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二子玉川ライズ差止訴訟被告側証人尋問

初出:林田力「二子玉川東地区再開発・差止訴訟被告側証人尋問(1)」JANJAN 2008年1月16日

二子玉川東地区第一種市街地再開発事業の差し止めを求める訴訟(平成17年(ワ)第21428号)の第3回口頭弁論が東京地方裁判所で2007年11月10日に開催された。二子玉川東地区再開発事業は東京都世田谷区玉川の約11.2haの土地に超高層ビルの建設や道路の拡幅を行う。民間施行の再開発事業としては全国最大規模になる。

これに対し、近隣住民らは事業者の二子玉川東地区市街地再開発組合(川邉義高・理事長)を被告として、都市再開発法違反などを理由として再開発事業の差し止めを求めて提訴した。具体的には都市再開発法第1条違反(公共の福祉に寄与しない再開発である)、第4条違反(都市計画公園の指定のあった場所を再開発する)などである。提訴の背景には超高層ビル群による景観の破壊、日照の阻害、ビル風、電波障害、交通量増加による大気汚染など、再開発による環境悪化への懸念がある。

第3回口頭弁論では再開発事業のコーディネーターである宮原義明(株式会社アール・アイ・エー)の証人尋問が行われた。この度、証人尋問の速記録を入手したので、報告する。証人は再開発を進める側の人間であり、証言の基調は当然のことながら、再開発事業を擁護するものであった。しかし原告の問題意識に正面から回答していない回答も見られ、再開発により住環境に大きな影響を受ける住民と再開発を進める側の意識のギャップが浮かび上がった。

速記録7ページには以下のやり取りがある。
被告代理人「原告らは、組合設立認可手続きについても違法であるというようなことを主張されてるんですけれども。例えば、都計審(記者注:東京都都市計画審議会)で75パーセントの賛成があったと報告したのに、実は75パーセントの賛成がなかったんではないかと」

証人「(前略)……再開発事業の都市計画決定に当たりましては、行政がその地域をどのように整備すべきかということの判断の下に都市計画を行うわけでございまして、地元権利者の方々の同意とか、それらは法律上の要件に全く入っておりません。その点では、75パーセントうんぬんという問題については、その当時、そういう数字の中で動いていたかと思いますけれども、その数字そのものが具体的には都市計画の要件になっているわけではございませんで、あくまでも行政として必要な状況の中で都市計画を定めていくというのが都市再開発法、都市計画法の中での内容でございます」

原告は、都市計画審議会で地権者の75パーセントの賛成があったと実態と異なる説明をしたことを追及している。それに対し、証人は「都市計画を決定する上で地権者の同意割合は要件になっていない」と答えるが、これでは反論になっていない。肝心の事実と異なる報告をしたかについては回答から逃げている。都市計画審議会としては報告内容から都市計画決定の是非を判断する。もし報告内容に虚偽の情報があるならば、それに基づいた決定の正当性も揺らぐことになる。

原告代理人の反対尋問では、証人が再開発計画の初期に、再開発を考える会(再開発組合の母体となった団体)と世田谷区の双方のコンサルタントとして活動していたことが明らかになった。この点について、原告代理人は「これは、真に行政から公共性の担保、機能チェックができない、お手盛りの体制じゃないですか」と指摘した。

これに対し、証人は「私の立場は、その両者の意見、そしてそれらを調整しながら、そしてなおかつ都市計画としてふさわしいものを定めていくことのために意見をし、また作業する、そういう立場でございます」と説明した(速記録17-18ページ)。

同一人が自治体と民間事業者の立場でコンサルティングすることにより、自治体による公のチェック機能が働かなくなるのではないかと指摘するのに対し、同一人の中で公の目的と民間としての事業採算性を調整すると宣言する。このような形で公共性が担保できるならば、三権分立を定める必要性も弁護士の双方代理を禁止する必要性もなくなる。

尋問を通して浮かび上がるのは再開発コーディネーターである証人が実質的な問題点を把握しようとせず、形式的な説明で正当化してしまうスタンスでいることである。この点は尋問の最後の方で原告代理人も「今までの証人の御発言を聞いていますと、法を形式的には適用されてるようですけれども、本来の目的趣旨に沿った適用を導くということから言うと、大変問題だというふうに感じております」と述べている(速記録37ページ)。

