『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』
東急不動産消費者契約法違反訴訟を描くノンフィクション
『東急不動産だまし売り裁判』は東急不動産(販売代理・東急リバブル)から不利益事実を隠して問題物件をだまし売りされた消費者(=原告)が消費者契約法に基づき売買契約を取り消し、裁判(東急不動産消費者契約法違反訴訟、東京地裁平成18年8月30日判決、平成17年(ワ)3018号)で売買代金を取り戻した闘いの記録。裁判における当事者と裁判官の緊迫するやり取りを丹念に再現。個人が不誠実な大企業を相手に闘うドラマがある!
裁判と並行して明らかになった耐震強度偽装事件の余波や欠陥施工、管理会社・東急コミュニティーの杜撰な管理にも言及し、深刻度を増すマンション問題の現実を明らかにする。東急不動産のために働いた地上げ屋(近隣対策屋、東急不動産工作員)が暗躍し、住環境を破壊する高層マンション建築紛争と共通するマンション建設の闇に触れる。
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「終わりよければ全てよし」の虚偽
「終わりよければ全てよし」という言葉には虚偽がある。最後だけハッピーエンドでも途中経過が悪ければ、それを誇りに思うことはできない。「終わり良ければ、全て善し」の信奉者は過去を振り返ることができない浅はかな愚か者である。レディー・ガガは賃貸派
レディー・ガガは賃貸派であると発言した。住宅を購入すると家畜化することを理由とする(「レディー・ガガは賃貸派!」Movie Walker 2011年11月25日)。分譲住宅では不利益事実を隠した問題物件のだまし売りが起きている(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社)。それを踏まえるならば、レディー・ガガの発言は賢明である。一方で日本の問題はゼロゼロ物件や追い出し屋に見られるように賃貸住宅が貧弱で、悪徳不動産業者や貧困ビジネスの温床になっていることである。悪徳不動産業者や貧困ビジネスを排除し、廉価で良質な公営住宅の供給拡大が日本を暮らしやすくする道である。
『SHIN-MEN』第1巻、クレヨンしんちゃんの戦隊物
中島かずき脚本、相庭健太作画で『まんがタウン』で連載中の漫画『クレヨンしんちゃん SHIN-MEN』第1巻が、11月17日に発売された。『クレヨンしんちゃん』の設定を利用した戦隊物という異色の構成である。『SHIN-MEN』は臼井儀人の人気漫画『クレヨンしんちゃん』のスピンオフ作品である。異次元の地球を舞台に野原しんのすけをモチーフにした5人の戦隊風ヒーローが、「ぶりぶりざえもん」をモチーフにした悪のTON-MENと戦う。テレビアニメで「クレヨンしんちゃん20周年記念作品」として放映されたものであるが、漫画版はアニメとは独自のストーリーである。
空知英秋の漫画『銀魂』のキャラクターを高校に移した『3年Z組銀八先生』など、キャラクターの性格のみ引き継いで舞台を変えるスピンオフ作品は珍しくない。これらの作品と比べた『SHIN-MEN』の特徴は原作からの独立性が高い点にある。野原ひろしや野原みさえら脇役をモチーフにしたキャラクターも登場するが、存在感は薄い。単なる『クレヨンしんちゃん』のなぞりではない物語の奥行きがある。
原作では5人組のヒーローと言えば、しんのすけを中心に風間トオルや桜田ネネら幼稚園の仲間達で結成する「かすかべ防衛隊」をイメージする。しかし、『SHIN-MEN』では、しんのすけの外見をしたキャラが5人である。そのうちの一人のゴゥは、しんのすけ的なキャラクターであるが、他の4人はユニークである。この巻では5人の各々をフィーチャーする物語が収録されている。
