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二子玉川ライズ取消訴訟準備書面

平成22年(行ウ)第754号
原告  飯岡三和子  外179名
被告  東京都
準備書面
東京地方裁判所民事第2部御中
                    2011年8月31日
                原告ら訴訟代理人   
弁護士    淵脇  みどり
弁護士    原   希世巳
弁護士    小林  容 子
弁護士    吉田  悌一郎
弁護士    牧戸  美 佳

第1  原告適格 総論
1 原告らの原告適格については2011年6月22日付準備書面で、その総論を論じた。
  行政訴訟法第9条の定める「法律上保護された利益」の判断基準は「当該処分において考慮されるべき利益の内容及び性質を考慮するにあたっては、当該法令と目的を共通にする関係法令があるときは、その趣旨及び目的をも参酌するものとし、当該利益の内容及び性質を考慮するにあたっては、当該処分又は裁決がその根拠となる法令に違反してされた場合に害されることになる利益の内容及び性質並びにこれが害される程度をも勘案すべきものである。」とされている。
  平成16年の行政訴訟法大改正は、従来の我が国の行政事件訴訟制度において、訴訟要件のハードルが高く、長い間、機能不全が指摘されて、これを打破する必要がある、との趣旨で実現した。平成13年に司法制度改革審議会が出した意見書では「司法の行政に対するチェック機能を強化する方向で行政訴訟制度を見直すことが不可欠である。」と指摘されている。改正法の解釈にあたっては、その観点を忘れてはならない。
  同年の改正にあたり、衆議院、参議院共に付帯決議が付された。いずれも原告適格の拡大については、「これまでの運用にとらわれることなく、国民の権利利益の救済を拡大する趣旨であることを周知徹底する。」とされ、さらに、「改革を継続するように努める」べきと同じ趣旨が決議されている(甲43号証)。
2 本件における参酌すべき法令
(1)まず本件処分は都市再開発法第11条1項による認可である。
(2)都市再開発法は広義の都市計画法体系の1部を構成し、都市再開発事業は  都市計画決定に基づき遂行される事業であり、都市計画法が適用される。
(3)都市計画法13条1項柱書きは公害防止計画が定められているときはこれ  に適合されることが求められていることから、公害対策基本法、環境基本法  は関連法規となる。
(4)東京都環境影響評価条例は第2条7号別表21で都市再開発法第2条第1号に規定する都市再開発事業を対象事業と定めているので、同条例および、環境影響評価法が関連法規となる(甲110)。
3 上記関連法規の趣旨目的からみた「法律上保護されるべき利益の有無の判断  基準」
(1) 都市計画法第1条は「この法律は、都市計画の内容及びその決定手続き、都市計画制限、都市計画事業その他都市計画に関し、必要な事項を定めることにより都市の健全な発展と秩序ある整備を図り、もって国土の均衡ある発展と公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。」と定め、 都市再開発法第1条は「この法律は、市街地の計画的な再開発に必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新を図り、持って公共の福祉に寄与することを目的とする」と定めている。
都市計画法は、住民の意見を反映させるために、公聴会等の必要な措置を講じ(同法第16条)計画案については住民の縦覧に供し、住民は意見を延べることができる(同法第17条)。さらに、都市再開発法は再開発組合設立認可、事業認可にああたって、住民の縦覧に供し、意見を述べさせなければならない(都市再開発法第16条1項2項)と定めている。さらに、都道府県知事は、その意見により、修正計画命令をだすかどうか審査するにあたっては、行政不服審査法中処分の異議申立の審理に関する規定を準用するように定めている(同法第16条3項4項)。
また、東京都環境影響評価条例でも、公示及び縦覧(同条例16条)、説明会の開催(同17条)、意見書の提出(同18条)で説明会や意見陳述の機会が義務づけられている。
  都市再開発事業の遂行の過程で、このように、複数の関連法規が幾重にも住民参加の手続きを定めているのは、まさに、都市再開発事業が住民や都市利用者の健康又は生活環境に著しい被害をもたらす可能性があるからにほかならない。
  よって、居住者及び都市利用者にとっての健康及び生活環境における人格権は、まさに「都市計画法及び都市再開発法の目的たる公共の福祉の実現、寄与」の実現のために、決して侵害されてはならない、法律上保護された権利と言える。4 具体的な法的保護の内容
  本件再開発事業の環境影響評価の概要(甲44号証)では、環境項目として11項目が選定された。「大気汚染、騒音、振動、地盤沈下、地形・地質、水分環境、植物・動物、日照阻害、電波障害、風害、景観(圧迫感、眺望)」である。(同号証22頁)本件再開発事業は都内最大の民間再開発事業であり、その生活環境に与える影響は深刻甚大でかつ権利侵害項目も多岐にわたりしかも、複合的な被害となっているのが特徴である。
  これらの法的利益の侵害がいずれも原告にとっては本件設立認可の取消を求める原告適格である。後に「第3 原告適格各論」として、個別の被害ごとにその被害内容と、侵害される個別原告を特定して述べる。

第2 小田急立体交差事業最高裁判所判決と本件取消訴訟の原告適格との関連性
1 小田急判決の持つ意味
  平成17年12月7日の最高裁判所の小田急立体交差、都市計画事業認可、鉄道事業認可処分取消請求事件判決(甲45)は、前述した平成16年の「行政訴訟法第9条(当事者適格)」の改正後に具体的に当該条項の解釈適用を判断した判例として注目されている。
  当該判決と、本件事案は共に公共の福祉の実現を目的とする都市計画事業である点や、原告の請求が健康又は生活環境の破壊という公害防止的な観点による請求である点では共通点が多い。
2  小田急判決の概要と本件との関連
@ 当然に原告適格が認められるべき原告
 小田急判決はまず「東京都環境影響評価条例の規定する関係地域内に居住する」原告には原告適格をみとめた。
 同じ基準で考えれば、本件再開発事業の都市計画決定に関する東京都環境影響評価条例13条で定めるべきとされている「関係地域」内に居住している原告には原告適格があると言うことができる。
 本件都市計画決定で東京都環境影響評価条例第13条1項の規定により定められた関係地域は以下のとおりである。
  環境影響評価書の概要(甲44号証)71頁 72頁図9−1太線
  東京都世田谷区
   玉川1丁目、玉川2丁目、玉川3丁目、玉川4丁目、
   上野毛1丁目、上野毛2丁目、上野毛3丁目、上野毛4丁目、
   鎌田1丁目、
   野毛3丁目、
   瀬田1丁目、瀬田2丁目、瀬田3丁目、瀬田4丁目、瀬田5丁目、
   中町2丁目、中町5丁目、
   用賀1丁目、
   等々力8丁目、
   大蔵1丁目、
   岡本1丁目、
   砧公園、砧1丁目
   桜丘4丁目
A 小田急判決は上記関係地域外に居住する原告については、原告適格を認めなかった。その理由について「本件鉄道事業が実施されることにより騒音、振動等による健康又は生活環境に係る著しい被害を直接的に受けるおそれがあるとはいえず、他に、上記の上告人らが原告適格を有すると解すべき根拠は記録上もみあたらない。」としている。
B さらに小田急判決は、鉄道事業に付属する付属街路事業地内に所有権を有する原告については原告適格を認めなかった。
 しかしながら、本件については、小田急判決のABの判示はそのまま妥当しないことが明らかである。以下その点を述べる。

3 本件事業の特質から非居住者にも重大な権利侵害がある。
 本件事案は、小田急判決との相違点や同じ視点で捉えるべきでない特質があることも見落としてはならない。小田急判決で問題となる事業は、鉄道事業の高架化であり、渋滞解消等の公共的な目的を有する事業である一方、権利被害は「騒音、振動」被害という単一的な被害で、直線的な事業地からの距離によって、被害の大小に影響があることもわかりやすく、その権利侵害の特質から「居住者」により深刻な被害である。
 しかし、本件で問題とするのは、広大な11.2haの広さをもつ、都内最大の民間再開発事業であり、権利侵害の内容についても前記の通り10項目のしかも複合的な被害影響による権利侵害はより甚大である。その健康、生活環境被害の深刻さは、単純に事業地からの距離に左右されるものではない。また、実現される事業は専ら東急グループによる、商業ビル事業、マンション販売事業という私企業の利潤追求行為であり、公共性のある事業とは到底言えない。
 また、現実に本件再開発1期事業の着工、竣工によって、原告らは、騒音、振動、風害、景観(圧迫感、眺望)侵害、車の渋滞による交通環境被害と大気汚染、日照、電波、水分環境(水害被害の危険性の増大)などの権利侵害を被っているものであり、本件処分は、既に発生しているこの被害をさらに増大させることが明白である。これ以上の人格権侵害は許されない。
 しかも、そもそも「都市」というのは、居住者ばかりでなく、在勤、在学、医療、教育、福祉商業等の公共、民間施設利用者、関連業者、通行者、来訪者等様々な行為態様による関係者らによって、総合的に構成されて、機能している。
 都市計画法及び都市再開発法の目的は、まさに「都市の健全な発展、秩序ある整備、」「都市における土地の合理的かつ健全な高度利用」のよる「公共の福祉」が守られるべき利益である。従って 関係地域内に居住している者以外であっても、再開発事業地関係地域内に在勤、在学、医療、教育、福祉商業等の公共、民間施設利用者、関連業者、通行者、来訪者等、その地域の都市環境を享受しているものも原告適格を有すると考えるべきである。

