Last Update: 2012/05/19

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『デッドマン・ワンダーランド』第11巻、目を背けていた過去を直視


片岡人生と近藤一馬が『月刊少年エース』で連載中の漫画『デッドマン・ワンダーランド』第11巻は2011年10月23日に発売された。五十嵐丸太(ガンタ)と千地がレチッド・エッグの謎を解く鍵となるコーラス・ブロックスを手に入れるため、デッドマン・ワンダーランド深部へ向かう。ところが、彼らの前に咲神トトが現れ、丸太は千地を庇い、囚われの身となってしまう。

この巻ではシロとレチッドエッグの過去が明らかになる。これまで罪の枝は超自然的でファンタジー的な要素が強かったが、物語世界の中での科学や医学との整合性がとられた。これによって、より現実的な話として物語に引き込まれる。

さらに主人公が悲惨な過去から目を背けていたことも明らかになる。主人公の精神世界の中での葛藤を外敵との戦いと同等に描くことは『新世紀エヴァンゲリオン』に代表される定番であるが、現実無視との批判も根強い。西尾維新原作の『めだかボックス』第123箱「善吉くんと戦う前に」でも「自分との戦い」が風刺された。

その点で目を背けていた過去を直視するという展開は自分との戦いでありながら、現実逃避の真逆である。過去を水に流すことを是とする非歴史的傾向のある日本社会において有意義である。(林田力)


『義風堂々 前田慶次酒語り』第2巻、直江兼次に主役の花


『義風堂々 直江兼続 前田慶次酒語り』第2巻は佐渡平定と秀吉の前田慶次謁見要求を描く。どちらも『花の慶次』で取り上げたエピソードであるが、『義風堂々』では直江兼次の物語としてまとめている。

『花の慶次』では礼儀正しい兼次と傾奇者の慶次が好対照をなしており、兼次は慶次の引き立て役になっていた。これに対して義風堂々では兼次も傾奇者的であり、兼次と慶次が並び立つのか疑問があった(林田力「『義風堂々 前田慶次酒語り』第1巻、『花の慶次』を大胆に再構成」リアルライブ2011年4月23日)。

しかし、この巻では兼次に主役の花を持たせている。秀吉への謁見の対応では慶次の方が弱気な対応をしようとした方であった。『花の慶次』に引きずられすぎず、兼次の物語になっている。




『名探偵コナン』第74巻、世良真純の謎が深まる


青山剛昌が『週刊少年サンデー』で連載中の推理漫画『名探偵コナン』第74巻が、2011年12月14日に発売された。この巻では前巻で登場した新キャラクター・世良真純の謎が深まる。初登場時は本堂瑛祐の再登場かとミスリーディングもした世良であるが、正体は男性に間違えられる容姿の女子高生であった。一人称はボクのボクっ娘である。高い推理力の持ち、コナンのライバルとして登場しつつも、この巻ではコナンの観察者に徹している。何故か灰原哀にも関心を持っており、コナン達の敵か味方か気になるところである。

世良真純(せら ますみ)の名前からはアニメ『機動戦士ガンダム』の登場人物セイラ・マスが想起される。セイラの兄は赤い彗星シャア・アズナブルであるが、コナンに登場したFBI捜査官の赤井秀一が「赤い彗星」とシャア役の声優「池田秀一」からネーミングされたことは有名な話である。ここからアニメ『名探偵コナン』の赤井の声優も池田が担当している。

赤井とシャアのオマージュを踏まえるならば、世良の名前も意味深くなる。世良は沖矢昴やFBI捜査官のアンドレ・キャメルからは警戒され、ジェイムズ・ブラックは写真だけで世良を女性と見分けるなど何かを知っている様子である。FBIとも接点がありそうな世良が黒の組織との対決の中でどのような役回りになるか注目である。(林田力)




『ヨルムンガンド』第10巻、不気味な武器商人の意外な一面


高橋慶太郎が『月刊サンデージェネックス』(小学館)で連載中の漫画『ヨルムンガンド』が、12月19日に発売された。武器商人ココ・ヘクマティアルと私兵チームの世界をまたにかけた戦いを描く。アニメ化も決定された。

ココは世界的な海運業者の娘で、武器商人である。自身の護衛や裏家業のために私兵を擁している。クールビューティーであるが、何を考えているか分からない不気味さが漂う。世界平和のために武器を売るという一見すると矛盾する発言をしたココであるが、この巻ではココの野望であるヨルムンガルドの内容が明らかになる。

ココの私兵チームは様々な人種、様々な経歴で構成される。これまでのエピソードにはメンバーの過去の因縁に決着をつける話もあった。もう一人の主人公的存在が私兵チームの新入りの少年兵ヨナである。彼は戦争孤児であり、戦争を人一倍憎むが、生き延びるために武器を持って戦うという矛盾を抱えている。年齢や悲惨な境遇の割にはクールな考えの持ち主であるが、その彼がヨルムンガルドの正体を知った時の反応が見所である。

『ヨルムンガンド』は世界を舞台にした作品で、中国のアフリカ進出など国際情勢のリアリティを反映している。日本の自衛隊の闇組織も登場するが、あくまで脇役として物語の1ピースにとどまる。日本の漫画だからと言って特に日本に思い入れがある訳ではない。これは日本で生まれた作品では意外と難しい。

たとえば現代の国境線とは切り離された未来を描く機動戦士ガンダムの世界でも、『機動戦士ガンダムSEED』では物語の主要国家の中立国オーブの軍艦の名前や軍隊の階級に日本的要素があった。『機動戦士ガンダム00』は三大国に集約された世界でありながら、日本は経済特区になっている。日本の作品である限り、日本を特別扱いする限界からは免れにくい。

これらに比べると、『ヨルムンガンド』には日本の漫画という枠に囚われない普遍性があるものの、主人公の内面に日本的要素を垣間見ることができる。白人の設定のココは外見だけでなく、思考も日本人離れしている。一方でココの何を考えているか分からない微笑は日本人読者にとって不気味であるが、欧米人も自己の意見を明らかにしない日本人の顔に貼り付いたような微笑に不気味さを感じている。腹の内を明らかにしないために微笑を絶やさないココは日本人的でもある。

さらに武器商人として冷酷なココであったが、自分達の私兵には強い仲間意識を抱き、信頼を求めている。多数の人々を犠牲にするヨルムンガルドを合理主義から正当化するが、私兵から批判されたことには衝撃を受ける。この仲間と仲間以外の人間への落差にココの日本人的な幼児性が表れている。

欧米人は人種や宗派的な偏見によって人間とは思わない相手には冷酷になれるが、神の前に人間は平等という倫理観は有している。ココと私兵チームは特定の人種や宗派で結び付いた存在ではなく、一緒に活動してきた仲間意識があるに過ぎない。その仲間と仲間以外の人間を区別するココの意識は欧米的というよりも日本的である。普遍性を描きつつも内面には日本人的な要素のある作品である。(林田力)


『ヨルムンガンド 11』ロマンチックなココ


高橋慶太郎『ヨルムンガンド』は武器商人ココ・ヘクマティアルと私兵チームの世界をまたにかけた戦いを描く作品である。ココは世界的な海運業者の娘で、武器商人である。自身の護衛や裏家業のために私兵を擁している。クールビューティーであるが、何を考えているか分からない不気味さが漂う。

世界平和のために武器を売るという一見すると矛盾する発言をしたココであるが、第10巻ではココの野望であるヨルムンガルドの内容が明らかになる。それによって物語が急展開すると予想されたものの、世界の変化は描かれずに物語は完結する。世界をどうするかという作品ではなく、孤独を背負った仲間達の絆の物語であった。

ヨルムンガルドが実行されても戦争という手段はなくならないとキャスパー・ヘクマティアルは示唆する。ある手段がなくなっても、それならば他の手段を考えようとするものだからである。これに対してココは恥という概念を提示して戦争が亡くなることを期待する。ヨルムンガルドの結果を恥じる気持ちが人類に生まれることで、戦争をしなくなると。

ココの考えはロマンチックで、リアリズムの点ではキャスパーが上である。しかし、そのようなロマンチックな思想にも価値がある。広島が原爆ドームを残し、原爆ドームの景観を破壊する高層マンションの建設を中止させたことも、原爆投下という人類史の愚挙の恥の記憶を留めるためでもある。問題に対して前向きで建設的な解決策を提示することが能ではない。恥の記憶を留めることも大切である。(林田力)


週刊少年ジャンプ


『GATE 7』第2巻、歴史ファンには憎い仕掛け


『GATE 7』第2巻はCLAMPが『ジャンプスクエア』(集英社)で連載中の漫画の単行本で、2011年11月4日に発売された。明智光秀との戦いの最中、窮地のはなを救った人物は伊達政宗であった。織田信長と共に闇へと消えた最強の隠威「第六天魔王」を手にするため、戦国の魂を継ぐ者達が動き出す。

明智光秀に続いて、伊達正宗、片倉小十郎に徳川家光、柳生十兵衛、真田幸村と歴史上の人物が次々と登場する。豊臣秀吉や徳川家康という誰もが知っている有名どころではなく、秀次や家光としている点は歴史ファンには憎い仕掛けである。 (林田力)


秋本治の単行本3冊同時発売


『週刊少年ジャンプ』に連載する漫画家・秋本治の単行本が2011年12月2日に3冊同時発売された。『こちら葛飾区亀有公園前派出所』第177巻と『秋本治SF短編集』、『こちら葛飾区亀有公園前派出所999巻 13誌出張版の巻』である。

『秋本治SF短編集』はSFをテーマにした読み切り作品を収録した単行本である。収録作品には現代の漫画家と編集者が昭和30年代の東京にタイムスリップし、伝説のトキワ荘を訪れる「時は…」など近未来の枠に収まらない作品もある。

『こちら葛飾区亀有公園前派出所999巻』は、『こち亀』連載35周年記念企画として、集英社が発売している漫画誌13誌に掲載された「こちら葛飾区亀有公園前派出所」を収録したものである。女性向けの雑誌では女性視点の話にするなど掲載誌のカラーに合わせたストーリーになっており、作者の器用さが実感できる。(林田力)




『家庭教師ヒットマンREBORN!』第37巻、オールスター戦で人気浮揚


天野明が『週刊少年ジャンプ』(集英社)に連載中の漫画『家庭教師ヒットマンREBORN!』第37巻が、1月4日に発売された。この巻は「虹の呪い編」の続きで、これまでのオールスター勢揃いでアルコバレーノの代理戦争が始まる。懐かしのキャラクターが再登場し、新たな盛り上がりを見せている。

「虹の呪い編」ではアニメで先行して登場していた呪われた赤ん坊アルコバレーノが7人全員登場する。勝者一人だけ呪いが解かれるという代理戦争には黒曜、ヴァリアー、ミルフィオーレファミリー、シモンファミリーという過去の敵勢力が参加し、オールスター戦の様相を呈した。

『REBORN』ではミルフィオーレファミリーと戦った未来編が盛り上がった。『REBORN』はイタリアのマフィアの話であるが、主人公らは日本人であり、日本の漫画としての限界があった。これに対してミルフィオーレはマフィア風のメンバーが揃っていた。組織内部もホワイトスペルとブラックスペルに分かれ、読者を惹き付ける要素があった。

未来編の次の継承式編で戦った相手はメンバーの大半が日本人的風貌の中学生であるシモンファミリーである。漫画の世界であっても、あまりのリアリティーのなさが継承式編低迷の一因である。その意味でミルフィオーレの再登場は人気浮揚策になる。

