Last Update: 2012/05/23

林田力ドラマ

韓国ドラマ

ドラマ

平清盛

相棒

ハングリー!

最高の人生の終り方

家政婦のミタ

専業主婦探偵


韓国ドラマ


『パラダイス牧場』開発反対がラブコメを深める


『パラダイス牧場』は東方神起のチャンミン初主演の韓国ドラマである。財閥御曹司のハン・ドンジュ(チャンミン)とイ・ダジ(イ・ヨニ)は大恋愛の末に周囲の反対を押し切って結婚するが、半月で破局する。それから6年後、ダジは済州島のパラダイス牧場で獣医と馬の調教師をしていた。リゾート開発のために済州島を訪れたドンジュはダジと再会する。

当初は反発するドンジュとドンジュにハンサムなユンホ(チュ・サンウク)、ドンジュにアプローチするジニョン(ユ・ハナ)とラブコメ定番の四角関係が展開される。さらに済州島の美しい自然を背景に、自然や住民の生活を破壊するリゾート開発業者との攻防がドラマを深めている。劇中では開発反対運動のデモまで描かれる。

リゾート開発が住民を苦しめることのないようにするとのドンジュの言葉が印象的である。これは現実の業者の姿勢とは大違いである。たとえば東急電鉄は静岡県のゴルフ場・ファイブハンドレッドクラブや別荘地ファイブハンドレッドフォレストの下水処理コストを近隣住民に添加させているとして住民から反発を受けている(林田力「東急電鉄がニュータウン管理組合と係争=静岡(上)」PJニュース2010年11月15日)。

ドラマでは「リゾートマンションの開発で住民も豊かになる」という開発業者の欺瞞的なセリフも飛び出す。エンタメ色の高い作品でも社会派的視点を忘れない韓国ドラマの社会意識の高さを実感した。




『私に嘘をついてみて』


『私に嘘をついてみて』はカン・ジファンとユン・ウネを主演する韓国ドラマである。恋敵への見栄でついた嘘が元で、偽装夫婦になってしまった男女のロマンチックコメディである。ユン・ウネが演じるヒロインのコン・アジョンは公務員で、恋の相手はホテルのオーナーである。ウネは『宮 -Love in Palace』や『お嬢さまをお願い!』でも格差カップルを演じている。『宮』で見せた元気さと切なさを味わえる。


『ロマンスタウン』金持ち連中の卑劣さ


『ロマンスタウン』は韓国ドラマである。日本では家政婦を主人公とした『家政婦のミタ』が大ヒットしたが、『ロマンスタウン』も家政婦のドラマである。一見すると平凡であるが、問題のある一般家庭を舞台とした『家政婦のミタ』に対し、『ロマンスタウン』はセレブな街を舞台として家政婦とイケメン御曹司の恋愛模様を描くロマンティック・コメディである。

主人公スングム(ソン・ユリ)は貧乏と苦労の中で生きてきた。ドラマでは家政婦をせざるを得ない貧富の格差や雇い主の気紛れで解雇されるという厳しい現実を直視する。社会性を持たせながら、コメディとしての明るさを失わない。

その一因は立場の逆転をドラマチックに描く点にある。スングムは宝くじで大金を手に入れたが、それを隠したまま、家政婦として働き続ける。相手役のゴヌは御曹司であるが、ダサい肥満児であった。米国留学後に見違えるようになるが、金銭面では父親の試練によって一文無しにさせられる。

スングムは劇中で「おばさん臭い」と揶揄されているように地味であるが、明るさと健気さが次第に魅力的に見えてくる。『華麗なる遺産』のハン・ヒョジュを彷彿させる。韓国ドラマの元気さを再確認させる作品である。

『ロマンスタウン』は貧困家庭で育ったヒロインが宝くじで一等の百億ウォンに当選し、ハンサムに変貌した御曹司と恋に落ちる。お伽話のような展開であったが、後半は泥沼化する。

一番街のセレブも、それぞれに深刻な問題を抱え、金持ちから転落していく。一番の金持ちが元ヤクザという底の浅さである。金持ちと対比される家政婦連中も浅ましい。冒頭の少額の当選金の配分でも醜い争いを演じており、予想できたことであるが、予想以上の醜い争いが展開される。

キム・ヨンヒ(キム・ミンジュン)の台詞にあるように、金持ちにも金に汚い家政婦達にもウンザリである。だまされることが容易に予想される状況で、予想通りにだまされる展開はイライラさせられる。ステレオタイプでも心の貧しい金持ちと心の豊かな貧乏人という分かりやすい構図が物語には大切であると実感する。それ故に家政婦が金持ちに復讐するという展開になると面白くなる。散々浅ましさを見せつけられた家政婦仲間と示談してしまう展開も、金持ちへの復讐のための共同ならば理解できる。

そして宝くじと当選金の引き替えでは金持ちの嫌らしさを見せつける。相手の尊厳を無視し、自分の要求を全て押し通さなければ気が済まない。しかも自分の約束は少しも守らない。

東急不動産(販売代理:東急リバブル)が不利益事実を隠して新築マンションをだまし売りした東急不動産だまし売り裁判でも、東急不動産はマンションだまし売りで売買代金の返還を余儀なくされた。しかし、東急不動産は売買代金を返還する時期になると、登記について当初の条件とは異なる内容を要求した。マンションだまし売り被害者の林田力が当然のことながら拒否すると卑劣にも売買代金の返還を拒否した。林田力は屈服せず、最終的に当初の条件で支払いを余儀なくされたが、東急不動産の卑劣さを強く印象付けた(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、93頁)。この経験があるためにドラマでの金持ちの卑劣さへの憤りは共感できる。


『女の香り』ソ・ヒョリムが印象的


『女の香り』は韓国ドラマのラブストーリーである。コメディの傑作『私の名前はキム・サムスン』のキム・ソナが主演する。冴えない女性ヨンジェと大企業の御曹司ジウク(イ・ドンウク)のラブストーリーという枠組みは同じであるが、難病を抱える『女の香り』の方が深刻である。

近年は韓国が国際社会で元気である。製造業ではサムソンやヒュンダイなど家電メーカーのサムソンや自動車メーカーのヒュンダイなど、コストだけでなく品質やブランド力でも日本企業は追い詰められている(林田力「日本はインフラ輸出に注力すべきか」PJニュース2012年3月16日)。文化面でも韓流が席巻している(林田力「勢いに乗る韓流(上)」PJニュース2010年11月10日)。

米国の小説では「黒人男、白人女、ヒスパニック、そして韓国系のいずれもパートナーの面々が、事務所が人種面での寛容性や男女平等に向けて努力していることを語った」という表現がある(ジョン・グリシャム著、白石朗訳『アソシエイト上』新潮文庫、2010年、287頁)。黒人、白人、ヒスパニックと並ぶ存在として、アジア系の代表格として韓国系が例示されている。

韓国の国際的競争力の強さは韓国社会のグローバリゼーションへの対応が背景にある。『女の香り』でもヒロインが怒らせてしまうVIPをムスリムと設定し、ハラール認証付の鶏肉を用意するなど社会の多様性を反映している。マイノリティを正面から扱う社会はドラマではなく、一般向けの娯楽ドラマで本筋と異なることで自然にマイノリティを描くことは、まだまだ日本のドラマでは乏しい。このようなところにも日韓の差が現れている。

印象的な俳優は財閥令嬢のイム・セギョン役のソ・ヒョリムである。世界的なホテルチェーンを保有する財閥家の娘である。キャラクターにヒロインの恋敵的な存在になるがいる。ヒロインを見下す嫌な役どころであるが、大きな目が印象的である。ステレオタイプな心の貧しい金持ち像に収まらない。目が表情の重要な要素であることを再確認した。(林田力)


ドラマ


『生まれる。』命を描くヒューマンドラマ


TBS系金曜ドラマ『生まれる。』は2011年4月22日放送開始のヒューマンドラマである。超高齢出産をテーマに命を描く。パン店「PANNTEN」を営む林田新平(三宅裕司)と愛子(田中美佐子)の夫婦には4人の子どもがいる。

長女・愛美(堀北真希)は編集プロダクション「ダブルエース」勤務。恋も仕事も上手くいかずに悩んでいたが、「高齢出産」をテーマにした企画のチーフに任命され、やる気を見せていた。

長男・太一(大倉忠義)は自分が特別養子縁組による養子という秘密を知る。また、次男・浩二(中島健人)、次女・美子(竹富聖花)もそれぞれ悩みを抱えている。

ある日突然、新平が脳梗塞で倒れて他界してしまい、愛子は失意のどん底に陥るが、自分が店を守っていくことを決意する。ところが、51歳の愛子が新平の子どもを妊娠していることが判明。それを機に、林田家に波乱が巻き起こる。




『謎解きはディナーのあとで』リアルでキュートな北川景子のお嬢様


フジテレビ系ドラマ『謎解きはディナーのあとで』が12月13日に第9話「聖夜に死者からの伝言をどうぞ」を放送した。北川景子の富豪令嬢役が話題のドラマであるが、リアルでキュートなお嬢様になっている。

毒舌執事の影山(櫻井翔)が名推理を披露する『謎解きはディナーのあとで』は高度にパターン化されたドラマである。毎回のように殺人事件が発生し、富豪令嬢で刑事の宝生麗子(北川景子)は捜査に駆り出される。執事は「お嬢様の目は節穴でございますか」などと毒舌で罵倒しながら、真犯人を推理する。しかし、今回は定番を逆手に取ったシナリオで視聴者を惹きつけた。

麗子が帰宅後に影山に捜査状況を説明するシーンでは、影山の挑発に乗せられて渋々教える展開が定番であるが、今回は執事を捜査マシンとして利用するために積極的に教えている。さらに麗子は「影山の目は節穴でございますか」と毒舌を返し、立場を逆転させた。

麗子は世界的な企業グループ経営者の令嬢という設定であるが、いわゆるエスタブリッシュメントらしさはない。その言動は庶民的で優雅さが乏しい。たとえばキャッチコピーにも使われた麗子の台詞「アンタが一番怪しいっつーの」は、お嬢様の言葉遣いではない。影山の毒舌に麗子が怒るところはドラマの見どころの一つであるが、影山の毒舌も麗子の怒り方も直球で上流階級が好むエスプリはない。風祭京一郎(椎名桔平)も御曹司の設定であるが、道化になっている。

