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法羅吾国

度羅山度羅吉どこにいる
ここにいる
何か用かい
用じゃない
用がないなら呼ぶんじゃない

法羅吾には王伽羅と名乗る種族が居住している。王伽羅は四つの部族に分かれている。枕君族、弟府茶族、望琉族、度羅茶族である。
最初に来たのは枕君族である。このため枕君族は王伽羅最古の部族として、現在でも他部族から畏敬される。枕君族は巨体で、四角い顔を特徴とする。
枕君族は法羅吾南部の温暖な地に住み着き、そこを都とし、聖地とした。都では色とりどりの建物が立ち並び、その姿を誇示する。都の界隈にはあらゆる人種がいた。学生、僧侶、商人、職人、労働者、公務員、あらゆる人間がひしめいていた。
公園にはクネクネした散歩道がいくつも延び、あちらこちらに彫刻を施したベンチが置かれている。散歩道には木陰が多く、しっとりと砂が敷き詰められていて、散歩するにも快かった。
王宮には、庭の中に小さな池を掘り、池の中に小さな島を築いた。庭園は精緻な細工物の景色を見るようである。全土から集められた珍しい植物が、それぞれの生活環境に合わせたガラス張りの温室の中で大切に育てられている。
枕石磨蔵が族長である。そして枕君族の族長は、慣例により、代々法羅吾国王を兼ねている。しかし磨蔵は、王が人の上に立つのはただその持つ階級や権力ばかりではなく、その気高き心と不抜なる精神によるものであることを印象付ける存在である。
紺色の肌をしていて、よい香りが漂い、高貴な気品に満ちている。温厚で寡黙、冷静沈着である。優れた頭脳の持ち主だが、何かを決める時は慎重で、周囲の意見を尊重し、納得するまで説明を求めるのが常である。大きな問題が発生した時でも通常通りに問題発見・問題解決のプロセスを走らせることができ、同時に他者に対して、しっかりと納得性のあるメッセージを発信する。
寝ることが趣味で睡眠時間は長い。終日蒲団から出ないこともある。
磨蔵は父枕と母枕の子である。磨蔵には石枕、竹枕、木枕という弟がいる。石枕は白い肌、竹枕、木枕は茶色い肌をしている。

次に来たのは弟府茶族である。弟府茶族は卵形の顔、肌の色は黄色と黒の縞模様を特徴としている。四部族中、最小の人口である。沢地に住み着き、そこを弟府沢と命名し、族長の姓とした。
弟府沢弟府珍が族長である。少しでも輝く火があたるとキラリと輝く黒い瞳の持ち主である。誰に対してもうやうやしいほど丁重な姿勢を忘れず、相手に誠実さを印象付ける。のんびりと過ごす時間が好きである。
弟府珍には弟府、珍具という弟と弟府子という妹がいる。

三番目に来たのは望琉族である。丸顔を特徴とする。動作は機敏で、鳥のように素早い。族長の姓は望琉川である。四部族中、最大の人口を誇り、法羅吾外にも開拓している。
法羅吾最長の川沿いに住み着き、その川を望琉川と命名して、族長の姓とした。望琉川は眠ったような穏やかな流れを保ちながら、最後には大洋へ抜ける。川の水は冷たく、氷水というより、肌をジリジリ焼く火のように感じられる。小さな魚が銀のダーツのように泳いでいるのが、水面からも見える。飛沫を上げている所々の滝は、水晶よりも輝かしい水を落としていた。
当主は望琉川望琉と言い、桃色の肌をしている。軽快かつ豪胆で、上に媚びず、下に優しい。開けっ広げで陽気、才気があり、雄弁だった。

最後に来たのは度羅茶族である。頭が大きく、丸顔を特徴とする。目も鼻も丸く、鼻の色は赤い。肌の色は青だが、顔と腹と手足だけは白い。部族全体をまとめる族長を持たず、4つの家に分かれている。鬼井家、度羅山家、経度村家、府若田家である。
鬼井家は度羅茶族最古の名家である。井戸を掘ったため、この姓を名乗る。現在でも法羅吾の水道事業を司っている。
鬼井雄新が当主である。度羅茶族には珍しく、黄色い肌に黒い髪をしている。情感は豊かで、笑顔は優しく憂いを含んでいて、口は形がよく、えもいわれず上品である。犬を飼っている。

