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徳之島への在日米軍普天間基地移設案は琉球植民地主義

初出:林田力「徳之島への普天間基地移設案は琉球植民地主義」PJニュース2010年4月13日

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設先候補として鹿児島県徳之島が有力視されている。鳩山由紀夫首相は2010年4月2日の関係閣僚会議で「徳之島を全力で追求したい」と明言し、政府は徳之島案を軸に調整している。県外移設の大義名分が立つ徳之島案は妙手に見えるが、琉球に対する大和(ヤマトゥ)の植民地主義を改めて裏付けるものである。

普天間基地の返還は1995年の沖縄米兵少女暴行事件により沖縄県民から高まった基地縮小の声を受けたものであり、同じ沖縄県内に代替基地を移設するならば沖縄の負担縮小にならない。辺野古沖(キャンプ・シュワブ沿岸部)など県内移設に沖縄県民が猛反発することは当然である。

鳩山氏は2009年の衆議院議員選挙で「少なくとも県外移設」と主張した。それ故に徳之島案は県内移設案(キャンプ・シュワブ陸上案、ホワイトビーチ案など)に比べれば有権者からの「裏切り」批判を形式的には回避できる。

しかし、徳之島の位置する奄美群島も琉球の一部であることを見落としてはならない。奄美は地理的には沖縄と同じく琉球弧に位置し、文化的にも琉球文化圏に属する。政治的にも奄美は琉球王国の一部であったが、1609年の薩摩藩による琉球侵略によって、薩摩藩の直轄地にされた。これは薩摩藩の本土として扱われたわけではなく、植民地であった。薩摩藩は住民にサトウキビ栽培を強制し、モノカルチャー型の植民地経済を押し付けた。

大和にとっては奄美も沖縄と同じく差別対象であった。これは近代以降も変わらない。十五年戦争末期の1944年に編成された第32軍は奄美も含む北緯30度以南を作戦区域とし、本土を守る本土防衛軍とは区別された(大田昌秀・佐藤優著『徹底討論 沖縄の未来』芙蓉書房出版、2010年、141頁)。日本軍は沖縄を国体護持のための捨て石にしたが、その捨石には奄美も計算されていた。

尚、第32軍は「沖縄守備軍」と呼ばれることもあるが、正式名称ではない。沖縄県民を「鉄の暴風」に晒して無謀な戦争を続け、民間人の犠牲を強要した軍隊を沖縄守備軍と美化することはミスリーディングであり、本記事では第32軍と称する。

この歴史を踏まえるならば奄美群島への移設は、大和による琉球差別の一環と映る。基礎的な植民地支配方法として分断統治(分割統治)がある。奄美と沖縄の分断も、その一種である。徳之島では基地移設反対運動が盛り上がっている。徳之島移設案のような底の浅い琉球差別によって、反対運動はNIMBY (Not In My Back Yard)ではなく、琉球意識を高める運動に成長する可能性がある。

初出:林田力「徳之島への普天間基地移設案は「琉球植民地主義」」PJニュース2010年4月13日
http://www.pjnews.net/news/794/20100412_23

鳩山政権への姿勢に見る左派市民の成熟

社民党の福島瑞穂党首(消費者行政担当相)は2010年4月29日、沖縄県の米軍普天間基地(宜野湾市)の名護市辺野古移設に反対の姿勢を改めて示した。その上で「鳩山由紀夫首相とともに、問題解決のためこの内閣の下で全力をあげて頑張るべき時だ。今は連立離脱云々という話をする段階では全くない」と都内で記者団に語った。
福島党首の発言は左派市民の一般的な感覚を反映したものであり、左派市民の成熟と位置付けることができる。人権や平和を重視する左派にとって鳩山政権は進歩と限界の両面がある。鳩山由起夫首相や小沢一郎幹事長ら民主党の多くは自民党出身者である。「政治とカネ」をめぐる鳩山氏や小沢氏の疑惑は、民主党が自民党的な体質と完全に決別できていないことを示している。
左派にとっては鳩山政権の失望が日に日に大きくなっている。それでも鳩山政権の全否定が左派の主流にはなっていないことは注目に値する。反対に左派は「政治とカネ」の問題に敏感であり、小沢一郎流の豪腕手法に反感を抱いているにもかかわらず、陸山会事件の捜査経過に気持ち悪さを感じている。
鳩山政権を全否定している勢力は右派の方である。インターネット上では鳩山政権を「売国」と決め付けたバッシングが横行している。鳩山政権の東アジアとの共存を進める姿勢を売国的と断定する右派こそが平和を希求する左派にとって危険な敵である。
鳩山政権に気に食わない点があるとしても、鳩山政権を潰すような言動をすれば結果的に右派の手助けをしてしまうことになる。残念なことに、この種の愚行を戦後日本の左派は繰り返してきた。初の社会党政権である片山哲内閣を総辞職させた直接的原因は社会党左派の造反であった。細川護煕首相に始まる非自民連立政権の終了、自民党の政権復帰にも社会党は積極的な役割を果たしていた。
片山内閣や非自民連立政権の批判者には批判するだけの正しい理由があったと主張するだろう。しかし、正しい理由に基づいた行動が往々にして保守政権の長期化に力を貸す結果となった。この歴史に比べれば、現在の左派の鳩山政権に対するスタンスは驚くほど好意的である。そこには右からの攻撃から鳩山政権を守らなければならないという使命感さえ存在する。
一方で左派市民は決して無条件に鳩山政権を擁護する訳ではない。普天間問題は政府が市民と米国のどちらを向いているのかを占う象徴的な問題となった。左派市民が鳩山政権に好意的であるのは未だ県内移設が確定していないからに過ぎない。福島党首発言にあるように、鳩山政権を沖縄の民意に応えさせることにエネルギーを注いでいる。ここには左派市民の左翼小児病段階からの成熟がある。