4 道路事業について
 本件事案の都市再開発事業はその開発内に道路整備計画を含む一体の計画であるから、小田急判決のように「付属街路事業」を「鉄道事業」とは「密接な関連があるものの、これとは別個のそれぞれ独立した都市計画事業であることは明らかである」と評価することはできない。
 しかも、本件再開発事業の環境影響評価条例の「関係地域」は道路整備計画の関係地域も含めて定めてあるので、別異の争点とはならない。

5 行政訴訟法9条の解釈の背景にある情勢の変化
  小田急判決は42年ぶりの大改正であった平成16年の行政法改正後間もない平成17年にだされたものである。その後現在まで既に6年が経過し、行政訴訟法を求める国民の動きは、ますます広がりを見せて、提訴数も増加の一途をたどっている。国会の付帯決議に示されたように、原告適格についての改正はより「国民の権利利益の救済を拡大する趣旨である。」ことを徹底した解釈が必要である。さらに、都市計画制度の運用についても、住民の参加をより重視し、住民主体のまちづくりこそ、真に「公共の利益の実現に資する」という理念が浸透し、各地で「まちづくり条例」や「住民主体のまちづくりの実践」が進んでいる。 
  このような情勢の変化や、事案の本質を十分に斟酌し、本件の原告適格について判断するについても、小田急判決の多数意見を、機械的に本件にあてはめ制限的に運用するのではなく、同判決の補足意見等も加味し、より、本件事案の本質にそって、「国民の権利利益の救済を拡大する趣旨」を重視してその趣旨を推し進める方向で判断すべきである。

第3  原告適格各論
 以下のとおり、環境影響評価に定める評価項目は「大気汚染、騒音、振動、地盤沈下、地形・地質、水分環境、植物・動物、日照阻害、電波障害、風害、景観(圧迫感、眺望)」の11項目である(甲44,22頁)。
 現実に、1期事業の着工、竣工により法律上保護された権利が現実に侵害され、若しくは被害の危険性が著しく高まっており、本件2期事業の認可により、よりその権利侵害が深刻になることがあきらかな権利ごとに個別の原告の権利侵害を論じる。
 なお、これらの権利侵害は、既に相互に複合的に発生し、将来的にはより、被害が拡大、深刻化しうるものであり、個別の権利侵害ごとに、関係原告を明確に分類することは本件事案の特質上不可能である。以下詳論する。

第4  圧迫感被害と原告適格
1 圧迫感を受けずに生活する権利は法的保護に値する権利
  圧迫感は、東京理科大学名誉教授武井正昭氏の研究により、形態率の測定によってその数値化、客観化が可能となり、また、昭和62年以降現在に至るまで「環境影響評価が科学的かつ適正に行われるために必要な技術的事項及び留意事項」として「東京都環境影響評価技術指針」の評価対象となっている(甲55号)。  形態率の測定が、8%以上の数値に成る建物は「許容限界値」を越えるものであり、このような建物を建ててはならない。
 圧迫感は、人間の精神、身体に重大な影響を及ぼすものであり、圧迫感を受けずに生活することはまさに人間の人格的生存に不可欠である。よって、圧迫感を受けずに生活する権利も日照権などとともに住環境に関する人格権の1つとして法的保護に値する権利であるというべきである(名古屋高裁平成18年7月5日判決参照)。(甲46〜52)
2 圧迫感の予測方法
   本件再開発事業の環境影響評価書(甲44,甲53)における圧迫感の変化の予測については、環境影響評価技術指針において示された「形態率」ではなく、「仰角による方法」を採用しており、法令に違反した環境影響評価を行っていること、平成6年12月発行の「技術指針」解説第15:景観の項目では、景観に及ぼす影響の内容並びに程度を評価対象としており(甲55)、景観に及ぼす影響を評価する場合、もっとも影響が大きい場所で評価するのが当然である(本件では、本件再開発地域の外周に接している道路の反対側境界線)にもかかわらず、本件大開発事業の環境影響評価では、再開発事業地域から最小で150メートル、最大で500メートルも離れた場所の圧迫感を評価しており、測定地点が不適切であることなど誤りがある。
   さらに、圧迫感の測定方法について、「仰角による方法」を採用したことは「東京都環境影響評価技術指針解説」(甲55)148〜149頁の理解に誤りがある。この点は甲60号証の高本直司意見書に詳細に論じられている。
  まさに、形態率で測定すれば、30%以上という、明らかに許容限界値8%を遙かに越える数値が出ているにもかかわらず、環境影響評価で問題にならないような結果を導き出したのは、意図的に測定方法をすり替えることによって、誤魔化したからに他ならないのである。仰角法はもともと圧迫感を測定する方法ではなかった。そのことから、昭和63年当時の技術指針解説(甲54)には192頁(4)予測手法の選択又は組み合わせC「圧迫感の変化の程度についての予測は」の記載欄に「形態率図の作成」とともに「最大仰角図の作成」が例示として記載されているのに、平成6年12月発行の「技術指針解説」(甲55)では148頁の同じ項目の欄に「最大仰角図」記載が削除されていることや「次の文献を参考に評価を行う。」として、武井論文を参考にするように指摘している。
  このような科学技術の進歩による指針の変更と、「予測対象」ごとに、「予測手法」を特定して指示しているというのが緻密な技術指針である。
   すなわち甲55号証148頁の四角囲みの下にある文章は、「(1)予測事項は次に挙げる内容とする。」とあって、@からCまでの項目をあげ、その頁の下から3行目「(4)予測手法の選択は組み合わせは、次にあげるとおりとする。」として、予測事項ごとに取るべき予測手法を規定している。そこでは149頁6行目Cには「圧迫感の変化の程度についての予測は、形態図表による形態率、天空図の作成等の手法による。」
  このような予測事項ごとに、適正な予測手法を特定して、指示していることは、「天空図の作成等」という表現は、あくまでも、形態率測定のための作業としての形態図表や天空図の作成という複数の作業を示す「等」であって、この中に仰角法は含まれない。これは環境影響評価を意図的にねじ曲げる違法な方法である。本件再開発事業地内の建築物について、形態率という極めて明白な数値化した圧迫感の予測値が、軒並み許容限度を上回っているという結果が何よりも物語っている。
3 圧迫感の形態率による測定
  原告らは、本件再開発事業の1期事業の着工前に、1級建築士高本直司氏が形態率による圧迫感の測定をおこなった。この予測方法こそが、環境影響評価技術指針に基づいた適法な予測方法である。
  その結果が甲58号証の意見書であり、それを元にした証言結果甲53号証の証人尋問調書である。これによると、「一棟」を対象にしただけでも、
 5地点で8%を超えており、7棟の高層・超高層建築物と11棟の中層建築物で合計18棟の建築物が予定されており、「全棟」を対象にすると、合計7地点で8%を超えることになる。
  従って、圧迫感については、調査対象になった、玉川1丁目2丁目に居住している原告については、原告適格が認められる。特に原告番号49宅は、24%を超える数値が出ている。甲58号証添附の予想イメージの圧迫感が予想されたが、実際に甲56号添附写真@〜Eのように実際のビルによる受容限度を越えた圧迫感の被害に苦しめられている。しかも、本件2期事業により、新たなビルが建てられれば、二子玉川駅入り口から撮影した写真Fで前方中央にわずかに、ビルとビルとの間に見られる空間に高さ137メートルの超高層ビルが建築されることになり、空全体が上空から覆い被さってくるような、圧迫感に苦しめられることになる(甲56〜61号)。
   このような圧迫感は、居住者のみ成らず、この公共的な駅への通路、駅ビル周辺、交通広場、多摩堤通を通行する者全てに及ぼす権利侵害であり、来訪者全員にも、原告適格があると言うべきである。
第5 洪水被害と原告適格
1 洪水被害のおそれと原告適格
近年,限られた地域に時間50ミリ以上の降水量をもたらす局所的集中豪雨(いわゆるゲリラ豪雨)が全国で甚大な被害をもたらしている。今夏では,7月23日から30日にかけての「平成23年7月新潟・福島豪雨」豪雨で,新潟県十日町市で時間降水量121ミリ,同県加茂市で93.5ミリを記録し,死者・行方不明者6人,住宅被害は全壊20戸,半壊88戸,床上・床下浸水が新潟県8369戸,福島県469戸という甚大な被害をもたらしたことは記憶に新しい(甲62)
都内においても局地的集中豪雨による被害が,増加の一途をたどっている。「東京都豪雨対策基本方針」(甲63)1頁本文及び図1−1によれば,平成の初めころには年間延べ十数箇所で観測されただけの時間50ミリを超える降雨が平成17年には延べ66箇所で観測され,さらに降水量も時間75ミリ100ミリ未満の降雨観測回数が19回,時間100ミリ以上の降雨観測回数が8回と,局所的集中豪雨は年々猛威をふるうようになっている。今夏8月26日には,世田谷区上祖師谷で時間雨量94ミリ,練馬区練馬で90.5ミリ,大田区羽田で82.0ミリを記録した(甲64)。
東京都は,このような局所的豪雨に対する対策として,平成18年5月学識経験者などからなる東京都豪雨対策検討委員会を設置し,前述の「東京都豪雨対策基本指針」(甲63)を作成するなどしてその対策を強化した。
 さらに,東京都環境影響評価条例においても,「水循環」を評価項目としている(東京都環境影響評価条例第9条,同施行規則第6条)。
 したがって,洪水によって被害を受けるのおそれがある者については,原告適格が認められなければならない。