バトル漫画では主人公達は戦いを重ねる度に強くなっていく。強さのインフレと呼ばれる現象であるが、『REBORN』も例外ではない。最初のバトル長編である黒曜編で戦った頃よりもツナ達は格段に強くなっている。武器も進歩している。そのため、ツナはビビっているものの、読者から見ると黒曜は敵としては見劣りする。黒曜のリーダーの六道骸も、お笑いキャラが板に付いてきている。その黒曜がどれだけ活躍するか、読者が想定する強さのランクを打ち破る意外性を期待したい。(林田力)


『めだかボックス 14』主人公がヒールに


西尾維新原作、暁月あきら作画『めだかボックス』は生徒会長の黒神めだかが生徒会メンバーらとともに学園内の問題を解決する学園物の漫画である。原作者が『化物語』などで有名なライトノベル作家・西尾維新ということで鳴り物入りの連載開始となったが、ラノベでの人気が単純にジャンプでも通用するほど甘くはなく、ジャンプの掲載順位も後ろの方と低迷した。

人気の伸び悩みの要因は、主人公をめぐる関係性の揺れである。初期の構図は万能の主人公と、それに振り回される幼馴染みの人吉善吉であった。しかし、『涼宮ハルヒ』シリーズのキョン的な振り回され役だった善吉も、いつの間にか姫を守る騎士のようなポジションとなった。

第14巻では「黒神めだかの後継者編」と銘打ちながらも、いつの間にか黒神めだかと人吉善吉の関係性という当初のテーマに回帰した。主人公になろうとする人物が主人公と対決するという予想できない展開になった。

第117箱「お前は」ではヒールとしての黒神めだかが見られる。それに対する球磨川禊と阿久根高貴の会話が面白い。

球磨川『なんて卑怯なことをするんだ、めだかちゃん・・・』『考えられないぜ』『敵を修行前に不意打ちで襲うなんて・・・』

阿久根「いやまぁ球磨川さん、つい最近あんたが俺達にやったことですけどね」

第15巻(『めだかボックス 15』)は人吉善吉の方向性確立と、球磨川禊率いる裸エプロン同盟と委員長連合の対決がメインである。球磨川を主人公とし、箱庭学園に転校する前を描いた外伝も収録する。

元々、黒神めだかは強さや正しさの点では完璧でも、主人公としての人間味が足りない存在であった。また、善吉も全く普通ではなく、次第に強くなり、特殊能力も獲得する。成長という点では十分に主人公的な存在であった。それ故にストーリーとしては善吉が主人公で、黒神めだかがヒールという構図に違和感はない。

黒神めだかは強さや正しさの点では完璧でも、主人公としての人間味が足りない存在であった。また、善吉も全く普通ではなく、次第に強くなり、特殊能力も獲得する。成長という点では十分に主人公的な存在であった。それ故にストーリーとしては善吉が主人公で、黒神めだかがヒールという構図に違和感はない。

それ故に善吉を応援したくなるが、ラスボス風の安心院なじみが善吉側にいるために、ややこしくなる。戦いの目的も黒神めだかを改心させることでなくなってしまい、肩透かしになる。安心院も膨大なスキルを有する割には、迫力がなくなってしまった。

これに対して裸エプロン同盟と委員長連合の対決はストレートに楽しめる。さすが球磨川と言うべきである。第2回キャラクター人気投票で2位の黒神めだかの3倍以上の票差で圧倒的な首位になっただけのことはある。(林田力)


『めだかボックス』役不足


『週刊少年ジャンプ』2012年11号に掲載された『めだかボックス』第133箱「他の誰でもない」には「役不足」という台詞が登場する。役不足は力不足の意味で誤用される言葉であり、間違って使用して読者から突っ込まれる恥ずかしいケースもある。しかし、「この程度のところに出演することは自分にとって役不足」と本当の意味を分かっていながら嫌味を言っていることが暗示されている。ニヤリとさせられるやり取りである。

人気漫画『ONE PIECE』を始め、最近は文字の多い漫画が多い。『銀魂』第7巻収録の第54訓「人の名前とか間違えるの失礼だ」で、追伸の使用をカッコいいと勘違いする無学者を風刺するギャグを描いた(林田力「追伸に対する一考察」PJニュース2010年12月25日)。近時は携帯メールのように読み手を無視して書き流すだけの言葉が溢れている。その中で言葉を大事にする作品に出会うと嬉しくなる。




『花の慶次』第1巻、命を張って筋を貫く慶次の美学


原哲夫『花の慶次 雲の彼方に』は戦国時代から江戸時代にかけての武将・前田慶次郎利益を主人公とした歴史漫画である。傾奇者という言葉を一躍有名にした。隆慶一郎の歴史小説『一夢庵風流記』を原作とする。『週刊少年ジャンプ』に連載され、ジャンプ黄金期を飾る一作品である。

冒頭は慶次が滝川一益の麾下にいた頃の話である。滝川一益は織田信長の命で関東を攻略していた。愛馬・松風との出会いが描かれる。それ以降は豊臣政権下に時代を移し、前田家中での暴れっぷりが描かれる。槍の又左の異名を持つ猛将であり、徳川家康と張り合える実力を有していた前田利家を徹底的に小物に描いた点に斬新さがあった。

命を張って筋を貫く慶次の美学は多くの読者を痺れさせた。その精神性は悪徳不動産業者と闘う消費者を描いた林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』とも共通する。「起きて半畳、寝て一畳、天下を取っても四畳半」という言葉を『花の慶次』で知った人も多いだろう。分譲マンション購入促進が景気回復になるという類の不動産業者にとって我田引水の主張への対抗価値になる。

一方で『花の慶次』には最低の悪役に描かれた北条武士にも最後は武士の意地を見せたなど敵役にも見せ場があった。これは最後まで悪徳不動産業者が最低であった『東急不動産だまし売り裁判』とは異なる。戦国時代という時代そのものを美化するフィクションとゼロゼロ物件詐欺などの貧困ビジネスまで横行する資本主義の現実を直視するノンフィクションの差異が際立つ。


『HUNTER×HUNTER 30』キメラ=アント編完結


冨樫義博『HUNTER×HUNTER 30』は『週刊少年ジャンプ』の連載マンガの単行本である。架空の世界を舞台として、少年ゴン・フリークスらハンターの冒険を描く作品である。この巻ではキメラ=アント編が完結する。

バトル漫画は主人公が敵キャラクターを倒す展開であるが、キメラ=アント編は異色である。人間の対極に位置すると思われたキメラ=アントの王の最後をヒューマニズムでまとめ、人間側の攻撃に人間の残酷さを描く。爆発後も体を蝕む薔薇の毒は放射能の内部被爆を連想させ、強烈な現代文明批判にもなっている。

『HUNTER×HUNTER』は下書き同然の絵が掲載され、定期的に休載することでも話題の作品である。キメラ=アント編完結で一休みに入ると予想されたが、そのまま新章に突入し、これまでと比べると相対的に長期の連載が続いている。『HUNTER×HUNTER』の度々の休載は作者の怠け癖と見られ、冨樫病という不名誉な言葉も生まれたが、キメラ=アント編は作者にとっても難しいテーマであったと言える。

新章の第319話「抽選」では十二支をモチーフにした幹部キャラクターが登場した。彼らは表紙にも後姿が描かれている。十二支をモチーフとする点は同じジャンプ作品の桐山光侍『NINKU -忍空-』と同じであり、大半のキャラクターのビジュアルが動物と関連付けられている点は尾田栄一郎の『ONE PIECE』の王下七武海に類似する。

しかも、幹部キャラの登場シーンは「どべ〜ん」の擬音付きで、これも『ONE PIECE』の「どーん」を連想させる。さらにストーリーは自己の過去作品の『幽遊白書』の魔界統一トーナメント編を想起させる展開になった。

一方で幹部キャラが動物と関連付けられる理由は、コードネームの付与者に心酔するあまり、自らを干支に因んだコードネームに似せようと自発的に努力した結果と説明する。ここには「なるほど」と思わせるオリジナリティがある。(林田力)


ONE PIECE


『ONE PIECE 32』空島編完結


尾田栄一郎『ONE PIECE 32』(集英社、2004年)で空島編が完結する。全ての人々の想いを拳に込めて主人公ルフィは神エネルと激突する。アーロンのように人々を虐げる圧政者をルフィが打ち破るという展開は過去にもあった。これに空島編では数百年前のノーランドとカルガラの約束という歴史が加わり、重厚になった。

第31巻のノーランドとカルガラの回想シーンは、麦わらの一味とは無関係な回想シーンという点で挑戦的な試みであった。主要キャラと接点のない話を長々と展開することは作品への人気を低下させる危険があるが、見事描ききっている。

空島編はパレスチナ問題を連想させる(林田力「『ONE PIECE』第63巻、人種差別のアナロジーで物語に深み」リアルライブ2011年8月6日)。先住民シャンディアが過去に奪われた土地を取り戻す物語であった。虐げられた人々が勝つという勧善懲悪の物語である。

一方で空島編はシャンディアだけが土地を取り戻すのではなく、シャンディアとスカイピア住民の共存という大団円で終わった。それはシャンディアにとっては収奪者のスカイピアの住民も神エネルという外敵の被征服者であったためである。

大地(ヴァース)の恩恵はエネルと神官に独占され、エネルを共通の敵とすることができた。そしてエネルを倒した後の大地にはスカイピアとシャンディアの両住民が生活できるほどの広さがあった。漫画ならではのハッピーエンドであり、パレスチナ問題の深刻さを再確認させられる。(林田力)


『ONE PIECE』第65巻、排外主義者の思想に迫る


尾田栄一郎が『週刊少年ジャンプ』(集英社)に連載中の人気漫画『ONE PIECE』第65巻が、2月3日に発売された。初版発行部数が第64巻に続き400万部の日本タイ記録となったことが報道されるなど国民的な関心を集めている。内容的にも魚人島編は魚人差別を否定することで民族差別批判という社会性を有しているが、この巻では差別する側の思想に迫っている。

この巻では主人公モンキー・D・ルフィとホーディー・ジョーンズとの戦いが佳境に入る。コラムでは海軍元帥センゴクと三大将、ガープの子ども時代が描かれ、魚人島編で出番のない世界政府海軍ファンも見逃せない。『ONE PIECE』の主人公モンキー・D・ルフィはゴムゴムの実の能力者である反面、カナヅチという海賊としては致命的な弱点を有している。この巻ではホーディー・ジョーンズとの戦いの舞台が海中に移り、ルフィは苦戦する。ホーディーはルフィの敵としては小物臭が漂うが、海中という魚人が能力を発揮でき、ルフィにとっては能力が制限される場所を舞台とすることでバトルを盛り上げた。

この巻の見どころはホーディーの正体である。ホーディーは人間に激しい恨みを抱く点でアーロンと共通する。アーロンは魚人という種族優越主義から人間を痛めつける分かりやすい悪であった。その後、麦わら海賊団はシャボンディ諸島で逆に魚人が人間から差別されている状況を目の当たりにする。

アーロンの時よりもホーディーに共感する背景が存在するが、むしろアーロン以上に拒否感がある。それはホーディーと彼の率いる新魚人海賊団が攻撃の矛先を人間との共存を志向する魚人にも向けているためである。ここにアーロンとは異なる異常さがある。アーロンは人間の犠牲に成立したものであるが、魚人にとっては楽園になるアーロンパークを築いた。これに対してホーディーの行動は破壊ばかりである。