初出:林田力「鳩山政権への姿勢に見る左派市民の成熟」PJニュース2010年5月1日
http://www.pjnews.net/news/794/20100501_1

迷走する普天間問題における陰謀論の効用

米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)問題が迷走している。鳩山由紀夫首相は2010年4月30日に普天間問題の迷走を否定したが、迷走は事実である。移設先の方針が二転三転し、その度に移設先候補として取り沙汰された地域では強烈な反対運動が起きている。大勢の人が二転三転する方針に振り回されている状態であり、文字通り迷走している。

陰謀論では、この「迷走」が鳩山政権の合理的な戦略であると説明される。そこでは鳩山政権の本音は移設ではなく、普天間閉鎖にあるとする。もともと鳩山首相は「常時駐留なき安保」を掲げていた。小沢一郎・民主党幹事長(当時:民主党党首)も2009年2月に「米国のプレゼンスは第7艦隊の存在で十分」と発言した。

しかし、陰謀論の立場では政治家は面と向かって米国にノーと言えない状況にあるとする。実際、小沢氏は「第7艦隊」発言の直後に、西松建設の献金問題で公設秘書が逮捕され、党首辞任を余儀なくされた。米国の支配勢力は、日本の政治家が米国の支配から脱する動きをすると、検察やマスメディアを使って潰しにかかる。陰謀論ではロッキード事件も対米従属から離れて独自の資源外交を模索した田中角栄潰しの謀略になる。

この状況を鳩山政権は十分に理解しているために慎重に行動している。正面から米国に普天間基地無条件閉鎖を突きつけることはしない。反対に岡田克也外相や北沢俊美防衛相が米国寄りの言動で、米国のために汗を流しているとのアリバイ作りに励んでいる。

本音の普天間閉鎖は、沖縄をはじめとする移設反対の住民運動の熱狂的な盛り上がりを口実にする。「政府としては移設を検討したのだが、反対運動が強くて断念した」という形である。このために普天間問題を意図的に迷走させ、反対運動を盛り上げる。

典型例は鹿児島県の徳之島である。徳之島は政府から正式説明がなされないまま、移設先候補とされてしまった。この経緯が島民の反対意思を強固にした。真剣に移設を考えているならば稚拙な手法であるが、島民を怒らせて移設反対で団結させることが目的ならば深謀遠慮となる。

この種の陰謀論は普天間基地無条件返還を訴える左派市民にも浸透している。左派市民は意外にも鳩山政権に好意的である(林田力「鳩山政権への姿勢に見る左派市民の成熟」PJニュース2010年5月1日)。そして陰謀論を持ち出して鳩山政権の立場を擁護することさえある。

左派の立場では「最低でも県外」の約束も果たさずに迷走する鳩山政権を激烈に批判しても良さそうである。また、陰謀論を鳩山政権の免罪符にする発想も問題がある。反対運動は文字通り命がけで基地建設を阻止している。身を切るような反対住民らの負担を軽減させ、楽にさせためにリーダーシップを発揮することが本来ならば政治家の役割である。反対運動の盛り上がりを密かに期待し、それを口実にすることは政治家として褒められた態度ではない。

このように陰謀論を無批判に受け入れることはできないが、それでも陰謀論には効用がある。鳩山政権と左派市民の本音が一致していることはあり得ない。それでも陰謀論を使うことで鳩山政権を左派の枠組みに引き寄せることができる。陰謀論を流布し、鳩山政権の選択肢を潰していき、陰謀論で説明することしかできないところまで追い込んでいく。それも左派の一つの戦略になる。

鳩山首相の米海兵隊抑止力論の意味

鳩山由紀夫首相は2010年5月4日に沖縄県を訪問し、「普天間の機能を国外、あるいは県外にすべて移設することは難しい」と述べた。米海兵隊の抑止力を理由とした米軍普天間基地の全面県外移設断念は左右両派から無定見であると批判されたが、日本の安全保障の本質を突いている。

当初、鳩山首相は海兵隊が沖縄に駐留することが抑止力になるとは考えていなかった。しかし、学習を深めた結果、パッケージとして位置付けることで抑止力が維持できるという思いに至ったとする。

海兵隊が抑止力にならないと鳩山首相が考えたことは正しい。海兵隊は遠征の尖兵であって、日本防衛のための部隊ではない。現実に在沖縄海兵隊の多くは訓練やイラクやアフガニスタンなどへの派兵で不在にしており、日本防衛の任に就くことは物理的にも難しい。

米軍が基地を置くことが抑止力になるとする見解がある。日本を攻撃すれば必然的に米国も巻き込まれるために攻撃を控えることになると期待する。しかし、それは海兵隊でなければならない理由にはならない。沖縄県には在日米軍基地の75%が集中し、面積の約10%が米軍基地である。この状態で普天間基地1つが閉鎖したことで抑止力に穴が生じると主張するならば、普天間基地の日本防衛に果たす価値を立証しなければならない。