度羅山家は度羅茶族四家の中で二番目に古い家柄である。鬼井家の次男が分家して興したが、こちらが度羅茶族の宗家格となっており、度羅茶大王を称する。
名勝の麓に屋敷を構え、その山を度羅山と命名し、姓とした。度羅山では、高く聳え立つ峰が天に伸び、山脈は遠くまで連なる。木の梢に雲がかかり、薄もやの中から時折、猿の鳴き声が聞こえてくる。山頂から見下ろすと、小さな湖がキラキラ光る。
度羅山度羅吉が当主である。八月一八日生まれである。均整のとれた顔をしているが、眉毛は薄く、ほとんど見えない。高い声をしており、その声は聞く者の耳に甘美な音楽のように響く。大きな口を開けて笑う。子どもの頃から勉強が好きで、二学年上の学習をしていた。鼠が苦手で、鼠を見ると失神しそうになる。赤い首飾りがお気に入りで、これ見よがしに身に付けている。芝居を演じることが趣味だが、その技量は趣味の域を超え、国内にとどまらず、遠く異国にまでもその声望が知れ渡っている。

経度村家は度羅茶族四家の中で三番目に古い家柄である。度羅山家から別れた一族が、村を開拓して定住し、その村を経度村と名付け、姓とした。経度村は二、三本の狭い道と数件の店舗がある小さいが、美しい村である。旅館では玄関を入ったところに土産物やソファーを雑然と並べたロビーがある。休憩にぴったりの茶店もある。市の立つ日には集まる客を当て込んで、俄仕立ての舞台で大道芝居が演じられた。軽業や歌もあり、踊りを披露する芸人もいた。
経度村経人が当主である。よく舌を出している。動きは羽のように軽く、まったく重さを感じさせない。仮に空高く舞い上がったとしても、それほど驚かれないだろう。帽子を好み、いつも帽子をかぶっている。どら焼きが好物である。趣味は野球で、腕前は本職の選手を凌ぐ。

府若田家は度羅茶族四家の中で一番新しい家である。度羅山家から別れた一族が、大規模な田園を開墾し、そこを府若田と名付け、姓とした。府若田は温暖な気候に恵まれ、豊かな農産物の宝庫であり、法羅吾有数の穀倉地帯となっている。
府若田焚若が当主である。度羅茶族の中ではひときわ長身である。生来の威厳に恵まれた貴公子で、物腰は堂々としている。その威厳たるや、彼が通りかかる時、並みいる他の王侯達も臣下に見えると言われたほどである。黄色い鈴を大切に持っている。

