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二子玉川ライズ住民訴訟が実質的和解で終結

二子玉川ライズ住民訴訟が2012年3月13日に東京都千代田区の東京高等裁判所808号法廷で開かれた口頭弁論において実質的和解が成立した。都市計画を巡る住民訴訟が実質的和解で決着することは極めて異例である。住民と行政が話し合える関係に入れたことが今回の決着の背景にあり、その成果が今後は注目される。

二子玉川ライズ住民訴訟は東京都世田谷区の住民約130名が二子玉川東地区市街地再開発(街の名称:二子玉川ライズ)への公金支出を違法として世田谷区長を提訴した裁判である。住民側は超高層ビル・営利施設中心の二子玉川ライズが都市計画公園・風致地区・景観重視という二子玉川の都市計画の方向性に逆行し、都市計画への適合を求めた都市再開発法第4条第2項第1号に違反するなどと主張していた。

一審・東京地裁判決は住民側の主張を一部棄却・一部却下したものの、再開発地域の用途変更や公園予定地の変更が決定される前に、世田谷区と東急電鉄等の間で複数回の覚書が締結されていた事実を認定した(林田力「二子玉川公金支出差止訴訟で住民側控訴(上)」PJニュース2010年6月7日)。

二子玉川東地区再開発には2000年度から2010年度までの10年間で約425億円の税金が投入されたことが判明している(林田力「二子玉川再開発への税金投入額が400億円超と判明」PJニュース2011年8月10日)。1期2期事業合わせた総額は700億円を超えると見られている。また、「二子玉川ライズ オフィス」などのビル風で転倒者・負傷者が出るなど地域環境の破壊が大きな問題になっている。

2011年4月の統一地方選挙で大型開発の見直しを掲げる保坂展人氏が世田谷区長に当選し、被告である世田谷区長の対応が注目されていた。裁判所も区長交代による区政の変化に関心を示していた(林田力「二子玉川ライズ住民訴訟、保坂世田谷区長就任による変化に裁判所も関心示す」PJニュース2011年7月1日)。

口頭弁論では最初に住民側代理人の渕脇みどり弁護士が以下の内容で陳述した。

「被控訴人世田谷区長は二子玉川東地区市街地再開発事業によって発生した風害、水害の危険などの権利侵害に対し、関係各機関と連携し、世田谷区のまちづくりとして十分な対策を講ずる。

被控訴人世田谷区長は、二子玉川第二地区市街地再開発事業(第二期事業)に対する公金支出については、前項の点も踏まえ、事業の公益性を十分に検証する。

被控訴人世田谷区長は、住民参加の手続きを尊重する。」

続いて世田谷区長側が以下の内容を陳述した。

「世田谷区では、再開発事業等の市街地整備におきましては、今後とも地域住民の意見を幅広く聞き、住民参加を大切にした、丁寧な街づくりを進めてまいります。

二子玉川東地区におきましては、事業者が「インフォメーションプラザ」を開設し、区民の皆様への情報提供や個別相談に対応する場所ができました。区としては、より良い街づくりの実現に向けて、今後、「インフォメーションプラザ」の活用と充実を図る取組みが行われるべきであると考えています。

また、地域住民にとって身近な公共性・公益性をさらに高める観点から、図書館等と交流スペースの設置など、公共空間の拡充の実現に向けて事業者との協議も始めております。

再開発区域周辺の環境影響に対しましては、区としても環境に十分留意して、法令に基づく環境影響評価の手続きに則った適切な対応はもとより、きめ細やかな対応を事業者に求めてまいります。風環境については、まず、予定されている風対策を事業者に実施させてまいります。」

この後で住民側は訴えの取り下げを申し出て、区長側が取り下げに同意した。さらに住民を代表して二子玉川で生まれ育った飯岡三和子・原告団長が陳述した。「この裁判の審理の中で、領収書や契約書類すら提出されないまま、億単位の補助金がノーチェックで支出されている事実をはじめ、様々な形での行政と事業者の癒着の実態が明らかにされてきました」と二子玉川ライズの問題を明らかにする。

その上で「今回の世田谷区長との実質的和解をステップにさらに、広範な区政のあり方、二子玉川再開発事業に関連する諸問題を解決し、真に住民が主人公の住民の福祉に沿うまちづくりを実現するために今後も一層強い取り組みを進めてまいります」と宣言した。

最後に裁判長が以下の発言で口頭弁論を締めた。「今回の内容を双方ともしっかりと受け止め、今後、紛争を予防し、紛争を解決し、健全な街の発展のために双方が努力されることを裁判所からもお願いします」

二子玉川ライズ住民訴訟終結記者会見

住民側は口頭弁論終了後の17時から裁判所庁舎2階の司法記者クラブで記者会見を実施した。冒頭で飯岡氏は「双方の努力を求めた裁判所の言葉を胸に刻んで運動を積極的に進めたい」と決意を語った。