2 本件再開発事業による水害被害拡大の危険性
(1) 本件再開発事業地周辺地域の特性
ア 本件再開発地域の地形的特性
 本件再開発事業地域は,武蔵野台地の西南側を境にしている崖線の下にあたり,この崖線とほぼ並行に流れている多摩川及び丸子川に囲まれた細長い帯状低地である(甲65、甲66)。多摩川の堤防に沿って,改修前の堆積物である自然堤防が残っており,この一帯はかつての後背湿地であった(※後背湿地とは,沖積平野にある低平・湿潤な地形のことであり,主に自然堤防などの微高地の背後に形成された低湿地である。粒径の細かいシルトや粘土のような堆積物によって覆われているために排水性が悪く,洪水の際に水害を受けやすい(甲67)。したがって,排水設備が完備していなければこの一帯は常に水がたまって湿地化しても不思議ではない地域である。
 本来この湿地の排水を担っていたはずの丸子川は,人為的に流路が崖線側に寄せられたため,現在は本来の流路からは標高にして約4m程高い位置にある。このため,丸子川が氾濫すればこの一帯に水を流し込むが,溜まった水を排除する機能は低い(甲68「洪水の仕組みと雨水流出対策の効果」図参照)。これ以外にも,この一帯は多摩川本流の破堤・タイピング現象(土中の浸透水により土粒子が移動・流出して,土中に水みちができる現象。自然斜面や盛土斜面などでパイピング現象が生じ,崩壊の発生原因になることが多い。)による大規模氾濫,本流の水位上昇で排水が困難になる内水氾濫,台地上から流下する下水道の吹き上げ等,様々なメカニズムによる洪水の危険がある地域なのである。
イ 本件再開発事業地周辺地域は水害常襲地である
 以上のように,本件再開発事業地周辺地域は,地形的に水害が発生しやすい多い地域であるが,実際にもこの一帯は歴史的に水害常襲地であり(甲69),また,将来的にも世田谷区内で最も重大な浸水被害の発生が懸念されている地域である(甲70「世田谷区ハザードマップ」)。丸子川流域では昭和49年から平成18年までの33年間のうち,19年で浸水被害が発生しており(甲72〜82),うち11年は本件再開発事業地周辺地域で被害が発生している。
 多摩川本流に関連する浸水は,梅雨前線に伴う大雨や台風がもたらす豪雨などが懸念されるが,近時問題となっている局所的集中豪雨による浸水被害は,むしろ丸子川などの中小河川のによるものが多い。上記甲71号証の「昭和49年1月1日〜平成18年12月31日における河川別一般資産被害の集計」からも,世田谷区の多摩川流域の浸水被害は昭和57年のみであるのに対し,丸子川流域では33年間のうち19年で浸水被害が発生している。このような局所的集中豪雨による中小河川の氾濫による洪水被害は,短時間で急激に水位が上昇するため避難や家財の移動をする時間的猶予がなく,人命財産に与える被害は多摩川等本流の大規模水害による被害と比べても勝るとも劣らないものである。平成15年10月13日の集中豪雨では,玉川2丁目,瀬田2,4丁目で浸水面積0.6ha,床下浸水4世帯,床上浸水6世帯の計10世帯で被害が発生したが,このときの集中豪雨は13時28分から14時28分の1時間の間に当日の総雨量である51mmの降雨があった。このたった1時間の降雨で丸子川の水位は急上昇し,本件再開発地域周辺に浸水被害をもたらしたのである(甲82)。また,「東京都豪雨対策基本指針」(甲63)の2頁図1−1「都内における時間50ミリ以上の豪雨の数」や同4頁図1−5「水害発生降雨の発生原因別降雨回数の変化」が示しているように,局所的集中豪雨は年々増加しており,今後も地球温暖化やヒートアイランド現象により局所的集中豪雨が頻発するおそれがあることから,丸子川流域の洪水被害の拡大が懸念される。
(2) 人工地盤・地下建造物の建設と水害被害の拡大
ア 本件再開発事業による周辺地域の水害の拡大
このように水害被害が多発する本件再開発地域に,約6〜7mの人工地盤および巨大な地下建造物を建設するというのが本件再開発事業である。
このような人工地盤,地下建造物の建設は,下記に述べるように本件再開発事業地周辺の洪水被害を更に拡大させ,周辺住民の生命,身体及び財産に対する損害を拡大させるおそれが極めて高い。
イ 人工地盤の建設と洪水被害の拡大
人工地盤は,本件再開発事業地に建設される建築物を洪水の被害から免れさせるものであるが,一方で,天然の「遊水池」となっていた本件再開発事業地域の貯水容量を大幅にカットしてしまうものでもある。本件再開発地域の貯水容量がカットされれば,残りの土地の浸水水位が以前よりも著しく上昇することは明らかで,本件再開発事業地周辺の住民は,これまで以上に洪水被害の危険にさらされることになる。特に,本件再開発地域は,前述したように多摩川及び丸子川に囲まれた細長い帯状低地であり,本件再開発地域より高い位置を流れる丸子川の排水機能を期待することはできないことから,本件再開発事業地域に行き場を失った水が滞留して,洪水被害がさらに拡大するおそれがある(甲68別訴で提出した「坂巻意見書」(甲84)によれば,丸子川の溢流によって,海抜10m地点で地表面上2mの浸水を来したとして推算を行うと,本件再開発事業によって想定水位が48pも上昇(本件再開発地域に全く洪水流の侵入を許さないものと仮定)することになる。
 また,本件再開発事業により,本件再開発事業地がコンクリートで覆われ,また,アスファルトで舗装されることにより,雨水の浸透能力は激減する。近年の都市型水害増加の原因として市街化の進展に伴って宅地等の浸透能力の低い土地利用の割合が増えていることが挙げられているが(甲63、5頁),本件再開発事業はまさに本件再開発地域の雨水の浸透能力を広範に低下させ,本件再開発地域の洪水被害拡大にさらに拍車をかけるものである。
 このように,本件再開発事業における人工地盤の建設は,本件再開発事業地域周辺住民の洪水被害を拡大させるものであることは明らかである。
ウ 地下建造物の建設と洪水被害の拡大
 さらに,本件再開発事業は,巨大な地下建造物を建設するものである。巨大な地下建造物を建築することは,地下水の流動を阻害し,上流側の地下水位の上昇を招くおそれがある(甲44、90)。
(3) 不十分な本件再開発事業の雨水排水設備
前述のように、本件再開発事業は,水害常襲地である本件再開発事業地周辺の洪水被害をさらに拡大するおそれが極めて強い事業である。
これに対して,第1期事業を含めた本件再開発事業においては,洪水対策として世田谷区雨水流出抑制施設技術指針に従い、雨水排水設備を設置する計画がある(甲86〜甲89の1・2)。
しかし,上記計画で設置される予定の雨水排水設備では,本件再開発事業地域周辺住民の洪水被害の拡大を防ぐには不十分である。
すなわち,これまで述べてきたように,近年都内では時間50mm以上の降雨量を記録する局地的集中豪雨が頻発しており,その発生回数は年々増加の一途をたどっている。ところが,上記世田谷区雨水流出抑制技術指針は,所要対策量として,公共施設及び大規模民間施設部分においては50mm対応,道路部分においては29mm対応の基準を設定しているにすぎないのである(甲86〜89の1・2)。実際,本件再開発事業で設置される予定である雨水対策施設は,Ta街区が世田谷区水流出抑制技術指針の上記基準(以下「基準」という。)272?に対し275?,Tb街区が基準943?に対し945?,Ub街区が基準224?に対し230?,V街区が基準1422?に対し1500?と,50mm対応の世田谷区雨水流出抑制技術指針をわずかに上回るものでしかない。このような雨水対策計画では近時の局所的集中豪雨に対処することが不十分であることは明らかであり,前述したような人工地盤や巨大地下建造物の建設による洪水被害拡大の要因を考慮すれば,本件再開発事業地周辺住民の洪水被害の拡大はさけられない。
(4) 不十分な本件環境影響評価
なお,前述したように、東京都環境影響評価条例は,事業の実施による環境の悪化を未然に防止することを目的として,環境に影響を及ぼす恐れのある行為・要因について,環境影響評価を実施することを義務づけており,洪水関係についても「水文環境」として調査されるべきであった。
ところが,本件環境影響評価(甲44、90)の「水文環境」の項目では,地下水の状況のみに重点が当てられ,洪水被害の危険性についての評価が全く行われていない。
本件再開発事業地周辺においては,過去に洪水被害が頻発していたのであるから,当然に洪水被害について評価がなされるべきであった。
このような評価が全くなされていない環境影響評価では,およそ東京都環境影響評価条例が義務づけている環境影響評価を行ったとは言い難い。
 したがって,本件環境影響評価の結論をもって,原告らに洪水被害の結果が生ずるおそれがないと判断することはできない。

