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林田力「消費者取引――ソフトウェア取引を中心に」1999.11.19 

消費者取引は消費者と事業者との間の取引であり、両者間の経済的格差から消費者に一方的に不利な内容の契約が押し付けられる傾向にある。パソコンの普及はソフトウェア取引の大衆化をもたらし、この分野においても消費者取引の問題を生じさせる。

他方、ソフトウェアは容易に同値のコピーができ、しかもネットワークの発達によって一個人でも世界中に送信できてしまうが、それらの行為から事業者(ソフトウェア制作者)がソフトウェアに対する自己の利益を守ろうとすることは正当である。しかし事業者がその利益を守ることに過剰防衛的になる結果、消費者はより一層不利な内容の契約を押し付けられる危険性もある。

現実にソフトウェア取引は一般の取引と比べて特殊な形態で行われている。そこで本論ではこのような取引が消費者(ユーザー)の立場を一方的に不利にしないか、不利にするのならば望ましいソフトウェア取引のあり方とは何か、更にそのようなユーザーにとって望ましいソフトウェア取引が特殊な財であるソフトウェアを商品とするソフト制作者の利益を逆に害することにはならないか、を検討する。

尚、本論でいうソフトウェアとはコンピュータ・プログラムを念頭に置いているが、ソフトウェアという場合はプログラムに限らず、それに付随するマニュアル類も含む。現実のソフトウェア取引においてもそれらは一括して取引されている。

又、ソフトウェアにも様々な種類(e.g.パッケージソフト、バンドルソフト、オンラインソフト)があるが、本論では主としてパッケージソフトについて論じる。理論は適用範囲の広い方が有益だが、非才の身としてはまず対象を限定して論じ、その拡張の可能性については後日の課題にしたい。

ソフトウェア取引

ソフトウェア取引には売買と使用許諾(ライセンス)2種類がある。前者はユーザーがプログラムの記録された記録媒体(e.g.フロッピーディスク、CD-ROM)を購入する形態で、これは一般の商品の取引と変わらない。それによってパッケージの所有権はユーザーに移転しユーザーはその所有権に基づいてプログラムを使用できる。

後者はソフトウェアの著作権者等がライセンサーとなってプログラムの使用をユーザーに許諾する契約である。この場合、ユーザーの支払う代金はソフトウェアの使用権をライセンスされることに対するロイヤルティであり、一般の消費者取引ではその一括前払い構成される[1]。使用許諾ではユーザーはその許諾の範囲内でしかソフトウェアを使用できない。ソフトウェアの使用を一台のコンピュータに限定するのが典型的なライセンスである(one-machine principle)[2]

現実のソフトウェア取引では使用許諾契約の形式を採るものが主流である。契約書では「売買と称していながら、種々の条件を付して実質的には使用許諾とほとんど同じになっているのもあり」「契約の名称にとらわれず、実態で判断する必要があ」るとされる[3]

売買契約ではユーザーは所有権に基づいてソフトウェアを使用できるが、使用許諾契約では許諾された範囲内でしか使用できず、この点で使用許諾の方がユーザーに不利である。そのため消費者取引においては使用許諾契約とすることに合理性があるのか、それが消費者の立場を一方的に不利にしないかを検討しなければならない。

使用許諾契約の必要性

ソフトウェア制作者がソフトウェア取引を使用許諾としたがるのはソフトウェアに対する法的保護が不十分との認識に基づく。ソフトウェアは著作権法により保護されるが、著作権の効力は著作物の利用行為には及ぶが使用行為には及ばない。利用行為とは複製や放送等、著作権法二章三節三款列挙の行為であり、著作権者はそれらの行為を行う権利を専有する。他方、使用行為は典型的には本を読むことや音楽を聴くことで、これらの行為は著作権者の許可なく自由に行える。

この使用と利用の区別の当てはめによればプログラムについてはその実行が使用行為といえる。しかしソフトウェアの購入者がプログラムをコンピュータで実行することを無制限に認めるならばプログラム制作者は不利益を受ける[4]

作曲家や歌手はCDの売上以外にコンサートやテレビ放送等でも収入を得ているが、ソフト制作者はソフトを売ることだけが収入源であり、一本のソフトが何台ものパソコンで使われるならば売上に大きく影響する[5]。極端な場合、プログラムを一つのメモリー(例えばハードディスク)に落としておいて、事業所内のこれに結ばれた端末機で使用することが出来るようにすることもでき、更に社外からも使用することも可能である。

これはプログラムの有線送信に該当しうる行為であり、それならば有線送信権の対象となる(著二三)。しかしアクセスする者の範囲やアクセスの方法によっては著作権法上の「有線送信」(二条一項一七号)に該当しない虞もあり、必ずしも著作権法が及ぶとは限らない[6]

勿論、プログラムの実行行為を著作権の対象とすることも不可能なわけではない。使用行為と利用行為に理論上明確な区別があるわけではなく、むしろ著作権侵害となる著作物の使用行為を利用行為としているだけであり、それは著作者の利益を害するか否かの観点から定められたものだからである。

例えば本を読むことは使用行為であるが、それを公に口述することは著作権の対象になる(著作権法二四)。プログラムの実行行為を放置することが著作権者に多大な不利益を及ぼすならばそれを著作権の対象とすることは検討されてよい。

