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二子玉川再開発差し止め訴訟控訴審証人尋問

東京都世田谷区の二子玉川東地区第一種市街地再開発事業(再開発地域の名称:二子玉川ライズ)の差し止めを求める訴訟の控訴審(平成20年(ネ)第3210号)の当事者尋問及び証人尋問が2010年4月13日に東京高等裁判所で行われた。

この裁判は都市再開発法違反(目的の違法性など)や住民利益の侵害(圧迫感や景観破壊など)を理由に、再開発地域の周辺住民が二子玉川東地区市街地再開発組合(川邉義高)を提訴した民事裁判である。一審東京地裁では請求が棄却され、住民側が控訴していた。

控訴審では新たに再開発が周辺地域の洪水被害を増大させるかが争点となった。再開発地域は人工地盤でかさ上げするため、雨水の流れを堰き止めると住民側は主張する。その立証のために3名の住民が洪水被害の実態などを証言した。正確には被控訴人・清水氏及び高田氏の当事者尋問、補助参加人・木村氏の証人尋問である。

1人目は再開発地域の北側を流れる丸子川と国分寺崖線の間に住む清水氏である。清水氏はマンション建設などで国分寺崖線の池の水量が減少したと証言した。地表をコンクリートで覆い、地下を掘り下げることで水の流れに影響を及ぼす。丸子川は大雨や集中豪雨で度々増水している。再開発は住民に不安と恐怖を与えていると述べた。

再開発組合側の弁護士による反対尋問では丸子川の洪水時の再開発地域の状態が質問された。清水氏は道路が水浸しになっていたと回答した。

最後に住民側弁護士は再主尋問で再開発に対する感想を尋ねた。清水氏は「とても残念。再開発ビルが建つ前は森で、安らぎがあった。今は不安と恐怖でいっぱい」と述べた。

尋問の2人目は地下室が浸水被害に遭った高田氏である。高田氏は緑が多く、環境を気に入って二子玉川への居住を決めたとする。この場所は風致地区であり、再開発地域が都市計画公園予定地として都市計画決定されていることを確認した上で自宅用の土地を購入した。高田氏は土木の仕事をしており、建築不動産関係の知識がある。

周囲の環境から雨水の地下浸透力が十分にあると判断し、自宅に地下室を設けた。実際、2003年までは地下室への浸水被害はなかった。2003年に浸水被害を受けたが、大規模なマンション建設が原因と考えている。マンションの地下構造物が地下水を遮断し、高田氏の自宅付近の地下水位を上げてしまった。

地表をコンクリートで覆うことによる雨水浸透力の低下と、地下構造物による地下水の遮断は密接に関連する。排水ポンプを高性能なものに取り替えたが、2008年も浸水被害を受けた。また、ゲリラ豪雨の時は必ずと言っていいほど丸子川が溢れそうになる。玉川高校の方の道路ではマンホールから水が逆流することを何度か見たことがある。

再開発を最初に知った時は、どうして都市計画公園予定地だった場所に高層ビルを建設できるのか疑問であった。再開発組合の説明会は全く誠意がなかった。高田氏自身が開発側として住民に説明したものとは全く異なっていた。住民が納得できる説明は得られず、質問にも答えなかった。住民の意見は全く受け入れてもらえず、何をしても聞き入れてもらえない。これが提訴の動機である。

再開発組合の不誠実さを生々しく証言したところで、再開発組合側の弁護士が「尋問内容が水害の問題から離れている」と異議を唱えた。このために主尋問は水害問題に戻り、再開発地域の貯水槽の容量が不足していると確認して終了した。

反対尋問では最初に丸子川の近くの住宅で地下室を作ることに浸水の心配をしなかったか質問された。これは既に主尋問で説明済みであり、「心配しなかった」と改めて回答した。また、再開発組合側弁護士は地下構造物が地下水の流れを遮断して地下水位が上昇することについて具体的な資料の有無を質問した。高田氏は、資料はないが、地下水の流れを遮断すれば、別の場所に溜まることは明白と答えた。

