」を掲示したが、謝罪の仕方が良いとは評価できないものであった(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年、97頁)。これが、その後の記者のスタンスにも影響していることは言うまでもない。
また、古市氏は一番悪い対応を開き直りと指摘する。これも東急不動産だまし売り裁判に該当する。東急不動産住宅事業本部の課長が「弁護士でも都庁でも裁判所でもマスコミでも、どこでも好きなところに行って下さい」と開き直ったことが提訴の発端となった(『東急不動産だまし売り裁判』7頁)。
狭い意味での危機管理は危機発生後の対処法である。その意味で本講義は即効性を求める企業担当者が最も求めるものである。しかし、本講義は世間のバッシングをひたすら回避する方法を伝授するものではない。危機が一段落した後にもメディアや利害関係者に調査結果を説明することが重要と説く。ここには付け焼刃ではなく、本物のクライシスマネージャーを育成するという主催者側の意気込みが感じられた。
続いて「ガバナンスとコンプライアンス―不正・不祥事における組織のダメージを救う―」である。講師は清正登喜男・内部統制・コンプライアンス推進協会(JSPA)専務理事である。
ガバナンスの目的は事業体(企業や自治体を総称)の目標に即した高度な事業継続である。コンプライアンスの目的は法令遵守を超えたポリシーマネジメントであり、この二つの肝が危機管理(又はリスク管理)である。
一般にコンプライアンスは法令遵守と翻訳されることが多い。これに対して、本講義では「コンプライアンスは法令遵守ではない」と主張する。社会から発せられる要請(社会規範)を受けとめることがコンプライアンスである。法律に則れば許されるという発想は誤りであり、法の抜け穴をくぐろうとする企業が問題を起こすと指摘した。
講座ではコンプライアンス意識の低い日本企業の実態が浮かび上がった。コンプライアンスやCSRに抵触する場合に常に対応する企業は3割以下であった。不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした東急リバブルや東急不動産のような企業が多いことを示している。
コンプライアンス違反などに対応しない理由として最も多いものは「これまで全く問題にならなかった」である(約5割)。実際、「これまで全く問題にならなかった」と開き直り、主体的に改善しない企業が多い。前述の東急不動産だまし売り裁判でも消費者契約法で不動産売買契約が取り消された先例がないことが東急不動産の拠り所となった。コンプライアンス意識の低い日本企業の現状では、裁判で徹底的に争うことは社会正義の実現につながる。

裁判対応

「司法からみたコンプライアンス―裁判に負けないための対応策―」は企業内での法的紛争の予防・対応策、危機発生時の対応方法を説明する。講師は川目武彦・弁護士(弁護士法人川目法律事務所所長)である。
川目弁護士自身は依頼人を企業に限定している訳ではなく、個人からの事件も受任した経験がある。しかし、企業担当者の受講が多いという養成講座の性格上、企業の視点での法的紛争の予防・対応策を説明した。講師の具体的経験から実践的かつ総合的な危機管理のノウハウが紹介された。
最初に川目氏は初歩的な注意点として「被告」と「被告人」のような民事訴訟と刑事訴訟の違いを説明した。民事訴訟と刑事訴訟の混同は素人の犯しやすい過ちである。川目弁護士の視点では、記者が戦った東急不動産の弁護士はレベルが低いとなる。
記者は東急不動産(販売代理:東急リバブル)から新築マンションをだまし売りされ、裁判で売買代金を取り戻した。その裁判で東急不動産は民事訴訟であるのに控訴趣意書という刑事訴訟の用語を使うという初歩的なミスを犯した(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年、92頁)。
法的紛争では事前の協議が重要になるが、川目弁護士は可能な限り書面でやり取りすべきと主張する。これは「言った、言わない」の対立を避けることが目的であるが、書面とすることにより社内で相談し、慎重になるという効果も期待している。
企業が直面する法的紛争、たとえば労使紛争や消費者問題では労働者や消費者側が要求して、企業側が約束するパターンが基本である。それ故に「言った、言わない」と対立を蒸し返すことで短期的にメリットを得るのは企業側である。だから不誠実な企業は書面を出すことから逃げ回り、証拠が残らない口頭で済ませようとする。実際、上述の東急不動産だまし売り裁判でも記者は何度も「言った、言わない」で約束を反故にされた。
この点で、企業の側から文書化を勧める川目弁護士の姿勢はフェアである。現実には都合が悪くなると「言った、言わない」で白紙にする企業側の姿勢が不信感を増大させ、紛争をこじれさせる要因になる。従って川目弁護士の主張は合理的でもある。川目弁護士のような対応が増えれば世の中の紛争を減らすことができる。これをクライシスマネージャー養成講座で説明したことは日本社会にとって大きな意義がある。
川目弁護士は裁判では内部文書も証拠になるため、しっかりしたものを作成する必要があると指摘した。東急不動産だまし売り裁判では東急不動産側は様々な書証を提出したが、虚偽や捏造が露骨に認識できるものであり、東急不動産の不誠実さを一層強調する結果となった。ここでも東急不動産代理人のレベルの低さを再認識した。
川目弁護士は裁判に要するコストとして訴訟費用や弁護士費用のような金銭的負担だけでなく、精神的負担を挙げた。たとえば労働事件は企業の経営者にとっても体調を崩すほどの精神的な負担になるという。
これは新鮮な指摘である。個人が組織を相手に訴える事件では組織が圧倒的に有利である。手弁当で争う個人に比べて、組織は裁判に要する費用を経費で処理し、従業員の出廷も勤務時間になる。それ故に制度論としては個人の負担を軽減することで司法へのアクセスを容易にする道が検討されなければならない。
これに対して企業側にも精神的な負担になっているとの指摘は珍しい。より不利な立場にある個人が同情する必要性は皆無であるが、自分が苦しい時は相手も苦しい時であるということを知ることは組織を相手に裁判する上で少なからぬ励みになる。【了】