舛添要一とFJネクスト

林田力

政治資金の私的流用問題の舛添要一・東京都知事も迷惑勧誘電話や悪質マンション建設のFJネクストも悪質である。共に自分のルール(俺ルール)に納まっていればセーフと信じたいのだろうが、この種の屁理屈は大多数の人に嫌われる。

これはマンションだまし売りの東急リバブル東急不動産やブラック企業、貧困ビジネスのゼロゼロ物件業者、危険ドラッグ犯罪者らとも共通する。「法に照らした上での違法性なし」では世間の理解は得られない。変な言い訳ばかりで自ら奈落の底に落ちていく。

舛添氏は13年1月3日、14年1月2日に「竜宮城スパホテル三日月での会議費」として37万円を政治資金で支出していた。週刊文春は会議の事実はなく家族旅行と報道した。悪質な政治資金規制法違反になる。支出内容を説明せず「資料を全力で精査」と述べる。自分が温泉で支払ったことは「調べないと分かりません」では無能である。

家族旅行中に僅かに会議したから政治資金で支出は、一万人に訊いたら一万人が不当と言うだろう。舛添氏の感覚が異常である。しかも会議自体が虚偽の可能性がある。会議の相手の名前は言えないという。会議をしていない、虚偽であったと誰もが思うだろう。会見する度に笑いものになっていることに気付かない。辞任をしてもらうしかない。都議会も、会議した人物の名前を追及しなければ存在価値が問われる。

都道府県知事の海外出張費も舛添氏が突出している。1泊10万円超は舛添氏のみである。出張が大名旅行になっている。平井伸治鳥取県知事はファーストクラスは乗ったことがないという。「さすが大企業の東京都、こちらは中小企業」と皮肉る。

フジテレビの『新報道2001』は2016年5月15日、舛添知事がインターネットの「ヤフーオークション(ヤフオク)」で、政治資金を使い絵画などの美術品を購入していた疑惑があると報じた。「ymasuzoe」というIDの人物は、5月15日時点で137人(214件)と取引している。

舛添氏への批判が続出している。舛添氏の元妻でDV被害者の片山さつき参議院議員は「公私混同の極み」「セコい、小さい、哀しい」と批判する。タレントのフィフィは「誰がやっても、舛添さんよりはマシだ」と指摘する(フィフィ「誰がやっても舛添さんよりはマシ」日刊スポーツ2016年5月24日)

日本共産党都議団が舛添都知事に舛添知事は公開質問状を出したが、舛添事務所からは回答拒否の連絡がなされた。日本共産党東京都議会議員団の大山とも子幹事長は「知事としての資質・資格がきびしく問われている舛添知事自身の問題について、弁護士には報告し判断をゆだねながら、都民と都議会に対しては自ら事実を何一つ語ろうとしないことは、とうてい許されません」と批判する(「舛添知事は公開質問状に回答拒否――百条委員会の設置がどうしても必要です――」2016年5月27日)。

舛添氏への怒りが盛り上がっている。気になるところは舛添批判の急先鋒に立っても不思議ではない、左派左翼の一部に冷淡さがあることである。舛添批判には舛添氏の韓国訪問、韓国人学校への都有地貸与なども背景にある。このために右派右翼からの舛添批判は厳しい。逆に左派左翼には右派右翼がバッシングしているから自分達はバッシングしないという天邪鬼な発想があるのではないか。冷戦下の五五年体制には、敵陣営がバッシングするならば自分達は擁護に回るという「敵の敵は味方」の発想があったかもしれない。

しかし、それは左派左翼を市民感覚から乖離させてしまう。ブラック企業や貧困ビジネス、イジメ問題などで折に触れて述べているが、マルクス主義の影響か左派左翼には世の中を構造的に見ようとするあまり、目の前の社会悪を過小評価し、目の前の社会悪に苦しむ人々の怒りへの鈍感さを感じることがある。ここで舛添氏を批判しなければ、所詮は体制内批判派、古い政治勢力の談合に映りかねない。

舛添要一都知事問題声明評

市民団体「私が東京を変える」が2016年5月30日付で声明「舛添都政の終焉にみる粛清の形と脱原発統一候補予定者への結集の呼びかけ」を発表した。声明では「宇都宮健児氏の元に結集しよう」と呼びかける。タイムリーな発表に対して敬意を表する。

声明はタイトルで「脱原発統一候補予定者への結集の呼びかけ」とする。果たして来るべき東京都知事選挙で脱原発が中心争点になるかは議論の分かれるところである。私は脱原発が中心争点とは考えていない。しかし、「私が東京を変える」の成り立ちを踏まえれば「私が東京を変える」が何よりも脱原発を掲げることは理解できる。

このタイトルは、もっと深読みすることもできる。先の都知事選挙では争点を脱原発の実とする脱原発至上主義の是非が議論された。そこで脱原発至上主義の側に立った人こそ次の都知事選でも脱原発至上主義でなければ筋が通らない。しかし、かつての脱原発至上主義者の中には次の選挙では脱原発至上主義がまるでなかったかのように立憲主義や護憲を大事と主張する人々も出そうである。そこまで意図してはいないだろうが、声明は、かつての脱原発至上主義の無定見への強烈な皮肉になる。

声明は舛添要一東京都知事への批判の高まりに対し、「粛清」という表現を用い、必ずしも好意的な評価を下していない。これは舛添知事に怒れる人々と温度差のある左派左翼の空気を表している。私は目の前の社会悪に怒らず、社会を構造的に見ようとする左派左翼の体質は克服すべきと考える。ブラック企業や貧困ビジネス、イジメ、危険ドラッグなど怒るべきものに一緒に怒るところからイデオロギーを超えた運動になると考える。

仮に、いかなる形でも集団バッシングは好まないという思想を有するならば、それは一つの見識である。しかし、安倍首相に対するヘイトスピーチと変わらない罵詈雑言を許容する左派左翼の空気を見れば上記は成り立たないだろう。

声明は先の東京都知事選挙における市民派の分裂騒動にも言及している。分裂と対立について「どちらかがどちらかに謝罪するという性質のものではない」と述べつつも、「分断を図る手練手管に通じた人たちが存在する」として、私達は「賢くあらねばならない」と主張する。つまり、支配権力の分裂策動に乗っかってしまった人々がいると案に指摘している。これを細川勝手連支持者がどのように受け止めるかが問題である。

私は先の東京都知事選挙に際して細川護煕勝手連の脱原発至上主義などを誤りであると強く批判した。それに比べると声明は優しい。しかし、分裂策動に乗せられたという指摘は相手の人格への侮辱に感じる向きもある。私は「反逆者になるのは一向に構わん。 だが反逆者にしたてあげられるのは、ごめんこうむりたい」(『銀河英雄伝説』でのロイエンタールの台詞)という矜持に共感する。そのような立場にとって声明のような論理は、「あなたの考えは間違っている」と言われる以上に腹立たしくなる。従って、声明は先の都知事選で生じた溝を逆に拡大させる可能性もある。

とはいえ、この点をもって声明を批判するつもりはない。「私が東京を変える」も分裂騒動で傷ついた。しかも、次の都知事選に向けて逆の立場からの策動が水面下で始まっていると聞いている。「私が東京を変える」の立場の論理として十分に理解できる。もう少し宇都宮健児、細川護煕両候補に距離を置いた立場から両支持者の融和を目指すことは他の団体の役割である。それに都民参加への模索連絡会が取り組もうとしていたが、そこが機能不全に陥ったことは残念である。


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