しかし文化庁「著作権審議会第六小委員会報告書」(一九八四)五三は「プログラムのコンピュータにおける実行について新たに権利を認めることは、理論的にも実際的にも問題が多く、慎重でなければならない」としており、現行著作権法上プログラムの著作権がプログラムの実行行為に及ばないとするのが通説である[7]。僅かに違法コピーされたプログラムを悪意で使用する行為を著作権侵害とみなすのみである(著一一三())。そのためプログラム取引を使用許諾として法的保護の及ばないユーザーのプログラム使用行為のコントロールを図っている[8]

又、これとは別にユーザーの無断複製を禁止することが困難な状況において、無断複製の誘因を抑えようとする意図の下になされる慣行とする見解もある[9]shrink-wrap契約の有効性が否定されるとしても「少なくとも一般的な注意喚起として記載する意味はあ」るとする[10]

この意味では使用許諾契約書は書籍やCDの「本書の全部または一部を無断で複写複製(コピー)することは、著作権法上での例外を除き、禁じられています」「このCDは、一定期間貸与許諾商品ですが、この期間経過後も権利者の許諾なく賃貸業に使用すること、個人的な範囲を超える使用目的で複製すること、また、ネットワーク等を通じてこのCDに収録された音を送信できる状態にすることは、著作権法で禁じられています」等の文言と同じ機能を果たすことになる。

尚、使用許諾契約書の枚数がコピーされたプログラムの部数よりも少ないことが違法コピーの証拠とされた例もある[11]

消費者取引

消費者取引における使用許諾契約は内容的にユーザーに不利になる危険があるだけでなく、その存在自体が消費者に分かり難い点が問題である。使用許諾契約の当事者はライセンサーとライセンシーで、ライセンサーは原則としてソフトウェア制作者である。ところでソフトウェアを使用するためにはユーザーはソフトウェアの複製物を引き渡してもらう必要があるが、消費者取引においては引き渡してもらう相手はソフト制作者ではなく小売店であるため、使用許諾契約の存在が見えにくくなっている。

即ちユーザーはまず小売店からソフトウェアを購入する。これはユーザーと小売店との間の取引であって、ソフト制作者との間の使用許諾契約ではない。これは一般の売買契約とは何ら変わらない外観であり、一般の売買契約ならばそれで所有権は買主に移り、買主は目的物を自由に使用・収益・処分できる。

しかし使用許諾方式のソフトウェア取引ではそれとは別にソフト制作者との間に使用許諾契約を締結することが要求される。しかも消費者取引ではその使用許諾契約の内容はソフト制作者が一方的に作成した約款に定められている。

その使用許諾契約書によるとユーザーは事業者からソフトウェアの使用を一定範囲で許諾される。他方でユーザーはソフトウェアの複製・改造・譲渡等に制限が加えられ、又は全面的に禁止される。更に免責や合意管轄等について定められるのが一般である。

そしてこれらの条項の全てに同意しなければユーザーはソフトウェアを使用することができないという。「Microsoft Office 2000 Personal使用許諾契約書」には「本契約書の条項に同意されない場合、マイクロソフトは、お客様に本ソフトウェア製品のインストール、使用または複製のいずれも許諾できません」とある。もしユーザーがその条項に同意できない場合、購入した販売店に返却すれば返金すると記されていることが多い。

つまりユーザーにとってはまず小売店でパッケージの引渡を受ける取引があり、更にソフト制作者との使用許諾契約締結という2段階を経なければならないことになる。まずソフト制作者との間に使用許諾契約を締結し、それからソフト制作者又は小売店からパッケージの引渡を受けるという形ならユーザーにとってソフトウェア取引が使用許諾契約であることは明確である。

しかし現実の取引はその逆であり、先の小売店との取引は売買契約の外観を有している。そのためユーザーとしてはこれを売買契約としてパッケージの購入によりソフトウェアを使用できると考えるのが普通であり、現実にそれは可能である。

契約とは二者以上の当事者が、ある目的を実現するためには相手方の協力を必要とすることを認識し、又、相手方の目的達成のためにはこの協力を要することを認め、その二つの目的双方を実現することを意図し、そのために必要な行為を行うことを相互に約束することとする見解があるが[12]、ユーザーにはこのような意味でわざわざ新たにソフト制作者と使用許諾契約を締結する契機は存在しない。

そこでソフト制作者はユーザーに使用許諾契約締結を仕向けるための方式を考え出した。それが次章で検討するshrink-wrap方式である。

Shrink-wrap Licenses

shrink-wrap licenses (box-top clause)とは透明なラップによって商品を包装し、その包装の下に使用許諾契約書が見えるような形式で同封されるもので、ラップをはがし商品を取り出すと直ちにその使用許諾書に同意したものとみなされる方式である[13]。例えばジャストシステム「一太郎9使用許諾契約書」には「お客様がメディアの包装を開封した時点で本契約が成立したものと見なされます」とある。そしてユーザーがこの使用許諾契約書の内容に同意しない場合は、未開封の状態である限り返品に応じる旨注記されるのが普通である[14]。ラップではなく封印を剥がすことにより契約成立とする方式もあり、これは特にbreak the seal licensesと呼ばれる。