裁判官による補充尋問では地下室を作った動機が質問された。高田氏は規制の厳しい風致地区で建物面積を確保し、音楽を聴く部屋を設けることが目的であったと答えた。

3人目は再開発地域の近隣に居住する木村氏である。今の場所に住み始めた1980年代は両隣も畑で自然が残されていたと証言する。タヌキやハクビジンもいた。5年前にもタヌキを見た。
自宅のある場所は周辺で最も低い場所である。近くの交差点は水が溜まり、普通の雨でも長靴を履かないと靴の中に水が入るほどである。激しい雨では道路上を雨水が流れていくのが見える。玉川高校の方では雨水の逆流でマンホールが飛ぶこともある。この証言から記者は小説の一節を想起した。

「マンホールの重い鉄蓋がダンスを踊っている。地下の暗渠から水があふれ、噴水のように地上に噴きあがっているのだ。」(田中芳樹『水妖日にご用心 薬師寺涼子の怪奇事件簿』祥伝社、2007年、166頁)

再開発地域の高層マンション「二子玉川ライズ タワー&レジデンス」は約7mの人工地盤、二子玉川公園(仮称)は約10mの盛り土でかさ上げする。人工地盤は水を吸わず、再開発地域の上に降った雨は脇に流れる。盛り土により高くなった公園の上に降った雨も脇に流れる。周辺道路に水が溜まることは必然である。

再開発組合は「洪水時は駐車場に水が入る」と主張するが、駐車場の入口は道路よりも1.5m以上も高い場所にある。周囲が1.5mの浸水にならなければ駐車場には水は入らない。だから駐車場を貯水槽とする主張は水害被害の軽減にならない。

道路の拡幅によって排気ガスも溜まる。一方には国分寺崖線があり、他方に二子玉川公園(仮称)の盛り土ができれば谷間になる。滞留する排気ガスによる空気の汚染が酷くなる。

主尋問の最後では控訴審から補助参加人として裁判に参加した思いを述べた。再開発工事が進み、これまでの二子玉川では考えられない建物が乱立している。危機感・恐怖感から黙っていられなくなって参加した。自然があった場所には自然を戻すべきである。住民は風致地区の規制を守っている。再開発地域だけ高層ビルを建てることは不合理である。裁判官に「住民の切実な思いを汲み上げて欲しい」と要望して主尋問を終えた。

反対尋問では多摩川や丸子川の洪水被害を防ぐための請願などをしているかとの質問がなされた。丸子川では請願をしたと回答した。さらに再開発組合側弁護士は多摩川暫定堤防の建設への反対運動について質問をした。木村氏は「(反対運動の当事者でない)私が答える問題ではない」と述べたが、再開発組合側弁護士は知っている範囲で回答することを要求した。これに対し、住民側弁護士が異議を唱え、質問の撤回を要求した。裁判官は第三者が知っている範囲での答えたもので、正確性は担保されないものとして扱うとし、証人尋問は終了した。


二子玉川再開発訴訟証人尋問から見えるコンクリと人の対立

二子玉川東地区再開発差し止め訴訟控訴審(平成20年(ネ)第3210号)の当事者尋問及び証人尋問(2010年4月13日)は歴史的な政権交代を果たした鳩山由紀夫政権のキャッチフレーズ「コンクリートから人へ」の背景にあるコンクリートと人間の対立を印象付けた。

控訴審では東京都世田谷区の二子玉川東地区第一種市街地再開発事業(再開発地域の名称:二子玉川ライズ)が洪水被害を激化させるかが争点となった。尋問で指摘された洪水被害激化の背景は以下の3点である。

第1に超高層マンション「二子玉川ライズ タワー&レジデンス」が地盤をかさ上げしたために、雨水が堰き止められる。
第2に地表が人工地盤で覆われることで雨水浸透力が低下する。
第3に地下構造物による地下水脈の遮断で、上流側の地下水位が上昇する。

これらは一体的な問題である。たとえば「都市化に伴う地表面水処理機能の低下」も地下水位上昇の原因となる(安原一哉、村上哲、鈴木久美子「地下水位の上昇が構造物・基礎地盤に及ぼす影響とその評価」自然災害科学24巻3号、2005年、215頁)。

雨水の堰き止めや雨水浸透力の低下は既に住民側の準備書面や陳述書などで強調されており、尋問で特筆すべきは地下水脈の遮断である。これは近時の開発で共通する問題である。東急大井町線等々力駅の地下化や外郭環状道路(外環道)でも問題になっている。二子玉川ライズが開発による環境破壊の問題として普遍性を持つことを示した。