そもそも抑止力とは侵略を思いとどまらせる力である。もし米国が日本の侵略を絶対に許さないという意思を世界に示しているならば、日本に米軍が駐留しなくても米軍は十分に抑止力になる。反対に米国に日本を守るという意思がなければ、米軍が日本に駐留していても抑止力にならない。実際、米国は尖閣諸島(釣魚台)や竹島(独島)の領土紛争には介入しない姿勢を見せている。

米軍は日本政府の意思で動かせるものではないため、米軍を抑止力とする上で決定的に重要な要素は米国の意思である。米国は日本とは別の国であり、利害関係も完全に一致しない。従って日本が守って欲しいと思う状況と、米国が守りたいと思う状況も一致しない。米国にとっては、米国にとっては都合の良い日本ならば守るが、そうでないならば守らないことが合理的になる。

そのために米国が海兵隊の運用上の都合のためにヘリ部隊の基地を沖縄県内に置くことを望み、それが実現できなければ日本を守らないとまで主張したならば、それに応えなければ抑止力を維持できない。この点がパッケージとしての抑止力に鳩山首相が思い至らされた深層であると考える。鳩山首相は批判されるような勉強不足ではなく、その発言には他国の軍を抑止力とすることの問題点を明確にしたという価値がある。

沖縄経済自立のための米軍基地反対

菅直人首相と沖縄県の仲井真弘多知事の2010年6月15日の会談は、普天間問題での本土と沖縄のギャップを改めて印象付けた。菅首相は普天間基地の名護市辺野古への移設を確認した日米共同声明を踏襲すると表明したが、仲井知事は日米共同声明を遺憾とし、「実現はきわめて難しい」と応じた。
現実に沖縄県では反米軍基地の声が広汎な盛り上がりを見せている。県内移設を新たな琉球処分とする声もあるほど反発は強い。これまで基地問題は保守と革新のイデオロギー対立の場となる傾向があったが、昨今の反基地の声は伝統的な革新勢力の枠を超えている。
そこには基地がなくても沖縄は経済的に成り立つ、反対に基地が経済成長の足枷になっているとの沖縄経済界の自信がある。その象徴が米軍牧港住宅地区跡地を再開発した那覇新都心である。市街地に広がる米軍基地を撤去し、跡地を開発すれば沖縄経済は大きく発展するとの期待である。
これまで基地反対の主張には、基地依存経済という現実を見ない空論と批判されてきた。しかし、現実では逆であり、基地があるから沖縄経済が自立できないという考えが浸透しつつある。これは基地論争に新たな枠組みをもたらすものである。基地問題を空想的な理想主義と現実主義の対立と整理するならば、無知と読解力のなさを露呈することになる。むしろ基地反対は、基地の存在による負の効用を直視する地に足ついた主張となる。
一方で跡地開発が基地反対の主要な理由になることには懸念がある。基地論争が基地依存派と、デベロッパーとゼネコンに代表される開発推進派の利権争いに堕落してしまいかねないためである。開発が沖縄県民の利益になるとは限らない。実際、那覇新都心(おもろまち)の超高層ビル群建設計画は首里城からの景観を破壊するとして反対運動が起きている。
基地依存派と開発推進派という保守勢力同士の利権争いという視点では、辺野古沖(キャンプ・シュワブ沿岸部)への移設案は巧妙な妥協案になる。市街地にある普天間基地を閉鎖して跡地を開発できれば、開発推進派は満足する。ゼネコンは辺野古沖の新基地建設でも跡地開発でも儲けられる。犠牲になるのはジュゴンをはじめとする貴重な自然だが、それは開発推進派の知ったことではない。
この普天間問題について、鳩山由紀夫前首相は「最低でも県外」と表明し、沖縄県民に期待を抱かせ、首相就任後は移設先をゼロベースで検討し直した。保守派には鳩山氏は基地依存派と開発推進派の双方に配慮した計画案を白紙に戻し、論争を再燃させた非常識な破壊者に映る。これは鳩山氏が保守派から非常に低い評価を下された一因となった。一方で本音は「常時駐留なき安保」の鳩山氏が故意に普天間問題を迷走させて、基地反対運動を煽ろうとしたとの陰謀論が生まれる素地もあった(林田力「迷走する「普天間問題」における陰謀論の効用」PJニュース2010年5月2日)。
最終的に民主党政権は沖縄の期待を裏切り、沖縄の怒りだけが残された。跡地開発による経済発展という未来図は、基地反対を地に足ついた主張にする。一方で経済的利益に基づく主張は、利益誘導で転びやすいという弱さも内包する。今後も沖縄の基地反対の声に注目したい。