金持ちの役なのに金持ちに見えなければ役者として致命的である。しかし、現代日本は格差社会と言われるが、精神面・文化面での格差は乏しい。高級な外車を乗り回し、高級レストランで食事し、高級マンションに居住することは価格が高いだけで庶民生活の延長線上に過ぎない。金持ちの文化が質的に高尚な訳ではない。

北川景子のお嬢様は、そのような現代日本の令嬢像としてリアリティがある。今回は影山も風祭も野球という庶民スポーツの愛好者であることが判明した。影山はティータイムを中断して草野球に参戦し、風祭は少年野球の成績を自慢する。所得水準は高くても文化水準は大差ない日本の金持ち階層の現実を示す。

そして今回の北川は毒舌執事の口真似でキュートさを見せた。お高くとまったステレオタイプの令嬢に徹していたら、違和感が生じるシーンである。単純な令嬢像では収まらない麗子という役どころを見事に演じている。

フジテレビ系ドラマ『謎解きはディナーのあとで』のスペシャルが2012年3月27日に放送された。美大を主席で卒業した大画家が焼死した。現場検証で宝生麗子(北川景子)は遺体の指輪に気付く。それは美大の卒業記念で贈られた指輪で、画家がいつもしていたものであった。この指輪が謎解きの鍵になる。

巨匠と祭り上げられた画家の孤独と学生時代の自由な画風が対比される。大学の魅力は価値観の多様性に基づく自由さにある(林田力「大卒から感じた高卒のギャップ」PJニュース2010年11月23日)。安易な理由で大学を中退する落伍者には存在しない大学生活の豊かさを垣間見ることができる。

毒舌執事と毒舌に激怒するお嬢様という定番のやり取りが魅力のドラマであるが、スペシャルでは定番を活かしつつも、派生させている。ディナーで麗子と影山の回想が並行して進む展開は同じであるが、スペシャルでは影山は香港に出かけ、スケールアップしている。

風祭京一郎(椎名桔平)警部は普段以上に暴走し、迷推理を披露する。勘の推理を強弁する点は同じフジテレビ系ドラマ『ストロベリーナイト』と対比すると面白い。(林田力)


『恋愛ニート』前作の配役を深化させた仲間由紀恵と佐々木蔵之介


TBS系ドラマ『恋愛ニート〜忘れた恋のはじめ方』が、1月27日に第2話「エア恋愛のススメ」を放送した。異性との恋愛を諦めている「恋愛ニート」男女6人のラブコメディである。主演の仲間由紀恵と相手役の佐々木蔵之介が前回の出演ドラマの配役と重なりながらも深化させた役どころを演じている。

仲間が演じる木下凛は仕事熱心な出版社の営業である。事故で他界した両親に代わって弟妹の面倒も見ている。仕事にも弟妹の面倒にも張り切り、「恋愛する時間がない」と言い切る32歳で、彼氏いない歴8年目になる。若い男女が夢中になる恋愛話もバカバカしいと感じており、心の中で辛辣なツッコミを入れている。

これは2011年放送のNHK BS時代劇『テンペスト』で仲間が主演した真鶴(孫寧温、孫夫人)と同じである。学問を修め、政治意識の高い真鶴にとって琉球王国の後宮・御内原の女達の関心事や争いはバカバカしいものであった。真鶴は心の中で鋭いツッコミを入れていた。

女性が学問や政治から遠ざけられた時代に真鶴は男装して学問や政治に関与する。真鶴にとって女性であることは自らの可能性を閉ざすもので、朝倉雅博(谷原章介)への恋心など女性性を抑圧する。これは仕事や弟妹への責任感から恋愛を否定する木下凛と重なる。仲間のような美人が恋愛ニートである設定は現実感が乏しいものの、『テンペスト』からの流れではなるほどと思わせる。

一方で聡明で琉球王国に降りかかる難題を次々と解決する真鶴に比べると、凛は張り切り過ぎる割には結果が伴わない。仕事では大失敗し、弟妹ともすれ違う。自業自得の感もあって主人公に感情移入が難しかったが、第2話ではムキになって張り合う子どもっぽい性格が明らかになり、コメディーのキャラクターとして磨きがかかった。

2クール連続でのドラマ出演となった佐々木蔵之介が演じる松本直哉は人気の開業歯科医で、収入も名声もある人物である。凛とのデートで高級レストランに招待するなどステレオタイプなモテる男性を演じている。これは前クールの『僕とスターの99日』で佐々木が演じたトップ俳優・高鍋大和に重なる。大和が小学生時代は太っていたという秘密の過去を持つ点も、地方出身で無理して都会風を装っている直哉に似ている。芝居かかった佐々木の演技は『僕とスターの99日』と重ねると面白味が増す。

一方で韓国のスター女優ハン・ユナ(キム・テヒ)にベタ惚れであった大和に対し、直哉はデート中に嫌味を言う凛に嫌味を返している。愛し合う前に二人が反発して火花を散らす展開はラブコメの定番である。現時点では凛の唇を奪った槙野駿平(永山絢斗)に一歩リードされているが、凛と直哉の成長に注目する。(林田力)




『ストロベリーナイト』地上げ屋に殺されたようなもの


フジテレビ系ドラマ『ストロベリーナイト』が2012年1月10日から放送を開始した。誉田哲也の警察小説シリーズ「姫川玲子シリーズ」のドラマ化である。タイトルの『ストロベリーナイト』は姫川玲子シリーズの第一作のタイトルであるが、この内容は2010年に単発ドラマで放送済みである。連続ドラマは『ソウルケイジ』『シンメトリー』『感染遊戯』が原作である。

第1話「シンメトリー」は短編集『シンメトリー』所収の同名の短編に基づく。誉田哲也の作品は推理物ながら犯人側の視点での記述が多いことが特徴で、特に「シンメトリー」は犯人による一人称小説になっている。ドラマでは刑事の姫川玲子(竹内結子)を主人公とするものの、所々で部分的に犯人側の言動を描き、原作の味を出している。

主人公の姫川は警視庁捜査一課殺人犯捜査十係姫川班主任である。警察組織からは女性ということで見下される。犯罪者の心理を推測し、勘に頼る捜査手法を得意とするが、物証重視の捜査手法を採る刑事や違法捜査など手段を選ばない刑事と衝突を繰り返している。姫川はトラウマを抱え、母親とも上手くいっていないという問題も抱えている。

一方で姫川は捜査チームを率いる立場であるが、「このヤマ、絶対に取るわよ」が口癖の仕事中毒であり、望ましい上司とは言い難い。帰りたい部下も残って一緒に食事をしなければならない。しかも「アジの開き」のような死体を見た後でアジの開きを注文するようにデリカシーがない。

とてもではないが、難事件に集中して解決する理想的な体制ではない。しかし、大ヒット刑事ドラマ『踊る大捜査線』が所轄と本庁の対立を描いたように、皆が一致団結して事件を解決という展開は警察のリアリティーにも反し、刑事ドラマには似合わない。警察内の不協和音を楽しみたい。

3月6日に放送した第9話「ソウルケイジ前編」では「奥さんは中林建設に殺されたようなもの」という台詞が登場する。中林建設のマンション建設の地上げ被害を受けて亡くなった住民を指した言葉である。高岡賢一(石黒賢)の実家にあるマンションは中林建設が建てた。中林建設の関連企業「中林ハウジング」が暴力的な地上げをした。高岡賢一の母親は店に猫の死骸を放り投げられるなどの酷い嫌がらせを受けて亡くなっていた。

現実では同じように「東急不動産に殺されたようなものですね」との台詞が当てはまる住民も多い。東急不動産だまし売り裁判では東急不動産のために働いた地上げブローカーが証人尋問でマンション建設地を地上げしたと証言した(林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』ロゴス社、57頁)。

渋谷駅桜丘口地区市街地再開発の対象地域の渋谷区桜丘町では暴力団員による賃借人への暴力的な地上げが行われた雑居ビルを東急不動産が地上げ会社から購入した。賃借人は東急不動産に抗議した(山岡俊介「本紙既報の東京・渋谷再開発地区違法地上げ(最終とりまとめは東証1部大手不動産会社?)で、暴力団組員など逮捕に」アクセスジャーナル2008/07/18)。

東急電鉄・東急不動産が主体となって進める世田谷区の再開発・二子玉川ライズ周辺では超高層ビル建設などの環境激変により、体調を壊し、亡くなる住民が出ている(林田力『二子玉川ライズ反対運動』マイブックル)。まさに東急不動産により殺されたようなものである。


『三毛猫ホームズの推理』ゼロゼロ物件業者と重なる屑ぶり


テレビドラマ『三毛猫ホームズの推理』は赤川次郎『三毛猫ホームズ』シリーズを原作とする。片山義太郎(相葉雅紀)は警視庁捜査一課の刑事。自分は性格的に刑事に向いていないと嘆きながら、うだつの上がらない日々を過ごしていた。

第5話「回る殺人の怪!?初恋の義太郎」と第6話「復讐の卒業写真…涙の女刑事」は赤川次郎『三毛猫ホームズのフーガ』を原作とする。フーガにたとえられた犯罪の背後には高校時代の壮絶なイジメがあった。父親の汚職が告発された息子が告発した家の娘をいじめて自殺に追い込むという陰険なイジメである。

現実にも貧困ビジネスのゼロゼロ物件業者の宅建業法違反業者を告発したところ、ゼロゼロ物件業者の息子が前科者の工作員を使って告発者を誹謗中傷させた事例がある。イジメの首謀者がIT関連企業の経営者であった点もゼロゼロ物件業者の宅建業法違反事件の事例と重なる。ゼロゼロ物件業者の息子もIT企業を経営し、既存のフリーウェアと名称・機能・デザインが類似したソフトウェアを販売して抗議・批判された。

ドラマはイジメ加害者も現実のゼロゼロ物件業者も工作員も人間の屑である。人間ですらないのかもしれない。イジメ加害者には何らの反省も贖罪もなく、殺されることに同情できない。現実のゼロゼロ物件業者と同じである。復讐心もイジメの加害者が居酒屋で何の反省も後悔もない会話をしていた時に最高潮に達したのであろう。

イジメ加害者の中でも一番の屑が制裁されないままという結末は物語として不合理である。主人公の説得は優等生過ぎる。子どもが悲しむことを理由とするならば、汚職の告発を逆恨みする被告発者の論理と重なってしまう。自分の親父の違法行為を理解すべきである。イジメ加害者が法の裁きを受け、また、過去の悪事が知れ渡って社会的制裁を受けなければ救われない。そのような描写がドラマであれば納得感が高まった筈である。