そしてホーディーには人間に激しい恨みを抱く被害経験がないことが明らかになった。憎しみの情報だけから生み出された空っぽの怪物であった。これは日本や欧米諸国で旧植民地出身者や移民者を排撃する排外的民族主義を連想させる。排外的民族主義者はマイノリティが優遇され不当な特権を得ているという類の妄想をたくましくして差別を正当化する。

インターネット上などで同じ考えの仲間で情報交換し、互いの偏見や排外思想を強化する。これは魚人街という不良が集まる閉鎖空間に集った新魚人海賊団の面々と重なる。また、排外的民族主義は外国人だけでなく、マイノリティを支援する市民運動家など同じ国民の意見の異なる人々を売国奴や非国民とラべリングして矛先を向ける。これも新魚人海賊団に重なる。

このホーディーの正体に気づいたフカボシ王子は魚人島(リュウグウ王国)の支配者層である。その彼がホーディーの正体を悟ると共に、憎しみを魚人街という隔離した場所に放置させたことを反省する。ここには「過去の恨みを水に流しなさい」という幼稚な説教臭さは無縁である。反対に貧困や差別を隔離することで見せかけの経済的繁栄を謳歌する格差社会に対抗する論理になっている。(林田力)




『ONE PIECE 66』敵キャラを改心させない徹底性


尾田栄一郎『ONE PIECE 66』(集英社)で魚人島編が完結した。『ONE PIECE』は架空の世界を舞台に、世界の最果ての地にあるとされる「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を求める海賊の冒険を描く漫画である。この巻では魚人島を舞台としたホーディー・ジョーンズら新魚人海賊団との戦いに決着がつけられる。

戦いが終わり、新魚人海賊団の面々は哀れな姿に変貌するが、それでも人間への憎しみを捨てない。新魚人海賊団は拝外主義者・人種差別主義者になぞらえられる(林田力「『ONE PIECE』第65巻、排外主義者の思想に迫る」リアルライブ2012年2月9日)。今回の結末は拝外主義者の末路としても相応しい。安易に敵を改心させない点は『ONE PIECE』らしくもある。

かつてのバトル漫画では敵キャラクターが倒された後で改心したり、仲間になったりする展開が定番である。これは攘夷を叫んだ幕末の志士が文明開化を主導し、鬼畜と罵った米国を戦後は世界で最も強固な同盟国と呼ぶ無節操で歴史性に欠ける日本人のメンタリティに合致していた。

しかし、過酷なイジメなどの現実と直面する現代の子ども達にとって「昨日の敵は今日の友」展開はリアリティに欠ける(林田力「【コミック】過去の敵への態度に注目『ONE PIECE 第51巻』」ツカサネット新聞2008年9月17日)。実際、『ONE PIECE』では敵キャラクターと仲間になるキャラクターでは最初から役回りが異なっている。ニコ・ロビンのように敵陣営に属していた仲間もいるが、本気で主人公達とは戦っていない。

この巻でも敵キャラクターを改心させない徹底性を発揮した。その徹底性が『ONE PIECE』を少年漫画の中で頭一つ飛び抜けた存在にしている一因である。(林田力)


銀魂


『銀魂』バラガキ編、携帯メール依存症は友達が少ない


空知英秋が『週刊少年ジャンプ』に連載中の漫画『銀魂』第42巻が、2011年10月4日に発売された。表紙には佐々木異三郎と今井信女が描かれる。この巻では真選組と見廻組の対立を描くバラガキ編が目玉である。普段よりも収録話数を多くしてバラガキ編を完結させており、コミックス読者には嬉しい限りである。

バラガキ編は史実の新選組と京都見廻組の対抗意識を想起させる。過去の『銀魂』でも史実の伊東甲子太郎の離反を下敷きにした真選組動乱編の人気が高く、バラガキ編への期待も高まる。

このバラガキ編はシリアスなストーリーの中でもギャグが冴える。登場人物のセリフに「メールもろくに返さないメル友なら、アドレス帳に残すつもりはありませんから」というものがある。一見すると、まともな台詞に思えるが、これは悪役の台詞である。

メールに返信しない側が善玉で、一方的なメールに返信があって当然と考える方が悪玉になっている。しかも携帯メール依存症のキャラは友達が少ないという設定である。「携帯メール依存症だから友達が少ない」と突っ込みたくなるキャラ造形になっている。

この電子メール依存症への風刺はアニメではパワーアップしている。アニメ第45話(246話)の「悪ガキどもの祭典」では冒頭のラップでメール依存症のキャラが「メル友なし」と断言された。

『銀魂』では第40巻収録のギャグ短編で、メールに即座に返事することで絆を確認するコミュニケーションよりも、リアルな絆を重視する話を描いたが、電子メール依存症への風刺がシリアス長編にも登場した形である。

アニメの戦闘シーンは凝っている。真選組のシリアス長編は真選組にもってかれる傾向があるが、バラガキ編では坂田銀時がラストに見せ場を作った。「ポリ公とは性に合わない」と言う銀時が光る。

このバラガキ編では悪役も最後は善人的な面を見せるという日本的なナイーブな展開で終わると見せかけたものの、サプライズが用意されていた。悪役は今後も主人公達の敵として立ち塞がることを予感させる。最終決戦への期待と物語の終幕が近づくことへの寂しさが混じる結末であった。(林田力)


『銀魂』第43巻、ゼロゼロ物件業者への対抗価値


空知英秋が『週刊少年ジャンプ』で連載中のSF時代劇漫画『銀魂』が面白い。2月3日に発売された単行本の第43巻は金魂編がメインである。『週刊少年ジャンプ』2011年44号掲載の金魂・第一訓「ストレートパーマに悪い奴はいない」から突入した。

金魂編は優等生的な坂田金時に主人公を乗っ取られるという斬新な展開である。金時は主人公の坂田銀時とは金髪でストレートパーマという点が相違するが、男気が溢れ、稼ぎもよく、志村新八や神楽ら仲間達から心酔されている。完璧な金と欠点だらけの銀が対比される。

金魂編では作品のタイトルまで「金魂」に変わっているという徹底ぶりである。単行本の表紙も第1巻と同じ絵柄で主人公が金時に変わっているとの遊び心がある。『週刊少年ジャンプ』連載時には分かりにくかった『銀魂』本来のサブタイトルと「金魂」としてのサブタイトルが目次で整理されている。

掟破りの展開に加えて他作品のパロディなどギャグ満載の金魂編であるが、メッセージ性も強烈である。それは優等生的な金時よりも不完全な銀時に魅力があるという主張である。結末の会話がコミックスでは変わっており、より不完全性の魅力を強調する内容になった。カバー折り返しの作者コメントも銀への愛着が感じられる。

完璧な人間よりも欠点やドジなところがあった方が魅力的なキャラクターになる。これはキャラ作りの鉄則である。尾田栄一郎『ONE PIECE』第65巻では読者の質問コーナー「SBS」で、主人公のルフィよりも強力な能力者が続々登場していることに対し、著者は「ゴムのような面白さがなければ長く付き合えない」と答えている。バトル漫画でも圧倒的な強さが必ずしもキャラの魅力になるとは限らない。

しかし、単に親しみをもたせるために不完全なキャラにするだけならばステレオタイプ化する。『銀魂』第42巻収録の「漫画という画布に人生という筆で絵を描け」では漫画家志望の持ち込み原稿の主人公が皆、「腹減った」という食い意地が張ったキャラであることを風刺している。

世間的な意味での優等生に魅力はないが、単に欠点を持たせるだけでも面白味がない。欠点や長所でないと考えているものに新たな価値を付加してこそクリエイティビィティである。『ONE PIECE』のルフィは強そうではなくても、面白さという漫画ならではの価値でゴム人間となった。

銀時の不完全性にも価値がある。金時によって修正された銀時の欠点の一つに家賃滞納がある。味方のたまにも家賃滞納を忘れないと言われるほど、家賃滞納は強調されている。家賃を滞納するキャラクターが善玉で、家賃を支払うキャラクターが悪玉である。家賃滞納は一般的には好ましいことではないが、昨今は家賃滞納を口実にした不法が横行し、社会問題になっている。

賃貸不動産では賃借人を食い物にする貧困ビジネスが跋扈している。ゼロゼロ物件などでは僅か一日の家賃滞納に過酷な追い出し屋の嫌がらせや高額な違約金請求が行われている。サラ金でも行われない未明の家賃取り立てや嫌がらせの貼り紙を繰り返す。また、無断で家屋の鍵を交換して高額の鍵交換費用を請求する。さらに無断で家屋に浸入して家財を処分・換金してしまうなどの人権侵害が行われている。

この種のゼロゼロ物件業者の追い出し行為が許されざる人権侵害であることは当然である。一方で「盗人にも三分の理」という言葉があるようにゼロゼロ物件業者にも拠り所となる論理がある。それは「家賃を払っていない賃借人が悪い」「文句があるならば家賃を払え」である。

家賃滞納という単なる債務弁済の遅延は、違約金請求という暴利行為や追い出し屋の人権侵害を正当化する根拠にならない。しかし、残念なことに人権意識の低い後進的な日本社会では、ゼロゼロ物件業者の論理に同意してしまう人々も少なくない。それ故に「住まいは人権」という論理が重要になる(林田力「マンション建設反対運動は人権論で再構築を」PJニュース2011年6月17日)。

「確かに『支払いを遅らせたのは,あなたでしょう!』と厳しく言われたら,なんとなく『そうかな』と思ってしまうかもしれないが,それが全てを根こそぎ奪い取ることを正当化する理由にならないことは,また,よくわかることだろう。」(津久井進の弁護士ノート「ゼロゼロ物件被害にみる形式的コンプライアンス」2008年7月18日)

ゼロゼロ物件被害者は家賃滞納に後ろめたさを感じる必要はない。家賃を滞納し、自己を不完全な主人公と認める銀時のように堂々と業者の不法を訴える資格がある。家賃滞納という属性は親しみを持たせるための単なる欠点というよりも、家賃滞納者の弱みに付け込む貧困ビジネスに対抗する価値を生み出している。

ゼロゼロ物件の被害者が被害者でもあるにもかかわらず、家賃滞納者ということで逆に非難される傾向のある日本社会において、家賃は滞納するが、真っ直ぐな魂を持ったヒーローという設定の『銀魂』はゼロゼロ物件業者に対抗する価値を生み出す効果がある。

『銀魂』はパロディや下ネタが多く、PTA推奨という意味合いでの教育的な作品ではない。しかし、単行本第40巻収録のギャグ短編では携帯メール依存症を批判した。また、第7巻収録の第54訓「人の名前とか間違えるの失礼だ」で、追伸の使用をカッコいいと勘違いする無学者を風刺するギャグを描いた(林田力「追伸に対する一考察」PJニュース2010年12月25日)。教育的作品の説教臭さとは無縁ながら、教育的価値を盛り込む『銀魂』に大いに期待する。

主役について考えさせられた金魂編であるが、準主役の立ち位地も考えさせられる。銀時、志村新八、神楽の三人が万事屋トリオで、新八と神楽は他の脇役とは格が違う。かぶき町四天王編では新八が椿平子、神楽がマドマーゼル西郷を倒すという見せ場を作った。

これに対して金魂編では二人の存在感が薄い。仲間との絆の確認では月詠、九兵衛、さっちゃんとのシーンが印象的である。『銀魂』が歴史を重ねて魅力的なキャラクターを作ってきたために相対的に当初の主要キャラの活躍が少なくなった。

