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林田力『東急不動産だまし売り裁判』時代劇

【林田力のドラマ見聞録】大河ドラマに続き、『塚原卜伝』もファンタジー時代劇

今週からスタートしたこのコーナー。各週のドラマの中で特に見どころのあったドラマを紹介する。今回はNHKの時代劇、大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』とNHK BS時代劇『塚原卜伝』である。共にファンタジー色の強い時代劇になった。
『江〜姫たちの戦国〜』は10月2日に第38回「最強の乳母」を放送した。今回は江(上野樹里)に待望の男子(竹千代、後の家光)が生まれ、その乳母として福(富田靖子)、後の春日局が登場する。
江と春日局の対立は江を描くドラマでは大きな見どころとなるが、史実を踏まえるならば江に分が悪い。何しろ江の主張が退けられ、春日局の思い通り家光が三代将軍になる。江の没後の話になるが、江が偏愛した忠長は自害させられた。江を正当化しながら、春日局との対立を描くことには脚本家の手腕が問われる。
『江』の序盤は無愛想なものの職務を果たす福と、「何となく好きになれない」という理由で不快感を覚えるワガママな江という図式であった。そのために江は感情移入しにくい主人公になっていた。ところが、福が父親・斉藤利三を磔にした豊臣家に恨みを抱いていることが明かされる。その恨みの矛先は豊臣家の養女であった江にも向けられた。
これは敬愛する伯父・織田信長を死に追いやった明智光秀を「憎めない」と語った江とは対照的である。天下泰平を望む江と豊臣家の滅亡を望む福という形で人物の優劣は明確化した。登場人物が現代人的な感覚で平和を望むこと自体が歴史から外れたファンタジーであるが、物語としては一貫している。スイーツ大河として我が道を歩んでいる。
スイーツ化した大河ドラマに代わって、時代劇ファンの期待の星はNHK BS時代劇となった。こちらが「真の大河ドラマ」との声まである。もともとは史実重視の大河ドラマに対して娯楽重視の「土曜時代劇」とのスタンスであったが、土曜時代劇がBS時代劇に移り、往年の時代劇らしい重厚な作りになっている。
同じ10月2日に放送を開始した『塚原卜伝』は2010年の大河ドラマ『龍馬伝』のような暗い画面で本格的な時代劇の趣である。番組終了後に番組ゆかりの地の観光案内を入れるなど大河ドラマの向こうを張っている。ところが、『江』とは別の意味でファンタジー色の強いドラマであった。
る主人公の塚原新右衛門(堺雅人)は、いつもニコニコしており、剣豪のイメージから離れている。堺雅人は『新選組!』で山南敬助を演じた。山南は北辰一刀流の使い手だが、新選組随一の良識派で剣豪のイメージとは遠かった。『篤姫』では病弱の将軍・徳川家定を演じ、ますます剣豪のイメージから遠ざかった。一方で塚原卜伝は「戦うことなく勝ちを収める」という無手勝流と知られており、宮本武蔵などとは違うタイプの剣豪像になる可能性がある。
75分の拡大版となった初回は山賊退治に御前試合とテンポよく進む。まるで冒険しながら次々とミッションをクリアしていくロールプレイングのようである。対決シーンもスローモーションや人間離れしたジャンプなど娯楽色の強い演出になった。時代劇のファンタジー化は止まらない。
(林田力)