悪役のTON-MENは「ぶりぶりざえもん」をモチーフにした色違いの豚の5人組である。TON-MENは人間を苦しめる存在であるが、一方的に人間を攻撃するだけの存在ではない。人間の醜い感情がTON-MENの攻撃のトリガーになっている。たとえば他人の不幸を喜ぶ人間の感情が大きくなると、人間の流した涙で大洪水を起こすという具合である。
『クレヨンしんちゃん』の映画で名作と名高い『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』では、高度成長期の回顧という大人達の郷愁に付け入れられた。それと同様に人々の意識を風刺する隠れた社会性のある作品になっている。(林田力)
『活断層』開発は地域に百害あって一利なし
本書(堺屋太一『活断層』アメーバブックス、2006年)は離島の石油備蓄基地建設反対運動に翻弄される事業者側従業員を描いた小説である。東急不動産だまし売り裁判体験のある評者にとって、住民反対運動は善でデベロッパーは悪という価値基準がある。これに対して本書はデベロッパー側の人間を主人公として、反対運動側を不気味に描く。それでも反対運動に小気味良さを覚える。村人は石油基地建設で地元は何のメリットも受けていないと主張する。工事によってダンプカーが走り回り、騒音被害が生じ、安全な生活が脅かされる。石油基地が大事故でも起こしたら、銭金の問題ではない。これは原発推進派に聞かせたい言葉である。
より重要な点は一般に開発の恩恵とされていることも不利益と受け止めていることである。建設工事では雇用が生み出されたが、それはサトウキビ畑の働き手が奪われることを意味し、地域にはマイナスである。外部から来た労働者は地元商店で食品などを購入するが、それは商品の品薄による物価の上昇を意味し、地元消費者の生活を苦しめる。現実の日本社会は目先の経済的利益に釣られて乱開発を受け入れてきた。だからこそ活断層の村人の論理には輝きがある。
本書の主人公は開発を進める事業者側の従業員である。彼は誠実に地元の声を聞こうとする人物として描かれる。これは二子玉川ライズなど現実の開発紛争とは大きく異なる。それでも開発推進者は本当の意味で地元に向き合ってはいない。著者も「彼の努力はエリートの努力の域を出ていなったのではないだろうか」と振り返っている(421頁)。その地元への配慮には独り善がりな虚しさが漂っている。(林田力)
放射能汚染を過剰宣伝する悪徳業者に注意
真相ジャパン第37号に転載された早見慶子「東日本大震災の裏で何が画策されているのか?」は放射能の害の過剰宣伝を戒める。管見は微量でも被曝を避けるべきとの立場であり、スタンスは異なる(林田力「福島第一原発事故の被曝と医療被曝の比較はナンセンス」PJニュース2011年3月22日)。それでも早見氏の主張は傾聴に値する。早見氏の主張の興味深い点は主張の背後にある政治性に目を向けている点である。一般にデータは価値中立的と受け止められがちであるが、提示者の価値観と無縁ではない。問題は放射能の危険を煽る一部の人々の動機である。早見氏は「恐怖を煽ることによって得をするのは、日本経済を混乱させたい人々でしかいない」と書くが、現実にはもっと卑しい動機があることを知っている。
根拠のない放射能汚染をツイッターなどで拡散し、悪徳商法の種にしている卑しい人々が存在する。ガイガーカウンターを売りつける、リフォーム詐欺と同じ要領で「お宅が放射能汚染されています」と告げて高額な除染を請け負うなどである。
私は『東急不動産だまし売り裁判』の経験から不動産分野に関心が高いが、不動産分野にも存在する。早見氏が書くように避難を呼びかける人々がいるが、その中には劣悪な住宅を提供する悪徳不動産業者も混じっている。
ゼロゼロ物件詐欺などでフリーターなどの貧困者を食い物にしてきた都内の悪徳不動産業者が東日本大震災をビジネスチャンスとして、被災者・避難者向け賃貸住宅に力を入れている。無断の鍵交換など、その不動産業者に苦しめられた賃借人らからは、震災や原発事故に便乗し、被災者をカモにしていると反発する。原発不安で自主避難民が増えれば儲かるという構図がある(林田力「脱原発派も不安を煽るtwitter拡散情報に警戒」)。ゼロゼロ物件業者などが放射能汚染の不安を煽る状況に対し、国や自治体による汚染情報やリスクに関する正しい情報の告知の要望が高まっている。
