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東京ムジークフロー2013新春特別演奏会

オーケストラ・東京ムジークフロー「新春特別演奏会」が2013年1月5日に彩の国さいたま芸術劇場・音楽ホールで開催された。テーマは「音楽で巡るヨーロッパの旅」である。指揮者は菊地俊一氏である。今回はソロパートが目立ち、演奏者にとって腕の見せ所であっただろう。

最初に演奏した曲はニコライ・アンドレイェヴィチ・リムスキー=コルサコフ「ロシアの復活祭」序曲である。リムスキー=コルサコフは19世紀後半に活躍したロシア五人組の一人である。ロシアの民謡や文学を題材とした民族色の強い作品が多い。後進の育成にも力を注いだ。

東京ムジークフロー特別演奏会(江東区文化センター、2011年1月15日)で演奏した「8つのロシア民謡」の作者アナトール・コンスタンチノヴィッチ・リャードフはリムスキー=コルサコフの弟子である(林田力「東京ムジークフローが19世紀ロシア音楽を演奏」リアルライブ2011年1月18日)。

「ロシアの復活祭」序曲はロシア正教の聖歌集を題材とした曲である。後半には復活祭の祝祭的な雰囲気が入る。敬虔さとリズミカルさが盛り込まれた曲であるが、ムジークフローの演奏には賑やかな中にも重厚さがあった。

次はヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル「フルースエの花々」(フレーセーの花々、フレセの花々)である。ベリエルは19世紀後半から20世紀前半に活躍したスウェーデンの作曲家である。後期ロマン派に属する。

フルースエFrosoはイェムトランド地方のストゥーシェン湖(ストゥール湖、Lake Storsjon)に浮かぶ島である。ストゥーシェン湖は英国ネス湖のネッシーのような怪物が棲むという神秘的な島である。ベリエルは1896年の「フルースエの花々」発表後にフルースエ島に別荘を建て、永住した。

「フルースエの花々」は3巻からなる。今回は「夏の歌」「バラに寄せて」「お祝い」「フルースエの教会にて」の4曲を演奏した。いずれも詩情豊かでロマンティックな曲である。可愛いらしい気持ちにさせられる。

3曲目はエンリケ・グラナドス「スペイン舞曲集」である。グラナドスは19世紀後半から20世紀前半に活躍したスペインの作曲家である。第一次世界大戦中の米国公演からの帰路に乗船サセックス号がドイツ軍潜水艦による魚雷攻撃で沈没し、行方不明になる。このサセックス号事件はルシタニア号事件と共に米国の参戦の一因になった。

「スペイン舞曲集」は1巻に3曲が含まれる全4巻全12曲のピアノ曲集である。今回は「オリエンタル」「アンダルーサ」「ロンダーシャ」の3曲を演奏した。スペインの民族音楽を反映した情緒的で美しい作品である。愁いを帯びたメロディが印象的である。一方でスペインの民族音楽として聴くならば、いわゆるスペインらしさ(カルメン的な情熱)は弱い。いかにもスペイン的という楽曲は他にもある。これは民謡を下敷きにするという民族派作曲家のオーソドックスな手法を踏襲せず、独創性を重視したためである。

4曲目はベドルジハ・スメタナ「わが祖国」より「ボヘミアの森と草原から」である。スメタナは19世紀チェコの作曲家で、チェコ国民音楽の礎となった。「わが祖国」は6曲で構成される連作交響詩で、第2曲の「モルダウ」(ヴルタヴァ)が圧倒的に有名である。「ボヘミアの森と草原から」は第4曲である。ボヘミアの雄大で豊かな自然を連想して気持ちが高揚する。国民の奮起をアジテートしている感が無きにしも非ずの「モルダウ」に対して、「ボヘミアの森と草原から」は農民の生活を自然体で描いている。

一般にクラシックには国民国家以前の西洋の古典音楽とのイメージがあるが、今回の楽曲はどれも民族性が豊かである。しかも、その民族性は個性を抑圧する偏狭な民族主義と異なり、個性的である。

