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多摩川暫定堤防は連休中も工事強行=東京・世田谷

東京都世田谷区玉川1丁目の二子玉川南地区多摩川暫定堤防(二子玉川下築堤工事)は2010年のゴールデンウィーク中も連日工事を行っていた。工事のために多摩川に沿って植えられている樹木も伐採された。樹木の伐採に対して、近隣住民らを中心に連日抗議活動が行われている。

多摩川暫定堤防への反対運動は、別事業である二子玉川ライズ(二子玉川東地区再開発)の差し止め訴訟の証人尋問で質問が飛び出すほど広い関心を集めている。しかし、反対理由が多岐に渡ることもあり、その主張は必ずしも正確に理解されていない。それは二子玉川ライズ訴訟の証人尋問で、再開発組合側の弁護士が反対する理由の説明を要求したことが象徴している(林田力「二子玉川再開発差し止め訴訟控訴審証人尋問(下)」PJニュース2010年4月15日)。

堤防に対する根本的な反対理由は必要性の欠如である。国土交通省の設定する計画高水位は過大であり、スーパー堤防は勿論、暫定堤防であっても、無用の長物である。計画高水位は1910年(明治43年)の洪水に基づき定められた。

しかし、当時の多摩川の河道は現在に比べると、蛇行していた。また、多摩川では砂利採掘が行われ、河床が大幅に低くなっていった。それ故に1910年の洪水に基づいて計画高水位を算出すること自体が無意味とする。

この点について国土交通省の説明資料では以下のように反論する。

「計画高水位を短期的な河道の変化や一部の施設整備のために見直すことは適切ではありません」(国土交通省京浜河川事務所「二子玉川南地区の堤防整備に関する京浜河川事務所の考え方について−これまでの主なご質問に対して−」2009年7月)。

結論は反対運動の主張を否定するものの、河道の変化など計画高水位策定時からの状況の変化があることは認めている。八ッ場ダムにしても諫早湾にしても、新たな事実が判明しても、一度動き出したら止まらないのが日本の公共事業である。暫定堤防でも前提に変化があるならば頭ごなしに否定するのではなく、立ち止まって真剣に再検討することが求められる。

この堤防整備事業は「二子玉川南地区無堤部解消プロジェクト」とも称される。「二子玉川南地区には堤防がない。だから堤防を作ろう」という堤防建設ありきの発想が露骨なプロジェクト名である。堤防を必要とする前提の誤りを指摘することが正面からの反論になる。

反対運動では暫定堤防を不要とするだけでなく、積極的に有害であると主張される。その理由として以下の4点がある。

第1に鳥獣保護区・風致地区の貴重な自然環境の破壊である。暫定堤防建設のため伐採される樹木には映画に登場するなど、文化的にも由緒があるものも少なくない(林田力「多摩川暫定堤防の見直しを求めるお花見交流会開催=東京・世田谷」PJニュース2010年4月5日)。

第2に眺望の破壊である。家の前に高い堤防ができると、川べりの素晴らしい眺めが遮られる。その眺望をセールスポイントとする飲食店も立地しており、営業上の死活問題にもなる。もともと二子玉川南地区は景観を売り物にする料亭があり、堤防建設に反対したという歴史がある。

第3に治安の悪化である。高い堤防ができると、堤防の内側は人目がつきにくくなる。現に堤防建設済みの対岸の川崎市側では花火などで深夜まで騒々しい状態である。

これら3点の反対理由は直感的に理解しやすいが、マックス・ウェーバー流に言うならば堤防推進派との間に異なる価値観による「神々の争い」を引き起こすことになる。自然環境も眺望・治安も価値があることは誰も否定できないものである。一方で堤防推進派は洪水被害から生命・財産を守るという大義名分がある。

こうなると堤防建設の賛否は自然や眺望・治安を優先するか、水害防止を優先するかという問題と位置付けられてしまう。実際、このような二派の対立という形で紹介したテレビ番組があった(TBS「噂の東京マガジン」2009年8月23日放送)。