これに対して再開発組合側の弁護士は、反対尋問で地下水位上昇などの具体的な根拠を求めた。証言した住民は地下水脈が遮断されれば別の場所に地下水が滞留し、その場所の水位が上昇するという当然の理屈を述べたものである。
現実に地下止水壁を造って地下水流を堰き止めることで地下水位を上昇させる実験も行われている(松尾新一郎、河野伊一郎「地下止水壁による地下水規則の実験的研究」土質工学会論文報告集19巻4号、1979年)。わざわざ根拠を出すような問題ではなく、再開発組合側弁護士との議論は噛み合わなかった。

そもそも二子玉川ライズ周辺の地下水脈がどのような状況であるか、開発によってどのように変化したのかなどは開発業者が調査して住民に積極的に説明すべき内容である。そのような内容を住民に質問すること自体が、住民にとって再開発組合の情報隠蔽体質を印象付けた。
また、反対尋問には争点(再開発による環境破壊の有無)とは無関係な証言者側の事項についての質問も目立った。たとえば自宅の接道条件や排水ポンプの購入価格などについてである。市民が事業者の不正を訴えた裁判では、公開法廷での当事者尋問で市民のプライバシーを暴くことで意趣返しするケースがある(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、2009年、61頁)。

反対尋問では洪水被害防止のために住民側が行政や議会に陳情や請願を行ったかについても繰り返し質問された。これについては、二子玉川ライズの問題に取り組む住民も含む流域住民331名が「世田谷区丸子川の水害対策に関する請願」を東京都議会に提出している。住民は洪水被害に強い懸念を抱いていることの一例である。

しかし、陳情や請願があろうとなかろうと、再開発で住民に被害を与えることに対する再開発組合の責任を軽減することにならない。再開発で被害が生じる危険があるならば、再開発事業の中での対策が筋である。住民や行政に対策させることは筋違いである。

業者は悪質で自己中心的であったが、住民の努力で被害を防止できたという事態は決して望ましいことではない。これまで日本社会が金儲け主義の企業と事なかれ主義の行政という公共性の欠如した状態にあっても、それなりの安定を保ってきた背景には市民の犠牲と忍耐と努力に負うところが大きい。つまり日本社会は、責任追及よりも目の前の火が消えれば良いとする市民に、企業や行政が甘え続けてきたことで成り立ってきた。しかし、いつまでも市民はおめでたい存在ではない。

典型例がトヨタ自動車の大規模リコール問題である。プリウスのブレーキ不具合についてトヨタは当初「しっかりブレーキを踏めば車は止まる」と開き直った。これは製品に問題があっても、市民側の工夫と努力で補ってくれという企業側の甘えである。このような企業姿勢は批判され、プリウスのリコールを余儀なくされたことは日本でも市民の意識が高まった結果である。

鳩山政権のキャッチフレーズ「コンクリートから人へ」には開発優先の風潮にウンザリした国民の広範な支持が背景にあった。その意味で「コンクリートから人へ」は民主党の独創というよりも、時代が生み出した言葉である。現在の鳩山政権がキャッチフレーズに忠実であるかは議論の余地があるとしても、「コンクリートから人へ」の輝きは変わらない。

一方で「コンクリートから人へ」には建築不動産業界を中心に感情的な反感があることも事実である。コンクリートを仕事にしている人にとって、コンクリートと人を対立させ、人をコンクリートに取って代わるものとするキャッチフレーズは存在意義を全否定されたように映るだろう。

この点は開発に反対する住民運動側も十分すぎるほど理解している。住民運動はコンクリートを否定したいのではなく、人間性を守りたいだけである。実際、これまで住民運動は卑屈なほどに業者の立場を尊重してきた。マンション建設反対運動でも再開発反対運動でも「住民や地域を無視した開発の見直しを求めているのであって、マンション建設や再開発そのものへの反対ではない」という断り書きが散見されるほどである。

しかし、開発業者側が住民を無視して好き勝手に開発を進めておきながら、住民側には努力や我慢を一方的に要求するならば、住民としてはコンクリートを全否定することによってしか人間性を守ることができなくなる。二子玉川再開発差し止め訴訟の尋問での噛み合わない対立から、その思いを強くした。