3 洪水被害についての原告らの原告適格
以上のように,第1期事業だけでなく第2期事業まで遂行されれば,原告らを含めた周辺住民はこれまで以上に甚大な洪水被害に見舞われ,その生命,身体及び財産が危険にさらされることは明らかである。
 特に,原告らは,自宅が多摩川と丸子川にはさまれ,かつ再開発事業地域の外縁から300メートル以内に存在しており,ハザードマップで浸水深0.5〜2メートル以上の地域にあることから,その生命、身体および財産について甚大な被害を受けるおそれがある。
 したがって,本件地域に居住する原告らは,洪水被害により,生命,身体および財産が危険にさらされているのであるから,当然に原告適格が認められるべきである。

第6 大気汚染による健康被害と原告適格
 1 大気汚染による健康被害のおそれと原告適格
今日,大気汚染,とりわけ二酸化窒素(NO2)や浮遊粒子状物質(SPM)により,呼吸器症状や肺機能の変化,死亡リスクの増加,呼吸器系・循環器系疾患の悪化,循環器系に関する機能の変化,更には肺ガンに関する死亡リスクの増加等という広範にわたる健康被を生ずるおそれがあることは,既に明らかになっている。
   そのため,我が国では,大気の汚染等に係る環境上の条件について,人の健康を保護し,生活環境を保全する上で維持されことが望ましい基準を,「環境基準」として定めている(環境基本法16条1項)。大気汚染物質としては,二酸化窒素(NO2),浮遊粒子状物質(SPM),光化学オキシダント(OX),二酸化硫黄(SO2),一酸化炭素(CO)があげられている。
   さらに,東京都環境影響評価条例においても,大気汚染を評価項目としている(東京都環境影響評価条例第9条,同施行規則第6条)。
   したがって,大気汚染によって健康被害を生ずるのおそれが懸念される者については,原告適格が認められなければならない。
  
 2 本件地域で懸念される大気汚染
  (1) 本件地域の地域的・地形的特徴
   ア 地域的特徴
     本件地域は,多摩川に沿って広がる地域で,多摩川に沿って走る多摩堤通り,国道246号(玉川通り),国道466号(環状8号線),第三京浜道路に囲まれている。国道246号(玉川通り),国道466号(環状8号線),第三京浜道路は,いずれも12時間交通量が4万台を超える東京都内でも有数の幹線道路である。さらに,多摩堤通りは,国道466号(環状8号線),第三京浜道路方面から国道466号(環状8号線)に合流する自動車や,本件再開発関連施設に向かう自動車で常に渋滞を生じている。
     すなわち,本件地域は,本件再開発計画が具体化する以前から,大量の自動車交通量を負担していた地域であり,自動車排ガスの大気汚染による健康被害が懸念される地域なのである。
   イ 地形的特徴
     本件地域は,多摩川沿いに位置する平地からすぐに国分寺崖線の丘陵地帯が立ち上がっており,ほぼその中間に位置する丸子川沿岸の地域が最も標高の低い低地となっている。そのうえ,多摩川沿いに位置する場所に本件再開発計画が実施され盛り土がされるのであるから,丸子川沿岸の地域は,いわば窪地のような状態となっている(甲84)。
  (2) 本件地域に大きな負荷を生ずる再開発計画
    本件訴訟で直接問題となっているのは,2期事業であるが,二子玉川地域における再開発計画は,先行した1期事業と一体となって本件地域に影響を及ぼすものであり,実際にも環境影響評価は,一体の事業として実施されたのであるから,再開発事業が原告ら住民に及ぼす影響を論じる場合も,1期事業と2期事業に区別することなく,一体として論じるべきである。
    そして,本件再開発計画は,大規模商業施設や高層マンションの建築を中心とした計画であって,1,041戸の住宅,1,5557台の駐車場を備えた計画で,開発交通量の予測においても,25,400台/日という膨大な交通量を算定しているのである(甲91環境影響評価書案資料編,24頁),(甲92:二子玉川東地区第1種市街地再開発事業第5回総会議案書)。
かかる計画においては,自動車排気ガスによる大気汚染の深刻化が容易に想定されるところであるから,本件再開発計画に先立つ環境影響評価においては,少なくとも,自動車排気ガスに含まれ,人体に対する健康影響が懸念される大気汚染物質,すなわち二酸化窒素と浮遊粒子状物質については予測・評価をする必要があった。