開封ではなくソフトウェアの使用により契約成立とする形態もある。NEC「ソフトウェアのご使用条件」は「お客様が本ソフトウェア製品のご使用を開始されることをもって、すべての本ソフトウェア製品の使用条件にご同意いただいたものといたします」と定める。アドビシステムズ社「Adobe Acrobat Readerのためのエレクトロニック エンドユーザ使用許諾契約書」は「このソフトウェアをインストールした時点で、下記の本契約の全条項についてご承諾いただいたものとみなさせていただきます」とする。キヤノン株式会社「Microsoft Windows 95 対応 BJ ラスタプリンタドライバ Ver.1.11使用許諾契約書」は「ご使用になられた時点で、下記使用条件に同意してキヤノン株式会社との間で契約が成立したものとさせていただきます」とする。

これらの形態はノンパッケージで提供されるバンドルソフトやオンラインソフトで採用されている。著作物のノンパッケージ化によりこの形態の増加が予想されるが、承諾と言い難い行為により契約の成立を認める点でshrink-wrapと同種の問題をはらむ。

承諾

契約は申込と承諾の意思の合致により成立するのが通例である。隔地者間の取引では承諾の通知を発したときに契約は成立する(民五二六())。しかしshrink-wrap方式ではユーザーの明確な承諾が取れていない点が問題である[15]

これは米国でもContract law is theoretically based on agreement between the parties. Shrinkwrap licenses not only are not based on such agreement in any realistic sense, but may be enforceable even where it is utterly clear that the licenses do not reflect agreement between the parties.と指摘される[16]

意思表示は言語によってなされるのが普通だが、それに限らず手振り等でも黙示のものでもよい[17]。例えば申込みに応じて注文品を送付することは承諾の意思表示とされる(大判昭八..一二民集一四六−一)。しかし包装を破るという行為は申込者に対して通知されるものではないため、承諾の通知を発したとはいえない[18]

相手方がこれを知りかつ異議を述べ得る機会を与えられてしかも異議を述べないことをもって表示行為の徴表と把握する考え方に対しては、「同意したと考えなければ説明がつかない何らかの行動に出たような場合は格別、このような一般的な機会の付与だけでは、表示行為がなされていると見ることは困難」と批判できる[19]

意思実現

民法は申込・承諾以外の方法による契約の成立も認める。民法五二六条二項は「申込者ノ意思表示又ハ取引上ノ慣習ニ依リ承諾ノ通知ヲ必要トセサル場合ニ於テハ契約ハ承諾ノ意思表示ト認ムヘキ事実アリタル時ニ成立ス」とする。これは意思の実現による契約の成立と呼ばれるものである。

意思の実現によって契約が成立するのは申込者が承諾の意思表示を必要としない旨を表示した場合、又は慣習で認められる場合である。shrink-wrap方式では申込者であるプログラム製作者は開封により契約は成立するとしており、承諾の通知を不要としている。よって意思実現の前提条件は満足される。

従って開封という行為が「承諾ノ意思表示ト認ムヘキ事実」にあたればshrink-wrap契約は成立することになる。そこでソフトウェア売買において、パッケージの開封行為を「承諾ノ意思表示ト認ムヘキ事実」と評価できるか問題となる。

「承諾ノ意思表示ト認ムヘキ事実」の例として契約によって取得する権利の実行行為(e.g.申込とともに送付された品物を使用・消費すること)や、契約によって負担する債務の履行準備行為(e.g.ホテルが客室の注文に応じて特定の部屋を準備すること)があげられる[20]shrink-wrap契約によって取得する権利はプログラムの使用権であり、パッケージを開封すること、少なくとも開封してプログラムを使用することは契約によって取得する権利の実行行為に該当するとの考えも成り立つ。

しかし「承諾ノ意思表示ト認ムヘキ事実」とは承諾をする効果意思を伴い、かつそれを推断させるだけの価値(表示価値)を有していなければならない[21]。ソフトウェアの場合、ユーザーは販売店からソフトウェアのパッケージを購入している。一般の売買契約ではそれによって購入者は所有権を取得する。所有権者が自己の所有物の包装を開封して使用することは当然の行為であり、申込とともに送付された品物の使用と単純に同視できない。

学説

プログラム取引がライセンス契約であるかという問題とshrink-wrap等により契約は成立するかという問題は理論上、別個の問題である。しかし現実の取引では使用許諾契約書によって初めてライセンス契約であると主張され、それ以外にプログラム取引がライセンス契約であることを示す外形がないので、両者は密接に関わっている。

実際、プログラム取引をライセンス契約と見る立場はshrink-wrapにより契約を成立させることに問題を感じないし、shrink-wrapに否定的な立場の背景にはライセンス契約の内容がユーザーに不利との価値判断が存在する。

本論でも肯定説はプログラム取引をライセンス契約としshrink-wrap方式による契約成立を認める見解、否定説はその反対の見解と分類して検討する。尤も肯定説や否定説といってもその有効性を必ずしも全面的に肯定・否定するわけではない。

例えば肯定説からも「契約条項が買主に明確に見える場所に添付してあり、開封ないし使用の開始が契約条項の承諾とみなされることが明確に告知され、条項に承諾できない場合は返品できる等の承諾・不承諾の自由が与えられていることが、有効な契約成立の条件」と説かれる[22]。他方、否定説でもソフト制作者との間の使用許諾契約の内容がパッケージを購入する契約を締結する前に購入者に分かるような方式を用いるべきと主張される[23]

そのため両説は歩み寄りが可能とみることもできるかもしれない。しかし両説はプログラム取引の現状を支持するか否かという点で正反対の立場から出発しており、このような分類の意義はある。