初出
林田力「二子玉川再開発差し止め訴訟控訴審証人尋問(上)」PJニュース2010年4月14日
http://www.pjnews.net/news/794/20100414_1
http://news.livedoor.com/article/detail/4717010/
林田力「二子玉川再開発差し止め訴訟控訴審証人尋問(下)」PJニュース2010年4月15日
http://www.pjnews.net/news/794/20100414_2
http://news.livedoor.com/article/detail/4719036/
林田力「二子玉川再開発訴訟証人尋問から見えるコンクリと人の対立(上)」PJニュース2010年4月18日
http://www.pjnews.net/news/794/20100417_1
http://news.livedoor.com/article/detail/4724468/
林田力「二子玉川再開発訴訟証人尋問から見えるコンクリと人の対立(下)」PJニュース2010年4月19日
http://www.pjnews.net/news/794/20100417_2
http://news.livedoor.com/article/detail/4725525/

二子玉川再開発公金支出差止訴訟判決言渡日決定

東京地方裁判所に係属中の二子玉川再開発に対する公金支出の差し止めを求めた訴訟(平成19年(行ウ)第160号公金支出差止請求事件)の判決言渡日が決定した。東京地方裁判所522号法廷にて2010年5月25日に言い渡される。

この裁判は世田谷区による二子玉川東地区第一種市街地再開発事業(街の名称:二子玉川ライズ)への補助金支出が違法であるとして、世田谷区民約130名が世田谷区長を提訴した住民訴訟である。住民訴訟とは地方公共団体による公金の違法な支出に対して住民が提起する訴訟で、地方自治法を根拠とする。

住民側は都市公園の位置変更に関する都市計画決定(1989年6月16日)や事業認可組合設立決定(2005年3月4日)が違法であるため、その違法な決定に基づく二子玉川再開発への補助金支出も違法であると主張する(先行行為の違法性の承継)。

具体的には再開発地域の85%以上を所有する東急グループが世田谷区長と密約し、都市公園予定地を二子玉川駅から離れた場所に移動させ、東急グループの営利のために超高層ビル建設中心の再開発にした。これは都市計画公園・風致地区・景観重視という二子玉川の都市計画の方向性に逆行し、都市再開発法第4条第2項第1号「道路、公園、下水道その他の施設に関する都市計画が定められている場合においては、その都市計画に適合するように定める」などに違反する。

二子玉川再開発に対しては再開発組合を被告とする再開発事業の差止訴訟(民事訴訟)も提起されている(林田力「二子玉川再開発差し止め訴訟控訴審証人尋問(上)」PJニュース2010年4月14日)。

http://news.livedoor.com/article/detail/4717010/

そこでは住民側から再開発事業が周辺地域の洪水被害を増大させると主張・立証されているが、その証拠は住民訴訟でも提出された。それに基づき、広大な人工地盤・巨大な地下建造物を建設する再開発事業は都市型水害の被害の拡大を招き、周辺住民の生命・身体・財産に甚大な被害を生じさせると結論付ける。これは都市再開発法第4条第2項第2号「当該区域が、適正な配置及び規模の道路、公園その他の公共施設を備えた良好な都市環境のものとなるように定める」に違反すると主張する。

世田谷区側は都市計画決定などの違法性を争い、また、先行行為に瑕疵があったとしても行政訴訟の公定力理論から、先行行為が取り消されていないために補助金支出は違法ではないと反論する。

住民訴訟では二子玉川再開発が公共の福祉に合致するかが争点となった。市街地再開発事業が公共の福祉に合致すべきであることは、誰もが同意できる大前提である。しかし、公共の福祉は抽象的な言葉であり、何が公共の福祉であるかは明確ではない。

都市再開発法第1条では法律の目的を以下のように定める。

「この法律は、市街地の計画的な再開発に関し必要な事項を定めることにより、都市における土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新とを図り、もって公共の福祉に寄与することを目的とする。」

ここでは「土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新」によって、「公共の福祉に寄与する」という流れになる。「土地の合理的かつ健全な高度利用と都市機能の更新」(以下、高度利用など)と公共の福祉との関係が問題になる。

高度利用などとは細分化している土地をまとめ、古い建物を壊し、高層の建物を新たに建設し、都市のインフラを整備することである。これは再開発で行うことそのものである。これによって公共の福祉への寄与を目指すことが都市再開発法の考え方になるが、両者の関係について2つの考え方が成り立つ。