仲井真弘多・沖縄県知事の県外移設論の落とし穴

沖縄県知事選挙が2010年11月28日に投開票され、現職の仲井真弘多氏が再選した。仲井真氏は米軍普天間飛行場の県外移設を掲げたが、そこには普天間問題で挫折した鳩山由紀夫前首相の「最低でも県外」と同じ落とし穴がある。
沖縄県知事選挙は普天間基地の県外移設を掲げる仲井真氏と、国外移設を掲げる伊波洋一氏の接戦となった。伊波氏は宜野湾市長時代から普天間基地の返還に積極的に取り組み、米国への移転を求めていた。一方、仲井真氏は自公政権時代に条件付きで辺野古移設を容認していた。これだけならば知事選は辺野古移設の是非が争点となる筈であった。
ところが、仲井真氏は県民世論に押される形で「県外移設」を主張した。このため、知事選は主要両候補とも辺野古移設に不賛成という点で一致してしまった。国外移設か県外移設かの争いとなり、争点は曖昧になった。これが約60%という低投票率の要因と分析されている。
仲井真氏と伊波氏の何れが普天間基地に熱心かと言えば、明らかに伊波氏である。何しろ仲井真氏は一度、辺野古移設を容認した人物である。「県外移設」の公約が選挙目当てのスローガンで、本音は辺野古移設やむなしとの考えであると疑われても仕方がない。
仲井真氏と伊波氏の票を合わせれば、沖縄県民の民意が県内移設反対であることは明白である。米軍基地の負担軽減が県民の願いであるにもかかわらず、仲井真氏が当選したことは大きな矛盾である。せめて仲井真氏が公約に忠実な政治家であることを願うばかりであるが、本記事では県外移設のロジックに焦点を絞る。
県外移設と国外移設は同じではない。県外移設は沖縄県外の日本国内への移設を含意する。これに対し、国外移設は日本国外への移設になる。選挙戦の結果は僅差ではあるが、国外移設よりも県外移設の方が支持されたことになる。これには2つの理由が考えられる。
第一に実現可能性である。県外移設は日本国内で完結する。これに対し、国外移設は移設先の国家との調整が必要である。外交交渉は相手のあることであり、自国の意思を貫徹できるとは限らない。そのため、国外移設は希望であっても、実現可能性は低いと沖縄県民に判断された可能性がある。
伊波氏は宜野湾市長時代から「海兵隊はグアムへの集約を進めており、日本国内への基地移設は不要」と主張していた。しかし、選挙結果を踏まえると、有権者への浸透は今一歩であった。
第二に沖縄県民へのヤマト(本土)への怒りである。沖縄県民は米軍基地を押し付ける本土の差別に十分すぎるほど怒っている。地政学から沖縄への基地集中を正当化する見解もあるが、欺瞞に過ぎない(林田力「沖縄の米軍基地問題は歴史が重要」PJニュース2010年9月15日)。
県外移設は沖縄の米軍基地の負担を軽減するだけでなく、その負担を本土に肩代わりさせることになる。この点がヤマトからの差別に憤る県民感情に響いた可能性がある。
このように県外移設には沖縄県民に支持される要素はあるが、敗北を予定している論理に見える。鳩山前首相の「最低でも県外」も本音は県外移設論であった。鳩山氏は2009年の衆議院議員選挙で「最低でも県外」とアピールして沖縄県民の支持を集めた。「最低でも県外」という言葉には「理想は国外移設であるが、最悪でも沖縄県外の国内への移設」との意味が込められている。
国外移設は相手国との交渉になるため、希望通りに進むとは限らない。その意味で「最低でも県外」は鳩山氏の現実主義を示すものである。たとえ外交交渉が希望通りに進まなくても、沖縄の負担は軽減するという力強いアピールであった。
一方で、交渉において「最低でも」と表明したならば、それがベースラインになってしまう。「最低でも県外」は最初から県外移転を本音としていた。その中心が鹿児島県徳之島への移設案であった。それら県外移設案は大きな反発を受け、頓挫する。
徳之島案に対しては、奄美諸島も広い意味での琉球であり、徳之島案は本質的な意味での沖縄の負担軽減ではないと批判できる(林田力「徳之島への普天間基地移設案は「琉球植民地主義」」PJニュース2010年4月13日)。
しかし、徳之島案の頓挫は、徳之島が広い意味での琉球だからよりも、本土の一部だからという面が強い。沖縄県内の移設以上に本土への移設には抵抗が強い。徳之島で2010年4月18日に行われた普天間基地移設反対集会には、島民の6割の1万5千人も参加した。
反対理由は日本国内の全ての米軍基地に反対する平和主義からNIMBY (Not In My Back Yard)まで様々だが、どこでも県外移設案は強固な反対を受けた。基地が現存する沖縄と、米軍基地を沖縄に押し付けて平和を享受している本土では米軍基地移設への抵抗感は異なる。
米軍の駐留が日本の安全のために必要と主張するならば、本土への基地移転こそが妥当な解決策になる。その意味でも日米安保体制を否定しない鳩山氏や仲井真氏が県外移設を志向することは正しい。しかし、それを本土の世論が受け入れることはない。本土には沖縄に押し付けた負担を背負う意思はない。
これが鳩山政権の普天間問題の迷走によって明らかになった実態である。本土への米軍基地移設は鳩山氏が想像していた以上にハードルが高い。鳩山氏が失敗した県外移設を改めて仲井真氏が成功させることは至難の業である。