法羅吾国の中の異民族として捨伽羅がいる。王伽羅と捨伽羅の交渉はほとんどない。熊西熊子が族長で、卵型の顔、灰色の肌をしている。

RPG

私は何のために生きているのか分からない。ただ国王に呼ばれたからここにいる。
「銅鑼山にある銅鑼を持ってきてくれ。この銅鑼は災厄から守ってくれる神器である。何人もの使いを派遣したのだが、未だ一人も返ってこない。この世に世界に災いが降り注ぐのを防いでくれ。」
玉座の間を退出すると、衛兵が話し掛けてきた。
「もし戦いで負傷したら、無理をせずに街へ戻って宿へ泊まることだ。宿に泊まれば体力は回復する。但し毒は治らないので、毒にかかったら教会へ行くことだな。」
「望川の支川の枕石堂川にかかる枕石堂橋には玉のような石がある。」
ここは大陸である。大陸は島より大きい。私も勉強したからそのくらいの知識はある。ここはいろいろ不思議なことがあると聞いたことがある。色々な怪物も住んでいるそうだが、この辺にはいないようだ。面白いことがあるといいなあ。
とりあえず旅の旅館に宿泊した。旅館にはタイムカプセル発掘団も泊っていた。この大陸南方の砂漠に古代人が埋めたタイムカプセルを調査しに来たが、怪物が住むようになって発掘できないという。残念だなあ。でも、私なら多分掘り出せると思う。
宿の隣には大きな病院がある。病院の中には怪物にかじられたりして、ケガをした人が沢山いた。化石の調査に行ったが、怪物に襲われて逃げてきたという。
翌朝、宿の前を通っている道をまっすぐ歩く。観光スポットというだけあって観光客としばしば行き交う。道端になつかしグッズの店があったから寄ってみた。砂漠からタイムカプセルがそのまま発掘されることがあるという。この店で売っている商品は、タイムカプセルからの掘り出し物ばかりという。それで今日は特別だって、本をもらった。『どら山どら吉どこにいる』というタイトルである。得しちゃった。
そのまま道を真っ直ぐ進むと野原に出た。野原の先は見渡す限りずっと森が続いていて、向こうの方がどうなっているのか謎である。野原を歩いていたら、北に向かう集団がいた。大きな網と小さいビンを沢山持っていた。一体何しに行くのだろう。それで北の方に向かって歩いていたら、いつの間にか森の中に入った。
何だかよくわからないまま歩いていたら、結構奥の方まで来ちゃったみたいで……。ちょっと困ってウロウロしていたら、小人の姿をチラッと見かけた。ここには何かあるのかな。それで奥の方へ進んでみたが、シーンとしていて何もない。何なのだろう、ここは。
さらに進むと松の木ばかりが生えている森に出た。とても静かで、鳥の鳴き声一つしない。その森をずっと探検したところ、大陸の南に向かって続く道を発見した。南に見える草が生えてない土地が砂漠だろう。タイムカプセルが埋まっているという。砂漠でタイムカプセルの発掘を始めた。何が出てくるのかな。しばらく掘り進めたところ、硬い岩盤に突き当たった。「穴掘りピッケル」があれば壊して先に掘り進んで行けたのに…。悔しいが仕方がないからとりあえず帰った。もう道はわかったからいつでも来ることができる。
大通りを歩いていたら、「枕石堂」と書かれた冒険用品店を見つけた。ちょっとのぞいてみたら、お店の中にはちょっと黒い人がいて、忙しそうに店の中を掃除していた。その人は店のオーナーで枕石という。あの料亭「枕石屋」も経営していてメガロポリスでも有数の実業家らしい。私が「何かいいものない?」と聞いたところ、枕石は「この店はついさっきオープンしたばかりだから、何も売るものがない」と答えた。何も売るものがないのにオープンするなんて変な店だ。でも今度来る時までには何か入荷しておくってさ。
数日後に枕石堂に行った。店長の枕が笑顔で出迎えてくれた。中にはピカピカな道具から古ぼけた道具まで沢山並んでいて、それぞれに値札が貼ってある。私は穴掘りピッケルを買おうとしが、お金を持っていないことに気付いた。ガーン。私がションボリしていたら、枕石が「これを食べて元気出せ」と「化石おこし」をくれた。ありがとう。じゃあ、私はお金を取りに行くからね。
お金を取りに戻って穴掘りピッケルを買った。これは、何かを掘り出したりするのに使う道具である。これでタイムカプセルを発掘できるだろう。枕石は「お買い上げありがとうございます。それから、これはオマケ、銀のスプーンをおつけしますね」。わ〜い、オマケまで貰っちゃった。枕石は気前がいいや。
穴掘りピッケルを持って砂漠へ行った。しばらく掘っていたところ、金属の箱が出てきた。これは多分タイムカプセルだよ。中を開けようとしたのだが…そのカプセルはかみつき箱だった。あまりに突然だったから、かみつかれてしまつた。血が出るし、叩いてもなかなか放さないし、散々だった。
気を取り直してカプセル発掘を再開した。そしたら後ろの方でキュルキュルという音が鳴っていたのだが、そのまま無視して掘り続けた。しばらくしたら、急に後頭部にガツンとスゴイ衝撃があった。何がなんだかわからないまま後ろを向いたら、そこには巨大な怪物が立っていて襲いかかってきた。私は必死で逃げた。あんなにデッカイの、戦っても絶対勝てないから。ふぅ…頭がズキズキする。
中心街には人が沢山いる。オレンジ色の袈裟を着た托鉢僧侶とか、毛を逆立てたモヒカンとか。でも港とちがってワイワイガヤガヤという感じではない。皆が忙しそうである。旅の薬売りに会った。昨日まで港に行っていたという。港には海賊の船長がいたって言っていた。楽しそうだ。
中心街には何でもある。映画館、ゲーセン、ホテル、プール、ラーメン屋、コンビニ…。すごく高いビルも沢山建っている。すごいなあ。誰が建てたのかなあ。お城なんかは、昔、農民たちが沢山駆り出されて作られたらしいけど、これもやっぱりそうなのかな…。大都市の冒険スポットというと、裏通りとか、地下街とかかな。超高層ビルのエレベーターなんかもいいかなあ…。いい冒険スポットがいっぱいあり過ぎてうれしい悲鳴が出ちゃう。ぎゃー!
どこからかラーメン屋のいいニオイが…。そしたらお腹が減ってきちゃって…。ラーメン屋に入って、チャーシューメンの大盛りを食べた。あんまりおいしくなかった。食べ終わってお金を払おうとしたのだが、財布がない!確かに逆さポケットに入れておいたのだが…。途中で落としたのかもしれない。
食い逃げしようかとも思ったのだが、やっぱり正直に店員さんに話した。そしたらこのラーメン屋、小さくて立ち食いなのに筋肉ムキムキの用心棒がいて、その用心棒がやってきて「じゃあ働いて返せ!皿を5千枚洗え」と言う。私が「それはできない。せめて100枚くらいにして」と言ったら、その用心棒が怒リ出してフライパン持って私の方に向かってきた。
用心棒がこっちに向かってくる間、どうしようと思ってブルっていた。そうしたら横からズタ袋を肩に下げた人が出てきて私の代金を代わりに払ってくれた。めちゃくちゃ親切な人だよ。その人は冒険家を目指していて、テフチンという名前という。私も冒険家だよと言ったら、多分そうだと思ったという。これからどこかで会うかも知れない。一つ借りができちゃった。
公園に行くと、テントが張ってあり、「マンション建設反対」の幟と共に「小人大会開催中」という幟が立っていた。小人大会の幟やポスターは色々な場所で目にしていた。大会のことを聞いてみたところ、「小人ビン」という変なビンをくれて、「これに小人を入れて会場に来て下さい」という。今、この街の草むらに放してあるんだって。小人を持ってないと会場には入れないという。
草むらの中を歩いていたら、急に小人が飛び出して来た。もしかしてこれが小人大会で言っていた小人だろうか。その小人は目つきが鋭くて強そうな感じがする。その小人が急に襲いかかってきた。一生懸命戦ったのだが、すばしっこくて強い。別段傷なども無いのに私は泣きうめく。
「…私は…私は、私は勝てんのか。」
小人は飄々と無視を決め込み、冷淡な唇は私の貧弱な二の腕を、私をせせら笑う。聡明そうな眉はぴくりとも動かず、瞳には虚空にすら無い。一度拳を交わせば知れると言うのに、肩に積もる埃さえ祓わぬと言うのか。それが答えとするならば、私は…。
気配は正直なもので私の眼が頑なに求める栄光が既にそこにないことを物語っている。雲は逃げ、陽は白く金色ではないのであろう。小人は未だ動き出さない。それで逃げようとしたら、お尻を刺されて血が出てきた……死ぬかも。でも、これくらいでへこたれないよ。まだ襲い掛かってくる小人を何とか押さえ込んで、小人ビンに入れた。
小人を持って小人大会の会場に入った。捕まえられた小人同士が、血みどろになって戦っている。私はかわいそうに思って大会に出るのをやめた。小人の故郷は大陸の森にある。それがこの大会のために連れてこられたという。だから私は小人を故郷の森に帰してあげると約束した。
例の小人の森の奥の場所に小人を連れていった。小人をビンから出して草の上に置くとしばらくして目がさめた小人はとてもビックリしていた。一度こっちを見てから、森の奥に向かって走って行った。そしたら、森のあちこちから小人が出てきて胴上げされていた。私が去ろうとすると小人が何か手に抱えてこっちに走って来た。小人が手に抱えていた物を私の方に差し出しているから受け取った。それは「浄化の種」というものだった。善行をした後は気持ちがいい。
野原を歩いていたら、北に向かう集団がいた。大きな網と小さいビンを沢山持っていた。あれは小人ビンじゃないか。さてはこの集団は小人を捕まえに行くのだな。よし、私がこらしめてやる。後ろからそっと近づいて、一人一人の後頭部にチョップを食らわせて気絶させてから縄で縛って説教するのが作戦だよ。早速作戦開始。
私は小人ハンターを追ってこっそり後ろから近づいていった。一番後ろの密猟者から順々に後頭部にチョップを食らわせていった。一番先頭の密猟者がそれに気づいて剣を構えて向かってきたけど、私はそれをひらりとかわして首根っこにチョップを食らわせてやった。最後の仕上げにみんな縛り上げて説教してやった。小人ビンはその場で全部割り、「小人キラー」という武器も危険だから破壊した。これにて一件落着だね。