第1に高度利用などと公共の福祉をイコールに近付ける考え方である。ここでは高度利用などが、そのまま公共の福祉につながる。高度利用などは再開発そのものの説明であるため、再開発をすることが公共の福祉に寄与することになる。

但し、「合理的かつ健全」という条件があるために無条件に高層ビルを是とすることにはならない。特に経済優先・開発優先の発想が見直されている現在では合理的・健全の基準も高度経済成長期からは変える必要がある。

第2に高度利用などと公共の福祉を別次元とする考え方である。ここでは公共の福祉に合致する再開発と公共の福祉に反する再開発計画が存在することになる。そこで個々の再開発計画について公共の福祉に寄与するか否かを具体的に検討し、公共の福祉に寄与する計画だけを認可することが求められる。

これまで日本では漠然と第1の考え方が採られることが多かった。実際、東京都による二子玉川再開発の意見書及び口頭意見陳述の審査でも「細分化した土地の共同化を図り、快適な市街地を形成する」から適切としており、二子玉川で土地を共同化することが公共の福祉に寄与するのかという検討はなされていない(林田力「二子玉川再開発への反対意見が情報公開で判明(下)」PJニュース2010年4月29日)。

http://news.livedoor.com/article/detail/4745569/

前述のとおり、二子玉川再開発では再開発地域の85%以上を東急グループが所有する。これで細分化と言えるのか疑問があるが、この状態で共同化したら圧倒的な割合を有する東急グループによって、小規模地権者が圧殺されるということは容易に予期できる。現実に意見書や意見陳述では以下の主張がなされた(東京都「意見書及び口頭陳述要旨整理表」)。それでも東京都は「細分化した土地の共同化」で済ませた。

「小さな庶民はお金さえもらって地区外に出て行けばいい、それでなければ開発の建物に入ればいい。そのようなことでしか見てもらえない。結局、東急が大きな土地をどうにかしたいという計画である。不安だけで何のメリットもない、明日も見えてこない。」

「11haのうち多くは東急が更地で持っている。それを自力で開発することには何の問題もないはずである。なぜ、駅前の1haと合わせて再開発するのか。」

第1の考え方の問題点は再開発の判断尺度に欠けることである。再開発が機械的に公共の福祉に寄与するならば、とにかく高くて大きいビルを建設しようということになってしまう。その結果、近隣住民からは反対され、経済的社会的ニーズからは乖離し、地権者には借金が残る再開発が全国各地で強行された。

裁判の場で特定の再開発事業が公共の福祉に反すると主張されても、細分化された土地を高度利用するのだから公共の福祉に合致するという類の再開発の一般論から演繹しただけの反論が返る不毛な応酬となりがちである。そのために再開発の公共性について踏み込んだ議論は難しかった。

これに対して、二子玉川再開発の住民訴訟では住民側が都市工学の専門家である岩見良太郎・埼玉大学教授の意見書や証人尋問によって、公共の福祉の「5つの公準」を明らかにした。その上で二子玉川再開発が「5つの公準」を満たさないと主張した。「5つの公準」は以下の通りである。

公準1:地域環境の優れた資質を引き継ぎ発展させるまちづくり

公準2:持続可能なまちづくり

公準3:法制度の適切な適用と運用

公準4:まちづくりにおける公平性

公準5:住民参加

住民訴訟は2009年11月20日に結審したが、その時点で判決言渡日は明らかにされなかった。それだけ裁判所で慎重に検討していたものと考えられる。再開発の公共性について踏み込んだ判断がなされるか、判決内容が注目される。