裁判の場では法律の条文に違反するか否かという形で争われるが、住民が裁判を起こす背後には住み慣れた街が悪くなるのは許せないという思いがある。そのような住民の思いは二子玉川東地区市街地再開発組合には通じそうにもない。逆に言えば、そのような形で再開発事業が進められてきたからこそ、住民側から裁判を起こされたともいえる。
次回口頭弁論は1月28日10時から東京地裁611号法廷で開催される。

住民無視が見えた二子玉川ライズ訟被告側証人尋問

初出:林田力「住民無視が見えた「二子玉川東地区再開発・差止訴訟」被告側証人尋問(2)」JANJAN 2008年1月17日

前回の記事に引き続き、二子玉川東地区第一種市街地再開発事業差止訴訟(平成17年(ワ)第21428号)の第3回口頭弁論における被告側証人・宮原義明(株式会社アール・アイ・エー)の証人尋問内容を報告する。原告代理人は再開発事業の違法性を追及するが、証人との意識のギャップが明らかになるばかりであった。

原告側は二子玉川東地区再開発事業が都市再開発法第4条第2項に違反すると主張する。この条文は、公園などに関する都市計画が定められている場合においては、その都市計画に適合するように再開発事業に関する都市計画を定めなければならないとする。二子玉川の再開発区域の一部は風致地区であり、昭和32年には二子玉川公園として都市計画決定されていた。従って二子玉川で再開発事業を行う場合、これらの都市計画を前提としなければならない。

ところが、東急電鉄株式会社・東急不動産株式会社と当時の世田谷区長・大場啓司の間で「二子玉川公園計画に関する協定」が締結され、それに沿って計画公園の予定地が変更され、その結果、現在の形の二子玉川東地区再開発事業が可能になった。原告は上記経緯から、東急グループの経済的利益のために公園予定地を変更し再開発を進めたとして、違法性を結論付ける。

反対尋問では区長が議会にも説明せずに私企業である東急電鉄・東急不動産と既存の都市計画に反する内容の協定を締結することの問題が追及された。

速記録23ページには以下のやり取りがある。
原告代理人「ここはまだ都市計画の決定までいってないわけですよ。いっていない以前の段階で、そういう恣意的な合意をしていいのかということです」

証人「恣意的合意については当事者の議論ですから、特に問題ないと思います」

街づくりに影響を与える問題が行政担当者と私企業の合意で決められることが問題であると証人は感じていないことになる。再開発によって影響を受ける住民にとって到底容認できる発言ではないだろう。

二子玉川東地区再開発事業が超高層ビルの建設ありきで検討されたことも明らかになった。証人は二子玉川の再開発事業では中低層を想定した計画を検討したことはなかったと証言した。

「それは先ほど来ありますように、やはり足下のほうを、都市から自然へという、つなげるために、足下空間をできるだけ空けていこうと、そういう考え方がございましたから、その点では中低層でべたっという考え方は当初から検討しておりません」(速記録24ページ)

これはル・コルビジェ的な「Towers in Space」の発想である。建物を高層化すればオープンスペース(緑地を含む)が増え、都市の過密を下げられる、だから高層化は善という思想である。しかし、そのような形で作られるオープンスペースは建物の上に緑を貼ったようなものでまやかしに過ぎず、地域の社会関係を壊してしまうと批判されている。

2007年11月29日に開催された東京環境行政訴訟原告団協議会発足記念集会の場で福川裕一・千葉大学教授は、この「Towers in Space」という思想こそが環境を守ろうとする人々にとって敵であり、これが日本の政財界では未だに大手を振っている点が問題であると指摘した。この点で二子玉川再開発差止訴訟は二子玉川という地域に限らず、再開発の是非を巡る普遍的な論点を提供する裁判でもある。