肯定説

肯定説は前述の使用許諾契約締結の必要性をもってその合理性を構成する。そしてこの方法が慣習化していると主張する。「個人的には、もうたぶんそれは慣習と言っていいようなものになっているのではないか」とする見解がある[24]。又、「現在のところ完全に取引慣行が存在しているとは認められないが、このようなパッケージ表示が増加しており、近い将来プログラム購入者たるユーザーがこれら表示の存在と契約の内容を認識することになる」とする見解もある[25]

米国で一定の条件付でshrink-wrap契約を認めるUCC (Uniform Commercial Code) 2B編の起草が企図されたが、その背景にはshrink-wrap契約を含むエンドユーザー契約(実際の利用者とプログラムの権利者との間での取決事項)の必要性がユーザーサイドから見てもいわば常識として受け入れられてきた事実があるとする見解もある[26]

又、使用許諾契約にはユーザーに有利な面もあり、ライセンス契約によってより強いプログラム制作者・ユーザー関係を作ることができるとする見解もある[27]。「ソフトウェアメーカーは、ユーザーにメリットを与える内容を盛り込み、利用環境の向上を図るなどの努力を続けている」とする[28]

そしてshrink-wrap方式は契約を一律・迅速に締結する必要のあるマスマーケットにおいて合理的な方式であり、これによる取引コストの減少はユーザーにとっても利益とされる。Pro CD, Inc. v. Matthew Zeidenberg, and Silken Mountain Wb services., 86 F.3d.1447, 1451(7th Cir. 1996).はこのような「法と経済学」的立場からパッケージの底に小さな字で「購入者は内部のライセンス条項に拘束される」とのみ記載されていたshrink-wrap契約を有効とした。

更に署名又は記名押印ある約款と、shrink-wrap方式の約款の相違は約款の有効性一般というより大きな一般論の文脈の中では無視してよいほど小さい[29]。ユーザーは使用許諾契約書を読まないのが実態としても、それが約款であるならばその理論的根拠には諸説対立するが、約款を認識していなかったということが約款やその中の条項の効力を否定する根拠とはならないとするのが通説・判例である[30]

検討

まず慣習化については、それが現実に慣習化しているのならば肯定説の強力な論拠となることは間違いないが、その認識に対しては異論もある。ソフト制作者のほとんどがshrink-wrap方式による使用許諾契約を要求しているのは確かだが、それとそれが消費者に受け入れられているということは別である。仮に全てのソフトウェアで採用されているとしても、それならば一層消費者には他の形式を選択する余地がないのだから受け入れられているとは言い難い。将来的には慣習となるとの主張に対しては「このような形式の契約を社会的に浸透させる必要はない」と反論される[31]

ライセンス契約にはユーザーに有利な条項もあるとの見解はあまり説得的ではない。ここでいうユーザーに有利な面とはサポートとバージョンアップの通知である。

まずサポートは確かに多くのユーザーにとって望ましいものではある。しかし書籍並みのマニュアルを読破しなければ使いこなせないような製品を販売する事業者がユーザーのためにサポートを行うのはむしろ当然のことである。

次にバージョンアップの通知についてはユーザーにとってそれほど望ましいものではない。バージョンアップの通知とは実際のところ新製品を売り込むダイレクトメールだからである。登録ユーザーには特別価格でアップグレードさせるソフトウェア制作者もあるが、購入者が次回の購入に際しては割引価格で購入できるという手法は多くの取引で採用されており、ユーザーがソフト制作者と使用許諾契約関係に入らなければ得られないメリットとは言えない。

shrink-wrap方式が取引費用を減少させるのは確かだが、これはそのような取引をしているとの緊張感をもたずに安易に行われがちな開封行為により契約を成立させてしまうことをも意味する。

shrink-wrap契約を約款論に位置付けるならば、当該契約が当事者間の利益を適切に調整し得ているのか、とりわけユーザーの利益が不当に害されていないのかを吟味し、必要な場合には契約内容のコントロールが図られねばならない[32]。その場合、プログラム取引をライセンス契約とすること自体に合理性がなくユーザーの地位を不当に不利にするのではないかということから検討されなければならない。

否定説

ソフトウェア産業の企業法務やそれらをクライアントとする弁護士が肯定説を採る傾向にあるのに対し、学説の多数は否定説側に立つ。この傾向は消費者法学のみならず、著作権法学でも見られる。コンピュータプログラムに係る著作権問題に関する調査研究協力者会議報告書「既存プログラムの調査・解析等について」(一九九四..三〇)でもshrink-wrap契約により使用者・権利者間の契約が法律上有効に成立しているかどうかについて極めて疑問とする意見が多かった[33]

米国でもshrink-wrap契約は電話での注文により成立した契約の一部を構成しないとした例がある(Arizona Retail Systems, Inc. v. Software Link, Inc. 831 F. Supp. 759 (D Ariz. 1993).)。控訴審で覆されたがProCD事件地裁判決も購入時に箱の内部に隠されていた条件に購入者が同意したわけではないので、契約条項に拘束されないとした(908 F. Supp. 640 (W.D. Wis 1996))

否定説はまず消費者側はソフトウェア取引をライセンス契約と認識していないと主張する。ライセンス契約の根拠は使用許諾契約書の文言だが、ソフトウェア取引の外観は書籍やCDの販売と全く同じような外形であり、小売店側は宣伝・販売に際して特にライセンス契約だと断っているわけではない[34]