一方で金魂編の後半では万事屋トリオに志村妙を加えた四人を、はじまりの四人と特別視する。新八や神楽が一般レギュラーと同じレベルになるか、準主役扱いを維持するかにも注目である。(林田力)


『銀魂 44』真の敵を見極める重要性


空知英秋『銀魂―ぎんたま―』は『週刊少年ジャンプ』で連載中の人情コメディー漫画である。黒船ならぬ天人(宇宙人)が来襲し、突如価値観が変わってしまった町、江戸を舞台としたSF時代劇である。勤皇の志士や新選組など幕末の人物をモデルとしたキャラクターも登場する。下ネタも多い少年誌連載漫画だが、テレビアニメや映画化もされ、女性ファンも多い。

ギャグやバトル、人情など様々な要素が詰まっている点が『銀魂』の魅力である。少年マンガの枠組みを破壊するような強烈なギャグと、登場人物の筋を通すカッコいい言動が同居している。

『銀魂』は主人公・坂田銀時の魂という意味である。宇宙人の来襲で価値観が換わってしまった中でも、侍の魂を持ち続けた人物であることを示している。主人公も含め、『銀魂』のキャラクターは不器用だったり、普段は出鱈目だったりしても、意地にも似た信念を貫き通している。

最近の『銀魂』はバラガキ編、金魂編と長編が続いている。第44巻も後半はシリアス長編「一国傾城」編に突入する。ここではバラガキ編で登場した見廻組の佐々木異三郎と信女が再登場する。ボケが圧倒的なギャグ漫画の銀魂であるが、悪役には高杉を筆頭にギャグと無縁なキャラクターが多い。その中で佐々木はボケもこなせる貴重な存在であった。早期の再登場は喜ばしい。背表紙にも描かれた信女はバラガキ編では狂った人斬りであったが、ここではキャラクターに深みが増している。

この長編において幕府中枢の腐敗が明らかになる。銀時や桂と高杉の対立が思い出される。銀時や桂は現体制を破壊しようとする高杉と決別した。今の江戸にも守るべきものがあるためである。ところが、銀時にとっても現体制は戦うべき敵であった。高杉の問題意識は正しかった。但し、高杉のやり方は普通に暮らす市民を巻き込むことになる。だから銀時や桂が決別する意味があった。これに対して今回の銀時達は巨悪に対してピンポイントに戦いを挑む。だから高杉との対立と今回の戦いで主人公の論理に矛盾はない。

ここからは真の敵を見極めて戦うことの大切さを実感する。敵を間違えるとエネルギーを発散することになりかねない。たとえば秋葉原無差別殺傷事件の背景にある派遣切りなど格差社会への怒りには共感できる点もある。しかし、その行動は格差社会と戦うものにはならない。高杉の戦いにも似たようなものが感じられる。

秋葉原無差別殺傷事件に駆り立てたものは格差社会への絶望であった。高杉を駆り立てるものも恩師・吉田松陽を失った絶望である。虐げられた人々の絶望には大きく共感できるが、正しい敵との戦いにエネルギーを収斂させる必要がある。

これはマンション問題の被害者にも重要である。マンション問題では不動産業者という敵が明白に見えるが、それほど単純ではない。子会社の販売会社や管理会社、さらには地上げ屋、近隣対策屋、不動産業者と関係のあるマンション住民や管理会社と癒着した管理組合役員など被害者の関心を分散させる。

林田力には地上げブローカーの嫌がらせに対して、地上げブローカーを相手にせず、東急不動産に内容証明郵便を送付させることで停止させた経験がある(林田力「「景住ネット」第4回首都圏交流会、浅草で開催される」JANJAN 2010年1月25日)。真の敵と戦うことの重要性を『銀魂』から再認識した。


BLEACH


『BLEACH』第53巻、消化試合でも人気キャラの魅力を深掘り


久保帯人が『週刊少年ジャンプ』で連載中の漫画『BLEACH−ブリーチ−』第53巻が、2011年12月2日に発売された。この巻では満を持して護廷十三隊の死神達が再登場する。人気キャラクターを再登場させる梃入れ策の面も否めないものの、死神の魅力が深掘りされた内容になった。

再登場した死神達は朽木ルキアが腕に副隊長章を付けているなど、細部がイメージチェンジしている。コミックスでは、おまけのページでキャラクター本人による変更点の解説がなされており、『週刊少年ジャンプ』読者にも新たな発見が得られる。

護廷十三隊の隊長達の中で圧倒的な人気を誇るキャラクターに十番隊隊長・日番谷冬獅郎がいる。日番谷をフィーチャーする劇場版『The DiamondDust Rebellion もう一つの氷輪丸』が公開されたほどである。しかし、人気とは裏腹に漫画本編では藍染惣右介に瞬殺されるなど意外にも活躍は少なく、主人公・黒崎一護との接点も薄かった。しかし、今回は山本元柳斎を始め尸魂界(ソウル・ソサエティ)を変えた人物として黒崎一護を認める発言で見せ場を作った。

再登場した死神達と「XCUTION」メンバーの間で戦闘が展開される。『BLEACH』の戦いでは最初から全力を出さず、斬魄刀の卍解や破面の帰刃(レスレクシオン)など相手に圧倒されてから隠し技を出す傾向がある。そのために戦闘描写が長引き、間延びしてしまうデメリットがあったが、今回はテンポよく進む。

その中でも六番隊隊長・朽木白哉と月島秀九郎の戦いの決着は次巻に持ち越しとなった。名門貴族の家柄の白哉は何事にも動じない上から目線のクールなキャラクターで、斬魄刀の千本桜も遠距離攻撃向きで、自らの身を危険にさらしての戦闘を好む剣八とは対照的に映る。

その白哉も自らは手を下さずに他人の過去を操る月島秀九郎に嫌悪感を示す。白哉は破面編での第7十刃ゾマリ・ルルーとの戦いでは実力差を有しながらも、満身創痍になった。苦戦する展開は白哉らしくないと感じたものだが、自ら戦いの矢面に立つところに白哉の戦士としての美学があり、それが月島への嫌悪となって現れた。死神にとっては消化試合のようになったXCUTIONとの戦いであるが、死神のキャラは深まっている。(林田力)


『BLEACH』第54巻、ハイテンポで死神代行消失篇を完結


久保帯人『BLEACH―ブリーチ―』第54巻で死神代行消失篇が完結した。長かった展開の割にラストはハイテンポでまとめている。長引く展開が人気低迷をもたらしたことを踏まえれば妥当である(林田力「週刊少年ジャンプ巻頭カラーで『BLEACH』巻き返しなるか」リアルライブ2011 年8月23日)。

過去の戦いと比べると敵の小物感は否めず、バトルは問題にならない。主人公に迷いがなければ敵を圧倒できるという、努力よりも信念重視の良くも悪くも現代的な作品の傾向を踏襲した。バトル物では主人公側に都合のよい論理や正義が振りかざされることが少なくない。これに対して死神代行消失篇の黒崎一護はソウル・ソサエティの仕打ちに怒りをぶつけるだけの資格がある。しかし、それをせずに護る側に立った。

さらに戦う敵に対しても、奇麗事の正義論をぶつけるのではなく、相手の論理を理解した上で対峙している。自分の考えを唯一絶対とし、相手の話を聞く能力もなく、頭ごなしに遮ることで議論に勝ったと勘違いする低級な連中とは異なる。黒崎一護は魅力的なヒーロー像を提示している。(林田力)


NARUTO


『NARUTO』第58巻、奇妙な戦い


岸本斉史『NARUTO-ナルト-』第58巻(集英社、2011年)は『週刊少年ジャンプ』連載の忍者アクション漫画である。この巻では主人公ナルトが戦いに参入する。我愛羅とオオノキは先代の影達を迎え撃つ。忍界大戦では薬師カブトによる穢土転生の術によって、過去に死亡したキャラクターが敵になる。死者にとっては戦わされることが不本意で、自分の弱点や攻撃先を説明しながら戦うという奇妙な戦いが展開される。数多くのキャラクターが入り乱れての戦闘は間延びしがちであるが、風影の母の真実や、操られるだけで終わらないイタチの活躍など飽きさせない展開である。(林田力)


『NARUTO』第59巻、五影の勢揃い


岸本斉史『NARUTO―ナルト―』第59巻(集英社、2011年2月3日発売)は週刊少年ジャンプで連載中の忍者アクション漫画の単行本である。木ノ葉隠れの里の忍者・うずまきナルトらの戦いと成長を描く。この巻は忍連合と暁が激突する忍界大戦の続きである。先代水影と我愛羅の戦いで幕を開ける。 先代水影に絶対防御を破られた我愛羅。オオノキとの連係で攻め返すが、水影の忍術・蒸危暴威で追いこまれる。分身を各戦場に拡散していたナルトの本体は遂にマダラに迫る。

圧巻は五影の勢揃いである。保守的な考えを代表していた土影オオノキの改心と覚悟が見所である。忍界大戦では五大国の忍者が連合して戦うために新キャラクターが続々と登場する。敵側も死者を操る術を使うために過去の英雄が次々と登場する。これは物語の構成としては難しいところがある。読者に馴染みのないキャラクター同士が並行して戦いを展開するからである。読者が飽きるグダグタの展開に陥りがちである。それでもナルトはキャラクターとストーリーを巧みに絡ませて、読者を惹き込んでいる。オオノキの若い頃のマダラとのエピソードが印象的であった。(林田力)




バクマン。


『バクマン。』第14巻、計算型の新人漫画家とガチンコ対決


大場つぐみと小畑健が『週刊少年ジャンプ』に連載中の漫画『バクマン。』第14巻が、2010年8月4日に発売された。『バクマン。』は亜城木夢叶のペンネームで活動する真城最高(サイコー)と高木秋人(シュージン)の漫画家生活を描く作品である。一握りの者しか得られない栄光を手にするため、険しい「マンガ道」を歩む決意をした二人。高い画力を持つ最高と、文才に長ける秋人がコンビを組む。ようやく軌道に乗った亜城木夢叶であったが、この巻では驚異的な新人・七峰透との対決が勃発する。

『バクマン。』の魅力は漫画出版業界の内幕を明らかにするリアリティにある。亜城木夢叶は実在の雑誌『週刊少年ジャンプ』に連載しているという設定であり、登場する編集者も実際の編集者をモデルとした人物ばかりである。『週刊少年ジャンプ』の読者アンケートの仕組みも明らかにされ、亜城木夢叶はアンケート上位を目指して奮闘する。

亜城木夢叶は毎週のアンケートの順位を気にしており、上位を獲得するために様々な試行錯誤を繰り返す。その勤勉さ・熱心さは漫画家の伝統的なイメージとは対照的である。手塚治虫や藤子不二雄のような巨匠でも、作品中に登場する漫画家の自画像は締め切りに追われるマイペースな存在であった。

ここに『バクマン。』のユニークさがある。ライバルの人気漫画家・新妻エイジを考えなくても描ける天才型とすることで、亜城木夢叶の計算型を際立たせた。一方で漫画が亜城木夢叶のように計算し尽して描かれていると知ることは、読者の漫画への愛着を萎えさせる面がある。この巻では亜城木夢叶以上に計算高い漫画家・七峰透を悪役として登場させることで、亜城木夢叶の漫画へのパッションを描いた。