東京環境行政訴訟原告団協議会・発足記念集会の報告
http://www.news.janjan.jp/living/0712/0712026574/1.php

原告代理人は代案を含めて議論するのが民主的ではないかと主張したが、証人は二子玉川のコンセプトは高層と言い張った。

原告代理人「普通は超高層を選択することの問題点も当然出てくるわけですから、それ以外の設計内容等を併せて、代案を含めて議論するのが民主的な議論じゃないですか」

証人「いや、民主的という話はちょっと、今の話の中ではどうか分からないんですが、先ほど来申し上げましたように、この二子玉川でのコンセプトとしては、当然、足回りについてそういう空間を広げていこうという考え方になります」(速記録25ページ)

二子玉川東地区再開発が高層化ありきで進められ、様々な選択肢を検討する姿勢がないことが良く分かる。二子玉川のコンセプトを高層化とする発想は、住宅地・ベットタウンと思っている住民からは出て来ないものである。

二子玉川東地区再開発による洪水被害の悪化も指摘された。

二子玉川駅の南側を南東方向に多摩川が流れている。多摩川の北側は基本的に多摩川に近い場所ほど土地の高さは低くなっている。雨が降れば土地の高いところから低いところに雨水が流れ、多摩川に注がれる。

ところが、二子玉川東地区再開発は人工的に最大7メートルの盛り土をして地盤をかさ上げする計画である。これが実現してしまうと、再開発地域の北側の住宅街にたまった雨水は再開発地域で堰き止められ、深刻な洪水被害となる可能性がある。

この指摘に対し、証人は以下のように答えた(速記録30ページ)。
「もともと、そこに流れ込んでいたということ自身が、それぞれの敷地としては、当然敷地の中で単独で整備することだと思いますから、それを前提としてのお話は少しおかしなこととお思いますね」

再開発の結果、周辺住民が洪水被害で苦しむことになっても構わないという主張である。

再開発事業の一体性も問題になった。都市再開発法や都市計画法では一体的かつ総合的な再開発が重要な要件になっている。ところが、二子玉川東地区再開発事業では再開発地域の中心部に位置するII-a街区は具体的な事業内容が決まっていない。

これに対する証人の反論は以下である。
「私自身が、昭和57年から25年間、今やっておりますように、これ自身を一体的と考えていただければ、一体的というものの範疇がお分かりいただけるかとお思いますね」(速記録32ページ)

これは噴飯物の珍回答である。再開発コーディネーターが四半世紀、四半世紀も再開発事業に取り組んでいながら具体案が練られていない点こそ、二子玉川が一体的に再開発する場所としてそぐわないことを示していると思われる。

再開発事業の進め方も問題になった。最初に原告代理人は再開発組合が権利変換計画を多数決で議決したことを問題視する。権利変換計画は再開発地域の地権者の権利を再開発建物およびその敷地に関する権利等へ変換する内容を定めた計画である。

権利変換計画では再開発建物の敷地には建物の所有を目的とする地上権を設定するものとして定めることが原則である(都市再開発法第75条第2項)。但し、これが「適当でないと認められる特別の事情があるときは」地上権を設定しなくても良いとも定められている(同法第111条)。

二子玉川東地区再開発組合は、この111条を採用するか否かということを多数決で決めている。これに対し、原告代理人は「本来、地権者は、自分の大事な権利が建物の中の床の返還されるわけですから、全員同意して、納得して返還されるのが望ましい」と述べる(速記録33ページ)。しかも総会では地上権の設定や設定しないことの意味について説明せずに議決している。

加えて権利返還計画の公告縦覧では地権者本人のもののみを閲覧し、他の人の分を閲覧しないように申し合わせ事項を議決した。これは権利変換計画を二週間公衆の縦覧に供することを定めた都市再開発法第83条違反と原告代理人は指摘した。これについて証人は、以下のように答えた。
「申し合わせ事項とします、ただし、どうしても見たい場合には、法律の趣旨から見て、全員が見られますということも全部述べてます」(速記録34ページ)

これに対し、原告代理人は萎縮効果を生じさせ、法の趣旨に反すると再反論した。しかも再開発組合が本当に縦覧したかも疑わしい。日本共産党世田谷区議団が2006年11月21日に世田谷区長に宛てた申し入れでは再開発組合が閲覧希望者に対し、閲覧を拒否しているとする。