釈由美子の額にも注目『隠密八百八町』

NHK土曜時代劇『隠密八百八町』が1月22日に第3回「金の亡者たち」を放送した。正月時代劇『隠密秘帖』の主役・神谷庄左衛門の息子・又十郎(舘ひろし)を中心に結成された隠密組が悪事を暴く痛快時代劇である。
勧善懲悪型の分かりやすい時代劇ながら『水戸黄門』などと異なり、一話で話が完結せず、実質的な意味での連続ドラマになっている。『隠密八百八町』は正月時代劇の続編という設定で、正月時代劇から土曜時代劇への連作は初の試みである。舘ひろしは父子二代に渡って主演する。
舞台は『隠密秘帖』の34年後、第11代将軍・徳川家斉の大御所時代である。拝金主義が蔓延し、老中首座の水野忠成(前田吟)の専横や大奥の贅沢により幕府財政は危機的状況に陥っていた。隠密組は又十郎、神谷家の元用人・喜八郎(津川雅彦)、浪人の木村源兵衛(池田努)、紅一点・おとき(釈由美子)、おときの弟・春之丞(宝海大空)からなる。今回が隠密組の初仕事で、材木問屋の政吉(螢雪次朗)襲撃事件を調査する。
注目は、やはり紅一点のおときである。演者の釈は時代劇の連続ドラマは初挑戦である。普段の釈は前髪を下しているが、時代劇では髪を上げるため、額が全開である。釈の額が見られる点でも貴重なドラマである。『水戸黄門』のような露骨なお色気シーンは公共放送では御法度だが、普段見えないものが見られるという点に色気を感じる。
おときは小太刀投げを得意とする大道芸人で、隠密組の中でも前線で活躍する。今回は材木問屋の木曽屋に女中として潜入した。釈はグラビアアイドル出身ながら、『修羅雪姫』や『銀幕版 スシ王子! 〜ニューヨークへ行く〜』などでのアクションシーンの評価が高い。今回の潜入では目立ったアクションはないものの、木曽屋の娘が投げた物を受け止めるなど、その片鱗を見せていた。
『隠密八百八町』は大河ドラマと並ぶNHKの時代劇枠・土曜時代劇の最後の番組になる。相次ぐ時代劇の縮小には殺陣など時代劇を演じられる役者が少なくなったことが指摘される。『スシ王子』において釈は「アクションといえば釈由美子って思ってもらえるようになりたい」と語っていたが、時代劇でも才能の発揮を期待できる。

『隠密八百八町』第7話、江戸時代の習俗を反映する娯楽時代劇

NHK土曜時代劇『隠密八百八町』の第7回「駆け込み人 孫七」が、2月19日に放送された。『隠密八百八町』は神谷又十郎(舘ひろし)を中心に結成された隠密組が悪事を暴く痛快時代劇である。今回は米倉家屋敷に駆け込んだ水野忠成(前田吟)の家来・池田孫七(ダンカン)の逃走を手助けする。
史実でも大御所時代に権勢を振るった老中・水野がドラマでは黒幕的存在である。その水野の密談を聞いた池田を無事に逃がすことが隠密組の使命となる。勧善懲悪のストーリーとしては筋が通っているが、池田のキャラクターが異彩を放っている。
暇を持て余した池田は趣味の絵描きにのめり込み、屋敷の物品を勝手に換金して絵筆や紙の購入資金にした。しかし、盗みが露見したために屋敷を逃げ出して、米倉家屋敷に駆け込んだ。当時は屋敷に駆け込んできた人がいたら、武士の体面としては匿わなければならなかった。
屋敷に匿われたならば水野家としても踏み込めない。屋敷の外で監視し、屋敷から出てきたところを捕らえるしかない。娯楽時代劇ながら、江戸時代の習俗を反映している点は『隠密八百八町』の魅力である。時代劇と言えばチャンバラであるが、現実の江戸時代は世界史上稀に見る平和な時代であり、今回のような話はリアリティがある。
池田の所業は現代で言えば横領犯であり、善悪で言えば悪である。しかし、本人はあっけらかんとしている。虐げられた善良な人々を助けるという勧善懲悪のパターンから少し外れている点がドラマを面白くしている。
『隠密八百八町』では紅一点・おとき(釈由美子)の活躍も見どころの一つである。おときは逃走の手引きのために女中として屋敷に入り込む。おときと池田は絵の話題で盛り上がり、最後に池田は、おときの絵を描きたいと頼み込む。言葉にすると大したシーンではないが、池田の危なそうな性格と、釈の反応で妙に色っぽく感じられる。インターネット掲示板の実況スレッドではヌードモデルを連想する書き込みが続いたほどである。
前作『隠密秘帖』で主人公の父・神谷庄左衛門に佐野善左衛門事件の調査を命じた米倉丹後守(秋野太作)も再登場したが、すっかり呆けており、笑いどころとなっている。それでも又十郎には反応し、又十郎に父親の謎を再認識させるきっかけとなった。このようにコミカルなシーンとシリアスなシーンがテンポよく進み、楽しめる内容になっている。