 3 本件環境影響評価の問題点
  (1) 環境影響評価の果たす役割
    東京都環境影響評価条例は,大規模な開発事業などを実施する際に,環境影響評価(環境アセスメント)を実施すべきことを定めているのは,あらかじめ環境影響評価を義務づけ,回復困難な被害の発生や良好な環境の破壊を未然に防止しようという趣旨である。
    そして,その事前のチェック機能を十分果たすよう,環境影響評価指針解説(以下「解説」という)が定められており,環境影響評価を実施するにあたっては,この解説に則った手法を履践している必要がある。すなわち,解説が定める手法を用いて環境影響評価を実施し,それによっても公害発生や自然環境の破壊などの被害が生ずることは無いであろうということが判然として,初めて大規模な開発事業などを実施することが許されるのである。
  (2) 指針に適合しない本件環境影響評価
   ア 浮遊粒子状物質(SPM)の予測・評価の不実施
     まず解説は,大気汚染に係る環境影響評価の対象範囲として,「対象事業の実施が大気質に影響を及ぼすと予想される地域並びに影響の内容及び程度を対象とする」としている。そして,現況調査の調査項目については,「対象事業の種類及び規模並びに地域の概況を勘案し,対象事業の実施が大気質に及ぼす影響を適切に把握し得るよう十分配慮して,次に掲げる項目のうちから予測及び評価を行うために必要なものを選択する。」として,大気質の状況には,「次に掲げる物質のうちから予測及び評価を行うために必要なものを選択し,その物質の大気中における濃度等を調査する。」として,「環境基準が設定されている物質」の項目に,@二酸化いおう,A一酸化炭素,B浮遊粒子状物質,C二酸化窒素,D光化学オキシダントをあげている(甲32、15頁)。
     ところが,本件再開発計画に先立つ環境影響評価においては,これらのうち,二酸化窒素に関する調査しか実施してはいない。しかし,既に述べたように,本件地域は自動車排ガスの大気汚染による健康被害が懸念される地域であるから,自動車排ガスに含まれており人体に対する健康影響が指摘されている大気汚染物質,すなわち二酸化窒素と浮遊粒子状物質について,予測とその影響を評価しなければならなかったのである。
   イ 評価手法の誤り
さらに,本件再開発事業に先立って実施された環境影響評価は,その手法においても,解説に違反していると言わざるを得ない。
    @ 調査地域及び調査地点の誤り
      解説は,調査地域について,「対象事業の実施が大気質に影響を及ぼすと予想される地域とする。」と定め(甲32、18頁),調査地点については解説が,「調査地点の設定については対象事業の実施により,高濃度汚染が出現すると予想される地点又はその近傍に,調査地点を設置する」(甲32、18頁、20頁)としている。しかし,本件にかかる環境影響評価では,既存資料調査と現地調査を併用しているものの,本件再開発地域周辺の地形から,最も標高が低く,空気よりも比重が重い大気汚染物資が滞留する可能性が高い丸子川付近の測定が全く行われていない(甲93、9頁,甲94,甲90,103頁以下)。
    A 自動車交通量の等の状況の調査の誤り
      解説は,大気汚染調査の前提をなす自動車交通量等の状況の調査について,既存資料を用いる場合,「最新の年(年度)の資料を用いること」としている(甲32、22頁)。しかし,環境影響評価書が用いた交通量調査は,平成6年度全国道路交通情勢調査の資料(甲90112頁,甲9542頁)や,さらには平成3年調査の資料である(甲96,110頁表5−1−9)。全国道路交通情勢調査は平成9年度及び平成11年度にも実施されており,少なくとも平成9年度の調査については,その年の12月に「交通量調査報告書 2/2・市郡部 平成9年度 全国道路交通情勢調査(道路交通センサス)」として刊行しされ,誰でも入手できたのであるから,これらの資料が使われるべきであった。
    ウ 適正な環境影響評価が行われなかった
      このように,本件再開発事業に先立って実施された環境影響評価は,解説を大きく逸脱したものであって,公害発生や自然環境の破壊などの被害を未然に防止するという目的で,当該事業を実施することが許されるか否かを判断する適正な環境影響評価が実施されたとは到底言い得ないものである。したがって,本件環境影響評価の結論をもって,原告ら住民に健康被害を生ずるおそれがないと断定することはできない。

 4 大気汚染による原告らの健康被害のおそれ
  (1) 大気汚染の被害を受けるおそれ
    本件地域は,先に述べたように極めて自動車交通量の多い幹線道路に囲まれており,本件再開発計画施行前においても,たとえば住民らが測定した二酸化窒素では,しばしばその環境基準(1時間値の1日平均値が0.04ppmから0.06ppmまでのゾーン内又はそれ以下であること)を超える高い濃度が測定されていた(甲94藤田意見書)。 そのような地域に,環境影響評価書における開発交通量予測でも,25,400台/日と極めて大きな自動車交通の増加が想定されるというのであるから,本件再開発によって,本件地域の自動車排ガスによる大気汚染が,原告ら住民に健康被害を生ずるおそれを生ずるほど悪化することは明白である。
  (2) とりわけ深刻な大気汚染の被害を受けるおそれのある地域
    さらに,本件地域内でも,とりわけ窪地になっていて比重の重い大気汚染物質が停滞するおそれが高井丸子川沿岸付近に居住する原告や,自動車交通量の増加が当然に想定される駒沢通りや多摩堤通り沿道付近に居住する原告には,とりわけ深刻な健康被害のおそれがある。
  (3) 健康被害と原告適格
    したがって,本件地域に居住する原告らには,大気汚染による健康被害について原告適格が認められるべきである。
第7 景観利益の侵害と原告適格
1 景観利益の侵害と原告適格
すでに述べたとおり,都市計画法は都市計画事業による環境利益の侵害により,健康または生活環境にかかる著しい被害を受ける恐れのある住民の権利を保護すべきことをもその趣旨,目的とするものである。
ところで景観利益については,環境基本法2条3項の典型公害には含まれていないが,東京都環境影響評価条例第9条の環境影響評価項目として定められており(同施行規則第6条),本件再開発事業の環境影響評価でも11項目の環境項目に含まれていることはすでに述べたとおりである。
従って本件再開発事業により景観利益を著しく侵害される恐れのある原告については原告適格は認められなくてはならない。

2 本件地域における景観
(1) 優れた景観は国民的財産
  ア 本件地域の地形的特徴
    本件再開発事業が予定されているのは,ほぼ世田谷区玉川1丁目,2丁目の多摩川沿いに位置する標高10メートル程度の平地である。そして,この平地からわずかに離れて標高35メートルを超える国分寺崖線が一気に立ち上がっている(甲97)。
国分寺崖線は,多摩川が10万年以上の歳月をかけて武蔵野台地を削り取ってできた段丘である。国分寺崖線の斜面には,貴重な自然の緑地が広がり,湧水も豊富である。国分寺崖線の湧水から流れ出た水は,崖線の麓を走る丸子川に注ぎ込んでおり,周辺には,多くの動植物が生息している。
また,国分寺崖線から多摩川の方向を望むと,大きな空が広がり,丹沢の山並みや富士山の眺望が得られる地形である。
イ 本件地域の景観は歴史的財産
二子玉川の地は,江戸時代中期以降,大山詣での宿場町として発展した。現在も歴史的文化財が集中している(甲11)。
この地は多摩川の岸辺にまで迫る国分寺崖線上から多摩川とその背後に連なる丹沢山系と富士山の眺めを遮るものがなく風光明媚な地域として広く知られた。この風景は,春の新緑,夏の水辺,秋の月,冬の雪景色年樹を通じて愛され,「玉川(行善寺)八景」などともてはやされ,この周辺は観光の地となった*(甲12・20頁)。
* 行善寺は国分寺崖線上の寺。とりわけ富士の眺めが評判となった。
この地を尋ねた松尾芭蕉は「玉川の水に溺れそ女郎花」,小林一茶は「萩もはや色なる浪や夕祓い」と詠んだ。第14代将軍家茂もこの地を訪れたことが知られている。
明治時代にも二子玉川の地は多くの文人に愛された。
正岡子規は「玉川や夜ごとの月に砧うつ」と,高浜虚子は「四つ手綱しずめて深し春の水」と,河東碧梧桐は「蚕室に玉川見えて霞かな」と詠んだ。若山牧水は転地療養のためにこの地に移り住んでいくつもの歌を詠んだ。兵庫島の親水公園には「玉川の砂にたんぽぽ咲くころはわれにもおもふ人のあれかし」の碑が建てられている。田山花袋は作品「東京近郊一日の行楽」の中に二子玉川の情景をしたためた(甲12)。
1907年(明治40年)に玉川電車が開通すると,訪ねる人々も増え,川魚料亭や旅館が建ち並び,多摩川と山並みの景観を愛で,川遊びを楽しむ観光地として発展した。
大正時代には国分寺崖線の高台に多くの文化人,著名人の別荘や会社のクラブハウスが建築された(甲12・48頁)。
ウ 現代に連なるすぐれた景観
世田谷区も,本件地域のこうした良好な環境に着目し,昭和59年(1984年)に,同地域のうちの5ヶ所(「多摩川土手の緑と水」,「新二子橋からの眺め」,「兵庫島」,「多摩川沿いの松林」,「多摩川土手の桜」)を世田谷百景に選定した(甲99)。また,世田谷区上野毛3丁目の東急大井町線が架けられた富士見橋は,平成14年(2002年)12月に,世田谷区風景づくり条例に基づく地域風景資産に選定され(甲100),また,平成16年(2004年)12月には,国交省関東地方整備局による「美しい関東づくり」の一環として,関東の富士見100景のひとつに選定された(甲101)。
エ 本件地域のすぐれた景観は国民的財産
以上述べたとおり,本件地域の景観は古くから大勢の人々に愛されてきた。
現在この地に居住する住民は,この地で生まれ育った者も,この地の景観に惹かれて移り住んだ者も先人と同様に等しくこの地の景観を愛し,それがこの地への深い愛着となって日々の生活を送ってきた。
この地域の住民にとって,この地域の街並みや自然は憩いの場所であり,これらの落ち着いた静かな環境に憩いを求めて,散策やハイキング,花見,花火大会など四季折々の余暇を楽しむために遠方から訪れる人々もいる。
のみならず,少年時代にこの地を遠足で訪れた人々,子どもを連れて遊んだ母親,休日にはこの地を散策する人々など,この地を訪れた多くの都民,近郊住民にとっても,この景観は大きな感銘を残した。
二子玉川のこのすぐれた景観はまさしく国民的な財産であったのである。