亜城木夢叶はライバル漫画家達と激しい競争関係にあるが、切磋琢磨する仲間であるとの一線は守っていた。恋愛感情のもつれからドロドロ展開になりかねない秋名愛子(岩瀬愛子)との対決も、きれいにまとめられた。大まじめな秋名の言動が笑いを生むというユーモラスな効果もあった。それに比べると、七峰透との対決はガチンコ色が強い。緊迫感は従来以上であるが、物語を暗くしてしまう。

その暗さを補うスパイスが平丸一也のギャグパートである。平丸のような「働きたくない」型の漫画家もいることが、計算ばかりの漫画家像への食傷感の癒しになる。さらに懐かしのキャラクターの再登場によって、亜城木と七峰の対決の本編と平丸のギャグパートに接点が生じる予感で終わる。二つの話が結びつく次巻にも注目である。(林田力)




漫画は博打『週刊少年ジャンプ』がキャッチフレーズグランプリ発表


『週刊少年ジャンプ』2011年41号で「キャッチフレーズグランプリ2011」が発表された。これは連載漫画のキャッチフレーズを読者から募集した企画で、『バクマン。』のキャッチフレーズ「今のオレ達『博打打ち』未来のオレ達『ジャンプ1』」がグランプリに輝いた。

『バクマン。』は大場つぐみ作・小畑健画で、漫画家を主人公とした作品である。読者アンケートの結果に一喜一憂し、人気低迷による打ち切りなど漫画界のシビアな現実も描く。主人公の一人・真城最高の叔父・川口たろうも漫画家であったが、作品がアニメ化されたものの、その後はヒット作に恵まれず、原稿執筆の過労で死去したという壮絶なエピソードがある。

そのような浮き沈みの激しい漫画家生活を「博打打ち」という言葉が表現している。作中でも川口たろうが自らを「博打打ち」と称している。現在の状態と将来の目標を盛り込むことで魅力的なキャッチフレーズになった。

他の連載作品の中で最も優れた作品が準グランプリになっている。久保帯人『BLEACH―ブリーチ―』のキャッチフレーズ準グランプリは「剣華上等」である。『BLEACH』では「一護剣斬!!!」というキャッチフレーズが2004年のグランプリになった。「見参」という言葉を作品のイメージに合わせて「剣斬」に置き換えた。今回も「喧嘩上等」という言葉を「剣華」に置き換えた形である。

岸本斉史『NARUTO―ナルト―』のキャッチフレーズ準グランプリは「食ったら練る!」である。作中では「チャクラを練る」という表現が使われており、「寝る」と「練る」をかけている。他にも空知英秋『銀魂』が「いざって時、銀時。」とシャレになっている。これは「時」と主人公の名前「銀時」をかけ、意味的にも何でも屋をしている主人公に合っている。

グランプリ作品1本と準グランプリ作品21本は漫画家により、キャッチフレーズに合わせたポスターが描かれる。注目は看板漫画の尾田栄一郎『ONE PIECE』である。キャッチフレーズは「おれ達、海賊世代!」と意外にも地味であったが、ポスターでは主人公のルフィと共に超新星の海賊達が登場する。現在連載中の魚人島編では出番のない超新星の2年後の姿が描かれており、将来の本編への再登場も期待される。

募集当時の連載作品を対象としたために現時点では連載が終了している作品のキャッチフレーズも準グランプリとして紹介した。『戦国ARMORS』『保健室の死神』『DOIS SOL』『メルヘン王子グリム』と複数の終了作品が存在した。このうち、『保健室の死神』以外の作品は2011年内に連載が始まり、終了した短期打ち切り作品である。グランプリ自体がグランプリに輝いたキャッチフレーズ「博打打ち」を象徴する存在となっている。(林田力)


『バクマン。』第15巻、編集否定漫画家の自滅でジャンプの自己肯定


大場つぐみと小畑健が『週刊少年ジャンプ』に連載中の漫画『バクマン。』第15巻が、2010年10月4日に発売された。漫画制作の現場をリアルに描くことで話題の作品であるが、この巻も編集担当者を否定する漫画家との対決や漫画作品の模倣犯出現など際どいテーマを扱った。

この巻は前巻に引き続き七峰透との対決で幕を開ける。『週刊少年ジャンプ』上の連載でも七峰透との再戦に決着がつけられたばかりである。コミックスを読むと最近の連載内容に新たな気付きが生まれる。

七峰は漫画家と編集担当者の二人三脚という現在の漫画雑誌のあり方を真っ向から否定するシステムで挑む。『バクマン。』の中では七峰は悪役だが、担当が漫画を良くするよりも、漫画家をスポイルさせているとの主張は少なからぬ共感を得られるものである。

映画化も決まった『別冊少年マガジン』で連載中の人気作『進撃の巨人』の作者・諌山創は週刊少年ジャンプ編集部に原稿を持ち込んだところ、「『漫画』じゃなくて『ジャンプ』を持って来い」と否定されたという。また、『週刊少年サンデー』に『金色のガッシュ!!』を連載していた雷句誠はカラー原稿紛失を理由に出版社を提訴したが、その背景には「編集者が漫画家を見下している」という怒りがあった。

『バクマン。』でも主役の亜城木夢叶は担当の趣味によって意に添わない漫画を描かされた苦しみを味わっている。その意味で七峰の思想は単なる悪役のもの以上の価値がある。しかし、他誌以上に漫画家と編集の関係が強固な『週刊少年ジャンプ』において、自己否定になるような展開は考えにくい。七峰との対決が自滅という悪役としても恥ずかしい終わり方となったことにジャンプの思想が現れている。

七峰退場後は、アシスタントとして再登場した中井のエピソードになる。かつて主人公と共に切磋琢磨した仲間キャラを、そこまで救いがたい存在に変貌させる作者の思い切りの良さに脱帽である。ここでは怠惰な漫画家の役回りの平丸が熱さを見せる。

中盤は名作『あしたのジョー』のオマージュになっており、漫画好きにはたまらない。主人公は原稿を何度も編集部に持ち込んでは拒絶されるというプロセスを経ていないために、順風満帆なイメージがある。しかし、その裏には常人にはない努力があることを『あしたのジョー』の名台詞を使って描いている。

後半は漫画を模倣した犯罪者の出現による動揺を描く。『バクマン。』の作者コンビは、人気マンガ『DEATH NOTE』も手掛けたが、人を殺すノートを主題とした『DEATH NOTE』に対しても教育や道徳的な見地から批判が寄せられた。それを踏まえて読むと一層味わい深くなる。(林田力)


『バクマン。』第16巻、人気漫画の連載引き伸ばしは是か非か


大場つぐみと小畑健が『週刊少年ジャンプ』(集英社)に連載中の漫画『バクマン。』第16巻が、1月4日に発売された。この巻ではライバルの人気漫画家・新妻エイジの天才ぶりが発揮された。

エイジは当初から主人公のライバル的設定であったが、大きく突き抜けた存在であり、ライバルというよりも導き手のようになっていた。最近は他の漫画家のエピソードが多く、存在感が弱まっていた面は否めない。それが、この巻では天才肌を見せ付けた。

『バクマン。』の魅力の一つは内幕物のリアリティである。主人公達が実在の漫画雑誌である『週刊少年ジャンプ』で連載し、読者アンケートなど雑誌の舞台裏が明かされる。主人公は恥ずかしいほど真っ直ぐで熱い人物であるが、業界のダークな側面も描かれる。

この巻では雑誌の看板となった人気漫画は漫画家の意思でも簡単には終わらせられないという商業主義の現実が描かれる。編集部の商業主義によって描きたいものが描けない、不本意ながら描かされているという不満は決して小さな声ではない。漫画家もブログなどで出版社を通さずに自分の意見を表明できるようになり、これまでは表に出なかった声も明らかになっている。

その中で商業漫画雑誌の最右翼に位置する『週刊少年ジャンプ』掲載作品が、自らが理想とする形で作品を終わらせようとチャレンジする漫画家を登場させたことは、商業主義への不満の声を一定程度は代弁することになる。編集部の連載引き延ばし姿勢を作中で問題提起した著者の勇気を称えたい。

一方で『バクマン。』も少年ジャンプ編集部に認められた作品である。編集部の立場も代弁している。本来ならば漫画家と編集部という対立軸になるはずであるが、バクマンでは漫画家同士の対決になった。ジャンプの漫画として成り立たせる話題運びの巧みさは巧妙である。

そして自分の作品を自分の意思で終わらせようとする漫画家は自らに厳しいハードルを課している。しかも、編集部に認められた条件を自発的に厳しくした。現実の漫画家にとっては不可能に近い条件である。それくらいのことをしなければ、漫画家が自分の意思を貫くことは許されないという編集部にとって都合の良い結論にもなってしまった。

結局のところ、天才的な漫画家の凄さを見せつけたものの、この巻では商業主義的な動機による連載引き延ばしが漫画にとって是か非かという問題は残された。この問題は現在『週刊少年ジャンプ』で連載中のエピソードである亜城木夢叶の新作で深められている。そこでも対決相手はエイジである。

直前の第15巻は新人漫画家・七峰透との対決がメインであったが、この第15巻発売時の『週刊少年ジャンプ』連載漫画では七峰が再登場していた。ジャンプ連載とコミックスの連動という点でも味わい深い。(林田力)


『バクマン。』第17巻、後付け設定も作品愛


大場つぐみ・小畑健『バクマン。』第17巻では「一話完結じゃない一話完結」というストーリー作成手法が紹介される。これは漫画家が自己の過去の作品を読み返し、そこで登場した設定を伏線のようにして、新たな話に活かす手法である。

練り込まれた長大な伏線はマンガ作品が人気を集める大きな要因である。たとえば尾田栄一郎『ONE PIECE』では序盤で海賊見習い時代に喧嘩するシャンクスとバギーを殴る人物が登場する。海賊船の船長のようなポジションであるが、何故か船長とは呼ばれていなかった。その人物が中盤に入って副船長だったことが明らかになる。このような練り込まれたストーリーが人気の秘訣である。

伏線とは対照的に恥ずかしいとされるものが後付け設定である。『ONE PIECE』は最初から構想された緻密な世界観が魅力であるが、人気作にはアンチも生じる。第一話で、あっさりと自分の片腕を奪われてしまうシャンクスが、物語が進むと四皇の一人という世界最高クラスの海賊になっている。シャンクスを四皇とすることは後付け設定ではないかと批判される。

問題は後付け設定が恥ずかしいことか、ということである。漫画家や小説家の卵が陥りがちな失敗に設定を細部まで詰めることに注力して、それで終わってしまい、作品を仕上げられないというケースがある。これは後付け設定恐怖症というべき失敗例である。

これに対して『バクマン。』の一話完結じゃない一話完結は最初から後付け設定を目指しているが、それは努力の賜物である。自己の作品を丹念に読み返して使えそうなネタを探し出す。漫画家は後付け設定のために大変な努力をしている。自己の過去の作品を大切にする作者でなければ後付け設定はできない。恥ずかしいことは自分の過去の作品を大切にせず、書き散らすだけの存在である。『バクマン。』は後付け設定の価値を教えている。(林田力)


トリコ


『トリコ』第17巻、価値の多元性


島袋光年『トリコ』第17巻(集英社、2011年)は『週刊少年ジャンプ』連載のグルメ・アクション漫画である。『トリコ』は美食會という倒すべき強敵とグルメ界という目的地が明らかになり、物語の奥行きが広がった。しかし、この巻では将来の大冒険に備えた充電期間の色合いが濃く、一話完結のオムニバスも収録されている。その中でも「ビックリアップル」の話が面白い。これは驚かせるほど味が美味くなるという不思議なリンゴである。