大河ドラマ龍馬伝 あっさり過ぎた薩長同盟

坂本龍馬を主人公としたNHK大河ドラマ「龍馬伝」では2010年8月29日放送の第35回「薩長同盟ぜよ」で遂に薩長同盟が成立した。このドラマでは薩長同盟の締結があっさり過ぎた感がある。
坂本龍馬は非常に人気の高い歴史上の人物である。龍馬の大きな業績は薩長同盟を成立させたことである。当時の薩摩藩と長州藩は犬猿の仲で、互いに相手を憎むだけの十分な理由が存在した。しかし、龍馬は藩の対立よりも、幕府を倒して新しい日本を作るという大きな目標を目指した。そこに小さなことや過去に拘泥せず、広い視野を持つ人物として龍馬に清々しさを感じる人も多い。これが龍馬人気の背景である。
一方で龍馬を賞賛するメンタリティは、過去を水に流してしまう非歴史的な日本人の欠点に通じる。非難されるべき無節操や一貫性のなさも、薩長同盟を引き合いに安易に正当化される危険がある。実際、攘夷を叫んだ勤皇の志士が文明開化を主導した。これによって近代日本は幕を開けた。戦争中は鬼畜と罵った敵国が戦後になると「世界で最も強固な同盟国」に様変わりした。日本人の無節操さを踏まえると、龍馬をもてはやすことは道徳的に有害とさえ思えてくる。
それでも龍馬が薩長同盟の成立に苦労したことは認めなければならない。薩摩藩も長州藩も過去の経緯を大切にしており、相互の不信感は根深かった。過去の恨みは未来志向の発想で簡単に消滅するものではない。龍馬から見れば薩摩藩士も長州藩士も頑迷であった。その状態から紆余曲折を経て薩長同盟が成立したからこそ、感動的なドラマになる。
ところが、その点が「龍馬伝」では弱い。薩摩藩士も長州藩士も薩長同盟に対し、中々物分りが良い。まるで薩長同盟が合理的な選択肢であることを双方とも理解しており、お膳さえ整えれば締結できるような状態である。
もともと西郷吉之助は薩長同盟締結のために下関を訪れる約束になっていたが、反故にした。急用との藩命を受けたとされるが、仇敵である長州藩に乗り込むことに躊躇があったためと思われる。ところが、「龍馬伝」では薩摩藩の船に幕府の隠密が忍び込んでいたことが動機になっている。西郷にとっては同盟締結の気持ちはあるが、機密保持を優先してのやむにやまれぬ行動と解釈できる。
そして京都での桂小五郎と西郷、小松帯刀らの会談も、どちらも藩の面子から同盟の話を切り出さず、無為な日にちを過ごしていた。桂が長州の無念をクドクドと話したとする説もある。これを聞いた龍馬が両者を説得した。特に窮地にある長州の立場を考えるよう薩摩側を強く説得し、ようやく同盟の話に漕ぎ付けた。
それだけ薩摩と長州を結びつけることは難事であった。単純に過去を水に流して未来志向の発想に立ったのではなく、過去を直視し、虐げられた長州藩の痛みに配慮したからこそ、同盟を成立させることができた。
そのようなわだかまりが「龍馬伝」には乏しい。むしろ上洛した龍馬らの苦労は、新選組らの探索を逃れて薩摩藩邸に入ることであった。「龍馬伝」では幕府を薩長同盟成立の最大の障害と描いている。これは薩摩や長州自身の意識を障害とする従前の傾向に対して新たな視点を提供するものである。
さらに新選組が旗本・御家人で組織される京都見廻組に見下されるなど、幕府側の複雑な関係も明らかにする。幕府という巨大で複雑な組織に対して、どのように戦っていくのか。これが「龍馬伝」の見どころになる。