「実際の公告・縦覧は、一般の区民が縦覧しようとすると「組合総会で申し合わせをしているので、地権者以外の方の縦覧はご遠慮願いたい」「組合理事長と協議し、縦覧できるかどうか返答する」など、閲覧が拒否されてしまいます。
また地権者も、本人の部分しか見ることができず、本人の財産評価が他の地権者と比較して妥当な評価を受けているかどうか、比較・検討できないなど、地権者の権利保障としても、適切な条件での縦覧とはいえません。」
「二子玉川東地区再開発権利変換計画の「公告縦覧」に関わる申し入れ」
http://www.jcp-setagaya.jp/kugidan/mousiire/20061121futago.html

再開発組合の総会(2006年12月26日)で事業計画が大幅に変更された点も問題視された。変更により、建築面積が5.3パーセント、住居施設が94戸(約10パーセント)も増加した。事業計画を変更する場合、都道府県知事の認可を受けなければならないと定めた都市再開発法第38条第1項が問題となる。これに対し、証人は、東京都の関心は権利返還計画と事業計画の一致にあり、権利返還計画の認可申請をしていない段階で事業計画の変更認可申請をするのは技術的に困難と答えた。

また、総会決議による変更は周辺住民にも大きな影響を与えるが、周辺住民に告知し、意見を受け付ける機会を設けていなかった。これについて証人は、法令では軽微な変更について義務付けていないから不要と答えた。原告代理人は「再開発組合、若しくは、速やかに事業を進めるコーディネーターとしてのお立場として、当然こういうご説明の機会はあってしかるべきではなかったか」と追及した。

証人尋問は以下のやり取りで終わっている。
原告代理人「過ちを正すに遅すぎるということはないのではないでしょうか」
証人「過ちという御指摘そのものが全く違うかと思ってますので」

全体を通して感じられるのは、再開発コーディネーターとして再開発を中心的に進める立場の人が住民の目線を持っていないということである。住民の思いは無視された街づくりになってしまうことは、ある意味当然と言える。そのような住民不在の再開発に膨大な税金が投入される矛盾。住民は恩恵を受けず、不動産業者や建設会社が儲ける構図。各地の再開発で抱える問題と同根の問題が今回の証人尋問で炙り出された。


二子玉川東地区再開発差止訴訟結審

反対運動の広がりが裁判にも波及

再開発 差し止め 二子玉川 訴訟

二子玉川東地区第一種市街地再開発事業の差し止めを求める訴訟(山田俊雄・裁判長、平成17年(ワ)第21428号)が2008年1月28日の東京地裁における口頭弁論で結審した。

二子玉川東地区再開発事業は東京都世田谷区玉川の約11ヘクタールの土地に超高層ビルを建設し、道路を拡幅する事業である。これに対し、計画地周辺住民が再開発事業の施行者である二子玉川東地区市街地再開発組合(川邉義高・理事長)を相手に、都市再開発法違反などを理由に再開発事業の差し止めを求めて提訴していた。

再開発は様々な行政手続きを経るもので、個々の行政手続きに違法性がある場合、行政訴訟として争われる。しかし、本訴訟では再開発事業そのものを住民の権利侵害と位置付け、事業者を被告として再開発の差し止めを求める点で、住民にとって直接的である。

口頭弁論では原告から提出された多数の住民による意見陳述書と本件訴訟の証人尋問についての市民メディア記事が論議された。この時点で大勢の住民が陳述書を書いたということは再開発反対の声が地域に浸透していることを示している。また、証人尋問が市民メディアに取り上げられたことも二子玉川東地区再開発事業に対する関心の高まりを示している。反対運動の広がりが法廷内にも波及したことを象徴する口頭弁論であった。

口頭弁論は以下の流れで進行した。
・原告代理人による準備書面の陳述
・原告の意見陳述
・原告代理人の意見陳述
・被告代理人による準備書面の陳述
・裁判官3名による合議
・証拠(甲第183号証拠〜甲第224号証)の採否の決定
・判決言い渡し期日の発表