多極化を先取りした鳩山友愛外交と東アジア共同体

管直人首相が誕生した。記者は学生時代にNPOの菅直人を応援する若手の会(CAN2)に参加しており、市民運動家出身の首相の誕生を心から歓迎する。
菅首相の誕生は鳩山由紀夫前首相が国民の支持を失った結果である。支持失墜は鳩山政権の方向性が間違っていたためではない。「最低でも県外」と主張していた米軍普天間飛行場の移設先を名護市辺野古にするなど、自ら提示した方向性と逆行したためである。それ故に鳩山政権の打ち出した方向性については、その実績とは区別して評価する必要がある。
外交面での鳩山政権の特徴として、友愛外交と東アジア共同体がある。これも具体的な成果をもたらすには至らなかったが、ビジョンだけでも戦後日本の対米従属を脱却する画期的な内容であった。現実に賛否両論が噴出し、激しく議論されたことが裏付けている。
対米従属からの脱却を志向する鳩山外交は世界の多極化を先取りしたものである。鳩山外交の批判者は、鳩山外交を理想主義的・非現実的と批判するが、むしろ現実主義(リアリズム)に立脚している。
批判者は鳩山外交が日米関係の軽視しているのではないかと主張する。確かに現代日本にとって米国は重要な国であり、米国の意向が日本を左右するという面は否定できない。しかし、問題は米国自身の方向性が揺れていることである。
これまで米国政府内でネオコンと呼ばれる勢力が強かった。彼らは英米中心の単独覇権主義を維持・拡大しようとする勢力である。一方で米国にはモンロー主義的な勢力が歴史的に根強い。また、連邦政府の権限縮小を主張する州権主義も単独覇権主義への否定に働く。この単独覇権主義の是非という路線対立はブッシュ政権の時から内包していた。実際、対北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)政策では中国主導の多国間協議に委ねる傾向があった。
戦後の日本外交は対米従属路線を採り続けていた。これは米国の覇権主義にとって好都合であった。しかし、米国自身が単独覇権主義を望まなくなるとしたら、日本の対米従属は米国にとって負担になる。特に北朝鮮の拉致問題解決のために米国の強硬姿勢を求めるような日本外交は、米国を北朝鮮や中国との不要な対立に巻き込む危険因子となる。もはや対米従属路線を採り続けていれば日本は安泰という単純な事態ではなくなっている。この点を踏まえるならば鳩山外交は米国の現実を見据えたもので、その意義は高く評価されるべきである。

沖縄の米軍基地問題は歴史が重要

沖縄県名護市議会議員選挙は2010年10月12日に投開票され、定数27議席のうち、稲嶺進市長を支持する与党勢力が16議席を占めて圧勝した。米軍普天間飛行場の辺野古移設が争点であり、移設反対が地元住民の民意であることが改めて示された。
沖縄の米軍基地問題を語る上で、在日米軍基地の75%が沖縄県に集中しているという事実を忘れてはならない。そして、この事実が沖縄の不幸な歴史を背景としていることも見落としてはならない。沖縄は太平洋戦争において大日本帝国の捨て石とされ、米軍に占領された。
米軍が血を流し、自らの力で占領した沖縄と、日本の無条件降伏後に連合国軍として占領した日本本土では米国にとって重みが異なる。その結果が沖縄の米軍基地集中である。無謀な戦争を続けた当時の日本政府の判断誤りが沖縄の苦しみをもたらした。
これに対し、沖縄の地政学的重要性から米軍基地集中を説明する議論がある。これは欺瞞的な説明である。この主張を本記事では地政学論と名付ける。地政学論は沖縄の立地上の特性から米軍基地集中の正当化を試みる。強大化する中国との関係、北朝鮮や台湾海峡という東アジアの緊張地帯への近接性、イラクやアフガニスタンなどテロ戦争の出撃拠点などである。
地政学論の欠陥は戦後一貫して沖縄に米軍基地が存在していた歴史的事実を無視する点にある。百歩譲って、現在の沖縄の地政学的な位置付けから米軍基地を集中させることに軍事的合理性が存在すると仮定しても、沖縄に米軍基地が集中する現状の説明にはならない。
戦後の米国にとって第一の仮想敵はソ連であった。地政学的な重要性で米軍基地を配置するならば、沖縄ではなく北海道が重要になる。中国を仮想敵として沖縄の地政学重要性を持ち出すことは欺瞞的な後付け説明に過ぎない。日本に捨て石にされ、米軍に占領された沖縄の不幸な歴史を認識している沖縄県民に地政学論が響かないことは当然である。
普天間基地の代替施設を沖縄県内に移設する必要性がないことについては既に十分な指摘がある。中国は日本にとっても世界にとっても重要な国である。人口は世界最大であり、経済力でも日本を追い抜き、日本にとって重要な貿易相手国である。その中国を仮想敵とすることは危険かつ愚かで自滅的な行為である。また、沖縄の米軍基地はテロ戦争への派兵拠点として利用され、日本の防衛には直接関係しない(林田力「鳩山首相の米海兵隊抑止力論の意味」PJニュース2010年5月13日)。
これらの指摘は重要であるが、地政学論と米軍の要不要という点で同じ土俵に乗っかってしまう危険がある。その意味で沖縄の不幸な歴史から米軍基地集中の現実を理解することは重要である。
日本社会には過去を水に流してしまう非歴史性という悪癖がある。現在の情勢から米軍駐留の必要性を導き出そうとする地政学論は、目の前の火を消すことばかりを考える愚かな日本人が欺かれがちな議論である。私も過去を無視する御都合主義者による不愉快な経験がある。
私は東急不動産(販売代理:東急リバブル)から不利益事実(隣地建て替えなど)を隠して新築マンションをだまし売りされ、裁判で売買代金を取り戻した(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年)。東急不動産は卑劣な言い訳を並べたが、中でも噴飯物の主張は「隣地が建替えられて綺麗な建物になれば、喜ぶ人もいる」であった。
これは隣地建て替えにより、東急不動産がセールスポイントとしていた日照・通風・眺望が喪失したことを無視する暴論である。それ以上に問題な点は東急不動産が不利益事実を説明しなかったという販売経緯の問題を棚に上げ、都合の良い発想で現状を合理化する御都合主義である。裁判で東急不動産の主張が排斥されたことは当然であった。
私にとっても沖縄県民にとっても不幸な過去を直視し、尊厳を取り戻す闘いである。私にとってはマンションだまし売りの前の状態に戻すこと(売買契約取り消し)であり、沖縄県民にとっては米軍占領前の状態(米軍基地撤去)に戻すことがゴールである。現状から都合の良い結果を合理化する御都合主義の入る余地はない。地政学論の欺瞞に惑わされずに県内移設反対を貫く沖縄県民の意思表示は誇りである。