『トリコ』の魅力は戦闘には足手まといなシェフの小松が冒険で重要な役回りを果たすところにある。力だけが全てではないという多元的な価値が描かれる。但し、最近では小松の活躍シーンが多く、小松が凄い人であるとのイメージが定着した感がある。これに対して「ビックリアップル」では小松はヘタレに徹している。このような姿があるからこそ、別のシーンでの小松の活躍が魅力的になる。少年マンガのキャラクターは通俗的には欠点とされるような属性を有する方が魅力的であり、それが教育的な効果をもたらす(林田力「空知英秋『銀魂』に見るゼロゼロ物件業者への対抗価値」PJニュース2011年11月4日)。

この話は美食會の暗躍というシリアス長編へのつながりを仄めかして読者を緊張させたものの、お笑いキャラが意外な能力を発揮する落ちで終わる。ここにも価値の多元性が現れている。


『トリコ』第18巻、現代社会の病理を風刺


島袋光年『トリコ』第18巻(集英社、2010年)ではトリコとサニーがデスフォールを攻略するが、疲労困憊となる。そこで小松が一人でサンサングラミーを捕獲しようとする。上手な形で小松の見せ場を作っている。バトル中心の王道少年漫画ながら、バトル以外の価値を上手に盛り込む。この巻では美食會の動きも描かれ、長編への導入部にもなっている。

『トリコ』の世界は美食で価値付けられたユニークな社会である。それでも現実の社会と同じように腐敗や貧困、格差が描かれる。この巻ではマスメディアとの癒着で人気を得るレストランや貧困者に蔓延する麻薬など現代社会の病理を風刺している。(林田力)


『トリコ 19』昨日の敵は今日の友の安直


島袋光年『トリコ』は『週刊少年ジャンプ』連載のグルメ・アクション漫画である。美食が価値の中心となったグルメ時代において、未知の食材を探求する美食屋トリコの冒険を描く。

『トリコ』の大きな特徴はグルメとバトルの二本立てになっていることである。未知の食材を探求するトリコの前には凶暴な生物や敵対勢力が立ち塞がり、激しいバトルになることが多い。バトルは少年漫画の王道である。一方でバトル中心はワンパターン化の弊害に陥りやすい。「こいつを倒したら、次はあれを倒す」の繰り返しになるためである。トリコではグルメという軸を別に設けることで物語に深みを増している。

第19巻(集英社、2012年)ではグルメカジノでの戦いであるメテオガーリック編が完結する。今回の戦いは神経衰弱的なゲームの対決で、頭脳戦や心理戦の要素もある。このメテオガーリック編が『週刊少年ジャンプ』で連載されていた当時、西尾維新『めだかボックス』でも神経衰弱的なゲーム対決が繰り広げられていた。

また、キメラアントとの死闘が終わった冨樫義博『HUNTER×HUNTER』ではアルカの能力の謎解きという頭を使う内容になった。少年マンガの王道はバトルであり、トリコは間違いなく王道作品であるが、他のジャンプ連載作品と重なって頭脳戦を展開したことは興味深い。

この巻の敵キャラクターは、いかにも悪役という外観である。ところが、戦いの後は、あっさりと「昨日の敵は今日の友」状態になり、物足りない。「昨日の敵は今日の友」は、かつての少年漫画では定番の展開であった。攘夷を叫んだ幕末の志士が文明開化を主導し、鬼畜と罵った米国を戦後は世界で最も強固な同盟国と呼ぶ無節操で歴史性に欠ける日本人のメンタリティには合っている。

しかし、過酷なイジメなどの現実と直面する現代の子ども達にとって「昨日の敵は今日の友」展開はリアリティに欠ける(林田力「【コミック】過去の敵への態度に注目『ONE PIECE 第51巻』」ツカサネット新聞2008年9月17日)。実際、圧倒的な人気を誇る尾田栄一郎『ONE PIECE』では敵キャラクターと仲間になるキャラクターでは最初から役回りが異なっている。ニコ・ロビンのように敵陣営に属していた仲間もいるが、本気で主人公達とは戦っていない。

その意味で、メテオガーリック編のラストは安直さを否定できない。一方で料理人の才能への感動を改心の理由としており、グルメに価値をおく作品としては納得できる内容になっている。


銀の匙


『銀の匙』第2巻、答は一つではない畜産農業の多様性


荒川弘が『週刊少年サンデー』で連載中の漫画『銀の匙 Silver Spoon』第2巻が、2011年12月14日に発売された。『銀の匙』は北海道の農業高校を舞台に八軒勇吾の高校生活を描く酪農学園物語である。この巻では捨てられた石釜を使ってのピザ作りや夏休み中の農場アルバイトなど学校の勉強を越えた実践的な酪農生活が描かれる。

大自然に囲まれた農業高校生活は読者の大多数を占める都市生活者の対極的な生き方である。主人公の八軒自身も都会的な価値観の中で夢を失い、農業高校生活の中で生きる意味を見出していく。しかし、本書は単純な都会にはない農村の豊かさという二項対立で終わらない奥深さがある。夏休み中に八軒は複数の農場を見学し、乳牛を殺す方針も農場によって様々であることを知る。

畜産の答が一つではないという現実は、自分が可愛がって育てた家畜を自らの手で殺せるかという難題を抱える八軒をますます悩ませることになる。家畜の屠殺は残酷であるが、「経済動物と割り切ることが正しい」という回答が外部から与えられ、それに従うことが正しいならば決断は楽になる。

しかし、生産性を重視する農場がある一方で、経済動物でも大切にする農場もある。作中では相違を描くだけで、優劣は論じない。そもそも正解は一つという発想自体が都会的な価値観であり、八軒を苦しませてきたものであった。真実は単一ではなく、深淵である。畜産農業にも様々な形があるという多様性こそが農業の豊かさを示している。

一方で農業の置かれた状況の深刻さも浮かび上がる。八軒は人の良さが災いしてピザ作りや農場バイトを引き受けるが、好きでもない仕事を引き受ける原動力は同級生・御影アキへの恋心であった。無気力で夢のない人物として描かれる八軒であるが、好きな子にかっこいいところを見せたいという現金なところもある。

八軒にとっては興味のない作業でも好きな人と一緒ならば、やりがいを感じられるという側面がある。これは農業に関心のなかった八軒が農業高校で何とかやっていけている大きな要因である。これを現実の農業に当てはめるならば深刻な問題に直面する。何しろ現実の農村は深刻な嫁不足である。現実には八軒のような形で農業に関心を抱くことは厳しい。

また、八軒は夏休みに農場でバイトをするが、それは労働力として期待されたためである。男性が好きな子に働かされる姿は漫画的には微笑ましいが、性別を逆転させたら笑えなくなる。農家は嫁を無償労働力と位置づける面もあるためである。農業の置かれた大変な状況にもかかわらず、明るいタッチで描き出すことに成功している作品である。(林田力)


『銀の匙 Silver Spoon 3』主人公の個性


荒川弘『銀の匙 Silver Spoon』は大自然に囲まれた北海道の農業高校を舞台に新入生・八軒勇吾の農業高校生活を描く酪農学園物語である。

荒川弘はファンタジー漫画『鋼の錬金術師』(ハガレン)で一躍人気漫画家となったが、『銀の匙』はハガレンとは全く異なるジャンルの作品である。『銀の匙』は実在の帯広農業高等学校をモデルとし、農家以外には馴染みが薄い農業高校の生活を描く。酪農を中心とした農業知識も作品には満載である。農家出身で農業高校卒という荒川の実体験を反映している。

主人公のキャラクターも対照的である。ハガレンの主人公エドワード・エルリックは背が低いというコンプレックスはあるものの、自分の考えと目的を持ち、自分に自信がある存在であった。これに対して八軒勇吾は実家から離れられればいいというだけで全寮制の高校に入学し、将来の目的は持っていない。

主人公の対照性も加わって『銀の匙』は幾人のキャラクターの絵柄以外には、ハガレンと同一作者であることを感じさせない作品になった。最近では初連載作品が代表作であり、唯一の連載作品という漫画家も増えている中で、荒川の引き出しの豊富さは注目に値する。

『銀の匙』では脇を固める同級生が個性的で、主人公は巻き込まれ型である。同級生は皆、明確な目的を持って農業高校に入学し、農業の将来についても一家言持っている。将来性のない斜陽産業とも酷評される国内農業であるが、『銀の匙』に登場するような学生達が存在するならば、まだまだ農業に希望を抱くことができる。

第3巻は夏休みの農家でのアルバイト生活の続きから始まる。これまで八軒は、個性的な周囲の人々や都会生活とは異なる農作業に驚き、振り回される立場が強かった。読者に近い立場の主人公であった。

これまでもピザ作りの中心になるなどキャラクターの特異性の片鱗は見せていたが、それが第3巻では深まっている。味覚の鋭さは以前から描かれていたが、親がいいものを食べさせてきたためではないかと示唆される。家族とはうまくいっていないような流れであったが、食育の点では立派な親である。

夏休みが終わり、学校が始まると、八軒が豚丼と名付けて世話をしていた子豚の出荷という問題に直面する。畜産を扱う作品では描かれ続けたテーマである。悩み続けた八軒が出した結論がユニークなものであった。そこまで考えなくても、もっと安易に生きることは可能である。物語の主人公としての個性を出している。(林田力)


青年漫画


『ハルカの陶』陶芸作家を目指す女性の物語


『ハルカの陶』はディスク・ふらい原作、西崎泰正画で『週刊漫画TIMES』(芳文社)で連載中の漫画である。第1巻は2011年19月15日、第2巻は12月15日に発売された。陶芸作家を目指す女性の物語である。

都会で会社勤めをする25歳の女性・小山はるかは会社の先輩に連れられて備前焼の展覧会に行く。そこで見た陶芸家・若竹修の備前大皿に惹かれ、弟子入りすべく備前焼の里、岡山県備前市伊部(いんべ)へと旅立った。

表札も備前焼になっているなど町全体で備前焼の文化を大切にしている。地域の個性や歴史性を破壊し、コンクリートだらけにしてしまう二子玉川ライズなどの開発優先の街づくりとは対照的である。都会とは異なる落ち着いた感覚が和ませる作品である。(林田力)




『静かなるドン』第101巻、勢いか御都合主義か


新田たつおが『週刊漫画サンデー』で連載中のヤクザ漫画『静かなるドン』第101巻が、2011年12月27日に発売された。神戸の獅子王連合の本拠地を舞台にシチリアマフィアと鬼州組の攻防が繰り広げられる。この巻で真田幸村を登場させた意味が出ている。

一方で白藤龍馬が大金をかけて要塞化した鬼州組本部は、あっけなかった。また、この巻でも主要人物を惜しげもなく殺してしまう展開は健在である。読者を飽きさせない勢いのある展開と見るか、その場その場の御都合主義と見るかは意見が分かれるところである。(林田力)




『大和の獅子』第1巻、『白竜』とは異なる脚色


『風雲代議士剛腕秘書 大和の獅子』は鍋島雅治原作、渡辺みちお画の劇画である。切れ者の政治家秘書が政治家を衆議院議員に当選させ、総理大臣にするために奮闘する。切れ者の部下と抜けているところもある中年太りの親分の組み合わせは、同じ渡辺が作画した『白竜』と共通する。原作者は別人でありながら、構成が似通った点は興味深い。

『白竜』では何故、白竜ほどの人物が黒須組長の子分に甘んじているのか理由が明確ではない。これに対して『大和の獅子』では主人公が政治家に心服したエピソードが描かれている。政治家も決してクレバーではないが、大人物の片鱗を見せている。