事前に原告側は「最終準備書面」及び書証(甲第183号証拠〜甲第224号証)、被告側は「準備書面(8)」及び「準備書面(9)」を提出していた。

原告・被告双方の代理人による準備書面の陳述は、単に準備書面を陳述する旨の発言をするだけである。準備書面の内容を読み上げる訳ではない。これによって準備書面に書いてある内容を法廷で主張したことにするという扱いになっている。このため傍聴者には何が論じられているのか、全く理解できない。「口頭」弁論と言いつつ、書面の交換に過ぎず、形骸化していると指摘される所以である。

原告の意見陳述では原告の一人である女性が裁判官の前で意見陳述した。意見陳述では再開発が住民に周知されずに進められることの理不尽を語った。緑が豊かで環境が良いから二子玉川に住み続けているが、最近まで再開発があること自体、知らなかったという。

東急不動産から分譲マンションを購入した知人は「便利なショッピングセンターができる」との説明を受けたが、超高層ビルが建設されることは説明されなかったと語る。裏切られた気持ちだと聞かされた。住民に隠して進められる再開発の実態を語った。

続いて自動車交通量の増大による大気汚染など、再開発による被害について陳述した。「この場所から引っ越したい」と鬱屈する住民もいるという。再開発組合には住民への配慮は全くないとする。最後に「司法を信頼しています。正しい判決を宜しくお願いします」と述べ、意見陳述を結んだ。

原告代理人の意見陳述は、原告の主張のまとめと被告準備書面(9)への反論から構成される。先ず主張のまとめである。原告代理人は、この裁判において、二子玉川再開発事業による被害が、生命身体の安全を脅かし、生活の基盤である街そのものを破壊する深刻なものであると立証できたと主張する。その上で、一部で工事が開始されたことにより、再開発事業による被害が現在進行形で現実化していると述べる。再開発事業差し止めへの期待が原告64名の枠を越え、住民全体、世田谷区全体に急速に広がっているとして一日も早い司法の公正な判断を求めた。

「被告準備書面(9)」への反論は準備書面記載の2つの論点に反論した。

第1に時機に後れた攻撃防御方法(「後れた」は法律の条文の用語をそのまま使用)についてである。被告は、原告が今回の口頭弁論の一週間前に提出した書証(甲第183号証拠〜甲第224号証)は時機に後れた攻撃防御方法として、却下すべきと主張する。

これは民事訴訟法第157条第1項に基づく主張である。第157条第1項は以下のように定める。
「当事者が故意又は重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御の方法については、これにより訴訟の完結を遅延させることとなると認めたときは、裁判所は、申立てにより又は職権で、却下の決定をすることができる。」

これに対し、原告代理人は、再開発事業の工事着工により、被害が拡大していると主張した。過去に起きた事件ではなく、現在進行中の問題であり、進行中の違法性を立証する証拠を提出することは時機に後れたものではないと反論した。

第2に訴訟記録の流用批判への反論である。2007年11月10日の第3回口頭弁論では被告が申請した証人として、再開発事業のコーディネーターを務める宮原義明(株式会社アール・アイ・エー代表取締役専務)の証人尋問を実施した。被告は、この証人尋問についての記事が市民メディアに掲載されたことを問題視する。問題の記事は以下である。
林田力「二子玉川東地区再開発・差止訴訟被告側証人尋問(1)」
http://www.news.janjan.jp/living/0801/0801158957/1.php
林田力「住民無視が見えた「二子玉川東地区再開発・差止訴訟」被告側証人尋問(2)」
http://www.news.janjan.jp/living/0801/0801168999/1.php

被告が問題視したのは上記記事で訴訟記録(証人尋問速記録)を引用している点である。民事訴訟法第91条第3項は以下のように定める。

「当事者及び利害関係を疎明した第三者は、裁判所書記官に対し、訴訟記録の謄写、その正本、謄本若しくは抄本の交付又は訴訟に関する事項の証明書の交付を請求することができる。」
これは訴訟記録を謄写できる人の要件について定めた条文であるが、被告の論理は、利害関係のない第三者が訴訟記録の謄写を請求できないことをもって、訴訟記録が第三者に公表されることを予定していないと飛躍する。その結果、訴訟記録をインターネット記事に引用することは法の趣旨から妥当ではないと主張し、遺憾の意を表明した。