平清盛


『平清盛』『忠臣蔵』貴族的な権威に人間味を対置


NHK大河ドラマ『平清盛』が1月8日から放送を開始した。1月2日放送のテレビ東京系新春ワイド時代劇『忠臣蔵〜その義その愛〜』と共に貴族的な権威に人間味を対置させる内容になった。

『平清盛』は平安末期、武士が貴族から差別されていた時代が舞台である。武士の新興勢力・平氏のもとで育てられた少年が瀬戸内海の海賊を束ねて「武士の王」となり、貿易立国を目指す物語である。第1回「ふたりの父」は平安末期の京都で朝廷の番犬と蔑まれる武士・平忠盛(中井貴一)が、清盛の実の父白河法皇(伊東四朗)から清盛をひきとり、育てることを決意する過程を描く。

ドラマは源頼朝(岡田将生)が平家滅亡の報告を受けるところから始まる。オープニングで未来を描き、そこから時間を遡らせて物語を始める演出は珍しくない。昨年の大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』でもオープニングで成長した三姉妹を登場させた後で三姉妹の生まれる前に時間を遡らせた。

しかし、清盛の敵役になる頼朝を登場させる演出は意表を突く。平家滅亡によって源氏の時代になったが、頼朝は「平清盛なくして武士の世は来なかった」と清盛を評価する。貴族化した平氏と幕府を開いた源氏は対比されがちであるが、近年の研究では平氏政権にも地頭の任命など武家政権的性格があったとされる。また、朝廷からの独立を企図したとされる頼朝も自分の娘を天皇の后にしようと画策しており、平氏政権と連続性を有している。

1118年の京都は300年の平安を誇った貴族の世も乱れていた。武家・平氏の嫡男の平忠盛は、朝廷の命令のまま盗賊などの捕縛を行う汚れ仕事に従事していた。忠盛は物乞い姿のひとりの女と出会う。その女・舞子(吹石一恵)は、院の御所に出入りする白拍子で、時の最高権力者・白河法皇の子を身ごもっていた。

不吉な子として殺されることを恐れ、逃げてきた舞子を、忠盛は、追っ手の源氏方の武士・源為義(小日向文世)の追及から匿う。忠盛の家の納屋で、舞子は赤ん坊を産み落とす。その赤ん坊こそが後の平清盛であった。人を斬ることに疲れていた忠盛と舞子は、やがて心を通い合わせるようになる。

白河法皇(伊東四朗)を頂点とする貴族社会は陰陽師の言葉に従って自分の子を殺そうとするなど人間味が欠落していた。これに対して人を切ることに罪悪感を覚える平氏の嫡男の平忠盛(中井貴一)や生きることの楽しみを語る白拍子の舞子(吹石一恵)の人間性が対比される。

この権威主義的な悪玉と人間味ある主人公サイドという構図は『忠臣蔵〜その義その愛〜』にも共通する。『その義その愛』は赤穂義士随一の快男児・堀部安兵衛(内野聖陽)を主人公とする物語である。浅野内匠頭(市川染五郎)も人情味のある大名に描かれている。忠臣蔵は封建的な忠義の物語と解釈され、反民主主義的としてGHQから公演中止とされたこともあった。これに対して『その義その愛』では安兵衛の妻になる堀部ほり(常盤貴子)に義を溺れている子どもを助けるような人間的な心であると語らせている。

忠臣蔵では悪役の吉良上野介であるが、名君だったとの説もあり、最近では単純な悪役として描きにくくなっている。『仮名手本忠臣蔵』では上野介は高師直になっているが、奇しくもNHK大河ドラマ『太平記』で高師直を演じた柄本明が上野介を演じた。『その義その愛』の上野介は嫌味な悪役になっているが、武勇よりも芸術を好む雅な趣味の持ち主であった。上野介の性格の悪さよりも、価値観の異なる者が一緒に仕事をしたことによる悲劇となっている。

上野介の信奉する権威は茶道など文化に裏打ちされたものである。太平の世の中において浅野家の尚武の気風と上野介の風雅のどちらが良いかは議論が分かれるところである。一方で『平清盛』の貴族社会は血の臭いを嫌い、武士を蔑むものの文化や教養への裏打ちは見られない。逆に忠盛と心を通わせる舞子は今様(当時の流行歌)で人間性を歌い上げ、文化面でも貴族社会の権威に優位性を見せている。

「驕る平家」と後世の評判の悪い平家であるが、大きく評価できる点は陰惨な身内同士の争いがなかったことである。これは3代で途絶えた源氏とは対照的である。天皇家についても『平清盛』では性の乱れを描いている。清盛は白河法皇の落胤であり、鳥羽天皇と中宮・藤原璋子の息子の崇徳天皇が実は白河法皇と璋子の不義の子であったとの説を採用する。

これに対して平氏は健全である。白河院に追われた舞子を一家で結束して匿っている。継母による継子への微妙な感情が描かれたものの、『平家物語』などで伝えられている清盛と池禅尼の関係では大きな対立に発展することは考えにくい。松山ケンイチの平清盛は海賊的な荒くれ者のイメージを出しているが、人間性の面でも新たな平氏像を期待したい。(林田力)


『平清盛』源平の御曹司


NHK大河ドラマ『平清盛』第3回「源平の御曹司」が2011年1月22日に放送された。平清盛(松山ケンイチ)は、瀬戸内海で船の警護役と称し海賊と戦い、取り返した食物を漁民に返すという無頼の日々を送っていた。

恐縮する漁民に清盛は「元はお前達の米だ、遠慮するな」と言う。未だに人権意識の低い現代日本社会でも生活保護を受けることを恥ずかしいことという論調があるが、生活保護を受けることは人権である。清盛の言うように堂々と受ければいい。清盛の先進性を演出する。

しかし、清盛は賊と間違えられて捕らえられ、京に連れ戻されてしまう。再会した平忠盛(中井貴一)は清盛を京都に留める。さらに清盛は「北面の武士」という院の警護役を命じるが、清盛は拒否する。あくまで「自分ひとりの面白き人生を歩む」と主張する。清盛の前に源義朝(玉木宏)と名乗る青年が現れる。義朝は為義の嫡男で、清盛に勝負を挑む。源平の因縁が始まる。

清盛と母親の平宗子、弟の平家盛は血がつながっていない。しかし、家族として互いを思いやっている。時代劇で定番の骨肉の争いとは大違いである。前近代的な家父長制の下では争いが起きない場合、往々にして年下の方が我慢させられる。しかし、平家では継母が継子、兄が血のつながらない弟を思いやる。これが一家のまとまる秘訣である。

その後で場面は天皇家に移る。鳥羽院と崇徳天皇の確執が描かれる。鳥羽院の崇徳天皇に対する憎しみが強調される。平家とは対照的に年上が年下に対して横暴で、思いやりの心がない。平家の隆盛と天皇家の衰退を予測させる展開である。(林田力)


王家は序の口、大河ドラマ『平清盛』の大胆さ


NHK大河ドラマ『平清盛』が、2月12日に第6回「西海の海賊王」を放送した。『平清盛』では天皇家を「王家」と呼称することに一部で批判が出ているが、ドラマの内容はもっと大胆である。

今回は平家の海賊討伐がメインである。平清盛(松山ケンイチ)にとっては初陣になる。清盛は初めての本格的な戦闘に気後れし、守役・盛康(佐土井けん太)に深手を負わせてしまう。しかし、海賊との戦いの中で自らの出生の秘密への憤りをぶつけ、最後は爽やかな笑顔を見せるまでに精神的成長を遂げた。

唐船に乗る海賊は中国語が飛び交う国際色豊かな集団である。映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』に登場するカリブの海賊のような格好の者もいる。対する平家は朝廷の命を受けた官軍であるが、装備面で海賊側を圧倒している訳ではない。

平家の勝利も一部の武将が見下していた漁民の協力があってのものであった。支配者の公家や武家と被支配者の農民という単純な歴史観とは異なる多様性がある。遍歴民を重視する近時の歴史学の傾向とも合致する。

清盛と行動を共にした高階通憲(阿部サダヲ)は後の信西である。彼は公家であるが、摂関家などの門閥貴族が支配する世の中の矛盾を感じている。新しい時代を待望していたのは武家だけではなく、平安時代の行き詰まりが多面的に描かれる。

清盛の勢力伸張のきっかけとなった保元・平治の乱は複雑な人間関係で、日本史学習者を悩ませている。ドラマでも平板に描くならば視聴者を置き去りにしてしまう。『平清盛』の新西や源義朝は個性的に描いており、今後が期待できる。

海賊の頭目・兎丸(加藤浩次)は人気漫画『ONE PIECE』の主人公ルフィのように「海賊王になる」と叫ぶが、その後の発言も過激であった。王家を日本国の頭目と位置付け、海賊の頭目である自己と相対化する。さらに自己が王家に取って代われば、善悪の価値観が逆転し、民を虐げる王家が悪になると述べる。その考えを清盛も「面白い」と絶賛する。

日本史の一つの特徴は天皇家が政治的権力を失っても権威を持ち続けたことである。これ自体はイスラム世界のカリフのように決して日本固有の事象ではない。自らが至尊の地位に就くよりも天皇の権威を利用する権力者が多かった結果である。その中で平清盛は骨のある存在である。

平氏政権は朝廷の権威を最大限に利用し、それ故に武家政権としての限界を有していたと位置づけられる。しかし、清盛は天皇家を神聖不可侵の存在と崇めていた訳ではない。治承三年の政変では後白河法皇を幽閉した。続く福原遷都も天皇家の意向を無視した施策であった。これらの出来事は平家の横暴として語られがちであるが、ドラマでは「王家の犬では終わらぬ」と意気込む清盛の反骨精神が肯定的に描かれそうである。

1991年放送のNHK大河ドラマ『太平記』は冒険作であった。戦前の皇国史観では逆賊とされた足利尊氏を主人公としたためである。そこで尊氏は逆賊の非難されるような確固とした叛意を持つ人物ではなく、迷い悩み揺れ動く人物として描かれた。結果的に後醍醐天皇を裏切ることになってしまったと皇国史観の信奉者にも言い訳できる内容であった。それから20年後の『平清盛』では明確に朝廷の支配を打ち破ろうとする人物を主人公とする。タブーを打ち破る大胆さに期待したい。(林田力)