もし平時の快適な生活と災害時の安全のどちらを優先するかという形で一面的な整理をされると、反対運動の分が悪くなる。それ故に反対運動では根本的な反対理由として、そもそも暫定堤防は不要と主張する。

第4に内水氾濫の危険である。二子玉川南地区は堤防(旧堤防)よりも川寄りの地域である。暫定堤防ができると、二つの堤防に挟まれる。まるでタライの底のような状態で、降雨が滞留し、内水氾濫となる懸念がある。

この点については国土交通省にも配慮が見られる(国土交通省・前掲資料)。二子玉川南地区では雨水は下水道に取り込まれて排水されるが、下水道は北側に延び、南地区の外に出る。これで排水されるというのが国土交通省の説明である。既に2009年10月に下水道工事が行われた。

これは土地の低い方から高い方へ排水するという不自然な処理であり、このような処理をしなければならない点で計画は無理筋である。しかも、下水道が延びる先の旧玉川高校近辺は集中豪雨時に雨水が逆流してマンホールが飛ぶような場所である(林田力「二子玉川再開発差し止め訴訟控訴審証人尋問(上)」PJニュース2010年4月14日)。

豪雨時は南地区からの雨水も逆流してしまい、解決策にならないと批判される。また、二子玉川南地区からの不自然な排水は旧玉川高校近辺の住民にとって納得できないものである。公共事業が地域コミュニティーを破壊する例が多いが、ここでも地区間対立を煽りかねない。

この内水氾濫の危険増大という反対理由は堤防が水害の原因になるとする点で、水害の防止という堤防推進派の大義名分を崩す論拠になる。堤防推進派は「100年に一度」または「200年に一度」というレベルの大洪水の備えとして、堤防の必要性を主張する。

これに対して、内水氾濫の原因となる局地的な集中豪雨(ゲリラ豪雨)はヒートアイランド現象などにより、近年になって頻発している。めったに起こらない大洪水に備えるために、頻発する集中豪雨時の危険を増大させるならば本末転倒になる。

住民らは科学的なデータに基づく堤防の必要性の説明を求め、話し合いを望んでいる。しかし、国土交通省京浜河川事務所側は連休中であることを理由に責任ある立場の人間は出てこなかった。末端の工事業者だけが現れて、樹木を伐採し、工事を進めた。これまでに松や竹が伐採された。それでも抗議活動によって連休終了までに松・桜・椿・銀杏・桑など多くの樹木を守ることができた。抗議活動は今後も続ける予定とする。

旧玉川一丁目河川広場の樹木
住民の抗議で伐採から守られた旧玉川一丁目河川広場の樹木(撮影:林田力、2010年5月4日)

暫定堤防の上から
建設中の暫定堤防の上から下流方向を撮影。画面中央の松の木は松林から移植されたもの。奥の超高層ビルは二子玉川ライズ タワー&レジデンス(撮影:林田力、2010年5月4日)