『AKB49』第2巻、Kチームの厳しさ
元麻布ファクトリーの原作で宮島礼吏が『週刊少年マガジン』に連載中の漫画『AKB49 恋愛禁止条例』第2巻では主人公・浦川みのりが大島優子のアンダーに抜擢される。そこでKチームの厳しさを目の当たりにする。お友達同士で傷をなめあう温さの対極に位置していた。正規メンバーの自然な描写が、主人公が感じた研修生への違和感の回答になり、正規メンバーの持ち上げにもなるという好展開である。(林田力)『AKB49』第3巻、正規メンバーとの実力差
元麻布ファクトリーの原作で宮島礼吏が『週刊少年マガジン』に連載中の漫画『AKB49 恋愛禁止条例』第3巻では主人公・浦川みのりが大島優子のアンダーとして出演する。そこで正規メンバーとの圧倒的な実力差を思い知らされることになる。『AKB49』が実在のアイドルのプロモーション漫画と異なる点は、主人公が架空の人物で、AKB48を今以上の人気グループに押し上げていくことが予見されている点にある。これは独立した作品としての魅力であるが、そればかりでは実在のAKBのプロモーションにならず、制作側としては痛しかゆしである。『AKB49』では、この時点で正規メンバーとの圧倒的な実力差を描くことで、ステージの奥深さと正規メンバーの実力を表現している。(林田力)
『聖☆おにいさん』第7巻、深い宗教理解に通じる真実味
本書(中村光『聖☆おにいさん』第7巻、講談社、2011年)は『モーニング・ツー』で連載中のコメディ漫画である。この巻も「血の涙を流すマリア像」の秘話や天草四郎のエピソードなど宗教ネタが盛りだくさんである。『聖☆おにいさん』はイエス・キリストやブッダを主人公とするギャグ漫画という際どい作品である。ギャグテイストの中でも深い宗教理解に通じる真実味を感じさせる描写がある。例えば神の子として宿命づけられたイエス・キリストが大工の息子として普通の生活を送っていた頃の苦悩である。(林田力)
『兵馬の旗』第2巻、デカブリストの乱と絡めて描く
本書(かわぐち かいじ『兵馬の旗』第2巻、小学館、2011年10月28日発売)は薩摩藩士との対決で幕を開ける。坂本龍馬は刀で向かってくる敵に拳銃で応戦したが、剣術に自信がないという理由で拳銃を使うキャラクターは新鮮である。この巻のメインはロシア留学時代の回想である。ロシアの近代化を求めた反乱・デカブリストの乱と絡めて描くことで、歴史ドラマとして重厚になった。(林田力)『一路平安!』第1巻、中国人美少女と京都を目指す
本書(小林尽『一路平安!』第1巻、講談社、2011年11月9日発売)はネット生活ばかりの引きこもり浪人生が、偶然出会った中国人美少女と自転車で京都を目指す物語である。劣等感を持っている男子が何故か偶然出会った美少女に関心を抱かれ、高飛車な美少女に振り回されるという展開は定番中の定番である。定番設定でも本書は美少女が中国人であリ、随所に中国語が登場する点に新鮮味がある。(林田力)あの手この手でゲームに誘うSNSゲーム招待状のカラクリ
モバゲーなどのSNSではお馴染みとなったゲーム招待状。そのカラクリを紹介する。ゲームのプレーヤーがSNS上の友達に招待状を送る理由は様々である。最初に思いつく理由は、純粋に素晴らしいゲームだから他人に勧めるケースである。しかし、これは実際に送られる招待状のうちの僅かである。
次にソーシャルゲームで一緒にプレイする仲間になって欲しい場合である。たとえば以下のような招待状がある。
「チームの皆で闘うと燃えるゲームだから、あなたと一緒のチームでプレイできたらうれしい」
「まだ始めたばかりで仲間がいなくて寂しい」