推理小説 推理小説を手にして「犯人だれ?」という質問に対して、皆に聞こえる大声で犯人は誰それという野暮はしたくない。まだ小説読んでない人もいるだろうし。犯人を探し出す手助けだったら惜しむつもりはない。

詩は感覚で書くものである。感じたこと言葉にする。それをできるかできないかが才能。「この出来事をそういう風にあらわそうかな」「かっこいい言葉でかざりつけしたい」と考えてしまうと詩はかけない。考える前に感じる。鋭く観察する。言葉をもっと知る。そうすれば感覚が言葉になる。自分自身が言葉になるのと同じである。一つのことを伝えるのに何万もの言葉があふれてくる。心に響かないのは、詩がひねくれているから、意味を殺した言葉が多いから、くどくて長いから、心がそこに存在しないから。簡単な言葉を探そう。詩は誰にでも書ける。

朗読(ポエトリー・リーディング) 自分で書いた詩を、自分で朗読するというのはどんなものだろう。自分で自分の詩を自分だけで楽しむのは勿論ありだが、自分止まり。いつまでたっても自分だけ。リーディングに行って他人の生の反応をダイレクトに感じたら、何であれその一点は破られる。井の中の蛙になってもいられない。韻を踏んでいたり、耳で聞くだけでも、ぱっと感じ取れるようなものなら、朗読も素晴らしい。イベントは各主催者のセンスで形態、人数、会場、雰囲気、居心地も読まれる詩もかなり違うので一緒くたには出来ない。ただ仮に大多数の人にとって居心地が悪いのであれば、現在ほど多くのリーディングイベントが行われること自体、とても起こりにくい現象のような気はする。