仙谷由人官房長官の暴力装置発言は正当

仙谷由人官房長官は2010年11月18日の参議院予算委員会で、自衛隊について「暴力装置」と表現した。仙谷氏は発言直後に撤回し、「実力組織」と言い換えた上で陳謝したが、暴力装置との表現は正当である。
問題の発言は11月10日付の防衛事務次官通達「隊員の政治的中立性の確保について」への質疑でなされた。この中で仙谷氏は自衛隊を「暴力装置でもある。特段の政治的な中立性が確保されなければいけない」と答弁した。
仙谷氏は統一社会主義者同盟・社会主義学生戦線(フロント)の活動家という経歴を有する。この経歴から仙谷氏の批判者は「自衛隊を人民の敵と考えているのではないか」と受け止める傾向がある。しかし、国家の軍事組織を暴力装置と捉える思想は左翼由来のものではない。
反対に共産主義革命に懐疑的であったマックス・ウェーバーに由来する。ウェーバーは『職業としての政治』において近代主権国家を合法的な暴力行使を独占する組織と位置付けた。そこでは軍隊や警察などの物理的な強制力が暴力装置になる。この点で仙谷発言はウェーバーの主張に基づいたものであり、左翼思想に偏向したものではない。
ウェーバーは国家権力の本質が暴力であることを喝破した。この点で国家もヤクザも根本的には変わらない。勿論、国家とヤクザでは印象は大きく異なる。それは国家の暴力行使だけが合法と正当化されるためである。合法性の衣をまとっていても暴力は暴力である。この現実を政治に携わる者は直視しなければならないとウェーバーは主張する。
自衛隊が国民を守る組織であるのか、旧軍のように国民を犠牲にして国家権力だけを守る組織であるのかは議論すべき問題である。しかし、何を守るにせよ、暴力によって守る組織であることは変わらない。暴力は行使者の意図や目的に反した結果をもたらし、行使者を裏切ることさえある。
自衛隊を「国民を守る組織」と決め付け、無自覚に信頼する方が政治家失格である。自衛隊を肯定する立場こそ、暴力装置としての危険性を直視する必要がある。仙谷氏は暴力装置発言によってリアリズムに立脚した政治家の見識を示した。謝罪しなければならないような発言ではない。

米海軍原子力潜水艦衝突事故被害者家族の怒り

米海軍原子力潜水艦による衝突事故で行方不明となった実習船えひめ丸の教官、中田淳さんの妻、直子さんはワドル潜水艦前艦長に対して「あなたは行方不明者の家族に謝罪が遅れたことを弁護士の責任にし、この事故を元部下たちの複合的なミスにしていませんか」との手紙を渡した(「ワドル前艦長へ怒りの手紙」報知新聞2001.3.18)。