多摩川暫定堤防土のう工事に住民抗議=東京・世田谷

東京都世田谷区玉川1丁目の二子玉川南地区多摩川暫定堤防工事(二子玉川下築堤工事)では土のう積み工事が始まり、抗議を続ける住民らとの攻防戦は新たな局面を迎えた。2010年5月22日には土曜日であるにもかかわらず、午前7時半から工事を開始し、住民感情を逆撫でした。
多摩川暫定堤防工事は二子玉川南地区に暫定堤防を建設する国土交通省の工事であるが、堤防の過大、自然や景観の破壊、治安悪化、内水氾濫の危険などを理由に住民らは「二子玉川の環境と安全を考える会」を結成し、反対運動が起きている(林田力「多摩川暫定堤防は連休中も工事強行=東京・世田谷(上)」PJニュース2010年5月6日)。「せたがや百景」にも選定された松林などは伐採されてしまったが、住民らは残された樹木を守ろうとしている。
土のうの積み上げ場所は住民らが守ろうとしている桜の木や旧玉川一丁目河川広場よりも川岸に近く、既に工事用に除草されてしまった場所である。それ故に桜の木の伐採などに比べると、施工者側にとっては工事しやすく、住民側にとっては抗議しにくい場所ではある。しかし、土のう積み工事は住民側にとって看過できない問題がある。本記事では2点指摘する。
第1に土のうの積み上げにより、二子玉川南地区から多摩川への眺めが遮られてしまう。既に堤防建設によって二子玉川南地区の多くの場所で住民が長年親しんできた多摩川への視界が遮られているが、土のう工事は残された場所からの眺めも奪うものである。
第2に土のう工事は堤防建設を早く進めるためのものでしかなく、住民のことを考えたものではない。多摩川は6月から増水期に入り、そのままでは工事ができない。ところが、土のうを積むことで、増水期でも工事を進めようとする。
現在は価値観の転換期にある。これまでの日本で開発優先の発想によって無駄な公共事業が行われてきたことを総論で否定する人はいない。しかし、「コンクリートから人へ」をキャッチフレーズに歴史的な政権交代を果たした現在でも、利権などのしがらみから無駄な公共事業が検証されないまま進められている状態である。鳩山政権の力不足の面もあるが、価値観の転換は一朝一夕に変わるものではない。それ故に過去の基準で正しいと判断した内容も時間をかけて慎重に検証し直すことが必要である。
ところが国土交通省の姿勢は正反対である。通常は行わない増水期にも工事を進めようとする。ここには新時代の価値観では耐えられない工事であることが分かっているために、一日も早く工事を完成させ、「できたものは仕方がない」で逃げ切ろうとする目論見が透けて見える。
また、住民の抗議に対する工事関係者の反論も「やれと言われたからやっている」というもので、自らの仕事に対する責任感も価値認識も誇りも感じられなかった。この発注者(国土交通省)にして、この施工者ありである。この場所に今後も住み続ける住民の真剣さとは比べようもなかった。