渕脇弁護士は「地方自治体の首長と住民の協議のベースができた」ことが和解的決着とした理由と説明する。「司法における紛争から政治的な課題として行政の中で解決する長い取り組みに切り替える」とする。二子玉川ライズ住民訴訟の意義については「都市計画における公共性とは何かを追及した」と語る。世田谷区民に広く訴え、区議会でも党派を超えて問題意識を高めることができた。世田谷区では二子玉川ライズ二期事業への補助金の圧縮を目指すと表明した。

世田谷区では「二子玉川ライズ オフィス」に入居するデジタル映像コンテンツ産業誘致集積支援事業が失敗し、2000万円の補助金が回収不能になったという問題も起きている(「世田谷「不適切な補助金」保坂展人区長も首ひねる」AERA 2012年3月19日号)。莫大な利権になっている補助金行政の弊害を明らかにする点にも二子玉川ライズ訴訟の意義があったとする。

住民の志村氏は「二子玉川ライズは六本木ヒルズなど他の再開発事業と比べても、桁外れの補助金が投入されている」と二子玉川ライズの異常性を明らかにした。二子玉川ではスーパー堤防、外環道、デジタル映像コンテンツ産業集積という国策開発が重なっている。デジコン産業集積では勝手に二子玉川にデジコン産業を集積すると決められた。二子玉川ライズの問題を引き続き、世論や議会に訴えていく。住民主体の街づくりに変える。原子力村や開発村から脱却する。

様々な地域の団体と一緒に手をつないで活動する。世田谷区のパブリックコメントでは再開発賛成意見は皆無であった。「環境を破壊する再開発はおかしい」という意見が圧倒的であった。二子玉川ライズ住民訴訟の和解的決着によって新しい一歩を踏み出すとした。

会見では住民参加について具体的な計画が質問された。飯岡氏は「これから何かするというよりも、既に始まっている」と答えた。保坂区長とは会って話している。区の職員の態度も変わり、住民の問い合わせにも対応するようになった。区の職員の方から「住民と行政が話し合うシステムを作った方がいい」との発言が出ている。行政との話し合いは既に行われているとする。

志村氏は「民主主義のあらゆるルートを使って訴える」と語った。今年度の世田谷区議会で最も議論が集中したテーマは二子玉川である。木下泰之世田谷区議は3月8日の予算員会の質問で、二子玉川ライズ2期事業の事業費が最初は512億円とされていたものが392億円に減ったことから、約58億円の補助金のカットを主張した。住民側は区議会の全会派と懇談し、再開発賛成の会派であっても二子玉川ライズに問題を抱えていることのコンセンサスは得られた。簡単ではないが、問題を追及する足がかりは出来ていると述べた。会見終了後も記者が熱心に個別に質問を行っており、関心の高さをうかがわせた。

会見終了後も質問が続く
司法記者クラブ会見。撮影;林田力

二子玉川ライズ住民訴訟は住民運動の勝利

二子玉川ライズ住民訴訟は二子玉川ライズ反対運動にとって大きな勝利である。形式的には住民側の訴えの取り下げによる終結であるが、裁判所の働きかけを受け、区長側から住民参加や風対策などの発言を引き出した上でのものであり、和解的解決と評価できるものである。もともと住民訴訟は私権の回復を求める通常の民事訴訟と構造が異なる。行政に住民参加の必要性や二子玉川ライズの問題点を認めさせたことは住民運動にとっては勝利と評してよい。

特に区長の陳述で「法令に基づく環境影響評価の手続きに則った適切な対応はもとより、きめ細やかな対応を事業者に求めてまいります」と法令以上の「きめ細やかな対応」を求めることを宣言した点は高く評価する。典型的な行政の対応は「法令や国の定める基準に従っているから問題ない」というものである。

たとえば除染による放射性物質の拡散の問題を指摘した市民団体・市民が求め創るマニフェストの会の公開質問状に対し、古川道郎・川俣町長は以下のように答えた。

「除染後の放射性物質の収集については、環境省が発行している『除染関係ガイドライン』および福島県が発行している『除染業務に係る技術指針』に基づき収集します。また、その保管については、前述の『除染関係ガイドライン』に従い川俣町の地勢・地形に適した仮置き場を設置します」(林田力「古川道郎・川俣町長が除染についての公開質問状に回答」PJニュース2012年3月5日)

除染の危険性に対する疑問には答えず、環境省や福島県の基準に従っているから問題ないという姿勢である。この種の姿勢は究極的には「お上が決めたものであるから、臣民は黙って従え」という姿勢につながる。この種の姿勢は新種の公害被害に無力である。「法令がないから被害が出ても仕方がない」という姿勢では憲法が生存権などの人権を保障している意味がない。