大河ドラマ『平清盛』の画面の汚さと王家使用


NHK大河ドラマ『平清盛』の画面の暗さや汚さが物議を醸している。観光地としての魅力をアピールしたい井戸敏三・兵庫県知事の批判に対しては当時の環境を忠実に再現したと反論できる。しかし、自動車の排気ガスも視界を妨げる高層ビルもない平安時代が現代よりも暗く汚いとは一概に言えない。

暗く汚い画面は当時の環境の再現よりも、朝廷政治が行き詰まった世相を演出するためのものである。この点で幕末の封建社会の行き詰まりを出発点とした2010年放送の『龍馬伝』が暗く汚い画面であったことと共通する。

暗く汚い画面は社会の反映である。社会の閉塞感を打ち破る主人公の明るさを際立たせる効果がある。そのような主人公として坂本龍馬はうってつけのキャラクターであった。暗く汚い画面にも関わらず、福山雅治演じる龍馬は同時期に放送されたTBS系ドラマ『JIN -仁-』の内野聖陽演じる龍馬よりも綺麗過ぎると言われたほどである。

これに対して『平清盛』は主人公も汚い。これは雅な朝廷と粗野な武家という対比を狙っているが、貴族化した武家という平家の一般的なイメージから外れる。源氏への敗北によって平家の貴族化は弱体化というマイナスイメージがあるが、平家の公達は伝統的な公家以上に雅で宮中の人気を誇った。平資盛と建礼門院右京大夫の恋愛が有名である。平家は武力だけでなく、洗練さでも公家を圧倒した。この平家のイメージとギャップがある点は現時点の『平清盛』が視聴率的に振るわない一因である。

未だに王朝文化の世界にいる姫君達は華やかさを体現する筈であるが、画面の暗さや汚さを払拭するまでには至っていない。由良姫(田中麗奈)のように誰も彼も第一印象は最悪であるが、惹かれていくというステレオタイプなツンデレで恋愛物としては底が浅い。むしろ目を惹くものは鳥羽上皇を中心とした王家のドロドロであり、暗さが似合っている。

暗く汚い画面の中で輝いているものは当時の先進国・宋からの輸入品である。密貿易で入手した宋の文物を都で売る兎丸(加藤浩次)達を高階通憲(阿部サダヲ)は庶民に先進文化を触れさせる行為と高く評価する。ここには当時の日本は後進国であり、中国の文明に学ばなければならないが、守旧的な支配層によって妨げられているという視点がある。

この視点は同じく物議を醸している「王家」の用語使用の説明にもなる。『平清盛』では皇室を「王家」と呼んでいるが、それが正しい用語か批判されている。実は王家という言葉が時代考証的に正しいかという点は議論の本質ではない。当時の天皇家を指して王家という言葉が使用されていたという史料が提示されたとしても、批判派は納得しない。皇帝よりも格下で中華思想に組み込まれる王という表現を選択した意図が問われているためである。

これに対して、当時の日本の政治の行き詰まりを描き、宋国の文物を輸入することで国を豊かにすることを目指すドラマのスタンスが回答になる。王家の表現は東アジアの国際秩序の中で天皇家を相対化するというグローバルな意義を持つ。


中二病患者から離れられない『平清盛』


NHK大河ドラマ『平清盛』が、3月4日に第9回「ふたりのはみだし者」を放送した。この回では清盛に立ちはだかることになる後白河法皇の若き日の姿、雅仁親王(松田翔太)が登場する。主人公の平清盛(松山ケンイチ)が無頼から真人間になった途端、新たな中二病患者が登場した。

序盤から低視聴率となった『平清盛』であるが、主人公に感情移入できないことが一因である。第1回「ふたりの父」は清盛の父親の平忠盛(中井貴一)が主人公であった。王家の番犬である武士の虚しさ、白拍子の舞子(吹石一恵)との心温まる交流、白河法皇(伊東四朗)への命がけの訴え、白河法皇の非情な命令が描かれ、大いに感情移入できた。

第2回「無頼の高平太」から松山ケンイチ演じる清盛が登場するが、衝撃的な生い立ちを知ったショックで無頼に走る。しかし、第1回での忠盛の苦労を知る視聴者にとって清盛は父親の気持ちを知らない親不孝者にしか見えない。清盛の無頼はグレたヤンキーと同レベルで、大河ドラマの主人公としては情けない。これでは不人気になっても仕方がない。

これは『平清盛』の失敗を意味しない。大河ドラマの良いところは1年間の長丁場であることである。主人公が間違った方向に走るウンザリする展開も時間をかけて描く余裕がある。第6回「西海の海賊王」で清盛は出生の秘密を教えた兎丸(加藤浩次)と再会し、鬱屈した怒りをぶつける。これによって無頼から卒業した。ここからが本題といったところである。

清盛の反抗期は終了したが、取って代わるように雅仁親王(松田翔太)が登場した。雅仁親王は崇徳天皇(井浦新)の弟であるが、お忍びで外出して博打場に入り浸り、今様が好きという変わり者である。鳥羽上皇(三上博史)の皇子誕生の宴では、父の鳥羽上皇や母の待賢門院璋子(檀れい)、得子(松雪泰子)の本性を暴き、宴をぶち壊しにする。ここでも親に問題があるから、子どもの自分がグレると言わんばかりの態度である。

今回のタイトルは「ふたりのはみだし者」である。はみだし者の一人は冒頭で「王家のはみだし者」と紹介された雅仁親王である。もう一人は清盛になる。二人は双六で対決する。第6回「西海の海賊王」では「海賊王になる」という人気漫画『ONE PIECE』の台詞が飛び出したが、今回はギャンブル漫画の雰囲気がある。

「ふたりのはみだし者」と並べられたものの、今回の清盛は常識人である。息子も生まれて、よき父親になっている。外観が内面を象徴するのか、清盛の外観も小奇麗になった。雅仁親王には「生まれは変えられずとも、生きる道は変えられる」と語り、もはや出生の秘密の衝撃を引きずっていない。さらに王家の乱脈を背景に「親子の絆は脆い」と語る雅仁親王に「平家は王家とは違う」と断言する。

清盛と後白河法皇は晩年の対立者としてのイメージが強いが、一定時期までは協力者であった。『平清盛』では初対面での思想の違いを浮かび上がらせることで、後年の対立を平家の傲慢故に生じたものではなく、必然的な対立として演出することを可能にしている。(林田力)




『平清盛』佐藤義清の出家で二極分化


大河ドラマ『平清盛』の人気が二極分化している。視聴率はふるわないものの、マニアックな人気が高い。知名度は低いが、悪左府・藤原頼長(山本耕史)や後の信西である高階通憲(阿部サダヲ)ら魅力的なキャラクターを魅力的に描いている。源義朝(玉木宏)の関東下向など本筋と直結しない話にも目を配り、後に源頼朝(岡田将生)が関東で大勢力を築くことができた背景が理解できるようになっている。

高階通憲の登場シーンは平清盛(松山ケンイチ)が掘った落とし穴に落ちたというものである。これは単なるドタバタギャグに見えるが、平治の乱で穴の中に隠れていたエピソードを知っている歴史ファンには面白さが倍増である。一方で、このような演出は一般の視聴者を置き忘れてしまう危険がある。

後の西行である佐藤義清(藤木直人)の出家シーンも同じである。出家する義清が娘を蹴っ飛ばすエピソードは有名である。普通は義清が出家を宣言し、それを思いとどませようとした娘を振り切るために蹴っ飛ばす。ところが、3月12日放送の第10回「義清散る」では脈略なく義清が娘を蹴っ飛ばした。蹴っ飛ばした理由は描写されない。これでは単なるドメスティック・バイオレンスである。この演出の評価も二極分化している。

もともと義清が娘を蹴っ飛ばすエピソードは俗世の縁を断ち切ろうとする強い意思の表れと解釈されている。歴史ファンからすれば最初から俗世を捨てるという出家者の価値観に立っており、蹴っ飛ばすことに問題は感じない。むしろ義清の娘が登場した時から「この娘を蹴っ飛ばすのか」と期待しながら観ている。

それ故に唐突に蹴っ飛ばしたとしても驚きは少ない。既に歴史エピソードとして理解しているためである。むしろ、鎌倉時代に熊谷直実が領地をめぐる訴訟が思うように進まずに激情して出家したことを踏まえれば、義清の突発的行動にもリアリティが出てくる。

しかし、歴史エピソードのコンテキスト抜きでドラマだけを見るならば説明不足である。児童虐待に育児放棄にしか見えない。子どもを亡くした親も多い東日本大震災から1年後の翌日に放送する内容としては大胆である。

過去のエピソードを現代的価値観で一刀両断することは野暮との考えも一理あるが、一方で『平清盛』は純粋に過去の話というだけでなく、現代の世相にマッチしている点も魅力である。朝廷政治の行き詰まりは現代の政治に重なる。

第5回「海賊討伐」では高階通憲が海賊の正体を「為政者に虐げられた、か弱き民」とし、「己のことしか考えぬ者達が政治をしていることが元凶」と批判する。海賊をテロリストと言い換えれば、対テロ戦争を進める側への批判そのものである。天皇家の性の乱れとドロドロした関係を描くことは菊タブーへの挑戦にもなっている。「過去の価値観は現代と違う」で逃げることなく、現代社会に問題提起するドラマを期待する。(林田力)


相棒


『相棒』元日スペシャル、イタミンが臨時相棒に


テレビ朝日系ドラマ『相棒 season10 元日スペシャル』が2012年1月1日、「ピエロ」を放送した。恒例化した新春スペシャルであるが、社会派エンターテイメントとして娯楽性と社会性を両立させるスペシャルに仕上がった。

警察官射殺事件が発生するが、特命係は正月の飾り付けなど雑用をさせられる。神戸尊(及川光博)は証拠品返却にオペラハウスに行く。そのオペラハウスでは『道化師』が上演されていた。そこで神戸は不審なピエロ(斎藤工)に遭遇する。ピエロを追いかけたものの、逆に子ども達と一緒に誘拐されてしまう。神戸と連絡が取れない杉下右京(水谷豊)は子ども達と神戸が事件に巻き込まれたと推理し、警視庁に警察庁を加えての大規模な捜査となる。人質監禁事件と警察の攻防がスリリングに描かれる。