大河ドラマ『龍馬伝』岩崎弥太郎はどこに行く

NHK大河ドラマ『龍馬伝』は何度も小説やドラマで描かれてきた坂本龍馬(福山雅治)を岩崎弥太郎(香川照之)の目線で語らせるというユニークな試みである。史実では龍馬と弥太郎が正式に接点を持つ時期は清風亭会談以降であるが、2010年10月3日に放送された第40話「清風亭の対決」の弥太郎は精細を欠いていた。
弥太郎は序盤では迫真の演技が主役を食っていると評されるほどであった。また、新撰組に捕らわれ、寺田屋に宿泊するなど史実と関係ないところで弥太郎が出しゃばり過ぎとの批判もあった。
弥太郎を準主役として目立たせたいならば清風亭会談こそ活躍の場になる。たとえば後藤象二郎(青木崇高)を動かして土佐藩と亀山社中の連携を成功させた影の立役者を弥太郎とすることなどが考えられる。
しかし、『龍馬伝』では異なっていた。弥太郎は後藤に龍馬の存在すら報告しなかった。「さ、さ、」と龍馬の名前を口に出そうとして、言えなかったシーンは笑えるが、弥太郎は時代を進める役割は果たさなかった。後藤が龍馬の存在を知った経緯は長崎の商人の口からであった。
今回描かれた弥太郎は口とは裏腹に龍馬のことを思う「いい人」であった。弥太郎は龍馬の身を案じ、後藤との会談を求める龍馬に「薩長への橋渡しだけで良い」と答えた。また、会談中に龍馬に斬りかかろうとする上士を体張って止めようとした。微笑ましいが、活躍ではない。
代わりに清風亭会談では後藤の懐の深さが描かれた。後藤の人物の大きさを描くためには、弥太郎の活躍で清風亭会談が成功したというシナリオは邪魔である。龍馬と後藤という人物同士の率直な会談で、薩長同盟締結時にもなかった緊迫感を演出できた。その意味で今回のシナリオは大成功である。
一方で弥太郎の立ち位置は微妙である。龍馬の人間的魅力に嫉妬心を抱きながらも、引っ張られるだけで終わってしまうのか。どのような弥太郎を制作者が描くつもりであるのか目が離せない。

岩崎弥太郎

岩崎弥太郎(1834-1885)は三菱財閥の創業者で、。元は土佐の貧乏郷士。金勘定が出来るため後藤象二郎に取り立てられ、坂本龍馬が海援隊を設立した際に海援隊の財務を取り仕切った。龍馬死後、明治維新が成り、後藤から海援隊一式を貰い、それを元手に財閥を作り上げた。特に海援隊によって作られた全国各地の物価情報等の重要な情報が大変役立った。

三菱財閥の当主は@弥太郎→A弥之助(弥太郎の弟)→B久弥(弥太郎の長男)→C小弥太(弥之助の長男)。そして財閥解体に至る。弥之助の妻・早苗は後藤象二郎の長女である。弥太郎系の本家は@弥太郎→A久弥→B彦弥太(久弥の長男、元三菱地所取締役)を経て、現在の当主は寛弥氏(彦弥太の長男、現東山農事社長)。

弥之助系の本家は@弥之助→A小弥太→B忠雄(林董の孫、小弥太の婿養子)を経て、現在の当主は正男氏(渡辺良吉の次男、忠雄の婿養子、現麒麟麦酒勤務)。3代目の男性には岩崎寿男氏(近藤宏太郎の四男、俊弥未亡人・八穂の婿養子、元三菱自動車常務)、岩崎英二郎氏(弥之助の孫、輝弥の次男、ドイツ語学者)がいる。

4代目の男性には岩崎東一氏(弥太郎の曾孫、久弥の孫、隆弥の長男、故人)、岩崎兼幸氏(吉田良兼の三男、勝太郎の養子、弥太郎の曾孫、豊弥の孫、現東京海上勤務)、岩崎泰頴氏(弥太郎の曾孫、康弥の孫、精一郎の長男、古生物学者)、岩崎正秀氏(弥太郎の曾孫、康弥の孫、精一郎の次男)、岩崎俊男氏(弥之助の曾孫、俊弥の孫、寿男の長男、現東京三菱銀行勤務)、岩崎正寛氏(弥之助の曾孫、輝弥の孫、毅太郎の長男、現旭硝子勤務)、岩崎透氏(弥之助の曾孫、輝弥の孫、英二郎の長男、現三菱商事勤務)、岩崎純氏(弥之助の曾孫、輝弥の孫、英二郎の次男、現ニコン勤務)。戦後の岩崎家の男性は三菱系企業勤務と学者に大別される。