これも純粋に一緒にプレイしたいという理由からならば、気心の知れた仲間内での招待となり、実際に送られる招待状のうちの少数である。
最も多い理由は招待状を送ることでプレーヤーに何らかのメリットが生じるケースである。多くのゲームでは招待状の送付や招待された友達のゲーム登録によって、ポイントの加算や希少アイテムの取得などの特典を付している。これによってゲーム運営企業は広告宣伝によらずにプレーヤーを増加できる仕組みである。
招待状の送付に特典を付す場合、招待状が乱発される傾向にある。最初から招待目的でSNS上の友達を募集するプレーヤーも存在するほどである。ゲーム運営企業にとってゲームの知名度を上げたい場合には有効であるが、プレーヤー増加の費用対効果は薄い。中には「招待メールを送るだけでコインがもらえる」として、「スルーでお願いしますm(_ _)m」「登録も全く必要ないです」「完全無視でお願いします」「ご迷惑掛けて本当にごめん」と記載する招待状もある。
この種の招待状が大量に送付されてもゲーム運営企業のメリットにならない。そのため、招待状を受けた友達の加入で特典を付与するようにする。このようにした方がプレーヤーも受け取った友達が登録したくなるような招待状を書くことになる。
多くの招待状では「面白いゲームがあるんだけど…」「楽しめるゲームを見つけたんだけど…」と優れたゲームであることをアピールする。ゲームが面白いことは当然であるが、遊び方が単純で手軽に楽しめることがアピールポイントである。
ファミコンの時代と比べるとテレビゲームの世界は大きく進歩したが、逆に精緻になり過ぎてゲームの世界に習熟するハードルが高くなり、気楽に遊べなくなった面もある。SNSのゲームの隆盛には、その間隙を突いた面がある。それ故に招待状も「サクサク進めるから時間がなくても面白いよ」となる。
招待特典目当てに招待状が送付されることは多くのSNSユーザーも認識していることである。それ故に招待状では「どうしても欲しいキャラが、招待受けてくれると加入できるんだよ。だめかな」「僕を助けると思ってお願いします」と正直に招待特典目当てであると記載されることが多い。
また、招待特典は招待者だけでなく、招待を受けて登録した友達にも付与されるケースがある。そのために招待状には「このメールから登録すると、2000コイン相当のアイテムがもらえます。やってみて」と招待を受けた側のメリットも記されることもある。
中には以下のようにゲーム登録だけ(プレイしなくてもいい)を依頼する招待状もある。
「招待アイテムももらえるので、登録してもらえるだけでも助かります」
「ゲームはして頂かなくてけっこうですので、どうか『ゲーム開始』をワンクリックだけご協力お願いいたします」
さらに「登録してくれたら、もちろん自身の未登録ゲームなら協力させていただきます」と相互に登録しあう提案もなされている。
ゲーム運営企業にとってプレーヤー数の増加は直近の目標であるが、基本プレイ無料・アイテム課金のゲームでは非アクティブなプレーヤーを大量に抱えてもデータ領域を圧迫するだけである。そこで招待特典のハードルを上げるゲームもある。友達が登録した上で一定のレベルやステージに到達することで特典が付与される仕組みになる。
この場合は、以下のような招待状になる。
「チュートリアル終了までよろしくお願いします」
「今ならレベルアップしてくれるだけでアイテムが貰えるみたいだから、ちょっと頑張ってレベル10まであげて欲しいかも」
「特典が欲しいので、マリオネット作成までやってくれると助かります」
(林田力)
空知英秋『銀魂』に見るゼロゼロ物件業者への対抗価値
空知英秋が『週刊少年ジャンプ』で連載中のSF時代劇漫画『銀魂』が面白い。『週刊少年ジャンプ』2011年44号掲載の金魂・第一訓「ストレートパーマに悪い奴はいない」から突入した金時編は主人公が乗っ取られるという斬新な展開である。家賃を滞納するキャラクターが善玉で、家賃を支払うキャラクターが悪玉という対比が興味深い。