『相棒』は個性の異なる匿名係の二人の掛け合いが魅力である。しかし、今回は神戸が人質になっており、杉下と神戸が意見をぶつける場面はない。代わりの臨時相棒は伊丹憲一(川原和久)であった。伊丹は刑事部捜査一課の刑事で、特命係のライバル的存在である。かつての相棒の亀山薫(寺脇康文)とは何かと張り合い、そこで笑いをとっていた。「イタミン」のニックネームが生まれるほど視聴者に人気のキャラクターであるが、最近では特命係の協力者で終わることが多くなっている。

その伊丹が杉下の相棒になる。これはファンの期待を超えた展開である。伊丹は熱血漢という点では亀山に近い。今回も上層部の捜査方針に反したために捜査から外されてしまう。一方で「犯人の狙いは別の20億円」という右京の奇抜な推理に対し、「どこに20億円なんてあるのでしょうか。造幣局だって、やっていませんよー」と、くだけた茶々を入れ、突っ込み役としても安定している。

もともと神戸は密命を帯びて特命係に配属された人物で、神戸の存在が物語になっていた。season10の第1話「贖罪」では偽証の過去が明かされ、今回は人質になるように自身が事件の渦中にいるケースもある。第三者的に捜査する立場として、伊丹が杉下の臨時相棒になるケースは今後も期待できそうである。

『相棒』では犯罪者の置かれた状況を丁寧に描く点も魅力である。社会派エンターテイメントと称される所以である。昨年の元日スペシャル「聖戦」では真犯人は序盤から明らかで、息子を失った後の被害者の苦しみが描かれた。これに対して今回は薄っぺらな思想犯に見せながらも、どんでん返しが用意されていた。

事件の背後には富めるものはますます富め、貧しいものはますます貧しくなるという格差社会の現実があった。高層ビルによって青空さえも満足に享受できなくなり、ホームレスの居場所が再開発でなくなっていく。これはウォール街占拠や「We are the 99%」の運動と問題意識が重なる。

さらにホームレスの集う公園で炊き出しする女性は、杉下と伊丹を警察官であると見抜く。伊丹の顔が強面であるという理由で、ここは笑いどころである。一方で警察官と見抜いて警戒する彼女の反応は、ホームレスを排除し、ホームレス支援の活動を抑圧する傾向のある警察の姿勢を反映したリアリティがある。社会性と娯楽性を深めていく相棒に今後も期待大である。(林田力)




『相棒』遅刻癖の神戸尊に罰は当然


最近では不協和音が乏しくなったとの声もあるテレビ朝日系『相棒season10』でも1月11日放送の第11話「名探偵再登場」では新しい演出を登場させた。『相棒』は対照的な凸凹コンビが意見を対立させながらも事件を解決する点が魅力であった。

しかし、杉下右京(水谷豊)と神戸尊(及川光博)の相棒はシーズンを重ねる毎に信頼関係を築いていった。当初は互いに警戒・反発していた二人が信頼感を醸成していく展開は文字通りドラマである。しかし、信頼関係ができてしまうとドラマの面白味が減る。

初代相棒の亀山薫(寺脇康文)は杉下とは対照的な猪突猛進型で、二人に強い信頼関係があったとしても、意見対立は避けられなかった。これに対して杉下と神戸は大きく見ると知性派同士であり、互いを認め合ってしまうと波風が立たなくなる。

そこで今回は新たに不協和音を巻き起こした。まずは神戸の遅刻である。角田六郎課長(山西惇)に「また遅刻か」と言われるほど遅刻の常習犯として描かれる。そのために捜査に置いてけぼりにされ、胡散臭そうな私立探偵・マーロウ八木(高橋克実)と組まされるという罰を受ける。「遅刻した罰ってわけじゃないですよね」と尋ねる神戸に右京は「自覚があれば結構」と冷たく突き放す。このくらいの緊張関係があってこその『相棒』である。

ハードボイルドかぶれのマーロウ八木は勿体ぶった言い回しで的外れに見える推理を披露する「迷」探偵風である。そのような八木に神戸は呆れ、毒のあるツッコミを入れる。右京と仲良くなったために右京に対しては見られなくなった毒舌がマーロウ八木というキャラクターを登場させることで復活した形である。

右京と神戸の相違点として右京は真実を得るために令状なしに他人の持ち物を漁ることがある。そのやり方を神戸は快く思っていないが、最近では慣れてしまった感がある。今回は八木が他人の机の中を漁るという違法捜査を行い、神戸は協力させられながらも露骨に嫌な顔をしている。

今回もラストでは一緒に「ギムレット」と答えるなど、すっかりツーカーの関係となった右京と神戸。その中でマーロウ八木の存在が不協和音を演出した。(林田力)


『相棒 season10』神戸尊の卒業を暗示するも厳しい展開


テレビ朝日系ドラマ『相棒 season10』が、2月15日に第16話「宣誓」を放送した。神戸尊(及川光博)の過去をオーバーラップさせる演出で、既に発表されている神戸尊(及川光博)の『相棒』卒業を暗示する展開となったが、神戸には厳しい内容となった。

『相棒 season10』は神戸の卒業に向けて演出されている。初回スペシャルでは偽証という神戸の過去の犯罪が明らかになった。嘘をつくことへの道徳観念が低い日本社会では偽証は軽視されている。それ故にこそ偽証が明らかになった神戸に刑事を続けさせるかで社会派ドラマの真価が問われる。

第11話「名探偵再登場」では神戸が遅刻の常習犯として描かれ、捜査に置いてけぼりにされる。相棒失格である。神戸がいなくても捜査は進むことを示しており、今から振り返れば神戸退場後の『相棒』への不安を払拭する効果がある。実際、鑑識の米沢守(六角精児)の方が杉下右京(水谷豊)の推理の相棒として活躍するシーンが多い。

そして今回は神戸が元警察官・国原(石垣佑磨)の犯罪を自己の偽証と重ね合わせる。偽証が重大な犯罪である理由は、真実を述べると宣誓した上で虚偽を述べる点にある。「宣誓」をタイトルとした今回に神戸が自己の偽証を振り返ったことは好演出である。

一方で今回の警察犯罪はスケールが小さい。警察上層部も絡む組織悪と戦ってきた『相棒』としては物足りなさが残る。不正警官が最後は正直になって無理矢理に感傷的な話にまとめられたが、その言動は一貫性に欠け、正直になることが遅すぎる。

正直であることを信奉していたならば真実を公表しようとする記者を必死に止める必要はなかった。次の取り調べでは正直に話そうと決めていたとするが、次の取り調べがない可能性の方が高かった。その場合は真実を話さずに終わってしまう。

元警官が宣誓する姿を見て「やっと覚悟ができた」と語る神戸も自己の問題への対処としては遅い。そもそも神戸と元警官は同列に並べられない。元警官は証拠を捏造し、別件逮捕しようとした。この点では神戸よりも悪質である。元警官と重ね合わせて神戸の罪を語るならば、神戸が過剰な悪役になる上、偽証そのものの問題性が見えにくくなってしまう。

元警官自身も無実の人間を陥れて死なせてしまった結果には悔恨を抱くが、犯人逮捕のために違法な手段を使ったことへの反省は薄い。この手段を選ばない点は右京とも共通する。右京と元警官の相違点は犯人特定の推理が正しかったか否かのみで、結果オーライの世界になる。手続きの適正を無視している点に右京の正義の歪みがあるが、神戸のような自覚にも欠ける。「右京の正義は暴走するよ」と忠告した小野田公顕官房長(岸辺一徳)も今はいない。

記者会見での発表によって、神戸の退場は既定事実となり、視聴者にとっては結末を予想する楽しみが減った。退場の理由も大筋は偽証の責任をとるためと容易に予想できる。単純に神戸が退場するだけで終わるのか。それとも超然として正義を追求する右京にも動揺や自省させる展開が加わるか。後半戦から目が離せない。(林田力)


『相棒 season10』第18話、右翼風は胡散臭い


テレビ朝日系ドラマ『相棒 season10』が、3月7日に第18話「守るべきもの」を放送した。重要な研究をしている企業研究者・泊(今井朋彦)がスナイパーからライフルで狙われる。スナイパーは洋楽をBGMとしており、別のドラマの雰囲気である。

一発目の狙撃後に民間警備会社社員・土方(合田雅吏)が走り出し、二発目の狙撃が命中して死亡してしまう。この行動から土方は銃声を聞いて逃げようとしたと判断される。土方は元警官でSPをしていたが、警察学校同期の神戸尊(及川光博)によると、「SPの仕事が怖くなって辞めた」という。

特命係は捜査によってNPO「日本丸」に辿り着く。日本丸はNPOを隠れ蓑にし、暴力団ともつながりのある胡散臭い団体である。その胡散臭さを右翼チックな雰囲気で表現している。シンボルマークは日の丸をイメージし、事務所には日の丸を掲げ、富士山の写真を飾っている。

団体の方針は「日本を豊かで美しい国にする」という抽象的なものである。安部晋三の「美しい国」や東急電鉄の「美しい時代へ」と同じような意味不明さと価値観の押し付けという気持ち悪さを感じさせる。さらにメンバーが軍服のような制服を着ており、三島由紀夫の盾の会を連想させる。

日本丸は泊から「金が目当ての団体」と指摘されるが、その胡散臭さを右翼的な属性で演出する『相棒』の感性を高く評価する。この狙撃事件は捜一トリオも並行して捜査していたが、彼らも独自に日本丸に辿り着いた。最近は特命係の引き立て役ばかりであったトリオの見せ場である。(林田力)


ハングリー!