3 行政と住民による長年の景観保全の努力
(1) 風致地区
本件再開発地域やその周辺地域を含む多摩川と国分寺崖線にかかる地域は,1933年(昭和8年)に第二種風致地区*に指定された(甲102)。風致地区は都市計画法が定める地域地区の一つで,都市の自然景観を維持・保全することを目的として指定される。
* 第二種風致地区は,良好な風致を形成している地域のうち,宅地化が進みつつあり,ある程度の開発を許容しながら良好な風致を保全する必要がある地区。
風致地区においては,風致地区内の建築物の建築,宅地の造成等について条例で規制することとされ(都市計画法第58条1項),東京都はこれに基づき東京都風致地区条例を定めている(甲103)。これによれば風致地区内の建築物の建築には都知事の許可を得なければならないものとされ,第二種風致地区内では建ぺい率は40%以下(条例第5条1項5号イ),壁面後退距離は道路側2m以上,隣地側1.5m以上(同号ロ),建築物の高さ15m以下(同号ハ),その他建築物の形態,意匠,色彩などについて周辺の風致と調和することなどの規制がなされている。
本件地域の風致地区内に居住する住民は,本件地域の景観・環境を保全・保護するために,これらの厳しい規制を遵守してきた。これは住民が本件地域のすばらしい景観を愛し,これを次の世代に引き継ぐべく,自らの使命を自覚したからに他ならない。
(2) 景観法による理念の転換
ところが我が国では戦後,一貫して社会資本の整備が優先され,社会的にも行政面でも,都市景観などは顧みられることなく都市開発が進められた。その結果地域の自然,歴史や伝統を無視したビル,工場などをはじめとする建築物,構造物が次々と建設され,地域の良好な景観や環境が損なわれていった。「公共事業でさえ事業効率性を優先させ,都市景観への関心が薄かった」とされる(甲104・52頁)。
このような実態に対する反省から,2003年7月に国土交通省は「美しい国づくり政策大綱」を発表し,2004年6月,良好な景観を守り,実現するための初めての体系的な法律として,景観法が公布された。
同法第2条1項は,「良好な景観は、美しく風格のある国土の形成と潤いのある豊かな生活環境の創造に不可欠なものであることにかんがみ、国民共通の資産として、現在及び将来の国民がその恵沢を享受できるよう、その整備及び保全が図られなければならない。」と定め,更に第2項では,「良好な景観は、地域の自然、歴史、文化等と人々の生活、経済活動等との調和により形成されるものであることにかんがみ、適正な制限の下にこれらが調和した土地利用がなされること等を通じて、その整備及び保全が図られなければならない。」としている。
このように,同法はそれまでの経済性優先,土地利用の効率化優先の都市開発が豊かな生活環境の創造に不可欠な景観利益を損なってきた過去への真摯な反省に立って,適正な土地利用の規制などにより,景観を整備,保全していこうとしたものである。
(3) 世田谷区の景観まちづくり
世田谷区はこのような国の動きに先んじて,住民が誇りと愛着をもてる景観作りの政策を掲げてきた。
1979年(昭和54年)には,本件地域を含む多摩川から国分寺崖線にかけての豊かな自然を「水と緑の軸」として世田谷区基本計画に位置づけた。以後前述したとおり,世田谷百景の選定,世田谷区風景づくり条例に基づく地域風景資産の選定などの景観保護策がとられた。
1999年(平成11年)3月に制定された「世田谷区風景づくり条例」の前文は,「風景は,風土と文化や歴史の表れであり,そこに生活する人々によって創造され,受け継がれて来たものである。それゆえ風景は,そこに生活する人々の貴重な共有財産である。」とした上で,「次代を担う子どもたちがふるさと世田谷に愛着と誇りを持てるように,更なる風景づくりを進めていくことが,私たちの役割である。」と宣言している(甲16)。
さらに景観法の制定を受けて,2005年(平成17年)には風景づくり条例に基づいて,国分寺崖線周辺の風景を保全・創出していくため「水と緑の風景軸」指定し,これにより建築物の新築,増改築,道路の新設,市街地再開発事業,公園施設の新設・改修など多岐にわたる開発行為について区への事前相談,近隣への情報提供,区への届出などの規制がなされるようになった(甲17・「指定範囲等」2,3頁)。
そこでは「基準1」として「眺望する先や途中に位置する建物や工作物等の配置・規模・形態・色彩等を工夫する」ことが掲げられ,具体的には富士山など遠景のランドマークを保全するための建築配慮面(眺望景観を特徴づけている要素に影響を与える限界の視界)を設け,建物を建てるときには,これを超えないことが望ましいこと,超える場合は景観を著しく損なわないよう様々な配慮が求められることが示されている(甲17・「風景づくりの基準」1頁)。
そして2008年(平成20年)3月の世田谷区風景づくり計画では,玉川地域においては,「富士山を望む大きな斜面」を生かし,「見晴らしのよい場所をつくる」こと,「多摩堤から見える緑の斜面地」への「眺望を確保する」こと,「富士山を臨む別荘地の歴史」や,ケヤキなどの大樹による美しいスカイラインを生かす風景をつくることなどがあげられている(甲98・53頁以下)。
このように世田谷区はこの地域のすぐれた景観を大切にしながら,広く住民参加のもとで景観の維持保全するまちづくりを進めようとしてきたのである。

4 景観の権利性
(1) 景観利益の権利性
以上,述べてきたようなすぐれた景観を維持,保全していく政策の流れは,景観が人間の生活の豊かさと密接にかかわっており,人間の尊厳を実現する上で欠くことができないものであることの自覚に裏付けられたものである。
であるからこそ風致地区の住民は,厳しい建築規制を甘受するばかりではなく,多くの原告が述べるとおり積極的に自宅周辺の緑化,美観の維持のため進んで努力してきた。この努力は地域が誇るべき景観を,自分が享受するだけではなく,他の住民とも共有し,さらには全ての国民のために後世に引き継ぎたいとの願いに支えられたものである。
本件地域のすぐれた景観はこのような行政と住民の努力で今日の姿があったのである。
(2) 国立マンション訴訟最高裁判決
このような景観利益の権利性を司法の場面でも明確に認めたのが,国立マンション訴訟最高裁判決(2006年3月30日)である。同判決は「都市景観は,良好な風景として,人々の歴史的または文化的環境を形作り,豊かな生活環境を構成する場合には客観的価値を有するものと言うべきである」とし,景観法を根拠に,「良好な景観に近接する地域内に居住し,その恵沢を日常的に享受している者は,その良好な景観が有する客観的な価値の侵害に対して密接な利害関係を有するものというべきであり,これらの者が有する良好な景観の恵沢を享受する利益(以下「景観利益」という。)は,法律上の保護に値する」と述べて,景観利益の権利性を認めた。
きわめて当然の判示である。前述したとおり景観は本来人間存在の豊かさを保証するものであって,人間の尊厳を実現する上で欠くべからざるものである。従って良好な景観を享受する権利は,人格権の外延としての憲法第13条(幸福追求権),第25条(生存権)により保障されたものと考えるべきである。