又、開封前なら返金の機会が与えられているとしても、ソフトウェアを購入したユーザーとしては、たとえパッケージの記載に目をとめてその内容に不服をもったとしても、これを小売店につっかえしてトラブルを抱えるよりは目先の使用を優先してパッケージを開封することの方が多いだろう。かかる消費者の性向を利用する手段により契約が成立したと解することは問題がある[35]

更に購入者が開封以外の方法で購入時に取得したソフトウェアを使用する方法があれば、開封により契約成立とすることもできるが、ラップの開封以外にソフトを使用する方法がない以上、その開封を承諾とみることはできない[36]。加えて内容的にもユーザーの権利を制限する規定が並んでいるのが通例で、被申込者が自発的意思で申込内容の契約関係に入ることは推測できない[37]

検討

否定説の説く論拠はそれぞれ妥当なものと考えるが、ここではソフトウェア取引の外観が一般の売買と同じである点を強調したい。

近年はCD-ROM付の書籍が増加しているし、書店でも大型店では書籍に加え、音楽CDDVD・ビデオ・PCソフト・ゲームソフトを扱っている[38]。そのためソフトウェア取引と書籍取引は外観上益々差がなくなってきている。

そして小売店が販売にあたってライセンス契約であると断っていないとの指摘もその通りである。私の数回のソフトウェア購入の経験でもユーザー登録の葉書を出さなければならず、さもなければサポートを受けられないという説明を受けたのが一度あるだけである。

ソフト制作者でさえ宣伝広告の段階ではライセンス契約であると周知させることを怠っている。これに対して使用許諾契約書には「サービス条件は、お客様とライブドアの間の完全な合意を構成するものであって、本件サービス及び本件ソフトウェアの使用に関するお客様とライブドアの間の過去のすべての通信及び合意に優先します」(ライブドア「サービス条件及びエンドユーザー・ライセンス」)というような条項があることも多い。

しかしそのような主張は認められるべきではない。ソフトウェア取引を書籍と同じような外観にするのは(それは商品一般の販売方法とも同じである)、それが販売方法として最も効果的だからである。だからこそ商品一般の販売方法として採用されているのである。従って売上本数を増やすためにそのような外観を作り出している以上、そのような外観から取引に入る消費者の期待を害すべきではない。

小括

肯定説と否定説の論拠を検討してきたが、否定説を妥当と解する。否定説を採用するとしても現実の取引ではshrink-wrap方式により使用許諾契約が「締結」されたことになってしまうため、問題となるのが契約は成立していないのか、それとも契約は成立したが無効であるのか、という点である。この点の議論が従来曖昧にされていたと批判されている[39]

開封行為は「承諾ノ意思表示ト認ムヘキ事実」ではないと構成するならば、契約はそもそも成立していないことになる。

一方、使用許諾契約が消費者に不利であることを問題視する立場に立てば、その実定法上の根拠は公序良俗違反(民九〇)となる。又、新たに成立した消費者契約法一〇条は民法、商法その他の法律の任意規定の適用による場合に比べ、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する特約で、その程度が民法一条二項の基本原則に反するものの効力を否定する[40]

否定説の多くには使用許諾契約が消費者に不利との価値判断が存在するため、後者の問題として考えるべきとも思えるが、契約が成立していないと主張するのと契約が成立したが無効であると主張するのでは証明責任の所在が異なる。又、消費者取引の分野では公序良俗規定の積極的活用が期待されるが、一度成立した契約は中々無効とされないのが司法の現実である。消費者契約法一〇条も民法一条二項の基本原則に反するものとの要件があり、運用次第では従来と何ら変わらない危険が高い。

従って消費者の利益を重視する否定説が契約不成立を主張することは有益である。そして使用許諾契約の内容が消費者に不利であるとの事実も、合理的な人はあえて不利な契約関係に入ることが予測できないから契約の成立を否定する根拠となる。

他方、shrink-wrapによって契約は成立しないとする主張だけでは、shrink-wrap以外の方式によって契約成立が要求された場合には対処できない。実際、shrink-wrapに対する批判が強いため、click-wrapWeb-wrapと呼ばれる方式を採用するソフトウェアも増えている。

いかなる方式によるにしても小売店からパッケージを購入したユーザーには新たにソフト制作者と使用許諾契約を締結する契機がないから、契約の成立を認めるべきではないと考えるが、ソフト制作者側は何とかして契約を成立させようとしてくるだろうから契約の成立を認めざるを得ない余地もある。その場合には公序良俗規定を活用することになろう。

売買契約

管見はユーザーとソフト制作者の使用許諾契約関係を否定するため、ソフトウェアの消費者取引においては小売店での売買のみが存在することになる。従ってソフトウェアの消費者取引はソフトウェア複製物の売買契約と構成される。

但し肯定説の背景にはソフトウェア取引を売買契約とするとソフト制作者の利益が害されるとの認識がある。そこで以下ではソフトウェア取引を売買契約と構成した場合にユーザーのソフトウェアの使用範囲がどうなるのか、それがソフトウェア制作者の正当な利益を害することにはならないか、を検討する。

肯定説としても使用許諾契約書がソフトウェア制作者により一方的に作成されるものである以上、その内容が消費者に不利な危険性があることは否定しない。そのため内容規制の必要があるが、約款内容の司法的コントロールに関しては、約款がなければ得られたであろう権利関係を基準に、そこからの逸脱に合理的な理由が存するか否かを吟味するという手法が有力である[41]。従って肯定説に立つとしても売買契約におけるユーザーの使用範囲を検討する意義はある。