『ハングリー!』瀧本美織が化粧っ気のなさで自然的な魅力


フジテレビ系ドラマ『ハングリー!』が、1月31日に第4話「オマール海老で真剣勝負だ! 恋は涙の味だ…」を放送した。2011年放送のTBS系ドラマ『美男ですね』で男装し、ボーイッシュな魅力を出した瀧本美織が、ここでも化粧っ気のなさで女性の自然的な魅力を発揮した。

『ハングリー!』はミュージシャンを夢見ていた山手英介(向井理)が、オーナーシェフの母の急死で母が経営していたフレンチレストラン「le petit chou」(ル・プティシュ)を継ぐ物語である。料理については天才的な素質を持つ英介であったが、経営は素人で問題が続発する。レストランを軌道に乗せるために奮闘するコメディーである。

親の急死によって家業を継ぐ展開は父親の死で葬儀屋を継いだTBS系木曜ドラマ『最高の人生の終り方〜エンディングプランナー〜』と共通する。これまで遠ざかっていた家業を継ぐことで主人公が成長する展開は、継げるような家業がなければ成長するきっかけも得られない格差社会の閉塞感を象徴する。

それでも『ハングリー!』は相対的には自立的である。英介の父親が麻生時男(稲垣吾郎)にレストランの経営権をだまし取られたため、「le petit chou」は倉庫を改装してゼロからの出発となった。従業員はロックバンドのメンバーであり、ドラマではロックのテイストを色濃く出している。

『ハングリー!』では英介と恋人の橘まりあ(国仲涼子)、英介に惚れた大楠千絵(瀧本美織)の三角関係になっている。まりあは英介と相思相愛の恋人であったが、英介がレストランを始めたことで心の溝が広がっていく。千絵は大学の農学部に在学中の農家の娘で、英介との第一印象は最悪であったものの、英介の料理に心を奪われ、英介に惹かれていく。

まりあと千絵は対照的である。まりあはオシャレでスタイリッシュな美人OLである。しかし、性格は共感を得にくい。まりあは英介が飲食店を開業したことに不満で「レストランは恋人が働くところではなく、食べに行くところ」と言い放つ。

まるでミュージシャン志望の年下の恋人をアクセサリー感覚で欲しいだけのように見えてしまう。まりあを演じる国仲は2011年放送の月9ドラマ『幸せになろうよ』でも自分が振った元彼に会いに行くという視聴者が突っ込みたくなるような女性を演じた。

これに対して千絵は農作業に精を出す化粧っ気のない存在である。美人度は、まりあが勝るように演出しているが、それが逆に新鮮な魅力を出している。『美男ですね』での瀧本の男装が男性に見えるかという点では議論が分かれるが、少なくともボーイッシュな魅力はあった。お洒落をしないことによる素の女性の魅力は千絵にも継承されている。

千絵の恋心は初々しい。この点も、まりあと比べて感情移入の対象としては好ポイントであるが、英介からは全く相手にされていない。ところが、第4話で英介とまりあの関係に大きなヒビが入り、千絵が入り込む可能性が生まれた。

主人公の恋愛対象が移る予感はTBS系ドラマ『恋愛ニート〜忘れた恋のはじめ方』とも共通する。主人公の木下凛(仲間由紀恵)と槙野駿平(永山絢斗)、松本直哉(佐々木蔵之介)の三角関係が展開されたが、駿平が大きくリードしていた。ところが、2月3日放送の第3話「年上女の落ちる穴」で急展開する。

『ハングリー!』の瀧本も『恋愛ニート』の佐々木もキャスティング上は二番手であり、主人公の恋の相手役が順当である。これまでは三番手のようなポジションであったが、新たな主人公の恋の相手になる新展開に注目である。(林田力)


『ハングリー!』夢や生活を破壊する立ち退き


フジテレビ系ドラマ『ハングリー!』が、2012年3月13日に第10話「最後の客を最高の仲間と料理で」を放送した。最終回を前にして急展開になる。東急不動産だまし売り裁判のような不動産トラブルに苦しむ人々にとっては残念な展開になった。

ハラペコキッチンに解散の危機が迫る。麻生時男(稲垣吾郎)の誘惑には動じなかった山手英介(向井理)らであったが、意外なところに問題があった。大家・金沢亜矢子(矢田亜希子)からの立ち退き要求である。

この大家は味覚音痴という点で料理をテーマにしたドラマの価値の対極にある。立ち退きを迫る人物にネガティブなイメージを与える効果的な演出である。物件を管理する不動産業者の名前は阿久徳不動産であり、悪徳不動産と同じ響きという遊び心もある。

英介らは別の場所で営業を続けようと物件探しを始めるが、家賃や開店費用の問題で思うようにいかない。立ち退きによって商店主の夢や生活が潰れてしまうことも、立ち退かされた後に心機一転できないことも日本社会の現実を反映したリアリティがある。

東京都世田谷区では東急電鉄・東急不動産らの進める二子玉川ライズによって数多くの商店主が閉店を余儀なくされた(林田力『二子玉川ライズ反対運動』)。品川区の大井町の東急大井町線高架下の店舗は東急電鉄から立ち退きを迫られ、路頭に迷わせられようとしている(林田力「東急電鉄が大井町線高架下住民に立ち退きを迫る」)。

社会性のある展開であるが、提示された解決策には社会性もリアリティもない。店を潰すために画策した麻生の筋書き通りで終わってしまう。事前の宣伝で「ハラペコキッチンに解散の危機」と煽っておいて、本当に解散してしまうならば芸がない。

もともとフランス料理の格式を無視したロッカーのフランス料理というミスマッチがドラマの魅力である。フレンチの格式を無視している点は麻生から酷評され、それに乗せられて英介も高級店志向に走って仲間との関係にひびが入った(第7話「覆面調査員は見た!友情と恋亀裂!店は分裂」)。

しかし、英介は考えを改め、自分達の原点に立ち戻ることで危機を乗り越えた。ハラペコキッチンはフレンチの格式を求めず、ロックテイストのフランス料理店であると再確認された。それにも関わらず、最後で麻生の計画に乗って本格的なフレンチ・シェフを目指すならばドラマで提示された価値の論理矛盾になる。

麻生の立ち位置は主人公の厳しい導き手よりも、主人公を潰しにかかる本人は大真面目な道化役がふさわしい。麻生の渾身のプロポーズも主人公が歯牙にもかけないから笑いになるのであって、主人公が受けてしまったら二人して気持ち悪い精神世界に突入することになる。それを周囲の登場人物も応援するならば、カルト的な自己啓発の世界になってしまう。

大楠千絵(瀧本美織)の最後の食事のシーンは心温まる感動的な展開になったが、それは英介の経営するカジュアルな店だから成立する。麻生コーポレーションの経営する店では無理である。金持ち相手に高級料理を提供することが、これまでドラマが志向してきた料理人の価値ではない。庶民的な食いしん坊の千絵を喜ばせることは料理人の価値である。

麻生の計画に乗ってハラペコキッチンを閉めることは、もっともらしい言い訳で取り繕っても、自分達の提供した価値を失う敗北である。救いは閉店後に主人公が悔し涙を流したことである。焼け野原から経済大国にしてしまう前に進むだけの愚かなガンバリズムに囚われていない。タイトルにあるハングリー精神を貫けるか最終回の展開が注目される。


『ハングリー!』ハングリー精神で大団円


フジテレビ系ドラマ『ハングリー!』が、2012年3月20日放送の「空腹が人を幸せにする! 俺の料理を食ってくれ」で最終回を迎えた。ドラマの序盤からの一貫性を保ったハングリー精神で大団円を迎えた。

麻生時男(稲垣吾郎)の甘い言葉に乗っかってハラペコキッチンを廃業した山手英介(向井理)らであったが、現実は甘くなかった。藤沢剛(川畑要)は先輩からのパワハラのストレスで酒浸りになった。住吉賢太(塚本高史)は同性の先輩からセクハラを受ける。実は麻生も一ヶ月ももたないと予想しており、仲間の切り捨ては織り込み済みという醜い資本の論理が提示される。

現実に二子玉川東地区再開発地域や東急大井町線高架下にあった自営業者は立ち退きによって苦境に陥っている。「立ち退かされたが、みんなで頑張って危機を乗り越えた」的なナイーブなハッピーエンドにしない点でリアリティがある。

焼け野原から経済大国にしてしまうような前に進むことしかできない愚かな日本社会では心機一転という言葉に前向きなイメージが強いが、それは社会の不合理に甘んじるだけの奴隷根性である(林田力「日本社会の非歴史性が問題だ」PJニュース2010年6月26日)。

英介は店を潰した敵である麻生の言葉に流されただけである。それでも一流シェフとなって自分の料理を世界に伝えることに価値を見出す考えも根強いが、その種の心機一転幻想を宝飾デザイナーの金沢亜矢子(矢田亜希子)が打ち破る。彼女の心機一転は会社を解散し、離婚し、レストランを立ち退かせて賃貸マンションを建設するという破壊と逃げでしかない。

英介は世界に通用する一流シェフになることよりも大切なことに気づく。地元の子ども達は「ハラペコキッチンがなくなって寂しい」「父さんの給料日にハラペコキッチン」に来ることが楽しみであったと語る。麻生の申し出を毅然として拒否する英介が決まっている。

「俺らを待ってくれている客がいる限り、ここでレストランをやりたい」

「日本で、あの倉庫で、あの店を続けたい。世界に味を届けるよりも、そばにいる腹が減っている奴らにうまいものを出す。(麻生のような)立派な三十歳になるより、俺にはそれが合っている」

怒った麻生に「あんな店を潰してやる」と言われるが、むしろ英介は「ハングリー精神をかき立てられる」と意気盛んである。ドレスコードのあるフランス料理店を出た途端に英介はネクタイを緩める。社蓄的文化の対極に位置するカジュアルなロックのテイストを体現している。

大楠千絵(瀧本美織)は「英介さんの料理はここだから美味しい。かしこまったら味が出ない」と本質を突いた指摘をする。これに対して、外から覗いていた麻生は「馬鹿だな。芸術は徹底的に完成されているから価値がある」と呟く。

ドラマでは大団円にするために最後は悪役も善人にしてしまうことがある。それは「終わり良ければすべて良し」的な浅はかさと幼稚な筋書きである。「le petit chou」の経営権を奪い、山手太朗(大杉漣)以外は真相を知らないが、ハラペコキッチンも潰した麻生が主人公の導き手となることは白々しい。麻生は悪いだけの人間ではないが、英介とは相いれない価値観の持ち主として、悪役ながらキャラクターに一貫性を持たせた。

『ハングリー!』は英介と橘まりあ(国仲涼子)と千絵の三角関係も魅力である。ドラマでは決着がつかないが、敗者が出ない点で後味がいい。序盤では、レストラン経営に懐疑的なまりあよりも英介の料理に感激する千絵を応援したくなる。しかし、まりあと英介の出会いのエピソードを知ってからは複雑になる。ラストは、まりあが年上女性として余裕を見せて温かい。(林田力)


最高の人生の終り方


『最高の人生の終り方』サポート役の前田敦子が葬儀屋らしさを発揮


TBS系木曜ドラマ『最高の人生の終り方?エンディングプランナー?』が、1月19日に第2話『涙と葬儀屋の謎』を放送した。AKB48の前田敦子が兄を支える妹として葬儀屋のシビアさと人情味を出した。