今のリーディングはアメリカのビートにその源流があり、それを60年代後半から70年代に、マイノリティ性や、差別撤廃のメッセージ等を変形、あるいは換骨奪胎しながら輸入したのが、その始まりと思う。勿論、大昔からある和歌の朗詠とかは別である。実際、70年前後には都会ではさかんに詩の朗読会が開かれていて、一種のアングラ文化として若年層に支持されていた感もあって、当時『現代詩手帖』の思潮社も1年を通じての連続朗読イベントを行っている。80年代にもねじめ正一なんかが登場して、一種の朗読人気があったらしい。オープンマイク(自由参加)型が主流のここ数年のリーディングについては、97年ごろに高田馬場Ben'sCafeで行われたのが、その先駆けと思う。今はオープンマイクもじょじょに飽きられ始めていて、関西圏を中心に、ワークショップなどと連携しながら、今後のあり方が模索されている段階だろう。

Life Lessons 1羽の小鳥が越冬のために南に向かって渡っていた。あまりの寒さに、その小鳥は大草原の中に落下してしまった。その場に伏せっていると、通り掛かりの牛が小鳥の上に糞をして行った。牛の糞の固まりの中で横たわっていると、小鳥は、その中がとても温かいことに気が付いた。牛の糞は凍えた小鳥を生き返らせてくれたのだ!小鳥は、そこが温かで気持ち良かったので、間もなくうれしくてさえずり始めた。そこに通りかかった一匹の猫が、小鳥のさえずりを耳にして、辺りを探索し始めた。鳥の声をたどって、それが牛の糞から聞こえて来ることに気づきその場で、小鳥を掘り出し食べてしまった。

1) あなたに shit(人の嫌がる物、事)を与える全ての人が敵という訳ではない。2) あなたを shit から引き出してくれる全ての人が友人という訳ではない。3) あなたが shit の深みにはまっている時はおとなしくしていなさい。


人に迷惑をかけない程度に自分勝手に行動する 自分の気分によってまわりの物の見方が変わる。太陽の光が気持ちよく感じる海。太陽の光がうるさく思う朝。人間は気分屋である。他人を傷つけまいと無難に選んだ言葉が、かえって人を傷つける。人によって言葉を選んでいると、たまに自分が見えなくなる。人といるのはそれなりに楽しいけれど、人の心の裏を読みすぎてしまい、一人で悩んでしまうこともある。馬鹿みたいだ。「人に迷惑をかけない程度に自分勝手に行動する」。これはいい言葉だ。いつもこの言葉を頭に入れて置こうと思う。

社会に適応できなかった時、人はどうやって世界と折り合いをつけていけばいいのか。第1に世界に見切りをつけて、小さ隠れ家を自分で確保する。第2にこの世界と少しずつ馴染むための努力をする。第3に自分を受け入れてくれる世界を探して旅に出る。そのような世界はきっとどこかにある。モラトリアムな感情を持ち合わせる子供の私。現実と社会の壁の前で少年は忘れてはならぬものがある。それは自己主張。すなわち自分だ。自分の心は自分だけしか持ち合わせていないもの。さぁ狩りに出よう。勝利を奪おう。その行為に真の価値を見出そう。


レスポンス 6時間40分に渡る放置の末、私は漸く私に対する(と、思われる、そう信じている、思い込んでいる、妄想している)書き込みを頂くことに成功した。これは私がここで得たはじめてのレスであり、それをしてくれた方には大いに感謝せねばなるまい。しかしここで一つ気になったことがある。それは私と偽物の書き込みから住民の方のレスポンスまでの所要時間についてである。フェイクが初の書き込みからレスを貰うまでの時間は2分だった。ここで考えねばならないことがある。

それは私とフェイクとでは一体何が200倍違うのかと、それについてである。人気が違う、実力が違う…等、様々な可能性が考えられるが、一番大きいのはやはり書き込みに対してレスをしたいと思わせることだろう。この点について私はフェイクに200倍の差を付けられたことになる。だが忘れていたが、レスポンスとは反応の意であり、放置もまたレスポンスの一つの形である。私は書き込みという形をとった反応のみに目を向け、それに以外のレスポンスを無視していた。


潜在能力 本来誰でも世界で唯一の誰にも真似のできない天才のような能力を持っている。だだ、その本来の天才的潜在能力を発揮していないだけである。その潜在能力の扉を開けた人だけが天才と呼ばれてきただけである。ほとんどの人はその潜在能力を一つも世の中の為に発揮できずにこの世を去っていく。実にもったいない。潜在能力が引き出されてからは、気持ち良くぐっすり眠れるようになった。何故か分からないが自分でも驚くほど直感力が鋭くなった。パソコンも解説書を読まなくても、使い方が直感的にひらめき分かる。集中力と想像力が大変豊かになってきた。受験で目標大学に入ってから、資格を取ってからが本当の勉強に入る。大きな人生の最終目標に向けて出発しよう。

