テロとの戦いの現実を描く『シークレット・ディフェンス』

林田力

『シークレット・ディフェンス SECRET DEFENSE』は2007年に公開されたフランスのアクション・スパイ映画である。監督はフィリップ・ハイムPhilippe Haim、主な出演者はジェラール・ランバンGerard Lanvin、ヴァヒナ・ジョカンテVahina Giocante、ニコラ・デュヴォシェルNicolas Duvauchelle、シモン・アブカリアン、ラシダ・ブラクニ、オレリアン・ウィイク、製作はイヴ・マルミオン、撮影はジェローム・アルメーラ、編集はシルヴィ・ランドラである。

本作品はテロリストと諜報部員の終わりなき戦いを、複雑に絡み合う人間模様とともに描く。DGSEのアレックスAlexとテロ組織の指揮者アル・バラドは最も恐ろしい武器(人間)を利用して戦っている。彼らの戦いに二人の若者が飲み込まれていく。DGSE(対外治安総局)のエージェントとなった女子学生ディアーヌDianeと、テロ活動に救いを見出そうとするピエールPierreを軸に物語は進む。組織の末端として利用される二人の若者を中心に描いた点が特徴である。

青年ピエール(ニコラ・デュヴォシェル)は貧困からドラッグの売人となるが、おとり捜査で警察に逮捕されてしまう。刑務所内で囚人から虐待される彼に救いの手を差し伸べた存在はムスリムのグループであった。

社会の底辺で苦しむ若者達が工作員として利用されてしまう背景には彼らの孤独がある。社会から切り離され、疎外された彼らは、彼らを利用しようとする集団の中で生きる以外に選択肢がなくなる。その意味で本作品は日本社会にも重い意味を持つ作品である。

「テロとの戦い」が喧伝される以前に日本ではオウム真理教によるサリン事件が起きていた。本作品でピエールがしたことは、オウム真理教によって初めて人とつながれたと感じた信者達が犯罪に手を染めていった過程と恐ろしいほど類似する。格差が拡大する日本社会では若者の孤独や社会への憤りはますます深まっている。社会から弾かれた若者達がテロ組織に取り込まれてしまう下地はできており、日本社会にとって決して他人事ではない。

テロ組織とテロ組織に吸い込まれる若者の関係をリアルに描いた本作品であるが、さらに秀逸な点がある。それはテロ組織が若者を利用するのと同じやり方で治安機関も若者をエージェントにしていることを明らかにしたことにある。

女子学生ディアーヌ(ヴァヒナ・ジョカンテ)は就職先が決まっていたが、落第点を付けられために卒業できず、人生設計を狂わされる。さらに恋人の父親のアレックス(ジェラール・ランバン)に売春の事実を指摘され、DGSE(対外治安総局)のエージェントになることを強要される。

治安機関とテロ組織という正反対の組織が対立するが、両者のやり方は恐ろしいほど近似する。それは心理的に追い詰められた人間を工作員として利用することであった。両組織とも追い詰められた人間を工作員としてリクルートし、道具のように利用する。

テロを実行する側とテロを阻止しようとする側による、味方までも欺く、だましあいは最後までハラハラさせる。本作品はハリウッド映画に典型的なスパイが悪の組織を打破する勧善懲悪的なヒーロー・アクションとは異なる。本作品のスパイはヒーローではなく、人間性を喪失した空虚な存在である。

一方でテロリスト側に軸足を置き、国家権力の腐敗を告発する作品でもない。作品内の字幕で「9.11以降、約15のテロがフランスの諜報活動によって回避されている」と紹介されているように、諜報活動が人命を救った面がある。

また、テロ組織の黒幕アル・バラドはムスリムの諜報部員から「イスラムを政治的に利用しているだけ」と批判され、最後には「イスラムを汚している」と糾弾される。国家権力を善か悪かに決め付ける分かりやすい価値観で描いていない分、重厚な作品となっている。