『最高の人生の終り方』は葬儀屋を主人公としたヒューマンドラマである。葬儀屋に運ばれてきた遺体から死者の人生に迫る。医療をはじめとする科学技術の発達で現代人の生活から死は遠ざけられたものの、高齢化社会を迎える中で改めて身近な問題になった。映画『おくりびと』が高評価を得たように死への関心が高まっている。『おくりびと』で主人公を納棺師にした山崎努が『最高の人生の終り方』で主人公の導き役で登場する点も因縁めいている。

一方で『最高の人生の終り方』には警察御用達の葬儀屋という特殊性があり、事件死の遺体が運び込まれ、遺体の謎を明らかにするというミステリー色が強い。主要登場人物には刑事・坂巻優樹(榮倉奈々)がおり、一緒に遺体を調査するなど警察の手伝いをしている側面がある。

同じく死体の謎を解くドラマでも、2011年放送の『アリアドネの弾丸』では警察組織との対立を描いたが、こちらでは葬儀屋がお清めと称して刑事にビール券を貢ぐなど癒着している。第2話では犯人逮捕直後に刑事が被害者の敵討ち的な感覚で容疑者を殴りつけており、法治国家から逸脱する警察の暴力を無批判に演出した。

2011年最大のヒット作『家政婦のミタ』を主演した松嶋菜々子の出演で話題のフジテレビ系月9ドラマ『ラッキーセブン』も1月16日放送の第1話「新米探偵、女ボスからの初ミッション!」では主人公の探偵らは結果的には警察の協力したものの、警察との距離感は保っていた。

葬儀屋を主人公とした点で『最高の人生の終り方』は画期的であるが、死者と向き合うよりも生前の謎を解くという刑事ドラマに近い。その中で葬儀屋らしさを出している存在が主人公の妹・井原晴香(前田敦子)である。AKB48は名実共に日本を代表するアイドルグループに成長し、その主要メンバーが連続ドラマに出演することは驚きではなくなった。ドラマ出演自体が話題になる時期は終わり、どのように演じるか女優として評価される。

主人公・井原真人(山下智久)が葬儀屋を継ぐ前から家業を手伝っていた晴香は、葬儀屋としての必要知識が乏しい兄のサポート役という位置づけである。感情で動くこともある兄に、葬儀屋としてビジネスライクな考えを対置させる。それでいながら、最後は身よりのない遺体の葬式をする決断を後押しするという人情味を見せた。

前田は2010年放送の『Q10』で女優としての株を挙げたが、無機質なロボットの役であり、演技力が評価されたとは言えない。主演作『花ざかりの君たちへ〜イケメン☆パラダイス〜2011』は男装の美少女という華のある役どころであるが、学園生活をエンジョイする男子高校生になりきり過ぎて空回りの感があった。

前田は誤解されやすい存在である。人気アイドルグループの「不動のセンター」と呼ばれると、高飛車なイメージを勝手に抱いてしまうが、劇場公演だけが活動という地下アイドルの時代からAKB48を支えてきた。草創期からのセンターは華だけでなく、他のメンバーを励ます縁の下の力持ち的な要素も必要である。葬儀屋を継いだ兄をサポートする晴香は自然体でマッチしている。(林田力)


『最高の人生の終り方』脚本の粗を吹き飛ばす山下智久と前田敦子の兄妹愛


TBS系木曜ドラマ『最高の人生の終り方〜エンディングプランナー〜』が、2月23日に第7話「ありがとう兄ちゃん〜妹の初恋」を放送した。脚本の粗が目立つ作品ながら、主人公とその妹を演じる山下智久と前田敦子の兄妹愛が光った。

『最高の人生の終り方』は現代でタブーとされがちな死を扱ったドラマとして注目を集めたが、脚本の粗が目立つ。第2話「涙と葬儀屋の謎」では警察御用達の葬儀屋が警察に「お清め」と称してビール券を贈る。これは公務員倫理上問題である。現実に公務員がタクシー利用時に運転手から酒を提供される居酒屋タクシーが問題となった。

警察にビール券を贈る発案者は井原晴香(前田)である。葬儀屋としての経験の浅い主人公・井原真人(山下智久)を指導している。国民的アイドルグループAKB48の不動のセンターが、大人の事情を知り尽くしている世渡り上手を演じることはアイドルへの幻想を破壊する効果がある。

第4話「遺産相続〜白紙の遺言状の涙」では遺言書と思っていたものを家庭裁判所の検認を経ずに開封した。遺言書を家庭裁判所外で開封することは民法1005条によって5万円以下の過料に処せられる。

但し、ここで開封された遺言書はタイトルに「白紙」とあるように法律的な遺言書の要件を満たしておらず、民法1005条違反にはならない。タイトルも「遺言書」ではなく、「遺言状」としており、遺言書無断開封の問題から逃げられるようにしている。しかし、それは悪しき結果オーライの考え方である。

当事者達は遺言書だと認識していた。当事者達は民法1005条を知らないか、知っているならば故意に法律に違反する意思で開封したことになる。無断開封は警察官や葬儀屋が同席する中で行われた。葬儀屋という相続問題と接点のある職業の人間が、遺言書無断開封に関わらせることはドラマのリアリティーにとって致命的である。

さらに教師と女子高生の教え子の肉体関係が描かれる。第6話「哀しき不倫愛の結末〜孫への愛」では教え子側の成長という視点で物語が進み、大団円の終わり方になっているが、現実には通用しない。不倫という点がクローズアップされたが、社会的には教師が教え子と関係を持ったことの方が問題である。いかなる背景があろうと懲戒免職ものである。

教師と教え子の関係という点では2011年放送のフジテレビ月9ドラマ『大切なことはすべて君が教えてくれた』が現代版『高校教師』を彷彿とさせながらも、結局は何もなかったというオチであった。何もなかったとしなければ現代の道徳観念では主人公を擁護できないからである。

今回も晴香が小学校の校長先生(竜雷太)の送る会を仕切るという感動的な展開に仕上げたが、強盗犯に殺害されるという校長先生の悲劇的な死に対する無念さや悔しさという感情が見えない。寿命で亡くなった場合と殺された場合の反応は同一ではない。近年問題になっている孤独死という展開にした方が自然であった。

警察御用達の葬儀屋として殺害された死体に見慣れているとしても、知っている人が殺された場合は衝撃を受ける。実際、第2話では無縁仏にドライな考えを示した晴香も校長先生は真心を込めて送ろうとし、同業者の一之瀬壮太(駿河太郎)に食ってかかる。

このように粗の目立つ展開であるが、それを吹き飛ばすものが妹思いの兄を演じる山下と思いをぶちまける晴香を演じる前田の熱演である。ジャニーズの山下とAKB48の前田というアイドル人気先行のキャスティングに見えるが、そのアイドルの演技にドラマが救われている。(林田力)


『最高の人生の終り方』警察犯罪の追及でバランス


TBS系木曜ドラマ『最高の人生の終り方〜エンディングプランナー〜』が、2012年3月15日に最終話「アイ・ラブ・ユー」を放送した。広げた物語を上手にまとめた形である。

『最高の人生の終り方』は葬儀屋を主人公とし、タブーとされがちな死生観に迫る好企画である。死者の意外な真実と秘密を解き明かすサスペンスと、主人公の兄弟姉妹を描くホームドラマの二面性がある。当初はサスペンス要素が中心と思われたものの、警察に対する描写は甘く、亜流の刑事ドラマの趣もあった。

警察御用達の葬儀屋が警察官にビール券を贈る。刑事が犯人憎しの思いから犯人拘束後に暴力を振るう。家庭裁判所の検認を経ずに遺言書(と思われたもの)を開封させるなど脚本の粗が目立った(林田力「『最高の人生の終り方』脚本の粗を吹き飛ばす山下智久と前田敦子の兄妹愛」リアルライブ2012年2月28日)。

その中でドラマを盛り上げていたものが井原晴香(前田敦子)ら兄弟姉妹のぶつかりあいというホームドラマ要素である。兄弟喧嘩で食事を相手にぶっかけるという演出には昭和の香りもする。表向きはバラバラであるが、実は深くつながっているという関係は大ヒットドラマ『家政婦のミタ』を連想させる。画一化させる前近代的な特殊日本的集団主義とは異なる家族コミュニティを提示する。

最終回はホームドラマとサスペンスを両立させた。前半は脳腫瘍を患った長兄・井原健人(反町隆史)を見送るホームドラマである。劇的な展開は第9話「最終前編! 母の愛」で終わっており、ドラマは淡々と進む。反町隆史は韓国のベストセラー小説『カシコギ』をドラマ化したフジテレビ系ドラマ『グッドライフ〜ありがとう、パパ。さよなら〜』に続いて病人を演じた。

後半は刑事の坂巻優樹(榮倉奈々)や岩田逸郎(山崎努)らと事件を解決するサスペンスである。これまでは警察への甘さが目立ったものの、現役刑事の犯罪を暴く最終回によってバランスをとった。喫茶店という人目に付く場所で刑事の犯罪者に手錠をかける演出は爽快である。

現実の日本の警察ならば事件そのものをウヤムヤにしてしまう可能性が高い。逮捕するとしても、少しでも罪を軽くするために自首という形にするだろう。警察官の犯罪者に対しては「逃亡の恐れがない」などと身内に甘い理由を付けて、身軽拘束をしないこともある。

お清めについても最後は刑事の坂巻優樹(榮倉奈々)が「お清めは受け取らない主義だから」と公務員倫理に配慮した発言をした。主人公・井原真人(山下智久)とヒロインの距離が一ミリも進展しない点で異色のドラマであったが、最終回で進展し、上手に話をまとめた。岩田逸郎(山崎努)と主人公の接点も事件だけではないという味わいがあった。


家政婦のミタ


『家政婦のミタ』相武紗季が重要人物に急浮上


日本テレビ系水曜ドラマ『家政婦のミタ』が、2011年12月7日に第9話「最終章の始まり! 一筋の涙…炎の中で私を死なせて」を放送した。相武紗季という主演級の女優をキャスティングしながら、意味の乏しい役回りであった結城うららが重要人物に急浮上した。