これに対して区長の陳述は従来型の行政の姿勢を一歩踏み出すものである。再開発組合も「法令の基準を満たしている」と開き直ることはできなくなった。仮に開き直ったとしても、住民側は区長の陳述を武器に再開発組合側の開き直りに反論し、一歩進めた対応を要求することができる。

一方で住民側と世田谷区長側には依然としてギャップがあることも否めない。

第一に風害など二子玉川ライズの環境被害について、住民側は世田谷区が主体的に解決すべき街づくりの問題と位置付ける。これに対して区長側は一義的には事業者の問題で、自らは事業者に働きかける存在としている。既に再開発組合は風害対策について行政任せの無責任な回答をしている(林田力「二子玉川再開発説明会で住民の懸念続出=東京・世田谷」PJニュース2011年5月16日)。世田谷区と再開発組合が互いに責任逃れを演じられる無責任体制に陥るという一抹の不安がある。

第二に公共性についてである。二子玉川ライズは分譲マンションや賃貸オフィス、ショッピングセンターと公共性と無縁な営利目的の再開発である。そこに膨大な税金が投入されることが批判されている。これに対して世田谷区長側は図書館などの公共スペース拡大に言及する。しかし、住民側は低層住宅地や公園予定地の都市計画を開発目的のために変更し、超高層ビルを建設できるようにしたことを公共性に反する街づくりと主張する。超高層ビルに公共施設が入ったとしても、住民の問題意識は解消しない。税金の使い方の観点では公共施設が再開発ビルを賃貸することは税金の無駄遣い、税金による再開発の尻拭いになる(林田力「デジタル映像産業誘致は二子玉川再開発の尻拭いか=東京・世田谷」PJニュース2010年4月30日)。

二子玉川ライズ住民訴訟は和解的決着という点だけでも異例であるが、内容にも注目すべき点がある。

第一に裁判官が最後に今後の両当事者の努力に期待する発言をしたことである。これは裁判の終結で終わりでないことを意味する。住民訴訟でこそ和解は珍しいが、民事訴訟全般では裁判所は和解に異様なほど熱心である。

ここには当事者の利益よりも、上訴させずに紛争を現在の裁判限りで終わらせてしまうことに価値を見出す思想がある。これは判決を書きたくないとか仕事を少なくしたいという怠惰な公務員根性として説明可能である。しかし、法学の世界では紛争の一回的解決や訴訟経済という、もっともらしい用語で正当化されているために厄介である。

重要なことは表向き「和解で終わらせた方が互いにとってプラスになる」と言ったところで、当事者の利益以外の動機で和解が勧められることである。そのために当事者を脅迫するなど、何が何でも権利主張を諦めさせるような当事者無視の和解手続きも皆無ではない。これに対して二子玉川ライズ住民訴訟では裁判所が訴訟後も当事者間での話し合いによる継続的な努力を求めている。「さっさと紛争を終わらせてしまおう」という悪しき和解推進論とは対極にある。

第二に住民側の陳述と世田谷区長側の陳述を口頭弁論調書に併記したことである。前述のように住民側と世田谷区長側の陳述にはギャップがある。その違いをそのまま認めて記録する。何らかの合意(という名目の妥協)を強制するのではなく、ギャップを今後の双方の話し合いの出発点にする。このような方法が採用できたことは二子玉川ライズ反対運動の成熟を示すものである。

日本では行政側にも市民運動側にも、自己の考えだけが唯一絶対であり、相違を認めない偏狭な発想がある。前述の「国の基準に従っているから問題ない」という行政の姿勢は一例である。往々にして市民運動は行政の独善に苦しめられる側であるが、残念なことに市民運動家の側も、この種の偏狭さと無縁ではない。

『千曲川』などで知られる小宮山量平氏は僅かな意見の相違で相手を敵として叩きのめす日本の左翼や民衆側のマイナスの特質を分裂体質と定義し、警告を促していた。その種の人々は同じような人々の僅かな差異を取り上げて攻撃する内ゲバを展開し、破壊しか残らない。権力側にとっては矛先が外れて万々歳となる。

その中で二子玉川ライズ反対運動は行政を住民主体の街づくりに巻き込む住民運動の一手法を提示するものである。民主主義は最初から出来上がった形で提示されるものではない。住民が行政と協議を続けるところから、民主主義は作られていく。

二子玉川ライズ住民訴訟の終結は二子玉川ライズ差し止め訴訟(再開発の差し止めを求めて二子玉川東地区第一種市街地再開発組合を提訴した訴訟、最高裁に係属中)、二子玉川ライズ取り消し訴訟(二子玉川東第二地区市街地再開発組合設立認可取り消しを求めて東京都を提訴した訴訟、東京地裁に係属中)に影響を与えることが予想される。また、他の住民訴訟にも参考となる材料を提示する。