土のうの上で抗議する住民(撮影:林田力、2010年5月22日)
土のうの上で抗議する住民

暫定堤防建設工事中の多摩川
暫定堤防工事中の多摩川

建設中の暫定堤防の最北端を撮影。
野川合流地点

野川合流地点
野川合流地点

玉川1丁目の住環境を守る会が運動を総括=東京・世田谷

東京都世田谷区玉川1丁目の住民を中心とした住民団体「玉川1丁目の住環境を守る会」が2011年6月発行の「守る会ニュース」第25号で1年8か月に及ぶ活動を総括した。守る会はパイオニア研修場跡地のマンション建設計画の見直しを求めて活動していたが、2011年2月にマンションが竣工した。
問題のマンションは三菱地所分譲、浅沼組施工の「パークハウス二子玉川プレイス」(玉川1丁目計画)で8階建てである。建設地周辺は4階建てのマンションを除くと2階建ての住居が大半であり、8階建ての威圧感は大きい。
現地周辺は世田谷区の「水と緑の風景軸」の重点地域である。江戸時代には二子の渡しがあり、近代になると多摩川の景観を楽しめる料亭で賑わった。大正時代に川岸から離れた場所に堤防を築くなど景観の保全に気を配ってきた地域であった(林田力「ブラタモリで見た失われるニコタマの魅力」PJニュース2010年11月7日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20101106_5/
「玉川1丁目計画」とほぼ並行して建設地の北側には二子玉川東地区再開発の一環として「二子玉川ライズ・ショッピングセンター」「二子玉川ライズ オフィス」が入居する16階建てのビルが建設された。このため、建設地の北側の住宅は2つのビルに挟まれる。その圧迫感の中での生活を強いられることになる。
このために周辺住民は「玉川1丁目の住環境を守る会」を結成して、抗議活動を展開した。建設地周辺には反対運動の幟や看板が林立し、反対運動の根強さを示した。赤字で「三菱地所・浅沼組 地域住民無視 怒 怒 やめろ」と書かれた激烈な看板が掲示された。世田谷区から騒音計や振動計を借用して、基準値オーバーであることを計測し、改善させたこともあった。
建設地には「二子の渡し」の目印となっていた樹齢150〜300年の松の木が5本生えていた。住民側は松の保全を要求していたが、2009年11月19日に4本の松を住民に予告せずに突然伐採した。住民の抗議によって最後に残った1本の赤松だけが保全されることになった。
マンション建設反対運動はマンション建設で被害を受ける建設地周辺の住民主体の運動になるが、「玉川1丁目の住環境を守る会」には以下の特徴がある。
第一に三菱地所に対する抗議要求運動と位置付けたことである。具体的には三菱地所の執行役員に面会しての要請や三菱地所本社近辺でのビラまき、株主総会での質問など三菱地所に対する抗議などが行われた。地域で閉ざされた運動に陥りやすいマンション建設反対運動の弱点を克服する活動である。
第二に広範な地域的連携である。「玉川1丁目の住環境を守る会」は二子玉川ライズの見直しを求める「二子玉川の環境を守る会」(旧にこたまの環境を守る会)など他の問題に取り組む住民団体と連携した。その成果の一つが2010年3月27日に開催した「二子玉川の環境を守ろう お花見交流会」である。ここでは様々な地域の問題に取り組む住民団体のメンバーに「玉川1丁目計画」の建設現場を案内し、住環境破壊の実態を紹介した。
お花見交流会での建設現場視察時には参加者の要望で工事責任者である浅沼組の沢田氏が説明したが、住民感覚との乖離を印象付けた。「8階建てにする根拠は?」と聞くと、「(近隣対策業者の)メイズプランに聞いてください」と答える。問い合わせ先が建築主の三菱地所ではなく、メイズプランである根拠を聞くと、最初は「看板に連絡先として書いてあるから」と答えたが、その後で「三菱地所に直接尋ねてもいい」となった。
住民の抗議に対する意見を尋ねると「ノーコメント」を貫いた。住民から失笑が起きたが、発注者の要望通りに施工するのが施工者の役割であり、コメントする立場にないとの主張である。これに対して、住民は「内部では役割分担があっても全体が一体として工事をしており、人間の住む環境を破壊している。それに対して私はコメントする立場にない」で済ませるのかと反発した。
「たとえ住民が不幸になっても発注者の計画に従って建設するのが淺沼組のスタンスですね」と確認すると、「それが請負者の立場だ」と回答した。ここからはハンナ・アーレントの言葉「服従は支持と同じ」を想起する。発注者の指示があるとしても、それを支持しているから浅沼組は工事を請け負っている。「コメントする立場にない」は卑怯な回答である。三菱地所マンション問題での住民の一番の不満は、住民の意見に耳を傾ける姿勢が事業者に根本的に欠けていることである。それが実感された交流会であった。
「守る会」の運動には一定の具体的成果が見られた。解体時のアスベスト除去の安全管理や機械式3段駐車場の台数削減、目隠しの設置、祭日の工事中止、生活道路上での待機車両の駐車禁止、工事終了後の近隣家屋清掃などである。
しかし、運動の限界もあった。住民の根本的な要望である階数の削減は完全に無視され、建物全体の高さが50センチメートル下げられただけであった。世田谷区の担当者は相談に乗ってくれたものの、業者への指導の段階では業者の言いなりになってしまったとする。住民ではなく業者側の利益に偏重した行政が行われている実態があり、これを改善しなければ住環境は一層悪化してしまうと結論付けた。
パークハウス二子玉川プレイスに対する運動は終了したものの、玉川1丁目住民は北側の二子玉川ライズの高層ビルの風害にも苦しめられている。ビル風で女性が転倒して骨折する事故も起きた(林田力「二子玉川再開発説明会で住民の懸念続出=東京・世田谷」PJニュース2011年5月16日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110513_1
玉川1丁目住民らは「守る会」の経験を活かして風害問題にも取り組んでいる。