『大和の獅子』には実在の政治家をモデルとしたキャラクターや実在の事件をモデルとしたエピソードも登場する。この点も暴力団の東急電鉄株買い占めなどを扱った『白竜』と類似する。但し、実在の事件をなぞり、暴力団のシノギに結びつける『白竜』に対し、『大和の獅子』は脚色が濃い。

弱者の痛みがわからないとの批判もある弁護士出身の政治家をモデルとした人物が阪神大震災の被災者であり、ボランティアの炊き出しへの感動を原点としている。また、尖閣諸島沖での海上保安庁の巡視船と中国漁船の衝突事件を連想するエピソードも日本と中国の立場が入れ替わっている。

登場人物には十五年戦争の従軍兵士も登場する。無謀な作戦を立案しながら、戦死者続出の結果に対して「想定外」との理由で責任回避する参謀への怒りは、福島第一原発事故の無責任さに通じるものがある。(林田力)


『サンクチュアリ』周囲を変える清々しさ


少年時代にポルポト政権下のカンボジアで地獄の体験をした北条彰と浅見千秋。帰国した二人が見た祖国は閉塞感漂う高度経済成長期の日本だった。二人はヤクザと政治家になり、表社会と裏社会の双方から日本を変えていこうとする。二人が周囲の人々を変え、動かしていく展開が清々しい。(林田力)


『BLOOD 真剣師将人』第1巻、親の血筋による能力


本書(落合裕介『BLOOD 真剣師将人』第1巻、少年画報社、2011年)は、粗暴なヤンキーが将棋の名人の息子で、父親の借金返済のために闇の賭将棋で勝ち抜いていく物語である。主人公の将人は子供の頃に父親と将棋をしただけで、それ以降は訓練も努力もしていない。その将人がタイトルの『BLOOD』にあるように親の血筋により能力を発揮して勝利する。格差社会を反映した作品である。

対戦相手も過酷な戦場経験で人格が崩壊した米軍兵士など、折り目正しく几帳面な棋士像から乖離している。将棋そのものの描写も少なく、ヤンキー喧嘩漫画のノリである。そのため、将棋ファン向きではない。このままヤンキー喧嘩漫画で終わるのか、ヤンキーとは別世界の将棋の世界の深淵が描かれるのか、注目である。(林田力)


『ゴルゴ13』第163巻、アナログな戦術でハッカーに対抗


さいとう・たかをが『ビッグコミック』で連載中の漫画『ゴルゴ13』第163巻が、12月7日に発売された。この巻では表題作の「BEHOLDER」と、「世界的大流行」「プリンセスの涙」の3話を収録する。

「BEHOLDER」は小型核兵器を持つ核科学者と国際テロ組織を同時に暗殺するという至難のミッションに挑む。核科学者側には天才的なハッカーがおり、監視カメラをハッキングしてゴルゴ13を監視する。街中に監視カメラが溢れる現代ではSF小説で描かれたような監視社会が現実化していることを警告する。自らの記録を残すことを嫌うゴルゴ13でも街中の監視カメラからは逃れられない。

IT技術で武装したハッカーに対して、ゴルゴ13もIT技術で対抗するが、その一方でアナログな対抗手段を駆使する。それは「木を隠すなら森の中」という戦術であった。天才ハッカーを主人公とした龍門諒原作、恵広史作画のサスペンス漫画『BLOODY MONDAY』でも主人公の正体が露見しそうになった際に偽情報を大量に拡散することで攪欺いた。それ以上にゴルゴ13の戦術はアナログであった。

「世界的大流行」は鳥インフルエンザのパンデミックから、新薬の特許権の強制実施権、ブラジルの大統領選挙につながるスケールの大きな話である。ブラジルの野党政治家が経営する製薬会社で鳥インフルエンザワクチンの違法コピーを大量生産し、それで得た人気で大統領の座を狙っていた。現大統領はゴルゴ13に政敵の暗殺を依頼する。

暗殺を生業とするゴルゴ13は法的には犯罪者であり、自身が正義であると正当化することもない。それでも、暗殺対象は社会が裁けない権力者などが中心で、勧善懲悪に近いカタルシスはある。ルール違反の依頼者はゴルゴ13に報復されるなど、独自のモラルも存在する。金のために誰でも殺し、殺人テクニックを見せ場とする作品では決してない。

しかし、「世界的大流行」では大企業と癒着した腐敗政治家の依頼で、その政治家を糾弾する野党政治家を暗殺する。野党政治家は不法な手段で他社の企業秘密を入手し、権力願望が強いなど良心的な政治家としては描かれていない。それでも彼の主張は貧困層をはじめとする大多数の国民の利益に合致しており、ゴルゴ13による暗殺遂行を素直に喜べない。ゴルゴ13に失敗はないが、依頼承諾時のゴルゴ13の言葉が伏線となったドンデン返しの展開となり、ゴルゴ13に社会派的なモラルを期待する読者も納得の結末が用意されている。

「プリンセスの涙」は英国のチャールズ皇太子やダイアナ妃、カミラ夫人をモデルとする。今は亡きプリンセスの注文で作った涙型のダイヤのペンダントを現在の皇太子婦人が身に付けていた。宝飾デザイナーはプリンセスのためペンダントの消去を依頼する。

英国王室に新しい空気を持ち込んだダイアナ妃に対しては保守層から激しいバッシングがなされたが、この作品では昔気質の宝石職人がダイアナ妃の支持者であることが興味深い。保守的とされる英国の人間味あるモラルが描かれている。(林田力)


テルマエ・ロマエ


東急不動産だまし売り裁判とテルマエ・ロマエ


『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』(林田力)と『テルマエ・ロマエ』(ヤマザキマリ)には共通点がある。

第一にマニアックな分野をテーマとしたことである。『東急不動産だまし売り裁判』は消費者契約法が適用された不動産売買トラブル、『テルマエ・ロマエ』は古代ローマ帝国の浴場を扱っている。

第二にディテールへのこだわりである。『東急不動産だまし売り裁判』は記録に残りにくい弁論準備手続を再現した。『テルマエ・ロマエ』は古代ローマ帝国の時代考証に優れている。

第三に組み合わせの意外さである。『東急不動産だまし売り裁判』は難解で無味乾燥とした裁判手続を劇画チックな会話文で表現した。『テルマエ・ロマエ』は古代ローマ帝国と日本の銭湯を結びつけた。


『テルマエ・ロマエ』第2巻、ローマ社会の柔軟性


ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』第2巻(エンターブレイン、2010年)は男根信仰、入浴マナーのイラスト、スライダー、スタンプラリーの話を収録する。

冒頭の男根信仰の話は際どいテーマである。作者がコラムで言及しているように折角話題となった『テルマエ・ロマエ』の広範な読者層を狭めかねないテーマである。主人公が日本の風呂文化をローマに応用して繁盛させるという定番からも外れている。しかし、古代ローマと古代日本の共通性の着眼は鋭い。比較文化論として面目躍如である。

入浴マナーのイラストやスタンプラリーの話では銭湯の抱える問題を直視する。風呂好きという古代ローマと日本の共通点を見いだす発想のユニークさで話題となった作品であるが、浴場の抱える問題も共通している点は興味深い。

この巻ではローマ社会の描写も深まった。男根信仰の話ではローマ女性の強かさも描かれる。全編を通じて現代日本の風呂文化を吸収する主人公ルシウスやルシウスの新規なアイデアを受け入れるローマ社会の柔軟性は称賛に値する。世界帝国の度量である。韓流がドラマやポップスを席巻するだけで排外意識に凝り固まる偏狭な島国も見習った方がいいだろう。(林田力)


『テルマエ・ロマエ』第3巻、入浴しないと臭くなる


ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』第3巻(エンターブレイン、2011年)で主人公は山賊の攻撃という生命の危機に直面する。深刻な内容になりそうであるが、あっさりコメディでまとめる点は流石である。

山賊の問題は風呂に入っていないために臭いことである。悪臭が漂う山賊は精神も荒れていた。その山賊が温泉に浸かることで人間性を回復する。現実社会でもマンションだまし売りやゼロゼロ物件の悪徳不動産業者を告発する消費者を誹謗中傷する企業工作員が良識ある人々から非難されたことは当然であるが、中には「風呂に入っていない」と風呂に入っていないことを工作員の人間性と結び付ける非難もあった。意外と正鵠を得た非難と評価である。

『テルマエ・ロマエ』は古代ローマ人や日本人の風呂好きという民族的特殊性で注目される傾向があるが、入浴が人間を和ませるという時代や民族を超えた普遍性も存在する。第2巻でも入浴を通してロシア人やゲルマン人と通じ合った。著者の入浴に対する愛情を込めた思い入れが微笑ましい。(林田力)


『テルマエ・ロマエ』第4巻、長編化に賛否両論


ヤマザキマリが『コミックビーム』(エンターブレイン)で連載中の漫画『テルマエ・ロマエ』第4巻が、2011年12月22日に発売された。アニメ化や映画化と人気絶好調の『テルマエ・ロマエ』であるが、新機軸を打ち出した第4巻に対しては賛否両論が起きている。

『テルマエ・ロマエ』は古代ローマ帝国の浴場技師ルシウス・モデストゥスが現代日本にタイムスリップするコメディである。古代ローマと現代日本という全く異質の社会に入浴好きという共通項に見出す着想のユニークさで人気作品となった。1月12日にはフジテレビ系深夜アニメ枠「ノイタミナ」でアニメ放送も開始する。また、阿部寛主演・上戸彩ヒロインでの実写映画化も予定されている。

これまでの『テルマエ・ロマエ』の構成はシンプルであった。タイムスリップしたルシウスが感動した日本の風呂文化(風呂上りの牛乳など)をローマ帰還後に応用して繁盛するという展開である。ところが、この巻では作者も想定していなかったという連載長期化により、趣向が変わった。ルシウスが現代日本に長期滞在し、温泉旅館で働くことになる。偶然にもラテン語を話せる女性と出会い、言葉のコミュニケーションも可能になった。風呂に限定されていた現代日本に対する見聞も広がった。映画化を意識したようなストーリーである。

ルシウスは温泉旅館の造作や日本料理の繊細さを感嘆する一方で、一般の日本人の外見を蔑視する。そのギャップが笑いを誘う。これは映画『ティファニーで朝食を』に登場する変な日本人など西洋人の日本観と共通する。

これまでの短編的な展開でも主人公が平たい顔族と呼ぶ日本人への蔑視は描かれてきた。しかし、それはタイムスリップの認識のないルシウスの無知な大国意識に負うところが大きい。ルシウスが間抜けであり、日本人の読者は笑い飛ばすことができた。

ところが、主人公が現代日本に長期滞在するとなると、より日本の実態が見えてくる。短期のタイムスリップでは日本の風呂文化の美点だけを吸収し、ローマ帝国で応用すれば良かった。これは日本の風呂文化が古代ローマ市民にも通用すると、日本人の民族的自尊心をくすぐるものである。

これに対し、長編ストーリーでは経営不振となった温泉宿の買収を目論む同業者や大事にされない老いた馬の悲しみなど、日本社会のシリアスな話題を挿入する。単純に日本の風呂文化は秀でていると民族的自尊心を高揚させたい向きには重たい話である。それが「元のワンパターンな展開に戻してほしい」という不評の一因になっている。