画鋲 画鋲を踏んだ。これは新鮮な痛みである。しっかり根元まで入っていた。さて何故かちょっと考える。どうしようかなと。まぁとりあえず抜こうとする。しかしこれが案外抜けにくい。ゆっくりと抜いてみる。抜けていく感覚がリアルに感じられる。自分は間抜けだと思いつつ消毒する。かなづちで叩いて血を出した方がいいとの見解もある。画鋲のキズは小さい割に深いので、細菌が出血によって洗い流されにくく化膿しやすいので、叩いてでも血を出したほうがいいとする。

霜焼け 指がかじかむんで霜焼けになった時は、アザラシの肉の中に手を入れると、手が暖まり凍傷を防げる。エスキモー達はこういった方法で霜焼けを回避している。

クエン酸リンス クエン酸リンスのサラサラ感を求めて思考錯誤している。みょうばん水はリンスには不向きらしく挫折したが2日目にみょうばん水でギトギトになった髪の毛にクエン酸リンスをしたらびっくりするくらい「つるっサラッ」になった。今回のクエン酸リンスはいつもよりはちょっと濃い目に作ったからかな、と思い、やっと出会えた感触に満足した。「あ〜みんなが言ってたたサラサラってこの事か〜これが毎日続くと安室みたにサラサラになれるのかな」と喜んでいたものの次の日はまたいつもどおりのクエン酸リンスのギシギシ感に戻ってしまった(;_;)ウルウル。

それからはクエン酸リンスにみょうばん水を混ぜてみたり、前と同じようにみょうばん水をしてからクエン酸リンスをしたり、洗面器のお湯に直接クエン酸を入れてリンスにしてみたり…といろいろ実験したがあの「つるっサラッ」にはならない。使用している石鹸は手作りのエッグノッグのシャンプー石鹸やオリーブ石鹸である。母はみょうばん水とクエン酸リンスを同量で溶かすといい感じって言っていた。私の最高の1日はリンスで洗っている途中からサラサラになっていた。自分にあった濃度を探すのは難しい(^。^;)。あまり濃いと肌に良くないという。

私は結構剛毛で、ヘタなシャンプーだとがさがざのぱさぱさになってしまうタイプだが、石鹸洗髪+クエン酸リンスで現在しっとりさらさらである。初めはビネガーリンスだったのだが、これは少しきしみが残る感じだった。そこでペパーミントリンス(水+クエン酸+(グリセリン+ペパーミント精油))を試してみたところ、洗面器のリンスに髪をつけた途端、きしんでいた髪がサラサラと緩み、感動した。


コンキチ号 コンチキ号の冒険かコンキチ号の冒険かわからなくなる時がある。雰囲気を「ふいんき」と言う人もいる。

トレンドtrend 日本語で言えば「傾向」。経済変動の長期的動向や、ファッションの動向などに広く用いられる。

水増し 読んで字のごとく、水を加えて量を増やすこと。実質はないのに見かけだけを増やす事、のたとえとして広く用いられる。

小惑星 本来は火星と木星との軌道の間にある、数多くの小天体を指す。これらは太陽の周りを公転し、ほとんどが半径5km以下。現在までに約6000個が確認されている。


イームズデザイン フォーマル、カジュアル、モダン、和風、北欧風、カントリー…。部屋のテーマをどうしよう。私はアメリカンモダンに象徴されるイームズデザインに興味津々。ポップな色彩、シンプルで機能的なデザインの椅子は特に人気で、代官山、表参道のおしゃれな喫茶店で使われることが増えている。雑誌、テレビでも取り上げられ、まさに小ブームと言っても過言ではない。しかし椅子1脚でも少々高めである。普段の生活にはできるだけお金をかけず、欲しい物には奮発するという最近の消費傾向が反映しているのだろうか。
のりはがしスプレー シューッとのりの着いている部分に吹きかけて、少し(20秒程度)おいて静かにはがす。そうすると綺麗にはがすことができる。勿論、あとからシーリングするときは普通ののり・粘着テープが使える。スプレーした時は紙に油をこぼしたようなシミになりますが、時間がたつとそれも、揮発してシミは消える。文房具屋で売っている。高い物ではないので、一つあると重宝する。

刃物と紙 刃物と紙みたいなスッパリ切れるものはあまり好きではない。最近スライムが入った砂時計が非常に気になって、それが置いてある店に行くと連れがいてもジーっと見入ってしまって少し危険である。そういうインナーにイっちゃう系に触れたいお年頃である。しかし薬は怖いから嫌である。