地域の連帯を高めた玉川1丁目マンション工事迷惑料交渉=東京・世田谷

東京都世田谷区玉川1丁目の住民を中心とした住民団体「パークハウス二子玉川プレイス近隣住民の会」と事業者間の日影被害や工事期間中の騒音・振動・粉じん被害などに対する補償や迷惑料の交渉が2011年5月23日に終結した。妥結内容は非公開となっているが、近隣住民の会の要求内容は他所のマンション建設反対運動の参考になる。
「近隣住民の会」はパークハウス二子玉川プレイスに反対する住民団体「玉川1丁目の住環境を守る会」を母体として2011年1月に結成された。「守る会」が「近隣住民の会」を支援するなど両者は連携しており、協議の終了も「守る会」が2011年6月に発行した「守る会ニュース」第25号で発表された。
協議において「近隣住民の会」は以下の三原則を要求した。
第一に近隣家屋(1列目)のみではなく、一定距離までの2列目以降の家屋にも迷惑料や被害補償料を支払うことである。
第二に家屋所有者には日影被害・資産価値低下等への被害補償と工事被害への迷惑料、賃借住民に対しても工事被害への迷惑料を支払うことである。
第三に反対運動への参加不参加、住民の会への参加不参加に関わらず、一定基準の下に同じ扱いをすることである。これは被害及び迷惑を被ったことは共通という考え方である。
これら三原則は地域住民の連帯を高める点で重要である。マンション建設反対運動に対して事業者側は近隣対策業者を暗躍させて、住民の分断を図る傾向がある。上記三原則は住民の分断に対抗する論理として他の反対運動にも参考になる。
特に第二の点は分譲住民と賃貸住民の溝を埋める点で大きな意義がある。これまでマンション建設反対運動は分譲住民中心で行われていた。そのためにマンション建設反対運動には恵まれた住環境を享受していた古くからの住民層の既得権益維持の運動というネガティブな評価も生じていた。
これはゼロゼロ物件トラブルや追い出し屋、ネットカフェ難民などの深刻なトラブルを抱える賃貸住民が街づくりの問題を敬遠する要因でもあった。しかし、不動産問題の解決には不動産業界の共通の被害者として分譲住民と賃貸住民の連帯が求められている(林田力「分譲被害者と賃貸被害者の連帯を」PJニュース2010年9月27日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20100925_7
賃貸住民を反対運動に引き入れることは運動を強くすることになる。一見すると、転居が容易な賃貸住民よりも、分譲住民の方が住環境を守る運動へのモチベーションが高そうに思える。しかし、不動産という資産を抱える家屋所有者は何よりも資産価値の低下を恐れる。住環境という価値よりも不動産の経済的価値を優先する傾向にある。
その結果、建築紛争が長引いて地域の評判が落ちることを恐れ、安易な妥協に陥ってしまう。日本のプチ・ブルには不正に直面した場合に不正そのものと戦うことよりも、不正を前提として、その中で上手く泳ごうとする弱さがある。それが不動産業者に付け込まれる(林田力「区画整理・再開発反対運動の脆さと方向性(上)」PJニュース2010年8月31日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20100827_2/
この点では住環境以外に失うものがない賃貸住民の方が強い。分譲と賃貸で分断するのではなく、同じ住民として住環境という共通の価値で運動を進めることがマンション反対運動を強くする。
第三の点は議論の生じるところである。反対運動で汗を流した人と、汗を流さなかった人が同じ迷惑料を受け取ることが公正かという問題である。破産企業に対する債権者の請求のように、支払い原資が全ての要求者の要求額を満足できない局面では汗を流した人と流さなかった人で差をつけることに合理性がある。
しかし、企業相手に経済的弱者が要求する運動では、汗を流した人と流さなかった人で区別しない方が望ましい。これは労働法の分野では答えが出されている。一つの工場や事業場に常時使用される同種の労働者の4分の3以上が、一つの労働協約の適用を受けるときは、残りの同種の労働者にもその協約が適用される(労働組合法第17条)。
この労働協約の拡張適用によって労働組合に加入していない組合員も労働協約の恩恵を受ける。これは非組合員のフリーライドを容認し、組合加入の利益を薄くするというデメリットがある。それでも労働条件を統一化し、一部労働者の優遇や不利益を阻止する点で労働者の団結に資するものとして正当化されている。住民運動にも同じ論理が適合する。