しかし、この巻の長編は特定の文化をテーマとした漫画としては王道的展開である。ある文化に魅せられた主人公が師匠に弟子入りし、下積みを経て道を極めていく。これまでのような一時的なタイムスリップでは風呂文化を極めるには不十分である。温泉旅館で雑巾掛けから行うルシウスは日本の風呂文化の学習者になる。

さらに文化をテーマとした漫画では主人公は一方的に学ぶだけではない。主人公がもたらした波紋が閉塞感漂う文化の世界をも変えていく。たとえば都会のOLが陶芸作家を目指すディスク・ふらい原作、西崎泰正画の『ハルカの陶』では主人公が人付き合いの悪い陶芸家を少しずつ変えていき、人の輪を作っていく。『テルマエ・ロマエ』でも温泉宿の立ち退き問題や老いた馬の暴走など、ルシウスが温泉街の抱える問題に良い影響を及ぼしていくことが予感される。

また、『テルマエ・ロマエ』は比較文化論としても評価されている。比較文化論ならば日本の美点を抜き出すのではなく、ありのままの評価にさらされなければならない。日本の伝統文化の担い手でありながら熱烈なローマ帝国ファンというリアリティの乏しい新キャラクターも、自民族中心主義への嘲笑と捉えれば面白くなる。より多角的に現代日本を評価する長編シリーズが日本の読者層に受け入れられるか。日本人の精神的成熟度が測られることになる。(林田力)




少女マンガ


池野恋『ときめきトゥナイト』


少女漫画。それは一見すると男子禁制の世界である。キャラクターの瞳には星が輝き、少女目線に彩られた恋愛至上主義の世界観は男子を拒絶する。しかし、中には男子が読んで面白い作品もある。姉や妹が買った『りぼん』などの少女漫画雑誌を密かに愛読していた男子も少なくないだろう。そのような往年の隠れ少女漫画ファンにとって懐かしの作品を紹介する。

少女漫画の主流に属しながらも、男子も読める作品として池野恋の『ときめきトゥナイト』がある。『りぼん』で1982年から1994年まで連載された長寿作品である。吸血鬼と狼女を両親に持つ魔界人の少女・江藤蘭世を主人公としたファンタジーである。

ちょっぴりドジな主人公がカッコいい同級生に恋し、恋のライバルや主人公を好きになる別の男性など恋愛物のツボを押さえている。絵柄も少女漫画らしく、篠原健太の『SKET DANCE』に登場する少女漫画家志望キャラ・早乙女浪漫にパロディで使われるほどである。

一方で魔力や超能力という特殊能力を使ったドタバタ劇や、魔界や他の世界での戦いなど冒険漫画的な要素もあり、男子もワクワクできる作品である。第2部では蘭世の弟・鈴世の恋人・市橋なるみ、第3部では蘭世の娘・真壁愛良が主人公になり、荒木飛呂彦の『ジョジョの奇妙な冒険』のような壮大なサーガになっている。

さらに双子の王子・俊とアロンの役割が入れ替わったリメイク版『ときめきミッドナイト』も掲載された。これは『ときめきトゥナイト』での蘭世の妄想「もし俊とアロンの立場が逆だったら」を具現化させた作品である。

その他にも林田力「ボーナスで漫画を大人買い 〜長編コミックを読破しよう!〜」で紹介した前世ブームを巻き起こした日渡早紀の『ぼくの地球を守って』や架空戦記物の田村由美の『BASARA』なども男子が楽しめる少女漫画である。秋の夜長を想いでの少女漫画に浸ることも一興である。


岡田あーみん『お父さんは心配症』


岡田あーみん『お父さんは心配症』は少女漫画の異端作品である。『りぼん』に1983年から1988年まで連載された。中年会社員が主人公という点で少女漫画としてユニークであるが、内容も少女漫画の常識を超えている。主人公・佐々木光太郎が高校生の娘を過度に心配するあまり、常軌を逸した行動に走る抱腹絶倒のギャグ漫画である。

絵柄も少女漫画らしからぬ勢いのあるタッチで、主人公が娘の恋人をぶん殴り、事故に巻き込まれ、血が噴き出るなどメチャクチャな展開である。脇役達もエキセントリックな存在ばかりである。あまりに面白く、声に出して爆笑してしまうことを抑えられない読者も多い。後の作品『ルナティック雑技団』になると少女漫画らしい絵柄になるが、抱腹絶倒のパンチ力は健在である。

当時の『りぼん』は『お父さんは心配症』と、さくらももこの『ちびまる子ちゃん』の異端作品の双璧であった。『ちびまる子ちゃん』は1990年にアニメ化され、国民的人気作品に成長したが、実は『お父さんは心配症』と『ちびまる子ちゃん』はコラボ作品を発表している。最近では『ONE PIECE』『トリコ』や『銀魂』『SKET DANCE』など週刊少年ジャンプ作品のコラボが注目を集めているが、その20年以上前のコラボであった。(林田力)




吉田秋生『BANANA FISH』


吉田秋生『BANANA FISH』は少女マンガの中では相対的に高い年齢層向けの作品である。『別冊少女コミック』で1985年から1994年まで連載された。並外れたカリスマと才能、容姿、運動神経を有するストリート・キッズのボス・アッシュを主人公とし、ギャングやマフィアの抗争を描く。

コルシカ・マフィアやチャイナ・マフィア、CIAの陰謀が入り混じる展開は、男性向け漫画のテーマそのものである。少女漫画の定番である男性と女性の恋愛描写も非常に少ない。代わりにアッシュと日本人の大学生・奥村英二の精神的な絆を描写する。BL(ボーイズラブ)の要素があるが、アッシュと英二の関係はプラトニックなものであり、心に傷のある者の癒しの物語である。その点で男性も理解しやすい。

吉田秋生の作品は『吉祥天女』など人格を踏みにじる性的虐待への激しい怒りを特徴とする。これは『BANANA FISH』も同じであるが、アッシュら男性が性的虐待の被害者になっているという特徴がある。どうしても男性と女性では性的虐待に対する感覚に差が生じてしまうが、男性キャラが被害者となることで男性でも被害者の痛みをリアルに実感させられる。その意味で『BANANA FISH』は男性と女性のギャップを縮められる作品である。(林田力)




AKB49 恋愛禁止条例


『AKB49 恋愛禁止条例』第6巻、AKB48に求められるひたむきさ


元麻布ファクトリーの原作で宮島礼吏が『週刊少年マガジン』に連載中の漫画『AKB49 恋愛禁止条例』第6巻が、1月17日に発売された。スポットライトを浴びる華やかなアイドルの世界であるが、ひたむきな努力が求められることを気付かせる内容であった。

『AKB49』は実在のAKB48メンバーが登場し、AKB48の舞台裏の世界を描くリアリティと、男子高校生が女装してアイドルを目指すフィクションが混ざった作品である。この巻では研修生の吉永寛子がアイドルを続けるか否かの岐路に立たされる。

主人公・浦山実は片思いの吉永を応援するために女装して浦川みのりと名乗り、オーディションを受け、吉永と共にAKB研修生になる。吉永がアイドルとして成功することが浦山の目的であるが、彼自身がアイドルとしてのやりがいに目覚めてしまう。研修生公演のセンターに抜擢され、前田敦子や大島優子、高橋みなみら、そうそうたる正規メンバーからも注目株と認識される。

対して吉永の存在感は霞んでしまった。浦川のライバル役には岡部愛が存在し、サイドストーリーとなる擬似恋愛的な絡みも正規メンバーとの間に成立している。吉永が存在しなくても物語を成立させることは不可能ではない。タイトルも『AKB49』であり、現在のAKB48に一人加わったという意味になる。吉永を通過点で終わらせても物語は成立する。

一方で主人公が熱い言動で相手の気持ちを引き戻すという展開も定番である。どちらに転ぶことも十分にあり得る展開になった。最後は吉永自身の決意に重きを置いた。主人公の見せ場も作りながらも、吉永自身の問題として描いている。

吉永は才能面で抜き出た存在ではなく、主人公のような熱血でもない。物語ではスポットライトを浴びにくい存在である。浦川のような熱血漢や岡部のような才能あるクールビューティーの方がキャラクターとして描きやすい。その吉永を『AKB49』では、ひたむきな努力家として美点を浮かび上がらせた。これはAKB48の実態を突いている。

商業主義的と批判されるAKB48であるが、もともとは「会いに行けるアイドル」としてローカルな劇場で公演を繰り返してきたグループである。マスメディアに乗っかった商業主義から遠いところに位置していた。ひたむきに公演を繰り返す努力家でなければ今日のAKB48は存在しなかった。

この巻では前田敦子が首位に返り咲いた「第3回AKB48選抜総選挙」が描かれるが、そこでの前田はクールさや器用さではなく、ひたむきな努力が報われて感極まった存在として描かれた。熱い心で周囲に影響を及ぼす主人公は漫画的に面白いが、ひたむきな吉永もアイドルを目指す女性の象徴として必要な存在である。

そして主人公は、あくまで吉永に恋心を抱き、彼女の夢を応援する存在である。前田敦子や大島優子、高橋みなみらと微妙な関係になるというファンが羨む状況でも、ぶれることはない。冒頭からの物語の枠組みを維持しているところに作品の骨太さがある。(林田力)


『AKB49(8)』恋愛禁止条例解除


元麻布ファクトリー原作、宮島礼吏画『AKB49~恋愛禁止条例~』(講談社)は『週刊少年マガジン』に連載中の漫画である。人気アイドルグループAKB48の活動に基づきつつ、フィクションが融合した作品である。主人公のアイドルとしての成長や、実在のAKB48メンバーの一面が盛り込まれ、漫画ファンもAKB48ファンも楽しめる。

主人公の男子高校生の浦山実は、片想いの同級生・吉永寛子がAKB48のオーディションを受けると聞き、彼女を応援するために「浦川みのり」と名乗って女装してオーディションに参加する。浦川のフォローもあって吉永は合格するが、一緒に浦川も合格してしまう。

その後は「片想いの同級生を応援するために女装して研修生になった」という設定を霞ませるほど、熱いアイドル成長物語が展開される。浦川は研修生活動や正規メンバーらとの触れ合いの中で、アイドルにやりがいを感じていく。浦川の意気込みは他の研修生たちも感化させ、浦川自身は研修生の中でセンターを任せられるほど飛び抜けた存在になる。ライバル役の岡部愛もキャラクターが立っている。

浦川みのり、吉永寛子、岡部愛のユニット「GEKOKU嬢」のメジャーデビューに向けた下準備の内容である。『AKB49』は実在のアイドルAKB48の人気に便乗した作品であるが、オリジナル・キャラクターによる独自のストーリーが色濃くなっている。

一方で前田敦子や大島優子という実在のメンバーが主人公達のアドバイス役として存在感を放っている。特に第8巻では人気急上昇中の柏木由紀が登場する。オリジナルと実在のAKBのプロモーションのバランスがとれている作品である。

第8巻では憎まれ役として登場した岡部愛が大活躍する。副題の「恋愛禁止条例」が意味を持つ。歌に自信のある岡部であったが、録音された自分の歌を聴いて愕然とする。心を込めてラブソングを歌えるようになるために恋愛止条例を一時解除することになった。

岡部がツンデレ属性を発揮する。今ではツンデレは珍しくなくなった。NHK大河ドラマのヒロインでさえツンデレふうに描かれるほどである。しかし、簡単にデレてしまう、ツンツンの中で既にデレていることが丸分かりになっているなど安易な描写は大半である。これに対して岡部は圧倒的にツンツンしている中で僅かにデレを見せる。正統的なツンデレのキャラクターになった。(林田力)