リムスキー=コルサコフ「ロシアの復活祭」序曲も聖歌から出発しつつも祝祭を楽しむ民衆の喜び織り込んでいる。ベリエルの「フルースエの花々」は国家よりもローカルな世界で、美しい場所での生活を楽しむものである。グラナドスは民謡を下敷きにせずに独創性を重視した。スメタナは民謡を土台にすべきとの国民音楽の保守主義に抵抗し、独創的な作曲をした。

東京ムジークフロー第48回定期演奏会=東京・杉並

オーケストラ・東京ムジークフローの第48回定期演奏会が7月23日に東京・杉並公会堂で開催された。開場は18時、開演は18時30分で、指揮者は菊地俊一氏、コンサート・ミストレス(コンミス)は朴琴愛氏である。今回はイタリア、ノルウェー、ロシアの作曲家を取り上げた。
東京ムジークフローは1967年に設立されたアマチュアのオーケストラである。所と県各地で定期的に演奏会を開催している。2010年1月15日に江東区文化センターで特別演奏会を開催し、チャイコフスキーの交響曲第3番「ポーランド」などを披露した(林田力「東京ムジークフロー特別演奏会=東京・江東」PJニュース2011年1月11日)。
演奏した曲目はジュゼッペ・ヴェルディの歌劇「ナブッコ」序曲とエドヴァルド・グリーグの抒情組曲、ヴァシリー・カリンニコフの交響曲第1番である。アンコール曲は同じくカリンニコフの弦楽セレナードであった。
ナブッコは旧約聖書のバビロン捕囚をテーマとした歴史物オペラである。紀元前の中東でバビロニア王国に敗れて首都バビロンに奴隷として連行されたヘブライ人が祖国を再建するストーリーである。民衆が自由を勝ち得るというテーマは、ナブッコが作曲された19世紀のイタリア社会を反映したもので、現代社会にも響く。シンバルが豪快に鳴らされ、地響きのような迫力のある演奏になった。
グリーグの抒情組曲は全10集に及ぶピアノのための『抒情小曲集』の第5集から4曲を選択して編曲した管弦楽曲である。ノルウェーの民族音楽を取り入れた作品で、「羊飼いの少年」「ノルウェー農民の行進」「夜想曲」「小人の行進」の4曲から構成される。北欧風の澄んだ響きと美しいメロディーを基調としながらも、音楽を楽しむアマチュア・オーケストラらしく、羊飼いや農民・民間伝承の小人(トロル)を主題とした庶民的な軽さも表現されていた。フルート奏者は「演奏していても楽しい曲」と語っていた。
最後のカリンニコフはイタリアのヴェルディやノルウェーのグリーグと比べると知名度が低い。カリンニコフは貧困と病気に苦しみ34歳の短い生涯を終えた19世紀後半のロシアの作曲家である。交響曲第1番はカリンニコフが結核を療養していたヤルタで1894年から95年にかけて作曲した作品で、カリンニコフの代表作である。
第4楽章まである交響曲第1番には交響曲らしい美しい旋律が盛り込まれているが、哀愁感があるメロディーが特徴である。ノスタルジックな感傷を呼び起こしながらも、現代的なメロディーでもある。このメロディーは第1楽章と第2楽章の主題となり、第4楽章で繰り返される。前述のフルート奏者は「ロシア音楽の伝統を踏まえながらも、彼特有の爽やかな作風が良く表れている名曲」と語り、「何か題名でも付いていれば、日本でもポピュラーな曲の一つになっていたのではないか」と惜しがる。
日本では交響曲第1番はNHK交響楽団が1999年にロシアの指揮者スヴェトラーノフを迎えて演奏したことで知られるようになったが、それに先立つ1998年6月27日の第35回定期演奏会で東京ムジークフローは演奏している。指揮者の菊池俊一氏は1999年11月21日の室蘭市民オーケストラでも交響曲第1番を指揮しており、カリンニコフ通の円熟した演奏になった。
今回の演奏会で演奏された楽曲は、王侯貴族の文化というクラシック音楽の通俗的イメージを覆すものである。クラシック音楽は庶民にも力を与えるものである。特に貧困や病苦を抱えた作曲家カリンニコフの楽曲の爽やかさは希望となる。格差が拡大し、貧困が社会問題となり、東日本大震災が追い打ちをかける日本社会でクラシック音楽の現代的意義を見出す演奏会になった。(林田力)