『龍馬伝』清風亭の対決に見る現代的リーダー像

NHK大河ドラマ『龍馬伝』が2010年10月3日に第40話「清風亭の対決」を放送し、相互に仇敵関係にある坂本龍馬(福山雅治)と後藤象二郎(青木崇高)が会談した。ここで描かれた龍馬は現代的なリーダー像を示していて興味深い。
清風亭で会談が行われたことは史実であるが、これまで会談内容は土佐商会による亀山社中の支援など事業面が中心と見られてきた。当時、亀山社中はワイルウェフ号沈没により事業面で行き詰っており、一方で土佐藩は貿易事業に乗り出すために人脈を求めていた。この両者の経済的利害の一致が会談成功の要因とする。
後に龍馬は後藤に「船中八策」を提示し、それが大政奉還の建白書につながる。これは両者の信頼関係が深まった後日の話であり、そこまで清風亭会談の時点で見通してはいなかったとする見方が主流である。
ところが、『龍馬伝』では龍馬は清風亭会談で大政奉還の構想を全て話している。それによって後藤の心をつかむことに成功した。史実の観点では大胆な解釈であるが、多くの日本人にとって憧れのヒーローである龍馬を、現代社会に求められているリーダーとして描いたという意義がある。
日本の伝統的なリーダー像は「黙って俺についてこい」型であった。それは集団に安易に同調する伝統的な日本社会には合っていた。しかし、自我を持つ人間が増加した現代では通用しない。明確にビジョンを提示して納得させる必要がある。
また、本音と建前を分ける日本人は本音を隠すこと、出すとしても小出しにして、できれば最後に出すことを交渉巧者と考える傾向があった。しかし、これでは相手の信頼を勝ち取ることはできない。仮に交渉は有利な条件で妥結したとしても、後日真相を知った相手方から不信感を抱かれ、長期的な関係を築くことはできない。
この意味で最初から大政奉還の構想を説明する龍馬は現代的である。『龍馬伝』では西郷隆盛(高橋克己)も桂小五郎(谷原章介)も早い段階から倒幕の構想を表明し、大戦争を避けたい龍馬との価値観の相違を確認している。本音を隠して腹の探り合いをするのではなく、ストレートに意見を戦わせている。ここに清々しさが感じられる。

『龍馬伝』いろは丸事件で魅せた坂本龍馬の魅力

NHK大河ドラマ『龍馬伝』が、2010年10月17日に第42話「いろは丸事件」を放送し、坂本龍馬の人間的魅力が深まった。いろは丸事件は日本初の蒸気船同士の衝突事故であった。海援隊の運用する蒸気船・いろは丸は瀬戸内海で紀州和歌山藩の蒸気船・明光丸に衝突され、沈没してしまう。坂本龍馬(福山雅治)らは明光丸の過失を主張し、巨額の賠償金を勝ち取った。
御三家として大藩意識丸出しの紀州藩にも一歩も引かなかった龍馬の交渉術が見どころである。現代でも変わっていないが、当時の日本は「長いものには巻かれろ」で泣き寝入りを強いられる社会であった。そこに万国公法を持ち出し、正義に即した公正な解決を求める龍馬の姿勢は、現代の裁判闘争にも通じるものがある。龍馬の以下の台詞が象徴的である。
「たとえ相手にどれだけ非があろうと、力の弱い者が引き下がる。土佐がそう思われても、ええですろうか」
また、龍馬は今後蒸気船が増えるにつれ、同じような衝突事故が起きると予測する。その際は最初の事故として、いろは丸事件の解決方法が引き合いに出されると指摘する。そのためにも恥ずかしくない解決をしなければならないと主張する。これも裁判闘争における先例の確立に重なる。
そして、龍馬は「船を沈めたその償いは、金を取らずに国をとる」という歌を流行させ、紀州藩の悪辣さを世論に印象付けた。公害問題や消費者問題などの裁判闘争は法廷の中だけで闘っている訳ではない。世論に訴えることも重要な闘いである。それを龍馬は見事に実行した。
龍馬は人気の高い歴史上の人物であるが、優等生的な爽やかさは鼻につく。龍馬の業績である薩長同盟にしても大政奉還にしても、かつて対立していた当事者が未来志向で手を携えるというシナリオである。龍馬自身も斬るつもりで訪れた勝海舟に弟子入りし、虐げられた憎しみの対象である土佐藩上士とも手を握っている。過去にこだわるのではなく、お互いを理解し合ってWin-Winの関係を目指せるところが、龍馬という人間の器の大きさと捉えられている。
しかし、人間にとって過去の因縁に重要なものが隠されている場合もある。それらを有耶無耶にしてしまうことは一歩間違えれば「長いものに巻かれろ」で泣き寝入りすることと変わらない。それを器が大きいなどと持て囃すことは、泣き寝入りを強いることにつながりかねない。このために私は龍馬という人物を、それほど好きになれなかった。
ところが、いろは丸事件における龍馬は人間的であった。龍馬にとって紀州藩は徹底的に打ち負かす敵であった。龍馬は自己の主張を貫いた代わりに、紀州藩からは恨まれ、闇討ちまでされる。それに対し、龍馬は「おまんらに、わしは斬れんぜよ」と言い放つ。ここには過去には激しく対立していても、最後は互いを認め合って握手するという類の御都合主義的な物語は存在しない。物語的には後味が悪いとなるが、それが逆にリアリティを与えている。負けられない戦いに勝利した龍馬の人間的魅力が感じられた放送であった。