ローディング

売買契約ではユーザーは小売店でのソフトウェア購入により所有権を取得し、そのソフトウェアを自由に使用することができる。これは書籍の購入者が当該書籍を自由に読むことができるのと同じである。

勿論、書籍の購入者はそれによって書籍の著作権までも取得しないのと同様、ソフトウェアの購入者もその著作権は取得しない。この点、「ソフトウェア売買契約である場合には、売買契約と同時にソフトウェア開発者は権利を失」うとする見解があるが[42]、ソフトウェア複製物の売買契約では著作権はソフト制作者に留保される。

書籍の著作権は著者に留保されるから、その購入者は所有権に基づいて書籍を自由に使用・収益・処分できるといっても著作権を侵害すること(e.g.その書籍をコピーして販売すること)はできない。同様にソフトウェアの購入者も著作権を侵害することはできず、それがユーザーのソフトウェア使用範囲の限界となる。

プログラムの実行は著作権では規制できない点が使用許諾契約を必要とする根拠であった。しかしソフトウェアの自由な使用が著作権者の利益を害するものならば、それが著作権法によって規制できないということは著作者の利益保護を使命とする著作権法にとっておかしなことである。ソフト制作者側はそれを法の欠陥とし、使用許諾契約の必要性の根拠とするが、消費者に一方的な契約を押し付ける前に著作権法の解釈によってソフトウェア制作者の利益を害する使用行為を規制できないかもう一度検討してみる価値がある。

この点は著作権法学によって既にローディングloadingが著作権法の「複製」に該当するかという形で議論されている。ロードとは記録媒体(e.g.ハードディスク、フロッピーディスク)上のデータをコンピュータに読み込むことで[43]、その際データはメモリ上に一時的に複製される。これは電気的にデータをやり取りできるメモリ上に一時的に蓄積させることによって処理速度を向上させるためで、プログラムの実行にあたって一時的にせよメモリに複製物が作製されることは現在のコンピュータにとって必然的な仕組みである。

従ってプログラムの実行自体には著作権が及ばないとしても、ローディングが著作権法上の複製に該当するならば、ロードしないでプログラムを実行することが不可能である以上、ソフトウェアの使用行為を著作権によってコントロールすることも可能である。

この問題について複製該当肯定説[44]と否定説[45]が対立するが、後者が通説的見解である。そもそも文化庁「著作権審議会第二小委員会報告書」(一九七三)二二がメモリへの「蓄積は瞬間的かつ過度的なものであって、複製には該当しない」としていた。ローディングによって複製物は生じるが複製行為がないので複製権を侵害しないとする見解もある[46]

複製該当否定説には「自動的かつ一時的に電子的に蓄積するという『舞台裏の作業』までも創作者の独占権に含める」べきではないとの価値判断が存在する[47]。その上で「複製権の及ぶ範囲を一旦広げて、同時に権利を制限するという手法」より、「権利を制限するくらいならば、はじめから複製権の射程範囲を限定する」方を妥当とする[48]

しかし日本とは逆に国際的には肯定説が多数を占める。WIPO著作権条約に関する合意声明Agreed Statements Concerning the WIPO Copyright Treatyは「保護のある著作物の電子的形式での電子媒体への蓄積は、ベルヌ条約九条の意味における複製を構成する」とした。肯定説に立っても全てのローディング毎に著作権者の許諾を得なければ著作権侵害とするわけではないが、それはローディングが複製にあたらないからではなく、fair usefair dealing、黙示の許諾等の法理によって解決される[49]

管見は、ローディングは一時的だから複製に該当しないとする見解は説得的ではないと考える。一時的であることは著作権侵害の態様がそれほど悪質ではないことを示すものであっても、複製がないことの証明にはならないからである。又、ローディングの多くが著作権者に与える損害は軽微だとしても、現実に著作権者に侵害を与えるローディングは存在する(e.g.ネットワーク上でのローディング)

仮にローディングが複製に該当しないとしても、プログラムはハードディスクにインストールしなければならないものが多く、インストールは恒久的なものだから、これを著作権法上の複製に含めるのはより容易である。従ってソフトウェアの使用は著作権の対象となり得る。

検討

ソフトウェアの使用行為が著作権侵害に該当するとしても、ソフトウェアを販売するのはユーザーに使用されることを前提にしているから、購入者がプログラムをロード・インストールすることはソフトウェア制作者の予期するところであり、複製について黙示の許諾があると構成される。

但しソフトウェア使用行為の中にはソフト制作者の利益を害するものもあり、ソフトウェアを販売したからといってあらゆる使用行為に対して黙示の許諾があるとは考えられない。そこで黙示の許諾の範囲が問題となるが、ソフト制作者の許諾の範囲を明らかにしたものとして使用許諾契約書を捉えることができる。つまりユーザーは使用許諾契約の文言を認識しえた以上、その内容に同意したか否かにかかわらず、その条項に違反するソフトウェア使用行為をソフト制作者の黙示の許諾があったとは言えなくなる。

この点で使用許諾契約書は合意の内容を定めた文書ではなく、ソフト制作者がソフトウェアの使用条件を一方的に定めた文書と位置付けられる。このような位置付けは全く珍奇な発想ではない。ジャストシステム「一太郎9使用許諾契約書」では「契約」の構成を採用しているものの、「本書は、株式会社ジャストシステム(以下「弊社」)が提供するソフトウェアおよびそれに付随するマニュアル等の関連資料のご使用条件等を定めたものです」としている。