川畠成道ニューイヤーコンサートでヴィヴァルディをアレンジ

ヴァイオリニスト・川畠成道氏のニューイヤーコンサートが1月22日に東京都千代田区の紀尾井ホールで開催された。「ジャズとタンゴのニューイヤー」をテーマにクラシックからジャズやタンゴ風の楽曲まで幅広いレパートリーを披露した。
川畠氏は8歳の時に薬害が原因で難病を患い、視覚障害の後遺症を負った。10歳からヴァイオリンを始め、桐朋学園大学音楽学部を経て、英国王立音楽院大学院に留学した。在学中から数多くの音楽賞を受賞し、首席で卒業し、同音楽院で史上2人目となるSpecial Artist Statusの称号を授与された。英国を拠点にソリストとして国際的に音楽活動を続けている。
ニューイヤーコンサートはモーツァルトのヴァイオリンソナタ第40番・変ロ長調K.454で始まった。K.454は女性ヴァイオリニストのレジーナ・ストリナザッキの依頼で作曲した曲である。ヴァイオリニストの依頼で作曲されただけあって、ヴァイオリンの聴かせどころが豊富である。
注目はアントニオ・ヴィヴァルディの「四季」より「夏」(ジャズ・タンゴetc.編)である。昨年のニューイヤーコンサートで川畠氏は「四季」の「春」をジャズバージョンで演奏し、クラシックの優雅さにポップさを加味した。今回はタンゴのテイストも加えた「夏」を演奏する。編曲者はTOKYO BIG BANDの設立者でもあるジョナサン・カッツ氏である。
「四季」は川畠氏にとって思い出深い曲である。2005年9月にイタリアの名門オペラハウス・ボローニャ歌劇場で、同劇場の室内管弦楽団とイタリアデビューし、「四季」を共演した。同年12月にリリースした1枚目のアルバムも『川畠成道の「四季」VIVALDI THE FOUR SEASONS』である。翌2006年にはボローニャ歌劇場が来日し、川畠氏は東京オペラシティで四季をボローニャ歌劇場室内合奏団と共演した。
「四季」の中では「春」が圧倒的に有名である。明るく軽やかでウキウキしたくなる曲である。春という言葉から連想する曲にピッタリである。これに対して、「夏」は日本人が夏に抱く季節イメージとは異なる。「夏」の主題は嵐である。全体的に暗く、時には突発的にリズムが速まるなど「春」の調和とは対照的な楽曲である。
アレンジ曲ではブルースのリズムを取り入れることで嵐の不調和を表現した。川畠氏の音楽は優しい人柄を示すような、まろやかで暖かい音色が魅力であるが、「夏」では繊細で透き通った音に重厚感が加わっていた。