日の丸・君が代は国旗・国歌にふさわしいか

日の丸(日章旗)・君が代は日本国の国旗や国歌にふさわしくない。国旗や国歌は国家の象徴(シンボル)である。日本国のあり方を定めているものは日本国憲法である。日本国憲法の原理は基本的人権の尊重、主権在民、平和主義である。従って、日本国の国旗・国歌は、それらの原理を象徴するものでなければならない。
問題にしていることは日の丸や君が代の象徴としての意味であって、日の丸のデザインや君が代の音楽性の良否ではない。日の丸や君が代に反対する人々は基本的に、その歴史的に付与された意味合いに対して、反対している。もともとの日の丸には侵略戦争のイメージはなく、君が代には天皇崇拝のイメージはなかったかもしれない。しかし、そのようなイメージが付与されたものであることが問題である。
アメリカ合衆国の国旗「星条旗」、国歌「星条旗」は必然的に独立戦争を連想させる。フランス共和国の国旗「トリコロール」、国歌「ラ・マルセイエーズ」はフランス革命を連想させる。そこから独立宣言や人権宣言につながる。アメリカ国民やフランス国民にとって国旗や国歌は自由や民主主義の象徴になっている。それ故に国旗や国歌の尊重が正当化される。
これは他の国々でも同じである。多くの発展途上国において近代化の歴史は反植民地主義闘争で始まった。独立を求める闘いが自由や民主主義を求める闘いであった。独裁権力に対する反政府デモが国旗を振りかざしているシーンを目にする。彼らにとって国旗は国家権力の象徴ではなく、民族の独立や自由・民主主義の象徴だからである。
ところが、日の丸や君が代は日本国憲法が否定した天皇専制政府の象徴であった。それを戦後も国旗や国歌としたために矛盾が生じる。日本で自由や民主主義を求めるデモが日の丸を振りかざすことは考えられない。日本国憲法の目指す日本国の象徴としてふさわしくないからである。
星条旗やトリコロールが象徴する米国やフランスの実態から、その偽善や欺瞞を批判することは容易である。しかし、米国やフランスの実態への批判は、アメリカ独立戦争やフランス革命の理想から逸脱したための批判であって、理想の輝きは失われない。これは日の丸や君が代とは決定的に異なる。
日の丸や君が代は侵略戦争や天皇崇拝という否定すべき理念のシンボルになっていることが問題である。この点で日本は、第三帝国のシンボルであったハーケンクロイツを徹底的に否定したドイツとは決定的に異なる。それ故に日本人が自由と民主主義のシンボルとしてふさわしくない国旗や国歌を有していることを恥じることは正当である。
否定すべき体制のシンボルであっても、新しい意味を付与して再生させることもできる。トリコロールの白も元々はフランス王家を象徴していた。パリ市民と王家の和解を示すトリコロールは後のフランス革命の経過からすれば否定すべき中途半端さを有していたが、今では自由・平等・博愛のシンボルになっている。
後から付されたイメージならば後から変更することも不可能ではない。それ故に戦前の国旗・国歌というだけで否定すべきではないという見解にも三分程度の理はある。日の丸や君が代を日本国憲法の価値観に相応しいシンボルに再定義していくことは理論的には不可能ではない。しかし、そのような努力がなされていない以上、歴史的に付与されたイメージから日の丸や君が代を批判することは正当である。
日の丸や君が代を国旗・国歌として推進する側の論拠は「伝統」であって、その「伝統」は日本国憲法が否定したものである。結局のところ、日の丸・君が代推進は戦前的価値観を復活させる反動的な運動になる。基本的人権の尊重や主権在民、平和主義を重視する市民は日の丸や君が代に否定的になることは当然である。
しかし、日本国憲法も矛盾を抱えている。日本国憲法自身が天皇を日本国の象徴と定めている。日本国憲法が否定した天皇専制政府の元首を、そのまま象徴にしてしまった。世襲制の天皇の存在は日本国憲法の定める法の下の平等に反する上、歴史的に天皇が基本的人権の尊重や主権在民、平和主義の体現者として役割を果たした訳でもない。
日本国憲法は日本の歴史において画期的な存在であり、現代の日本人でも十分に消化できていないが、当然のことながら歴史的制約は免れない。日の丸・君が代に反対する側も護憲を旗印とするために天皇制の問題を深められていないという限界がある(林田力「中井洽の非礼発言と天皇制の対立軸化(下)」PJニュース2010年12月5日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20101202_5
日本国憲法自身が否定すべき前体制との連続性を完全に断ち切れていないならば、前体制のシンボルである日の丸・君が代を国旗・国歌としても不都合ではないとの論理も成り立ってしまう。結局のところ、日本国そのものが前体制を断罪できない中途半端さを抱えている。この現実を踏まえ、少なくとも日の丸・君が代を強制されない自由を諸外国以上に広範に認めることが必要である。