『龍馬伝』岩崎弥太郎は主役を食うか

坂本龍馬暗殺に向けカウントダウンが進行するNHK大河ドラマ『龍馬伝』。坂本龍馬(福山雅治)を都合が悪いと考える勢力が次々と浮かび上がり、龍馬暗殺の黒幕が誰なのか、ミステリー的にも盛り上がっている。その黒幕候補に岩崎弥太郎(香川照之)が急浮上した。
『龍馬伝』は弥太郎の視点で龍馬を描く物語である。前半は弥太郎の存在感が圧倒しており、主役を食っていると評されるほどであった。地下浪人として農民からも見下される弥太郎と、上士・郷士の厳しい差別はあるものの、経済的に豊かな龍馬では背負っているものが異なる。弥太郎のインパクトが大きくなることは当然であった。
しかし、その後の弥太郎は知識・経験・世界観で龍馬に大きく差をつけられた。弥太郎は憎まれ口を叩きながらもツンデレ属性の善人で、そこを龍馬に見抜かれて利用される存在に成り下がった。弥太郎の不運は龍馬のパートナーとして後藤象二郎(青木崇高)を大人物として描こうとしている点にもある。象二郎を人物として描くために周囲にいる弥太郎が霞んでしまう。
『龍馬伝』は奸臣として描かれがちな吉田東洋(田中泯)を先見性のある人物として描いたことが斬新であった。東洋は月形半平太のモデルとして美化されがちな武市半平太が暗殺を指示した人物であり、半平太を美化するためには悪人にする必要があった。これに対して、『龍馬伝』は半平太(大森南朋)の腹黒さを直視する。龍馬視点では半平太は良き友人となるという限界がある。これに対し、弥太郎視点とすることで対立する立場の東洋も公正に評価する。
但し、東洋を大人物と描く代償として、東洋存命中は東洋の傍にいた象二郎が小物に描かれていた。これで大政奉還の建白などができるのか一抹の不安があったが、第4部の象二郎はモミアゲも濃くなり、大きく化けた。その象二郎にいいように使われる弥太郎であったが、今回ようやく自分の道を見つけ出す。それは龍馬の理想と対立するものであった。
史実の弥太郎は台湾出兵や西南戦争など戦争の利益で三菱財閥の基礎を築いた。その意味で今回の弥太郎の結論にはリアリティがある。登場人物としての弥太郎にも再注目したい。