これに対し、原告代理人は以下のように反論した。原告以外のジャーナリストが強い興味を抱き、裁判について自己の意見を堂々と記名記事で発表することは裁判の公開の原則(憲法第82条)から何ら問題がない。報道の要請に対し、訴訟資料を提供することはいくらでもある。むしろ被告側証人の証言が広くジャーナリズムの批判に耐えられないことは再開発の問題を示している、と。

被告が準備書面において市民メディアへの記事掲載を取り上げて非難したことには驚かされた。被告が準備書面で取り上げたということは、市民メディアの記事をチェックしているということを意味する。市民メディアの影響力を示す事象である。

一方、被告が準備書面で批判することは理解に苦しむ。準備書面は口頭弁論での主張の準備のために自己の主張や相手方に対する反論をまとめた文書である。被告の立場では原告の請求を棄却または却下するための主張を書かなければならない。

ところが、被告準備書面での記事批判は、原告の請求を否定するための論拠を書いた訳ではなく、遺憾の意を表明しているに過ぎない。準備書面に書くべき内容ではないことを準備書面の場を借りて主張することは目的を逸脱した裁判制度の悪用である。

加えて被告は記事が証人の会社名を明らかにしたことを非難するが、宮原証人は被告が申請した唯一の証人である。本来ならば被告内の責任ある立場の人間が立証するのが基本だが、古くから再開発事業に携わり、最も状況を知っている立場であるため証人申請されたという。被告本人尋問に代替する位置付けであり、証人の所属、被告との関係に関心が向かうのは当然である。

また、証人が代表取締役専務になっている株式会社アール・アイ・エー(東京都港区)は再開発事業で建設される高層ビルの設計も受注している。
二子玉川東地区第一種市街地再開発事業V街区
http://www.eonet.ne.jp/~building-pc/tokyo-kensetu/tokyo-151tamagawa.htm
【東京】二子玉川東地区再開発がスタート(2/21)
http://www.kentsu.co.jp/tokyo/news/p02184.html

証人尋問では証人が再開発コーディネーターとして再開発の企画段階において主要な役割を果たしたことが明らかになった。発注者(再開発組合)や行政(世田谷区)のコンサルタントとして活動した人物が代表取締役となっている企業が、一方で発注者が建てる建物の設計を受託する。二子玉川東地区再開発を論じる上で、アール・アイ・エーに関心が向かうのは当然の成り行きである。だからこそ、被告は社名の公表を問題視したとも考えられる。

被告代理人からは、準備書面を陳述するとの発言のみで、特に主張はなされなかった。裁判官は別室に退席し、合議を行った結果、原告が提出した証拠のうち、被害の客観的な状況を証明するものを採用し、それ例外を却下すると決定した。却下された証拠の大半は再開発で受ける被害や再開発に反対する理由を綴った住民の陳述書である。

これに対し、原告代理人は工事が着工され、周辺住民の怒りが現実化したために、この時期の証拠提出となったもので、証拠として採用しないのは不当と反論した。しかし、山田裁判長は現在進行中の問題であるとの原告側主張を踏まえた上で、「最近の事情については採用する」と譲らなかった。原告代理人は個々の証拠としては採用しなくても、工事着工によって被害が激化し、周辺住民の反対が盛り上がっている状況については弁論で述べたとおりであり、これを踏まえた判決を求めた。

原告が提出した証拠の一部が、被告による「時機に後れた攻撃防御方法」との主張を容れられて却下されたことは、原告住民らに、やり切れない思いを残したものと思われる。

これまで被告は、「反対住民は地域住民の一部である」旨の主張を繰り返してきた。それに対する反論として原告は多数の住民の陳述書を証拠として提出した。原告としては被告の問題意識に正面から向き合い、誠実に応じるための証拠提出である。ところが被告は正面から反論しようとせず、民事訴訟法の規定を持ち出して、却下を求めた。民事訴訟法が時機に後れた攻撃防御方法の却下を定めたことは、時間稼ぎを抑制するために必要なことではある。しかし、今回の証拠提出の経緯を踏まえるならば被告が証拠却下の申立てをしたことは公正な態度とは思えない。