家政婦・三田灯(松嶋菜々子)の壮絶な過去が明らかになった前回。今回は人間的になった三田のストーリーが展開されると期待したが、前半は良い意味で裏切られた。三田は宣言した通りに阿須田家の家政婦を辞し、電話を着信拒否するほどの徹底ぶりであった。

その三田の家政婦としての次の勤め先は隣の皆川家という斜め上の展開である。ここで三田は感情を表に出さない冷血家政婦に逆戻りする。三田が感情を出さないようになった理由が判明し、視聴者が身近に感じられるようになった直後に突き放すという味な演出である。

内容が話題の『家政婦のミタ』であるが、ドラマ冒頭での前回のおさらいが少ないことも特徴である。連続ドラマの多くは冒頭で前回のダイジェストを放送する。視聴者に前回の内容を思い出してもらう配慮であるが、尺稼ぎにもなる。毎回欠かさずドラマを視聴し、次回放送を楽しみにしている視聴者を軽視した姿勢である。

急遽15分拡大版となった今回は冒頭で三田の告白が繰り返されたが、家族それぞれが三田の告白を噛みしめる形になっている。映像使い回しによる安易な尺稼ぎをしないところにも作り手の良心が表れている。

大枠では三田が人間的な感情を少しずつ取り戻し、封じ込めてきた夫と息子を亡くした事実に向き合う展開になるが、結城うららが残されている。

今回は下請け建設会社に再就職した阿須田恵一(長谷川博己)に「こんなところで働くなんて」と職業差別的な発言をする。ドジなトラブルメーカーであるだけでなく、精神的にも未成熟な部分を抱えている。一方で三田に牽制的な告白をしており、ドラマの恋のライバルにありがちな狡猾さも備えている。

裏目に出てばかりではあるものの、他人に気を遣ってばかりの、うららが自分の思いを発言したことは大きな変化である。エゴに走るならば、うららを演じる相武が前々クールの同じ水曜ドラマ枠『リバウンド』で主演した大場信子のような逆ギレが見られるかもしれない。

阿須田結(忽那汐里)は三田とうららが逆になった夢を見て「三田さんは、うららちゃんみたいな人だったのではないか」との感想を述べており、うららは三田にとってもキーパーソンになると予想される。三田がうららを治すのか、うららが三田を癒すのか、今後の展開に注目である。(林田力)


『家政婦のミタ』第10話、定番外し


日本テレビ系水曜ドラマ『家政婦のミタ』は、2011年12月14日に第10話「息子よ、夫よ、お願い…私も天国に連れて行って!」を放送した。家政婦・三田灯(松嶋菜々子)は亡くした夫と息子の幻覚を見るようになる。これまでは三田の存在が周囲にミステリアスな影響を及ぼしていたが、今回は三田自身もミステリーの体験者になった。

完璧な家政婦だった三田が注意散漫になり、包丁で自分の指を切るなど失敗もする。三田が末娘の耳掻きするという何気ないシーンがあるが、そこで失敗するのではないかとヒヤヒさせられた。

今回は最終回に向けての伏線も回収された。帽子やカバン、時計など三田の定番ファッションの由来が説明された。後ろに立たれることを嫌がるゴルゴ13のような性質も種明かしされた。

このドラマでは定番化と定番外しも魅力である。家政婦・三田灯(松嶋菜々子)の台詞「承知しました」「それはあなたが決めることです」は定番化している。この台詞を三田が発言することを視聴者が予見できるほどである。そこは制作側も意識しており、登場人物に「また、『それはあなたが決めることです』と言うんじゃないの」と突っ込まれるほどである。さらに他の登場人物が三田を真似て同じ台詞を発言するシーンも登場した。

そして今回は三田によって「それはあなたが決めることです」に深い意味が与えられた。このセリフは他人と距離を置く三田が相手を突き放すために使われてきた。しかし、今回は他人の意見に振り回されず、自分で決めることを求めた。

これは他者志向の日本社会で古くて新しいテーマである。『家政婦のミタ』は秋クール最大のヒット作であるが、ここまで話題になると周りが観ているから観るという付和雷同型の視聴者も出てくる。その種の社会現象化に安住せず、ドラマが面白いか否かは自分が決めることであると視聴者に突き付けている。(林田力)


『家政婦のミタ』ガンバリズム否定の労働者像


日本テレビ系水曜ドラマ『家政婦のミタ』が、12月21日に最終話「本当の母親…それはあなたたちが決めることです!」を放送した。視聴率4割の大台を達成した最終話は、スーパー家政婦・三田灯(松嶋菜々子)のプロフェッショナリティで秋クールのドラマを圧倒した。

最終回では途中退場の脇役にも目配せし、物語としての完成度の高さを示した。第9話で想定されたとおり、結城うらら(相武紗季)が重要人物になっているが、うららがヤケになって結婚しようとした相手は悲惨である。うららの成長物語として割り切り、相手のことまで考えないということも物語の一つの考え方である。しかし、すっかり過去の人になっていた父親の前の会社での嫌みな部下を絡ませることで上手に話をまとめた。

第9話から最終章に入った『家政婦のミタ』は、三田の再生の物語と位置付けられる。しかし、『家政婦のミタ』の人気の要因は感情を表さずに非常識な依頼をこなす三田の不気味さにある。三田が普通になってしまったら、ドラマの面白味が減少する。最終回の前半は三田が母親として子ども達に厳しく接するという従前と異なる展開で不気味さを発揮した。しかも、そこには三田の配慮が隠されていたことが明らかになる。

三田は無理そうな依頼にも「できます」「あります」と答えて実行する有能な家政婦である。時間に正確な点は労働者として古き良き価値を体現している。三田の決まり文句「承知しました」も、顧客に「了解しました」と答える言葉の乱れが氾濫する中で三田の有能さを際立たせる。

一方で三田が自分にできないことは「無理です」とキッパリと断る点も見逃せない。三田は危険な依頼には応じないことを阿須田結(忽那汐里)と約束しており、再生した三田の「無理です」は拡大する。古い体質の企業社会では頑張ってチャレンジすることを評価し、無理と即答した人を「挑戦してもいないのに無理と言うな」と非難するガンバリズムに囚われている。『家政婦のミタ』はガンバリズムを否定する有能な人間像を打ち出した。三田の口真似はビジネスシーンでも流行しているが、キッパリと断るところも真似したいものである。

『家政婦のミタ』とは対照的にガンバリズムを美談化しようとしたドラマがTBS系日曜劇場『南極大陸』であった。南極観測を皆が一致団結して困難を乗り越える熱い男達のドラマとして描こうとしている。しかし、史実の南極観測は南極観測船「宗谷」が南極の氷に阻まれ、外国船に救援を求め、樺太犬を置き去りにしての撤収を余儀なくされた。チャレンジ精神のみで美談とすることには無理がある。

12月18日放送の最終話「終幕〜時を超えて…52年前の真実と新たな奇跡が起こす結末!!」では樺太犬の物語で終わった。南極観測に敗戦に打ちひしがれた日本に希望を与えるという新たな意味を与えようとしながらも、最終的には映画『南極物語』と同じテーマに収まった。(林田力)


専業主婦探偵


『専業主婦探偵』第8話、ドラマ独自の結末か


『家政婦のミタ』の好調はオリジナル脚本の良さを再確認させたが、漫画原作のドラマ『専業主婦探偵?私はシャドウ』もドラマ・オリジナルの結末となりそうな展開で目が離せない。12月9日に放送した第8話「不意打ちキス! 私が主婦でなくなる日」では夫に一途であった浅葱芹菜(深田恭子)は夫を苦しめていたものが自分自身であったことを知り、ショックで家を出る。

夫の浅葱武文(藤木直人)は会社に辞表を提出し、芹菜を探し回るなど仕事面でも家庭面でも筋の通った態度を示し、元の鞘に収まる展開を予見させる。しかし、これまでは浮気や妻への関心の低さという最低男であった。仕事面でも新山千早部長(石田ゆり子)や新山晃常務(遠藤憲一)、義父の藤元泰介(小日向文世)に利用されるばかりで精彩を欠く。このまま武文を善人で終わらせるならば、無理やり最終回にまとめたようになってしまう。

武文役の藤木直人は来年1月8日放送開始のNHK大河ドラマ『平清盛』では文武に秀でた佐藤義清(西行)を演じるが、11月の流鏑馬ロケでは一度も的に当てられなかったと報道された。複数回射抜いた主演の松山ケンイチに差を付けられた形で、本人は「映像のマジックを使って、オンエアでは達人ぶりを見せられる」と語った。一方で、午後は的中させたと当人は語っている。『専業主婦探偵』では中盤までの最低男を帳消しにする二枚目ぶりを示せるか期待したい。(林田力)




『専業主婦探偵』働く仲間との連帯感


『南極大陸』の低迷は仕事人間に魅力が感じられなくなった日本社会の成熟を反映しているが、12月16日に最終話「最終回! 私が救いたいのはあなた!」を放送したTBS系金曜ドラマ『専業主婦探偵〜私はシャドウ』では仕事人間に一つの価値を提示する。浅葱芹菜(深田恭子)が探偵の陣内春樹(桐谷健太)と夫の浅葱武文(藤木直人)のどちらを選ぶかが注目された。

前回の第8話は元の鞘に収まることが予感させるラストになり、最終話はラブストーリーとしては消化試合の様相を呈した。しかし、最終話の陣内は「いい人」で終わらず、武文との対照性を際立たせた。

「私と仕事、どちらが大事」は恋愛における究極の選択である。基本的に恋愛ドラマでは仕事よりも恋人を選ぶ方に価値がある。ところが、武文は仕事派であった。これが視聴者から武文が酷評され、芹菜と陣内のカップル成立が期待された一因である。武文が再評価される契機は辞表の提出であり、それによって武文の芹菜への本気度が示された。

ところが最終回でも私生活と仕事の選択を迫られる。企業買収騒動が収まるまで夫婦で身を隠すことを助言する陣内に対し、「一緒に働く仲間を見捨てることはできない」と危険に飛び込む武文。自分が武文の立場ならば企業の危機でも自分と妻の安全を重視すると即答する陣内は私生活重視派である。

伝統的な恋愛物の枠組みでは武文は仕事人間となり、古臭いタイプに映ってしまう。それでも武文の動機をリストラから従業員を守ることとすることで、ガンバリズムの仕事人間とは異なる人間性を付与することに成功した。滅私奉公型の企業への忠誠が時代遅れになった現代では、働く仲間との連帯感に一つの価値がある。(林田力)