5 本件再開発事業による景観の侵害
(1) 本件地域の景観と超高層建物
本件における問題は,長年にわたって風致地区として,高層建築物を規制し,行政と住民の努力によって国分寺崖線とその周辺地域の優れた都市景観を守り育ててきた地域に,突如150mにも及ぶ超高層建築物を林立させる本件再開発事業が,この地域の良好な景観にそぐうものかという点にある。
本件地域の優れた景観を保全するには「低層住宅にとどめること」が原則であることは,
@本件地域周辺が長年にわたって風致地区として規制されてきたこと,
A昭和58年基本構想には「住宅の形態としては、中高層ではなく、低層高密住宅として、できるだけ景観を損ねないようにする必要がある」とされていること(甲35、13頁)、
B上記「水と緑の風景軸」でも建築配慮面を超えるような高層住宅の建築は望ましくないとされていること、
などからしても明らかである。
本件の超高層ビルの風景が「多摩川,国分寺崖線周辺の自然環境と調和のとれた魅力ある都市景観」となりうる余地はなく,景観利益を侵害するものであることが明らかである。
(2) 第1期事業による景観利益の侵害は深刻
その事実は第1期事業により,目に見える形で裏付けられることとなった。
甲105は原告宅からの現在の眺望を撮影したものである。
眼下の市街地と多摩川をはさんで遙かに丹沢方面の山々(撮影時の天候のため,この写真ではかすかに輪郭が見えるのみであるが),さらには季節や天候によっては後方に富士山が連なる,広々と遮るもののない景観がここにはあった。それが現在では左側の3棟の超高層建物(V街区)と,右側の高層建物(T街区)により,景観は大きく両側から制約された。
この上,第2期事業ではほぼ中央に,第V街区と同等の高さで,幅は倍近いボリュームの超高層ビルが建築されることとなっている。これにより現在の景観すら惨めに寸断され,超高層ビルの隙間からわずかに山並みがのぞくにすぎないこととなる。かつての広々とした雄大な景観は見る影もない。
さらには遠景のみならず,身近な都市景観すら大きく変容してしまった。甲106,写真1の1,2では,かつての大きく広がる空と緑の空間が,立ちはだかる無機質なコンクリートとガラスの壁でそのほとんどが消失してしまった。
甲106,写真2の1,2では広い空の右半分に超高層の建物が立ちふさがった。本件再開発ビルが完成すれば,左半分もふさがれてしまうことになる(写真3はその想定図)。
(3) 本件事業による景観侵害は致命的
以上のように,本件事業は竣工した3棟の超高層住宅と駅前高層ビルの間の空間を大規模な超高層ビルでふさぐ形になる。ビルの間からかろうじて姿をあらわす富士山の景観も,これにより多くのところで完全に姿を消すこととなる。
世田谷区の地域風景資産とされ,富士見100景にも選ばれた富士見橋についても,甲106,写真3にあるとおり,第2期事業により,富士山はビルとビルの間の隙間から臨む他はなくなる。
国民の貴重な財産であったはずの本件地域の景観利益は,これにより開発者の独占的な財産に変貌し,超高層建築物の利用者のみの特権へと変わり果てるのである。
このような事態に,原告らは失望し,奪った者に対する怒りを強め,さらにこれ以上の侵害は許せないとの思いで,本訴訟に最後の願いを託したのである。
原告(上野毛3丁目在住)はいう。「森の上ににょっきり立ち上がった3棟のビル。駅のところに黒く横長に建ってしまったビル。この上残っている真ん中までふさがれ富士山も見えなくなってしまうのかと思うと,見るたびがっかりだ。」
原告(上野毛4丁目在住)はいう。「散歩道でも富士山は全容が見えない。夏の花火は,近所の屋上からも見えない。土手の桜の花見もできない。駅を降りても広がる空は失われた。」
原告(瀬田1丁目在住)はいう。「家の窓から富士山は見えますが,ビルの間から見えるだけで,他の景色はありません。」
原告(瀬田1丁目在住)はいう。「毎年庭でバーベキューをし,お客様を招き花火を楽しんでいましたが,景色が全然見えなくなってやめました。多摩川の美しい河にこんな高い建物はふさわしくない。水と緑の美しい町であってほしい。」
原告(多摩川4丁目在住)はいう。「戦前母は二子玉川園へ遠足に行ったといっていた。歴史的にも自然豊かな地域として広く親しまれてきた。今,南側ベランダの窓を開けると,東急ビルが黒く異様に,存在感を持って目に飛び込んでくる。空が削られた。」
原告(多摩川4丁目在住)はいう。「川崎方面の空がなくなった。川崎市の花火が自宅マンションから見えなくなった。」

6 本件地域の景観利益の侵害は居住者にとどまらない
前述したとおり,本件地域の景観利益は地域の居住者のみのものではない。
この地域への来訪者にとっても本件再開発事業による景観の侵害は切実な問題である。
原告(世田谷区深沢在住)はいう。「多摩川は都会の中の大きな自然です。二子玉川駅は川に数分の近さで,古い景観が多摩川の自然と合っていて,いやされる大好きな場所でした。」
原告(世田谷区代田在住)はいう。「水と緑の豊かな二子玉川に,子どもを遊びに連れて行き,その子たちがその地に,学ぶ場,遊ぶ場を青年時代に選んでいた。自然破壊が日本中で危険を呼んでいるとき,大切なこの地を残し,守るべきだと思っている。」
原告(世田谷区代沢在住)はいう。「二子玉川は戦前からずっと,現地に限らず東京の住民の憩いと癒しの場であった。その徹底的な破壊は何としても防ぎたい。」
原告(世田谷区喜多見在住)はいう。「二子玉川駅を利用するたび,風に驚く。駅からはビルしか見えない。景色を眺める楽しみはなくなった。」
原告(世田谷区等々力在住)はいう。「二子玉川はもともと自然や景観を愛で,心を開放できる土地でした。モノを買ったり食べたりするだけの地域になってしまったのが残念です。貧しいです。」

7 景観利益の侵害と原告適格
(1) 以上の通り,本件事業地周辺に居住して,日常的な生活の中で享受してきた景観利益を著しく侵害される恐れのある原告には原告適格が認められることはあきらかである。
自らの住居において景観利益を享受してきた者はもちろんのこと,日常的な外出や近隣の散策など日常生活の中で,豊かな景観利益を享受した者についても原告適格は認められるべきある。
従って,少なくとも玉川1〜4丁目,瀬田1・2丁目,上野毛1〜4丁目野毛3丁目に地域に居住している原告は,日々日常的に生活している地域内において優れた景観利益を享受してきた者として原告適格が認められる。
(2) また上記の地域に居住していない原告も,本件事業地周辺を来訪して,その優れた景観を享受してきたのであり,前項記載の通り本件再開発事業により景観利益を著しく侵害される恐れがあり,原告適格が認められるべきである。