古文

後白河天皇(1127-1192) 後白河天皇の御所はいつもよりものんびりとしていて、側近く仕えている公卿(上級貴族)3人と女房が数人お側にお控え申し上げて、取り留めのない話をしている時におっしゃったことには「あなたたちの身にとって、とても思い出される秘密のことが、何かあるでしょう。ある意味では懺悔のため、皆様方ありのままに話さなくてはならない」とおっしゃられて、法王からじゅんじゅんにおっしゃっていった。小侍従が順番にあたって、「けっして、あなたには素晴らしいことはありませんでしょうな。」などと人々がいえば、小侍従は笑って「多くございますよ。その中から取り上げて生涯忘れられない一件がございます。まことによくないことに執着することになりそうなので、御前で懺悔をすれば罪も軽くなるでしょう」と言って話し出した。

「以前、ある所からお迎えに来ていただいたことがございまして、まるで分別をなくするくらいに激しい恋の虜になりまして、特別な気分になって、どうしたらよいだろうかと思いましたところ、月が冴え渡って、風も肌寒いところに、夜も少しふけていくと、あれこれと思い乱れて、じれったさ限りない事に、車の音がはるか遠くに聞こえて、ああ、これではないだろうかと胸が騒ぐと、からりと車が門内に入ってきたので、いよいよ心を思い悩ませられて、人に見られたら体裁が悪いほどに急いで乗りました。そうして到着して車寄せに寄っていくと、御簾の中から気品があってなえらかに、いとしく思う人が出てきて、簾を持ち上げて下ろすと、まず非常にいとしく私が感じると、立ちながら衣ごしにみしと抱いて、「何という遅さだ」といった様子はどのように申し尽くそうとも覚えております。

そしてしめやかに語っていると長夜も限りがあるので、鐘の音がはるかに響いて、鳥の音もはやくも聞こえれば、睦まじく語り合う話もまだ尽きなくて、朝置く霜よりもなお消えかえりながら起きて別れようとすると、車を寄せる音がするので、魂が身に添わない心地がして、上の空で乗ったのでございます。帰ってきても、寝直す気があれば飽きる事のないなごりを夢にも見ようが、ただ世に知らぬ匂いが移ったものだけが形見なので、嘆きに沈んでいたところが、その夜に、その方と衣を取り替えてきておりましたものを、明日取り替えたりすれば、移り香の形見さえ別れてしまった心のうち、どのように申し述べようとさえ分からず、仕方がなく思っております。」

漢文

『墨子』主要な哲学は「兼愛」「非攻」「尚賢」「非命」「実利」であり、キリスト教よりも強い博愛主義を持っているとも考えられている。また、墨子は技術者集団としても認識されている。なかでも築城技術はすぐれていて、本編の中にもそれ類する話は多くある。また、儒教=当時の支配者に対する批判的な姿勢も読み取れることが出来る。「公輸削鵲」でも『鵲』は、人民にとっては無用の物としてあると考えれば、支配者階級のために奢侈品(装飾具など)、祭りごとを行うに必要な高価な器物、あるいは他国を侵略するための武器をつくる職人達にとって、生活に役立たないものをつくるのはそれがどんなにすばらしいものでも、それはまったく無縁のものであるといえよう。まさに「鵲」はそれを指しているというのである。

「公輸削鵲」。公輸子が、竹と木を細工して、かささぎを作った。ささぎが出来、飛ばして見ると、三日間も(飛び続けて)降りてこなかった。公輸子は、 自分のことを最高の技術者だと思っていた。墨子は公輸子に言った。「あなたがかささぎを作った技術は、大工が車輪のくさびを作る技術にはかなわない。大工はあっという間に三寸の木を切って、五十石の垂さに耐えるものを作ってしまう。つまり、作ったものが、人に役立つものならば立派な技術だと言えるが、人の役に立たなければ下等な技術にすぎない。

○語句
公輸子 春秋時代の技術者で、現在でも「大工の神様」としてあがめらあれている。名は班(盤)。「公輸」は号とも姓とも言われている。『墨子』には、公輸が楚のために「雲梯(うんてい)」という攻撃用の兵器を作り、墨子がそれを批判し、楚王の前で模擬戦を行って宋への侵略をやめさせたという話が載っている。

至巧 「至」は「最高の」という意味。「至誠・至聖・至尊」という語がある。
不如 「しかず」と読み、「及ばない」という意味。
須臾 「しゅゆ」と読み、「わずかな時間」という意味。
功利 「功績と利益」。この語はわるい意味で「栄達と利欲」とも使われる。