二子玉川ライズ住民訴訟で住民側控訴

世田谷区の二子玉川再開発への公金支出を求める住民訴訟の判決が2010年5月25日に東京地方裁判所(八木一洋裁判長)で言い渡された。判決主文は一部却下・一部棄却で、原告の住民側は控訴した。
この裁判は世田谷区による二子玉川東地区第一種市街地再開発事業(街の名称:二子玉川ライズ)への補助金支出が違法として、世田谷区民が世田谷区長を提訴した訴訟である。住民側は再開発の根拠となる都市計画決定などが違法であり、その違法な決定に基づいてなされた再開発への補助金支出も違法と主張した(林田力「二子玉川再開発公金支出差止訴訟判決言渡日決定(上)」PJニュース2010年5月9日)。
http://news.livedoor.com/article/detail/4758811/
判決書は全52頁の大部なもので、大きく8個の争点に分けて判断している。注目すべき事実認定には、世田谷区と東京急行電鉄ら東急グループ(東急電鉄等)の「密約」(住民側の表現)がある。もともと再開発地域内の広大な二子玉川遊園跡地は風致地区の周辺環境に適応し、都市計画公園として指定されていた。ところが、都市計画決定で公園予定地が二子玉川駅から離れた場所に移動され、都市計画上の規制も緩和された。それによって、高さ約150mなどの超高層ビル建設を中心とする現行の再開発が可能になった。
この変更は世田谷区の区長・担当者が東急電鉄等の社長・担当者の密約に従って行われたと住民側は主張する。この密約が、二子玉川再開発が東急グループの利潤追求を目的としたもので、公共性に欠けるとの住民側主張の根拠となった。
この点について判決は1986年以降に世田谷区と東急電鉄等の間で複数回の覚書が締結されたことを認定した。そこでは再開発地域の用途変更や公園予定地の指定替えなどが約束された。その後の都市計画決定(1989年6月16日)は覚書の合意事項に沿った内容になっている。覚書が区議会議員に提示されたのは1999年(平成11年)7月になってからであった(判決書25頁以下)。
都市計画決定に先立ち、世田谷区と東急電鉄等の間で区議会にも明らかにされない「密約」が交わされたとの住民側主張が認定されたことになる。しかし、判決は「東急電鉄等は、本件覚書等により、二子玉川公園となるべき土地の約半分を世田谷区に無償で譲渡することを約していること」を挙げ、覚書を締結した世田谷区の判断を「合理性を欠くとまではいえない」と判示した(判決書29頁)。
この判示には2点の問題点がある。
第1に合理性の検討が浅薄である。覚書の内容が実現されることによって、東急電鉄等は二子玉川駅から離れた場所にある土地を世田谷区に無償で譲渡する代償に、駅から近い場所に高層ビルを建設できるようになる。
駅から離れた土地よりも駅から近い土地の方が経済的な価値が高いことは自明の理である。駅から離れた土地を無償譲渡したとしても、東急電鉄等にとって利益になる取引であることは容易に想像できる。その程度の分析もすることなく、無償譲渡を受けるというだけで機械的に「合理性を欠くとまではいえない」する裁判所の判断はチープである。
第2に手続の公正さへの検討が欠けている。密約の問題点は世田谷区長や職員が区民や区議会に事前承認も事後承諾もせずに、私企業と都市計画の方向性を決めてしまうことである。そのような進め方は、仮に内容的に「合理性を欠くとまではいえない」ものであっても正当化できない。判決は、この点の住民側の批判を無視している。
「合理性を欠くとまではいえない」的な表現は本判決の特徴となっている。判決は再開発地域の地域性について以下のように曖昧な判断を下した。
「機能的な都市活動を確保するという観点からすると、商業・業務施設、中高密の住宅などを充実させることが適切な地域であるとみることができるし、他方において、健康で文化的な都市生活を確保するという観点からすると、自然的環境を回復させることが適切な地域であるとみることもでき、いずれか一方の地域として整備しなければその地域性に反するとまではいい難い場所にあるということができる。」(判決書29頁)
その上で現行の再開発計画を可能にした都市決定に、以下の回りくどい結論になっている。「事実に対する評価が明らかに合理性を欠き、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らして著しく妥当性を欠くものとまではいえないと解すべきである。」(判決書29頁)
開発が適切であるとも自然環境の保全・回復が適切であるとも見ることができるということは当たり前である。この論理に立つならば広島地裁が2009年10月1日に事業差し止めを命じた鞆の浦(広島県福山市)の架橋でさえも適切とみることができると立論できる。どのような計画であっても視点を変えれば適切な面があると主張することは可能である。その上での判断を当事者は裁判所に求めている。
しかも問題は「商業・業務施設、中高密の住宅などを充実させる」ことが適切であるか否かという抽象論ではない。都市計画決定によって、それまで二子玉川に存在しなかった超高層ビルが何本も建設できることの是非が問題である。