以上のように解せばソフト制作者はユーザーと使用許諾契約を締結しなくても、ソフト制作者の利益を害するような使用行為を規制できる。又、使用許諾契約の副次的な目的として無断複製の抑制があげられるが、それは契約締結によらなくても明確な表示によって達成できる。

管見によるとユーザーはソフト制作者による一方的な表示に拘束されることになる。全ての個人は自らの意思によらないでは権利を取得し義務を負わないとするのが私的自治の原則だが、著作権は対世的な独占権であり、著作権者と契約関係にあろうとなかろうと他人の著作権を侵害することは許されない。

このように製品への表示によって知的財産権者の許諾の範囲を画するという発想は特許権の並行輸入についての最判平九..一判時一六一二―三BBS事件でも採用されている。

それは「我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合においては、特許権者は、譲受人に対しては、当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間で右の旨を合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて、当該製品について我が国において特許権を行使することは許されない」と判示した。

本判決では最初の譲受人との間では合意に基礎を置いているが、特許製品の輸入を特許権侵害行為とする以上、国外で特許製品を譲渡する際に日本国内における特許権行使の権利を留保することに相手方と同意は必要ではなく、ただ相手方の信頼を裏切らないように明確に表示すれば足り、そう解することが第三者及びその後の転得者とも整合的に理解することができる。

管見のように一方的な表示によって拘束されるとする構成は、合意を基礎とする契約による構成以上にユーザーの地位を弱めるようにも見える。しかし契約条項はユーザーには変更可能性がなく、ソフトウェアを使用するためには契約に「承諾」しなければならない仕組みになっているため、実質的な差はない。

逆にこれは一方的な表示に過ぎないため、ユーザーは著作権の行使とはいえない事項(e.g.専属管轄の定め)については何ら拘束されない。又、著作権の行使と言える事項であっても、ソフトウェアを販売した以上、それと矛盾するような定め(e.g.一切のローディングを認めない)には拘束されない。

どこまでが矛盾しないかは微妙な問題であり、結局は契約が公序良俗に反しないかの問題と類似の判断を行う必要が生じる。この点については本間忠良「プログラム『使用』ライセンス試論」ジュリスト八六七(一九八六)一二五が「紛争が法廷に上る場合は、そこで『使用』という語に十分厳密な解釈が与えられることを期待する」と指摘していた。管見のように使用許諾契約の条項がユーザーの同意に基づかない一方的な使用条件であると構成すれば、内容規制は行い易いだろう。

結語

ソフトウェアの消費者取引はソフトウェアの売買であり、ユーザーはソフト制作者との使用許諾契約関係にはない。他方、ソフト制作者は自己の著作権に基づき自己の利益を害するソフトウェア使用行為を禁止することができる。この点で「使用許諾契約書」はユーザーとソフト制作者の合意内容を示すものではなく、ソフト制作者が一方的に定めた使用条件である。

管見は著作権の行使は相手方の同意なしになし得るから使用許諾契約を締結しなくてもソフト制作者は自らの利益を守ることができると構成するが、この構成がソフト制作者に受け入れられにくいのはローディングを複製とみる見解が日本では確定的見解となっていないためである。

しかしこれまでも立法者が予想していなかった著作物の利用行為が問題となる度に、著作権者はそれらの行為も著作権の対象になると著作権法を解釈してきた。そのような解釈は最初は少数説に過ぎなかったが、最終的には立法的に解決されるとしても、それ以前に著作権者の粘り強い闘争によって裁判所に認められることも少なくなかった。そもそもプログラム自体、著作権法に明文規定が設けられる以前から判例により著作物製が肯定されていた(東京地判昭五七.一二.六無体一四―三―七九六Space Invader Part II事件)

然るにローディングでは著作権者は著作権法の解釈により解決することを容易に放棄して、契約による保護に走っているのではないだろうか。しかし契約とは相手方の承諾があって成立するものである。ローディングが著作権の対象にならないならば尚更、著作権法が著作権者に保障する以上の保護を認めることにユーザーが自発的に承諾する可能性はない。にもかかわらず承諾したことにさせてしまう点に使用許諾契約の問題がある。

ソフトウェアは有体物としての財に比べて特殊性を持つが、その特殊性に対応した保護を保障するために著作権法は存在する。従ってソフト制作者にとっては著作権が武器であり、経済的格差から消費者に一方的な契約を押し付けるのではなく、その武器の活用こそ考えるべきである。



[1] 田淵智久「『ライセンス契約』におけるライセンサー倒産に対する対処下」NBL五四二(一九九四)四一、ライセンス委員会第二小委員会「ライセンス契約と破産」知財管理四六―二(一九九六)二四九

[2] 本間忠良「プログラム『使用』ライセンス試論」ジュリスト八六七(一九八六)一二五

[3] 金井重彦・マルチメディア時代のコンピュータ・プログラム(ぎょうせい一九九八)八〇

[4] 松田政行「読物『コンピュータ・ロー』」JCAジャーナル三五−四(一九八八)

[5] 川村敏久「パソコンソフトは貸してはいけない?」朝日新聞一九九九..(久保田裕)

[6] 松村信夫「プログラム使用許諾契約をめぐる若干の問題点」パテント四六−二(一九九三)五二

[7] 中山信弘・マルチメディアと著作権(岩波書店一九九六)三二

[8] 吉田和夫「シュリンクラップ・ライセンス契約の法的性質」早稲田社会科学研究52(1996)50、朝日新和会計社・ソフトウェア取引の実務(中央経済社198634