中井洽の非礼発言と天皇制の対立軸化

中井洽・衆議院予算委員長が2010年11月29日の議会開設120周年記念式典で秋篠宮夫妻に「早く座れよ。こっちも座れないじゃないか」と野次ったと報道されている。秋篠宮夫妻が天皇・皇后の入場まで起立していたことへの不満とされる。
これに対し、自民党、みんなの党、たちあがれ日本は12月1日、「極めて非礼な振る舞いで国会の権威を著しく汚した」と中井氏の懲罰動議を衆院に提出した。中井氏は「一度着席するという式次第が宮様に伝わっていないのか、という話を隣の人と話しただけ」と釈明した。その上で、「お騒がせしたことは申し訳ない」と陳謝した。
中井氏の発言は決して褒められたものではない。中井氏は野次ではなく、私語であることを強調するが、そもそも私語を慎まなければならない場である。相手が皇族であるという以前に社会人としての常識が欠けている。
しかし、本記事ではもう少し巨視的な視点から分析する。軽率な発言がなされ、それが人々の心情を害して大きな反発を呼ぶ。発言者本人は形式的な陳謝をするが、謝罪は世間を騒がせたことに対してであって、根本的には反省しない。この展開には既視感がある。
直近では鳩山由紀夫内閣の岡田克也外相の天皇お言葉見直し発言である。岡田外相は2009年10月23日の閣僚懇談会で、国会開会式での天皇陛下のお言葉について以下のように発言し、宮内庁に見直しの検討を求めた。
「陛下の思いが少しは入った言葉がいただけるような工夫を考えてほしい。」
この発言は大きな批判を浴びた。岡田外相は10月27日の記者会見で「私が陛下のお言葉に異を唱えたように受け取られ、首相にご迷惑をかけた」と陳謝を余儀なくされた。一方で「違う表現の案が検討されていい」と述べ、持論は曲げなかった。
これだけならば柳田稔法相の失言などと合わせて、民主党政権での相次ぐ失言とまとめられる。しかし、過去に遡れば自民党政権でも同様の展開が見られた。
自民党の議員が日本の侵略や戦争犯罪を歪曲する発言やマイノリティへの差別発言を繰り返し、国内だけではなく国際的にも非難され、形式的な陳謝を余儀なくされる。流れは同一であり、相違点は発言に怒る層の立場である。自民党政権下の失言では左派が激怒し、右派は喝采する傾向にあった。これに対して中井発言や岡田発言に反発した層は右派である。
岡田発言は天皇制を否定する左派にとっても、天皇の役割増大・政治利用につながる点で批判対象になる。しかし、天皇が政治利用される存在であることを認識させた点で天皇お言葉見直し騒動は左派にとって意味があった。
また、右派の怒りが「臣民が陛下のお言葉に意見するのは不遜である」という時代錯誤の発想に基づく以上、外相が天皇のお言葉の是非を論じることは天皇の神聖性というフィクションを崩すことにつながる。その意味では皇族が座らないために自分達も座れないことの不合理を訴えた中井発言も皇室の神聖性への挑戦になる。
批判されることが予期できるにもかかわらず、自民党政権下で歴史歪曲発言や差別発言が繰り返された背景には、発言を繰り返すことで反動思想への抵抗感を弱め、社会に浸透させようとする思惑があった。この試みは日本社会の右傾化という形で一定の成果をあげた。岡田発言や中井発言にも天皇を議論対象にすることへの抵抗感を弱めるという反対の立場からの同種効果がある。
近年は左派の武器を利用した右派の攻撃が目立っている。かつて市民運動は左派の専売特許であったが、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の拉致問題では右派が市民運動的な手法を用いて支持を集めた。また、汚職や疑惑の追及も革新系の十八番であったが、社民党代議士の秘書給与疑惑や労働組合のヤミ専従問題など左右の攻守が逆転する局面も生じた。
これに対して岡田発言や中井発言は右の伝統的な武器で右が叩かれるという正反対な左右の攻守逆転である。マクロな流れで分析すれば岡田発言や中井発言の騒動には単なる失言で片付けられない奥深さがある。そのマクロな視点に立てば、歴史的な政権を果たした民主党政権によって、天皇制が日本社会の対立軸となりつつある。
鳩山政権では発足直後に岡田外相の天皇のお言葉見直し発言騒動が起きた。これは天皇制を議論の俎上に載せる上で意義あるものであった。12月には天皇と中国の習近平国家副主席の会見を設定したことが問題となった。天皇が外国要人と会見する際には1カ月前に同庁に申し入れる慣例に反して習副主席との会見が認められたためである。
これについて羽毛田信吾宮内庁長官は「天皇の政治利用」と公然と懸念を表明した。しかし、鳩山由紀夫首相は「日中関係をさらに未来的に発展させるために大変大きな意味がある。判断は間違ってなかった」と主張した。また、民主党の小沢一郎幹事長は「どうしても反対なら、辞表を提出した後に言うべき」と批判した。
宮内庁長官が公然と内閣の決定を批判することは尋常ではない。天皇は内閣の助言と承認に基づいて行動する存在である。宮内庁は内閣の下位組織であり、内閣の決定に従うべきものである。宮内庁は天皇の代弁者を気取って、内閣の方針に異を唱えることが許される聖域ではない。政治主導を掲げる鳩山政権にとって宮内庁も障害となる官僚組織であることが判明した。
会見設定の批判者は天皇の政治利用を問題視するが、中国と友好を深める鳩山政権の方針に不満があることが批判の根本的な動機ではないか吟味する必要がある。インターネット上の言説には、露骨な嫌中感情から鳩山氏を売国奴呼ばわりする暴言も多い。その種の非難を行うために天皇を持ち出すことこそが天皇の政治利用である。その意味で宮内庁長官が内閣を公然と批判したことの方が民主主義にとって懸念材料である。
それでも宮内庁長官の懸念を支持する声には一定の広がりがある。岡田発言や連立政権を構成する国民新党の亀井静香代表の皇居移転発言も合わせ、民主党政権が天皇を軽視しているという反感が渦巻いている。
亀井代表の皇居移転発言とは12月24日の宮中昼食会で天皇に話したとされる以下発言である。
「権力の象徴だった江戸城にお住まいになられるのではなく、京都か広島に住まわれてはいかがでしょうか。お城にお住まいになるのは、立場上ふさわしくないのではありませんか。」
中井発言は、どれほど悪意に解釈しても個人の失言であって、組織的な背景は見出せない。それでも中井発言の批判者は、これまでの民主党政権の天皇への言動と重ね合わせ、民主党の体質にも矛先を向ける傾向がある。ここにおいて天皇へのスタンスが日本社会の対立軸として形成されつつある。これは画期的なことである。
戦後日本では天皇制に批判的である筈の左派ですら護憲を旗印としたため、天皇制は対立軸にならなかった。左派の理想を貫くならば、護憲ではなく、憲法第1章を削除して法の下の平等と国民主権を徹底する改憲を目指すことが筋である。それでも右派の改憲論が憲法第9条の改正を狙ったものである以上、右派と同じ改憲論の土俵に乗ることが戦略的に妥当かは議論を要する。それ故に左派勢力が護憲にこだわったこと自体は時代状況からやむをえない面があったことは否定しない。
しかし、その結果、天皇制批判を深められなかったことは事実である。天皇制を素通りした平和憲法擁護の運動は、天皇個人の戦争責任や天皇制が侵略に果たした役割の分析を不十分なものとし、観念的な平和主義に陥りやすい。これは「被害者意識は過剰なほど豊富だが、加害者意識が乏しい」という日本人の平和意識にも通じる問題である。
天皇は「国民統合の象徴」となることに存在意義がある。ところが、今は天皇制の信奉者を自称する側が、国民の大多数の支持により成立した民主党政権を非難し、自ら対立軸を作っている状態である。天皇制を維持強化したい立場から見れば末期症状である。
意図したか否かは別として民主党政権では伝統的な左派勢力も行わなかった天皇制を対立軸にした。社会が動いていることを実感する。東急不動産だまし売り裁判の経験から社会性に目覚めた新参者の私であるが、民主党政権の動きを注視していきたい。

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