原告ら住民は一方的に説明し、理解を要求するだけで、住民の声には耳を傾けようとしない再開発の進め方に対して強い憤りを抱いている。それが裁判を続ける原動力になった面もあるだろう。ところが再開発組合は裁判においても住民と正面とは向き合おうとしていないように感じられる。原告らの怒りや失望は大きいだろう。

多くの民事訴訟では、代理人が予め提出した準備書面を陳述すると発言するだけで終わってしまう。法廷ドラマやジョン・グリシャムの小説のような緊迫したやり取りを期待すると失望することになる。

しかし、この裁判において原告側は意見陳述を多用することで、その主張を明確に説明した。とりわけ一般の住民である原告本人の意見陳述は実際に被害を受ける当人の言葉であり、迫力があった。このような形での口頭弁論が増えれば市民の司法への関心も高まるのではないかと思われる。

口頭弁論は山田裁判長が結審を宣言し、判決言い渡し期日を発表して終わった。判決は5月12日13時10分から東京地裁611号法廷で言い渡される。この裁判は内容面(再開発への差し止め)でも手続き面(意見陳述の多用)でもユニークである。判決の内容が注目される。

住民の不利益を認定したものの、差し止めは棄却

二子玉川 再開発 裁判
二子玉川東地区第一種市街地再開発事業の差し止めを求める訴訟(山田俊雄裁判長)の判決が2008年5月12日東京地方裁判所にて言い渡された。これは東京都世田谷区玉川の約11ヘクタールの土地に超高層ビルなどを建設する再開発事業の差し止めを求めて、周辺住民ら64名が二子玉川東地区市街地再開発組合を提訴した裁判である。
山田裁判長は主文で「原告らの請求をいずれも棄却する」とし、原告敗訴の判決を言い渡した。原告住民側は判決を不服として控訴を検討すると表明した。
判決が言い渡された東京地裁611号法廷には原告ら地域住民が多数詰め掛け、傍聴席をほぼ満席状態にした。多くの住民が廷内に入れるよう、書記官の配慮で原告席に椅子が追加されたほどであった。事前に取材申請がなされたため、判決言い渡し前にはメディアにより法廷内の撮影が行われた。
一方、判決言い渡しは主文のみで理由の朗読はなされなかった。そのため、言い渡しは、あっという間に終わった。撮影時間の方が長かったほどである。二子玉川東地区東地区再開発の問題が社会の関心を集め、その波が裁判所にまで押し寄せている一方で、裁判官のやり方には変化がないことを象徴しているようにも思えた。
判決は二子玉川東地区再開発事業により、眺望の破壊や圧迫感などの不利益が生じると認定した。しかし、社会生活上の受忍限度を越えるものではないとして、差し止め請求を否定した。また、二子玉川東地区再開発事業が都市再開発法などに違反しているとの主張については、原告らの権利や法的利益の侵害の主張ではないとして、法違反の有無を判断せずに退けた。