[9] 雨宮定直「ソフトウェア・ライセンス契約に関する一考察六」JCAジャーナル三六−三(一九八九)一〇

[10] 日本電子出版協会=マックス法律事務所・デジタル時代の著作権ビジネス契約実務マニュアル(インプレス一九九九)二二四

[11] 「パソコンソフト無断コピー 大阪地裁、証拠保全手続き 日米三社申請」朝日新聞夕刊一九九六..一四

[12] 西川理恵子「詐欺防止法(Statute of Fraud)と契約の拘束力に関する小考」法学研究六七−九(一九九四)

[13] 北川善太郎「ソフトウェアの使用と契約」NBL 四三五(一九八九)

[14] Minassian, The Death of Copyright, 45 UCLA L. Rev. 569, 571 (1997).

[15] 棚橋元「コンピュータ・ネットワークにおける法律問題と現状での対応策7NBL 625(1997)54

[16] Lemley, M. A., Intellectual Property and Shrinkwrap Licenses, 68 S.Cal. L. Rev. 1239, 1290 (1995).

[17] 四宮和夫・民法総則四版補正版(弘文堂一九九六)一五六

[18] 松田政行「読物コンピュータ・ロー一二」JCAジャーナル(一九八九)三六−三

[19] 保険契約における被保険者の同意につき、鈴木達次「判批」法学研究七三−三(二〇〇〇)九七

[20] 小池隆一・債権各論(慶應通信一九四九)二四

[21] 我妻榮・債権各論上(岩波一九五四)七一

[22] 久保利英明=内田晴康・著作権ビジネス最前線六訂版(中央経済社一九九七)一五一

[23] 北川善太郎・技術革新と知的財産法制(有斐閣一九九二)七五

[24] 金井高志「コンピュータソフト・インターネットビジネスにおける著作権問題」コピライト四六四(一九九九)一〇

[25] 松田政行・コンピュータ・ビジネス・ロー(商事法務研究会一九八七)六二

[26] 中嶋成二「シュリンクラップ契約の有効性上」NBL六三四(一九九八)二五

[27] 松田政行・コンピュータ時代の知的所有権(ぎょうせい一九八八)一三一

[28] 久保田裕「パソコンプログラム(ソフトウェア)の使用許諾契約と著作権」斉藤博=牧野利秋編・知的財産関係訴訟法(青林書院一九九七)六九五

[29] 中嶋成二「シュリンクラップ契約の有効性下」NBL六三七(一九九八)五四

[30] 山下友信他・保険法(有斐閣一九九九)四六(洲崎博史)

[31] 勝久晴夫「シュリンクラップ契約にみる『情報取引』の課題」第二回著作権・著作隣接権論文集(著作権情報センター一九九九)九〇

[32] 山田憲一「コンピュータ・プログラムの瑕疵と使用許諾契約一」民商一一二−一(一九九五)五一

[33] 文化庁文化部著作権課「コンピュータ・プログラムの調査・解析等に関する検討」NBL五四七(一九九四)一二

[34] 勝久晴夫「シュリンクラップ契約にみる『情報取引』の課題」第二回著作権・著作隣接権論文集(著作権情報センター一九九九)八六

[35] 藤原宏高=平出晋一・プログラマのための最新著作権法入門(技術評論社一九九一)二〇〇、田村善之・知的財産法二版(有斐閣二〇〇〇)三九九

[36] 山本隆司「プロシーデイ社事件第七巡回区連邦控訴裁判所判決」JCAジャーナル四三−一〇(一九九六)三五

[37] 尾近正幸「プログラム使用許諾契約」月間債権管理三五(一九九〇)四九

[38] 例えばインターネット書店「ジェイブック」は書籍一四〇万点に加え、音楽CDDVD・ビデオ・パソコンソフト・ゲームソフトなど取り扱い点数は二〇〇万アイテム以上と宣伝している。cf. http://www-user.interq.or.jp/~hedo/1ad/book.htm

[39] 金井高志「コンピュータソフト・インターネットビジネスにおける著作権問題」コピライト四六四(一九九九)一〇

[40] 経済企画庁国民生活局消費者契約法施行準備室「『消費者契約法』の概要」NBL 六九一(二〇〇〇)一〇、同「消費者契約法」ジュリ一一八六(二〇〇〇)八〇

[41] 河上正二・約款規制の法理(有斐閣一九八八)三〇六

[42] 高石義一・コンピュータ法務(にじゅういち出版一九八七)三五

[43] 山本喜一・情報処理入門(J.B.企画一九九六)三二

[44] 野一色勲「コンピュータにおける複製」著作権研究一六(一九八九)九一

[45] 北川善太郎「ソフトウェアの使用と契約」NBL四三五(一九八九)一一

[46] 塩澤一洋「『一時的蓄積』における複製行為の存在と複製物の生成」法学政治学論究四三(一九九九)二三七

[47] 苗村憲司=小宮山宏之・マルチメディア社会の著作権(慶応大学出版会一九九七)六六(苗村)

[48] 斉藤博「交錯する新旧の課題」ジュリスト一一三二(一九九八)

[49] Ficsor, M.=原田文夫訳「デジタル・ミレニアムの足取りの下での人権としての著作権」コピライト四六一(一九九九)二四