同心円が新曲「very good song」発表

インディーズ・ロックバンドの同心円が2008年9月29日のJR東日本錦糸町駅前(東京都墨田区)のストリートライブで新曲「very good song」を発表した。ライブでは初演奏である。同心円は竹内洋平と高橋晃によるアコースティックギターを主としたロックデュオである。
同心円は東関東を中心に活動し、錦糸町駅南口の広場では定期的に路上ライブを実施している。ミニアルバム「背中合わせの憂鬱と抱き寄せた小さな幸福」はタワーレコード錦糸町店にて週間インディーズチャート(2008年6月8日〜14日)第1位を獲得した。
錦糸町での路上ライブは15時半からの4部構成で行われた。記者は18時半からの4部で初めて同心円の楽曲を聴いたが、アコースティックギターを使った飾らない音楽である。ロックとは言うものの激しい楽曲ではなく、二人のハーモニーが奏でる聴かせる曲になっている。
新曲「very good song」も聴かせる楽曲である。MCによると「世の中、勝ち負けじゃない」という趣旨の曲という。「他の誰かと比べることはない」と主張する。これは大ヒットしたSMAPの「世界に一つだけの花」と重なるテーマである。とはいえ、この曲にはオンリーワンという力みもない。
競争で勝つことよりも個性を重視する「世界に一つだけの花」は大きなインパクトを与えた楽曲であった。個性を否定する日本社会において、自他共にナンバーワンと認められるトップアイドルが「No.1にならなくてもいい」と歌うことには非常に大きな意義があった。この点は、どれほど高く評価してもし過ぎることはない。
しかし、それ故にポスト「世界に一つだけの花」の音楽シーンにおいて、その克服が一つの課題になる。「世界に一つだけの花」は競争を否定する一方で、実はオンリーワンを志向する。オンリーワンも、ある観点では他者よりも抜きん出た状態である。特別なオンリーワンでなければならないとするならば、押し付けがましさからくる息苦しさは払拭できない。それは苦しい立場にいる人を却って苦しめてしまう可能性がある。
その意味で「very good song」は自然体で元気な気持ちになれる曲である。個性尊重が少なくとも建前上は当然の価値観となった世の中において、いつまでもオンリーワンを志向するのでは進歩がない。「very good song」のような楽曲が発表されたことは素直に歓迎したい。
曲の合間のMCでは単なる楽曲紹介以上にとどめず、積極的に同心円をアピールしていた。とはいえ、朴訥な感は否めず、あくまで自己表現は音楽であると感じさせる二人であった。最後まで聴いてくれていた人々に感謝の言葉をかけていたのも印象的であった。この日は曇天模様であったが、小雨が降り始めたのは路上ライブ終了後で、何とか天候にも恵まれた。今後の二人の活躍に期待したい。

米国の戦略ゲームから戦争観の相違を発見

コンピュータゲームは日本が世界に誇るサブカルチャーであるが、たまには海外発のゲームで、外国文化を味わうことも良い。それによって日本社会で生活していれば気がつかない発想の違いを発見することもできる。米国Sandlot Games Corporationの戦略アクション・ゲーム「Monster Mash」から日本と外国の戦争観の違いを認識させられた。
「Monster Mash」は他の様々なゲームと共にインターネット上に無数にあるゲームのダウンロードサイトからダウンロードできる。私は知人から紹介されて本作品の存在を知った。海外のサイトからゲームをダウンロードして遊ぶことは英語の勉強にもなる。ゲームは有料のものが多いが、国際ブランドのあるクレジットカードがあれば決済も可能である。
「Monster Mash」は牧歌的な世界にあるCurly Valleyの村人をモンスターから守るゲームである。この説明だけでは日本でも似たようなアクション・ゲームがありそうに思える。しかし、このゲームは村に侵攻するモンスターをプレイヤーが守る点が特徴である。
日本のアクション・ゲームのように敵を倒して進んでいくゲームではない。侵略するモンスターと戦うというゲームの性質に似つかわしくないメルヘンチックな画面やBGMも本作品が日本のゲームでないことを強く印象付ける。
プレイヤーは村までの道の各所に砲台を設置する。砲台は設置されると近付くモンスターを自動的に攻撃してくれる。この砲台が全てのモンスターを攻撃すればクリアである。反対にモンスターが攻撃をすり抜けて村まで到達すれば村人が食べられてしまう。
砲台を設置するには資金が必要であり、無制限に設置できない。資金はモンスターを倒すことで獲得できる。砲台の設置場所によってモンスターを効果的に攻撃できるかが変わり、いかに効果的な場所に設置するかが勝敗の分かれ目になる。このゲームのジャンルがSandlot社のWebサイトでStrategy(戦略)に分類される所以である。
本作品の外敵から村人を守るために砲台を設置するという仕組みは海外の作品らしい。悪を倒すために攻め込むゲームが多いという日本の傾向は、そのまま日本の戦争の歴史に重なる。日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・十五年戦争と近代日本の戦争は外に攻める歴史であった。
また、洋の東西を問わず、海外では城壁は市街地の外に作られ、城壁は都市の一般住民を守るためのものでもあった。これに対し、日本では後北条氏の小田原城総構などを除き、城壁は領主を守るためのものでしかなかった。日本の軍隊には人民を守るという意識が歴史的に希薄である。戦前の軍隊は天皇の軍隊でしかなく、国民に「一億総玉砕」を強いるものであった。彼我の社会的背景の相違を踏まえると、「Monster Mash」のようなゲームは日本では生み出されにくい作品であると痛感する。


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