賃貸不動産ではゼロゼロ物件や追い出し屋など賃借人を食い物にする貧困ビジネスが跋扈している。一日でも家賃を滞納した賃借人に対し、サラ金でも行われない未明の家賃取り立てや嫌がらせの貼り紙を繰り返す。また、無断で家屋の鍵を交換して高額の鍵交換費用を請求する。さらに無断で家屋に浸入して家財を処分・換金してしまうなどの人権侵害が行われている。
この種のゼロゼロ物件業者の追い出し行為が許されざる人権侵害であることは当然である。一方で「盗人にも三分の理」という言葉があるようにゼロゼロ物件業者にも拠り所となる論理がある。それは「家賃を払っていない賃借人が悪い」「文句があるならば家賃を払え」である。
家賃滞納という単なる債務弁済の遅延は、追い出しという悪質な人権侵害を正当化する根拠にならない。しかし、残念なことに人権意識の低い後進的な日本社会では、ゼロゼロ物件業者の論理に同意してしまう人々も少なくない。それ故に「住まいは人権」という論理が重要になる(林田力「マンション建設反対運動は人権論で再構築を」PJニュース2011年6月17日)。
「確かに『支払いを遅らせたのは,あなたでしょう!」と厳しく言われたら,なんとなく「そうかな』と思ってしまうかもしれないが,それが全てを根こそぎ奪い取ることを正当化する理由にならないことは,また,よくわかることだろう。」(津久井進の弁護士ノート「ゼロゼロ物件被害にみる形式的コンプライアンス」2008年7月18日)
ゼロゼロ物件の被害者が被害者でもあるにもかかわらず、家賃滞納者ということで逆に非難される傾向のある日本社会において、家賃は滞納するが、真っ直ぐな魂を持ったヒーローという設定の『銀魂』はゼロゼロ物件業者に対抗する価値を生み出す効果がある。
『銀魂』はパロディや下ネタが多く、PTA推奨という意味合いでの教育的な作品ではない。しかし、単行本第40巻収録のギャグ短編では携帯メール依存症を批判した。また、第7巻収録の第54訓「人の名前とか間違えるの失礼だ」で、追伸の使用をカッコいいと勘違いする無学者を風刺するギャグを描いた(林田力「追伸に対する一考察」PJニュース2010年12月25日)
http://www.pjnews.net/news/794/20101224_9。
教育的作品の説教臭さとは無縁ながら、教育的価値を盛り込む『銀魂』に大いに期待する。
巨人の内紛はTPPの目くらまし
読売ジャイアンツ(巨人軍)の清武英利・代表兼ゼネラルマネージャー(GM)の記者会見は大きく注目されたが、蓋を空けてみると単なる内紛劇であった。球団が渡辺恒雄会長の個人商店であることは大いに非難されることであるが、読売ジャイアンツの経営陣ならば分かり切っていたことで、今更告発する話でもない。しかも名指しで告発された渡辺氏は反論文を出したものの、清武氏の反省を求めるのみという、意外なほどに寛大な対応であった。球団OBの江川卓氏を来季首脳として招へいすることが清武代表が渡辺会長批判の発端であるが、渡辺会長に分がある。巨人の原辰徳監督が2011年11月13日、渡辺会長との間で、江川氏を招く話し合いを持っていたことを認めたためである。
これまでマスメディアは首都圏の放射能汚染の報道に抑制的であったが、不思議なことにTPP加盟協議と並行して首都圏の放射能汚染報道が目立ってきた。しかも、この時期に福島第一原発の現地が初めて取材陣に公表された。
深謀遠慮の情報操作が行われているとすれば暗澹たる気持ちにさせられる。しかし、救いがあるとすれば、これまではホリエモンのようなアウトサイダーがスケープゴートにされ、権力側には目くらましと邪魔者の排除の一石二鳥の効果があった。今回が仕込みならば、体制側は身を切っていることになる。冤罪事件を捏造するほどの余裕はなくなり、自爆テロを余儀なくされるほどは追い詰められていることになる。ささやかではあるが、市民側の一歩前進になる。(林田力)