「荘子」そうじ。老子とともに儒教とは反対の立場で、自然のあるがままを尊重する立場をとった。「渾沌」でも、物を変えようとする人間のあり方を批判している。分別するということは、必然的に価値の違いを生むことになる。善悪・美醜・正邪・賢愚・強弱など人間はより高い価値を求めて文明を築き上げてきた。そして人間はその価値観を絶対と信じて疑うことを知らないものになっていった。世の中には別の価値観が存在するということに想いを致すことが出来なくなってしまっている。それは自由な発想の低下を招き、文明を危機にまで陥れている。この危機から人間を救うには価値観の拘束を取り、精神を自由に動かすしかない。荘子がいう無為自然とは「渾沌」をそのままの形で愛することである。現代の文明のなせる技にも十分通用する話である。

「渾沌」
南海の帝(神)を條と言い、北海の帝を忽と言い、中央の帝を渾沌と言う。條と忽とは折りにふれて渾沌のところで会っていたが、渾沌はいつも大層親切に彼らをもてなすのだった。條と忽とは渾沌の恩徳に報いる相談をして「他の人には だれにでも七つの穴があって、それらで美しいものを見たり、すばらしい音楽を聞いたり、おいしいものを食べたり、息をして良い香りをかいだりしてい る。ところがあの方だけにはそれらがない。ひとつ試しに穴を開けてさしあげては」と話した。そこで毎日一つずつ穴を開けていったところ、七日目に渾沌は死んでしまった。

○語句
相与  「あひともに」とよむ。二人してという意味。
謀報  「むくいんことをはかり」とよむ。ここでは、お礼をすることを相談してという意味。


「列子」。老荘につぐ道家の思想家である。この話では「遊」が一つのキーワードになっている。「遊」とは何ものにもとらわれない自由という意味である。しかし、人間はさまざまな価値や規範を立てて、それに基づいて行動しようとしてきた。そして、それにとらわれ、こうでなくてはいけない、こうあるべきだというようにしてきた。列子はそれを人間が立てた価値観にとらわれて、自由を失ったと考えたのである。「遊」という思想に立ち戻り、そうすることで、なにものにもとらわれない自由な生き方、人間的なあり方を求めたのである。鴎と遊び戯れているとき、彼は鴎と一つになれた。しかし、つかまえようと作為を働かせたときに鴎との一体感は失われてしまったのである。

「鴎鳥舞不下」。海のほとりに住む人で、かもめの好きな者がいた。毎朝、海辺に出てはかもめと一緒に遊び戯れる。集まってくるかもめは百羽にとどまらない。 父親が言った。「なんでも、かもめが皆おまえと一緒に遊ぶんだそうだな。一つつかまえてこい。ペットにしたいから。」翌日、海辺に行ってみると、かもめは舞い上がったまま、降りてこなかった。 だから言うではないか、「最高の雄弁は無言であり、最高の行為は無為である。」と、凡人の知恵の知り得ることは、まことにあさはかである。

○語句
海上 「上」は漢文では「ほとり」と読ませる場合もある。「川上」は「川のほとり」である。
毎旦 「旦」は朝という意味。「元旦」はその年の初めての朝ということ。
百数而不止 百という単位で数え切れない。


「韓非子」かんぴし。儒教に対する批判は道教ばかりではない。法家もその一つである。韓非子は学者を好ましく思っていない。学者は昔の文献から今の政治を批判するだけで、何一つ行動しないからである。学者、すなわち儒者が理想とする時代は人口も少なく、文化も低く、制度も整っていない時代のことで、その時代の規範が、複雑になった社会に適用は出来ないのだというのである。書物に書かれたことを善しとし現実を無視するあり方に韓非子は反論するのである。現実を無視して書かれたものを絶対化する、かつ学者は支配者の立場として、何ら生産的なことをせず、農民を戦場に送る。これでは富国はできない。韓非子はそれを心配する。

「且買履」。鄭の人で、履物を買おうとしている者があった。あらかじめ足の寸法を測って、その寸法書きを自分の座っていたところに置いた。市場に出掛けるときになって、それを持っていくのを忘れてしまった。履物を手にしてから、言った。「寸法書きを持ってくるのを忘れた。」と。引き返して家に帰り、寸法書きを取ってきた。ところが市場に引き返してみると、もう市場は終わっていた。そのまま履物は買えずじまい。ある人が「どうして自分の足に合わせてみなかったか」と尋ねた。彼は「寸法書きは信用できても、自分の足は信用できない」と答えた。

○語句 且買履  「且」は再読文字。「まさに……せんとす」
度     はかるという意味。
坐     「座席」
反     「返」ということ。
罷     「やめる」ということ。
不得    「えず」で、手に入れることが出来ないという意味。
何不    「なんぞ……せざる」で「どうして〜しないのか」という意味。
寧     比較・選択を表す語。


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