第8 風害による深刻な被害と原告適格
1 風害に関する環境影響評価(甲44号証)
(1)地域の概況
  環境影響評価書によると、「再開発計画地を含む周辺地域には、低中層の建築物が多く、また、南側は多摩川河川敷であり、風害を生じるような高層建築物はない。」と記載されている(甲44・21頁)。当該再開発地域、周辺地域は風致地区の規制を受けており、もともと風害を生じるような高層建築物がなかった。
 さらに、その地域の特殊性から、多摩川からの川風が陸に向かって吹き付けるのが特徴である。
 このような地域性から、本件再開発事業の建築物により、周辺の風環境に影響を及ぼすことが予測され、東京都環境影響評価条例9条の環境影響評価項目として定められており、本件再開発事業の環境影響評価でも11項目の環境項目に含まれている。従って、本件再開発事業によって、風害すなわち、風環境の状態の悪化を被らずに生活する利益は法律上守られるべき利益である。従って風害の被害を被る原告は原告適格を有する。
(2)環境影響評価の予測の誤り。
  後述するように、既に本件再開発事業の1期事業の建築物により、本件再開発地域内及び、その周辺は重篤な風害被害が、発生している。
  しかし、平成12年当時、環境影響評価の結論(甲44号・4頁)では「計画建物の建設による周辺地域の風環境の変化の程度は、南西側の多摩堤通り沿いの一部において風環境評価ランクが1から2に変化し、強い風が吹く頻度が現況よりもやや多くなるが、風環境は住宅地、公園で許容される程度であり、その他の地域においては、現況の風環境とほとんど変化はない。」とされた。
  しかし、実際には、現在後に詳述するように、建造物の屋根や付属物が付近で壊れる、庭先においてある植木鉢やついたてが頻繁に壊れたり倒れたりする、通行していた人が転倒して怪我をしてしまう、子ども達が1人では危なくて通行できず、通学路を変更せざるを得ない等の激烈な風害被害が現実に発生しており、
上記予想が明らかに誤りであったことが明確と成った。
  その誤りを生じた原因の1つは基準風となる上空風のデータの採用の誤りである。
 甲44号証・59頁・60頁にあるように、予測にあたり、基準風として砧局(風向き、風速計高さ25.0メートル)を採用し、それより高い東京管区気象台(風向き・風速計高さ74.6メートル)のデータの採用については、一部地点で変化はあるが、97地点で変化はないとして、採用せず、砧局のデータを採用したmとある。
 しかし、ビルの建物が最高151メートルであることを考えると、高さ25.0メートルと、74.6メートルの風速データのうち、低い場所のデータを採用するというのはいかにも恣意的である。常識で考えても、ビルの高さの影響を予測するのであるから、より高い位置の基準風を採用するべきである。
  もう一つには、環境影響評価に対する意見(甲44号証・79頁)を採用しなかった点にある。意見では、「風洞実験の縮尺が小さすぎて、推定誤差が大きくなる。類似の事例について現地での風観測が必要である。」と、極めて合理的な指摘がなされたのに、結局これを受け入れず、小さな縮尺での風洞実験のみをもって、「ほとんど変化がない。」とごまかして、意見を採用しなかったのである。2 環境影響評価の誤りと予測を遙かに越える風害の被害
  実際には、前記の予測を超えて、本件再開発事業1期工事により、再開発事業地内及び周辺、しかも特に多くの人が通行利用する多摩堤通から駅改札口への通路、バス停、タクシー乗り場の交通広場付近に強風が渦巻くという危険な状態が創出されている。さらに、本件2期事業によって、137メートルの超高層ビルが建築されると、その被害が益々深刻化する。
 原告番号49は、玉川1に在住している。原告宅は、多摩堤通りの外側(多摩川より)で堤が途切れて人や車が通り抜ける西陸閘のすぐ近くである。(甲56号証)
  本件1期工事の建物が立ち上がった昨年頃から、ビル風の風害の被害を被るようになった。多摩川から陸に向かって吹く南からの川風が西陸閘を通って、改札口方向へ吹き抜け、そこで第1街区の高さ84メートルのビルにぶつかり、跳ね返ったり、ビルとビルの隙間を通り、改札口方向へ、急激に吹き込むので、駅改札口へ向かう人通りが集中する場所に強風が渦巻くようになった。  
  昨年秋原告は、近所の家が、窓に設置した日よけのためのテントがとばされる被害を受けたと聞き、原告宅のスレート葺き屋根についても確認したところスレートを固定するために設置してあった鉄板が3個所とばされていたことがわかった。同じ被害が何度も起こるようになった(甲107号)。
  原告宅付近から、西陸閘を抜けて二子玉川駅改札口へ向かう道の周辺は、特に庭にかざってある、植木鉢や、ついたてが倒れたり割れたりする風の被害が強く、本年の3月20日、4月1,2日には、仮バス停で誘導をしていた係員が立っていられなくて、工事用のポールにつかまっているほどであった。
 甲112号証、写真Fは、ほとんど風のない日であったが、仮バス停付近は帽子がとばされるほど風が吹いている様子である。
  今年の4月にはとうとう、風害のために、西陸閘を抜けて二子玉川駅改札口へ向かう道の周辺で、Kさんという女性が転倒して肩を骨折する事故が発生した。
  環境影響評価書が参考資料とする「ビュウフォート風力階級と人体への影響の関係」によると、「人が吹き倒される。」というのは最大の「危険  9ランク  大強風  風速20.8〜24.4m毎秒」という風力である。実際に本件再開発事業により、9ランクの風が発生したことになる。
3 被害対策を求める住民の動きと本件事業者の対応
  原告を含む住民らは、工事途中から、第1期事業の再開発組合、工事管理者、世田谷区に対しても、再三「危険だ」と申し入れたところ、工事管理事務所も、当初はなかった改札口付近に自動ドアを設置したり、風速計をつけて、「黄色点灯が回転しているときには強い風にお気をつけてお歩き下さい。工事統括管理事務所」と書いた看板を設置したりした。その他「風害対策のため」として人の背丈ほどのプレートや植栽を施したが、上層を吹く風が高層ビルにあたって乱気流となる風害への対策としては、全く不十分である(甲108号)。
 風害は、上記のように、生命、身体へ、直接の危険を与える住環境の悪化であり、速やかに回避の対策が取られるべきである。加えて、これ以上の風環境の悪化を招く本件2期事業は、設立認可を取り消した上で、高層建築物を建てない方法での土地の使用方法を至急検討すべきである。
4 本件2期事業の組合の対策とその問題点
 現在の風害について、その深刻さ、及び緊急な対策が必要であることは、世田谷区、及び本件2期事業施行者の再開発組合も十分に認識している。
 世田谷区では、2011年6月議会で、複数の会派の議員から、風害被害の対策の問題に関する質問がなされ、世田谷区長も対策を指導していると答弁している(甲109号)。2011年8月23日、本件第2期事業の再開発組合は甲108号証の風対策の説明書を住民に配布した。これによると、防風スクリーンや植栽の配置などが示されているが、137メートルのビルの建設により、上空に生じる乱気流の影響は、ビル直下に高さわずか1〜2mのスクリーンや植栽をしたとしても、根本的な対策と言うことはできない。
 被告は、事業認可に本件組合設立認可にあたって、都市再開発法第16条の住民らの意見陳述を受け、既にこのような最大級の危険ランクに相当する風害が発生していることが述べられたのであるから、風害がこれ以上深刻に成らないように、ビルの高度の抑制を明確に命令すべきであった。しかしながら、被告は漫然と風害を回避、予防する修正命令を出さぬまま、本件事業認可、設立認可処分をなしたのである。風害被害を被る原告らには、当然原告適格が認められる。
5具体的な被害の声
 多くの原告らが、既に生じている風害の被害を次のように訴えている。
 原告番号3(玉堤1丁目在住)は言う。「新しくできたバスタミナルの風がすごい。」
 原告番号7(玉川2丁目在住)は言う。「駅周辺での歩行時の風害 でさな子供を連れて歩けないときがある。」
 原告番号17(玉川1丁目在住)は言う。「現在できているオフィスビル(16階建て)により、多摩堤通りの信号を渡るとき、風が強く危険な思いを度々する。これ以上高層なものを作ると被害はますます大きくなります。」
 原告番号55、56(瀬田2丁目在住)は言う。「風の日は近くを危なくて歩けない。」
 原告番号64(玉川1丁目在住)は言う。「脳梗塞を患い、足が思わしくないため、風害の危険が心配。」
 原告番号68(瀬田1丁目在住)は言う。「高層ビル設立後、風向き、風力が偏り、強まって、高齢者や子供が通りを歩けなくなったと訴える声が多い。」
 原告番号85(玉川2丁目在住)は言う。「風の強い日は、ビル風が加わり、危険を感じることがある。」
 原告番号86(桜2丁目在住)は言う。「100数十メートルの超高層ビルのビル風はものすごく、既に傷害(被害)者が出ています。
 原告番号88(喜多見2丁目在住)は言う。「二子玉川駅を利用するために通行するたびに風に驚く。台風時とか、天候の急変時の風は想像にあまりある。」
 原告番号90(玉川1丁目在住)は言う。「家から駅に行くには、多摩堤通りを横断しなければいけないが、風害がひどい。春に高齢者が転倒して肩を骨折した。」
 原告番号109(瀬田1丁目在住)は言う。「駅周辺の強風が歩行者にも及び、子供の通学路を替えております。」
 原告番号127(千歳台2丁目在住)は言う。「第1期事業の結果がもたらしている様々な事実の検証の中に、2期事業がもたらす被害の予測が浮かび上がっている。最近の風害の自己はその典型。」
 原告番号143(北沢1丁目在住)は言う。「風害もある。古くから住んでいる人々の生活を壊している。」
 原告番号150(上野毛4丁目在住)は言う。「二子玉川駅前バス停は、風がこわい。」

6 風害と原告適格
 現在、風害は超高層ビルの影響で、風が反射する、吹き上がる、吹き下ろす等の複雑な動きをすることによって、本件再開発事業地全体に広く発生している。 特に川風が多摩堤通りの西陸閘、東陸閘の狭い風の道を通って、再開発ビルにぶつかる駅改札口に向かう地域や、交通広場バス停付近でより深刻な風害が生じている。この周辺は公共的交通機関を利用したり、商業施設の利用のために、通行者も多く、赤ちゃんからお年寄り、障害や、病気で苦しむ人などあらゆる人が利用する最も公共的なスペースである。「安全なまちづくり」のために最も、安全が確保されなければならない公共的な施設周辺が最も危険な場所となり、保護者らは、子ども達にこの付近の通行を禁じたり、通学路を変更させたりしている。
 原告のように、玉川1丁目、2丁目、周辺に在住して、自己所有の自宅建物や居住環境に直接被害が生じている者に限らず、駅、バス停、タクシー乗り場(交通広場)を利用する全ての原告に「風害の危険のない、安全なまちに住み、利用し、暮らす。」権利があるのであり、来訪者全員に広く原告適格があると言うべきである。
                                   以上