本作品は日本では2009年3月14日に「フランス映画祭2009」の一環として上映された。フランス映画祭はフランス映画の振興を目的とする団体・ユニフランスが主催し、日本未公開の新作映画を多数紹介する。「フランス映画祭2009」は2009年3月12日から15日までTOHOシネマズ 六本木ヒルズで開催された。

上映終了後には来日したハイム監督と主演女優のジョカンテ氏、日本人ゲストとして犯罪学者の北芝健氏を迎えての豪華トークショーが行われた。左から司会者、ハイム監督、通訳、ジョカンテ氏、北芝氏が座り、映画の話題で盛り上がった。トークショーでは観客からの質問も受け付けられ、映画への視点を深めることができた。また、映画祭に合わせてヒルズカフェを改装したフレンチシネマカフェではハイム監督やジョカンテ氏のサイン会も行われた。

上映終了後のトークショーで、ハイム監督は異なる境遇の二人の若者が同じような悲劇に遭う様を並行して描いたと映画の意図を説明する。「DGSEとテロリストは正反対の組織であるのに同じメソッドを使っているという共通性があることを描きたかった」と語る。映画撮影のために大勢のスパイやムスリムの活動家と会った。彼らが皆、孤独であることに驚いたという。

「DGSEとムスリム系テロ組織が同じことをしている」と指摘されても日本人にはピンとこない。これを「公安警察とオウム真理教が同じことをしている」と置き換えれば本作品が非常に挑戦的な意欲作であることが理解できる。テロを取り締まる側も組織の中で人間性を喪失してしまうという実態がある。

実際、元警視庁刑事の北芝氏は「僕が警察官を途中で辞めたのは、アレックス(作品中の非情な捜査官)のようになりたくなかったから」と発言した。社会の不満を吸い込むテロ組織、それを取り締まる側のテロ組織と共通する非人間性、とはいえ彼らの非人間的な活動によってテロが防がれているという現実など深く考えさせられる作品であった。

ジョカンテ氏は「最初は私が演じる予定ではなかった」と語る。この役を獲得するために積極的に戦った。シナリオを読んだ段階で、このようなすごいシナリオは久しぶりと感動し、本当にやりたいという思いを監督にぶつけたという。

北芝氏は「シナリオがすごい」と絶賛した。テロリストと国家権力側の戦いを描く映画は星の数ほど存在するが、北芝氏は「エスピオナージュ(スパイ物)に四つに取り組んだ」と評する。その言葉通り、本作品は複雑な現実を単純化せずに直視する。

北芝氏は警視庁捜査官としてのキャリアからスパイ映画の背景解説者としてゲストに呼ばれたものと推測するが、トークショーのエンターテイナーとしても適任であった。北芝氏はハイム監督に「何故、エスピオナージュに取り組んだのか」と質問した。この質問自体は映画撮影の動機を聞く普通の質問である。この後に「スパイに知り合いでもいるのか、それともヴァヒナの才能を見出したのか聞きたい」と付け加えたところが上手である。関係ないところでさり気無く女優を褒めている。

その後も北芝氏は「撮影中に一番つらかったことは」とジョカンテ氏に演技面での質問を振っていた。この質問によってジョカンテ氏から「ラブシーンが難しかった」という硬派なエスピオナージュらしからぬ回答を引き出している。

本作品は社会性あるスパイ映画という性質上、ストーリーに関心が集中しがちである。トークショーでは観客からの質問も受け付けたが、監督に対するストーリー絡みの質問が多かった。そのため、ジョカンテ氏の存在が忘れ去られがちであったが、北芝氏が積極的に引き戻していた。

北芝氏は著書(『やんちゃ、刑事。』など)で欧州留学中に現地の女性とアバンチュールを楽しんだと書いている。今回のトークショーで見せたような女性の対する気の使い方を踏まえれば白人女性にもてたということも納得できる。「シークレット・ディフェンス」は重たいテーマを扱ったスパイ・アクションであるが、それ以外の映画の楽しみ方も見出せたトークショーであった。

林田力


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