これは不足していた商業・業務施設やマンションを充実させるどころか、商業・業務施設やマンションだらけにするものである。その弊害(日照・眺望の悪化、大気汚染、交通渋滞の激化など)も裁判では指摘済みである。そのインパクトを分析した上で、超高層ビルを何本も建設できるようにすることが適切であるのか判断されていない。
実質的な判断を避ける判決の消極的姿勢は、補助金交付が世田谷区市街地再開発事業補助金交付要綱違反であるかの判断において一層露骨である。補助金交付要綱では補助金交付決定に際して審査を義務付けている。
二子玉川東地区市街地再開発組合は建築コンサルティング会社アール・アイ・エーらと締結した実施設計に関する請負契約(金額1億8900万円)や権利返還計画作成に関する請負契約(金額1億2810万円)に補助金交付を申請した。これらの事業について再開発組合は2006年3月20日に実績報告書を提出し、世田谷区は同月22日に補助金決定等の適合性を認め、31日に補助金額を確定して通知した。
このように極めて短期間で決定がなされていることから、住民側は実質的な審査をしたことの裏付けを欠き、補助金交付の公益上の必要性の判断に違法があったと主張した。これに対し、判決は「世田谷区の職員4名が同年3月22日に実施検査を行った」と認定した上で、以下のように判示した。
「上記の各補助事業は、その性質上、専門家によって行われる図面作成等を目的とするものであり、また、その成果物に何らかの瑕疵がある可能性があったことをうかがわせるに足りる事情もないのであるから、上記の各補助事業の成果について行われた適合性審査が短時間にすぎるという原告らの主張は、当を得ないものいうべきである。」(50頁)
判決は職員4名が実施検査を行ったと認定するが、どのような検査をしたかは述べていない。検査が1日で終了したとしても必ずしも不十分と断定できるものではないが、検査内容が分からなければ検査が十分かを判断することは不可能である。
一方で判決は事業内容が「専門家によって行われる図面作成」であることを理由付けの中で挙げている。しかし、専門家が担当する専門的な内容だから、長時間の審査は不要との結論は非論理的である。専門家が作成したことを理由に、専門家を信頼して深く審査しないならば、丸投げとなり補助金交付要綱の趣旨に反する。むしろ専門性の高い成果物を真剣に審査するならば、それなりの一定の時間が必要になる。
判決は住民側の請求を退けたが、積極的に現行の再開発計画を優れたものと認定したものではない。それは判決中に繰り返される「合理性を欠くとまではいえない」的な表現が示している。判決は明白で極端な問題は見付からなかったと述べているに過ぎない。ここには行政庁には広範な裁量権があり、明確な逸脱がない限りは行政庁の判断を尊重するという発想がある。これは本件に限らず、多くの裁判の傾向である。
しかし、これでは住民側は納得できない。極端な問題がなくても害悪を及ぼす行政処分は無数に存在する。そのようなケースは裁判所の論理では救済されないことになる。それが裁判所の仕事でないとしたら、一体誰が是正するのか。
日本の行政組織には問題を事後的に検証して反省する能力が欠けている。だからこそ、これまで虐げられて無視され続けた人々が最後の希望として提訴する。官僚的な形式論で悲痛な訴えを切り捨てることは日本社会の現状を踏まえた上での裁判所への期待に背くことになる。
住民側は「私たちは行政の誤りと同時に司法の誤りも正し、かけがえのない自然環境と、国民主権による公正な行政の実現のために、最後まで闘い抜きます」と述べる(二子玉川東地区再開発公金支出差止請求訴訟原告団・弁護団「二子玉川東地区再開発公金支出差止訴訟判決に対する声明」2010年5月25日)。司法が住民の期待に応えられるのか、控訴審の行方が注目される。

小日向プロジェクト
再開発で建設中のマンション「二子玉川ライズ タワー&レジデンス」と抗議する住民(撮影:林田力、2009年3月28日)


二子玉川東地区再開発・差止訴訟被告側証人尋問(1)
http://www.news.janjan.jp/living/0801/0801158957/1.php
住民無視が見えた「二子玉川東地区再開発・差止訴訟」被告側証人尋問(2)
http://www.news.janjan.jp/living/0801/0801168999/1.php
二子玉川東地区再開発を問う住民の会発足
http://www.news.janjan.jp/area/0812/0812022692/1.php
「東急東横線で車椅子の女性が転落死」ツカサネット新聞2009年9月28日
http://news.livedoor.com/article/detail/4368703/
「二子玉川東地区住民まちづくり協議会が住民提案を披露」JANJAN 2009年10月27日
http://www.news.janjan.jp/area/0910/0910252196/1.php