原告側は記者会見で怒りを表明
判決後、原告及び原告代理人弁護士による記者会見が第二東京弁護士会1002号室及び司法記者クラブにて行われた。
原告主任代理人の渕脇みどり弁護士は「原告の主張を理解していない、大変不当な判決」と述べた。民事訴訟で再開発差し止めを求めたことについては「東急グループの利潤追及のための再開発であることが明確であったため、再開発の責任主体である再開発組合を提訴した」と説明した。渕脇弁護士によると、大地権者である大企業が再開発組合を牛耳り、中小地権者を事実上追い出す大企業本位の再開発の問題が他でも起きているという。その典型的な事案として二子玉川東地区再開発事業の差し止めを求める意義は大きいとする。
原告の飯岡氏は「判決文で一番腹が立ったのは、都市再開発法などの違法性について追求していたにもかかわらず、内容を判断せずに僅か3行でバッサリと切られてしまったこと」と述べた。加えて「判決では再開発の問題について細かく分け、個別に判断を加えているが、原告は総合的な問題と主張している。判決には、その点の考慮がない」と批判する。
「東急グループは沿線の住宅を優良住宅地として分譲してきた。その東急が地域住民の犠牲の上に街壊しをしている。だから東急が主体の再開発組合を訴えた。再開発をめぐるトラブルで心の病気になった住民もいる。街壊しは景観を破壊するだけでなく、人も壊してしまう。控訴して戦い続けたい」と述べた。
原告の野崎氏は「二子玉川東地区再開発は街づくりの計画ではない」と断言した。「東急がビルと床を作って売り逃げする計画である。現地を見れば誰も良いプロジェクトとは思わないだろう」と主張した。
原告の辻氏は「とても怒りを感じる。再開発地域の85%が私企業である東急グループの所有地であるのに、どうして公共の利益をもたらすものができるのか。700億円の公金を支出するのか」と問題提起した。そして国分寺崖線と多摩川の間の狭い土地に高層ビルを建設する危険性を訴えた。

判決では住民の不利益を認定
本判決では差し止めは否定したものの、二子玉川東地区再開発事業により原告住民に不利益が生じることを認定した。
判決が差し止めを否定したのは、それを認めるほどの受忍限度を越えた不利益ではないとしたためである。「不利益があっても、我慢(受忍)しろ」と言われたことと同じであり、原告にとって受け入れ難いものである。実際、原告からは「想像力がない」「現地で生活している人の視点がない」との声があがった。控訴審では圧迫感など再開発事業で生じる不利益が人間としての生活を損なうほどの不利益であることを緻密かつ具体的な立証をしていくことが課題になる。
本判決での受忍限度は差し止め請求の判断でなされたものであることは理解しておく必要がある。これは被告が違法性段階論として強く主張した点である。即ち差し止め請求は、損害賠償と異なり社会経済活動を直接禁止し、影響範囲が大きいため、その受忍限度は金銭賠償の場合よりも更に厳格な程度を要求されるべきとする。
この考えに立つならば本件は差し止め請求であるため棄却されたが、原告に不利益が生じることは認定しており、損害賠償請求ならば認容される余地があることを意味する。即ち再開発組合にとっては周辺住民の被害が顕在化した際には不法行為として損害賠償請求を受ける危険がある。周辺住民としては被害を顕在化させたくないために、再開発の差し止めを求めており、損害賠償請求を行う時は最悪の事態であるが、そのような状況になれば再開発事業も成功とは評価されなくなるだろう。
再開発組合にとっては本訴訟に勝訴することではなく、再開発事業を成功させることが目的の筈である。再開発事業が住民にメリットではなく、不利益をもたらすものでしかないことが確認された。再開発を進める側は住民に対し、「受忍限度内だから我慢しろ」と主張することでしか再開発を正当化することができない。そのような再開発事業では、反対の声が消えることはないであろう。
原告らは本件訴訟について控訴の意向を表明した。また、周辺住民らは世田谷区に対しても二子玉川東地区再開発事業への公金支出差し止めを求めて住民訴訟を提訴しており、現在係属中である。本判決によって、二子玉川東地区再開発をめぐる紛争は、住民に不利益が生じることを前提とした新たな戦いの段階に突入したと言える。


コメントありがとうございます。
先ず裁判そのものについては別に記事を書いており、本記事では重複を避け、当事者の主張内容については最小限にしました。
周辺住民が訴えた理由は超高層ビル群による景観の破壊、日照の阻害、ビル風、電場障害、交通量増加による大気汚染など再開発による環境悪化が人格権などを侵害するということです。加えて再開発には都市再開発法第1条違反(公共の福祉に寄与しない再開発である)、第4条違反(都市計画公園の指定のあった場所を再開発する)などの法令違反があるとするものです。
一般論として公共の利益との比較考量で判断するという点はもっともです。その場合、二子玉川東地区再開発には公共性があるのか、という点が問題です。原告は再開発に公共性はないと主張しており、具体的に都市再開発法違反の主張をしていました。しかし判決は、この点を判断せずに結論を出しており、それが原告住民の怒りの理由です。