『龍馬伝』民権運動を生む土佐藩出身者の先見性

NHK大河ドラマ『龍馬伝』は11月14日に第46話「土佐の大勝負」を放送し、坂本龍馬(福山雅治)が山内容堂(近藤正臣)を説得し、大政奉還の建白を決意させた。大政奉還は薩長同盟と並ぶ龍馬の偉業である。ドラマでは龍馬の活躍と共に、後に自由民権運動を主導した土佐藩出身者の先見性につながる歴史仮説も感じられた。
ドラマで久しぶりに土佐に戻った龍馬であったが、放送初期の重要テーマであった上士と下士の身分差別が相変わらず続いていることを目の当たりにする。謁見した容堂からは吉田東洋暗殺犯と虚偽主張したことをなじられ、武市半平太(大森南朋)ら多くの土佐勤皇党員を死に至らしめたことを憎いかを訊かれる。
土佐藩、さらには日本の行く末がかかっている決断に迫られている状況であっても、過去を直視しなければ前に進むことはできない。これは龍馬が後藤象二郎(青木崇高)と会談した清風亭でも同じであった。ドラマは「そのようなことをよりも未来志向で互いに納得できる道を建設的に考えよう」などという御都合主義とは無縁である。
また、清風亭の会談で象二郎を説得した時と同様、龍馬は容堂にも最終ビジョンを明確に提示した。江戸幕府に幕を引くだけでなく、大名も武士もなくなる世の中にすると。現実の明治政府は龍馬と逆で、なし崩し的に封建制度を廃止していった。後から明治政府に欺かれたと感じた武士階級も少なくない。
島津久光は廃藩置県に激怒し、一晩中花火を打ち上げて反感を示した。西郷隆盛と大久保利通にだまされたと語ったという。また、江藤新平の佐賀の乱など不平士族の反乱が相次いだ。ビジョンを明らかにせず、なし崩し的に要求を押し付ける卑怯な手法は現在の日本の官僚組織にも共通する。それ故に龍馬の姿勢は実に清々しい。
『龍馬伝』のシナリオに従うと、容堂や象二郎は武士がなくなることを覚悟の上で大政奉還を進めたことになる。明治時代において土佐藩出身者は薩長藩閥の明治政府に不満を抱きつつも、旧態依然の反乱ではなく、自由民権運動という新時代の形式で戦った。この土佐藩出身者の先見性は龍馬のビジョンを理解した容堂や象二郎に負っていると考えると興味深くなる。

『龍馬伝』眉なし徳川慶喜の熱演

NHK大河ドラマ『龍馬伝』は11月21日に第47話「大政奉還」を放送した。大政奉還は戦争を回避しながら新しい日本を作る坂本龍馬(福山雅治)の画期的なアイデアであるが、受け入れる側の徳川慶喜(田中哲司)にとっても大きな決断であった。どのように考えて慶喜は大政奉還を決断したのか、これがドラマの見どころと思われた。
慶喜は英明というイメージが一般的である。鳥羽伏見の敗戦で逃げ帰った腰抜けというイメージもあるが、時代の流れを見通したために無意味な抵抗をしなかったとも解釈されている。慶喜を徹底的に扱き下ろした作品に、佐藤雅美『覚悟の人 小栗上野介忠順伝』がある。そこでも内実は卑怯者だが、外面は格好付けている慶喜像を描いており、慶喜の英明イメージを根本的に壊すものではなかった。
ところが、『龍馬伝』では従来の慶喜像を徹底的に破壊した。『龍馬伝』の慶喜は時代劇の典型的な悪役風である。何故か顔に眉毛がなく、それが悪役の怖さと不気味さを引き立てている。一方で軽薄で小者感も漂っている。たとえば、下級武士のように廊下をサッサと歩き、殿中作法も身につけていないようである。尊王思想や西洋文化に通じた名君の面影はなく、幕府権力を死守しようとする守旧派であった。
特に第19話「攘夷決行」では慶喜の腹黒さが描かれていた。幕府は朝廷に文久3年5月10日に攘夷を決行すると約束した。しかし、幕府に攘夷を行う意思はなく、各藩にも攘夷を行わないよう根回しする。実際に攘夷を行ったのは長州藩だけで、すぐに欧米列強から反撃を受ける。それを聞いて慶喜は高笑いする。
外国勢力を利用して国内の敵対者を攻撃することは、日本人の団結を説く龍馬が最も嫌うことである。これまでの描かれ方では慶喜は大政奉還を決断するような人物には見えない。しかし、『龍馬伝』では前半に酷く描かれたものの、後半に化けたキャラクターとして後藤象二郎(青木崇高)がいる。慶喜も大化けする可能性があった。
慶喜は二条城に各藩重役を集めた。大政奉還の建白があっさり却下されるとの下馬評とは異なり、慶喜は「皆の意見が聞きたいのじゃ」と意外にも民主的な発言をする。しかし、誰もが「国許に帰って相談してから」と言葉を濁す。その中でただ一人、象二郎は決然と言上した。慶喜は立ち上がって象二郎に歩み寄り、胸倉をつかむ。慶喜と象二郎という前半では悪く描かれた二人の熱演である。
しかし、大政奉還を決断した経緯は明かされなかった。逆に龍馬は慶喜からも恨まれてしまう。慶喜も龍馬暗殺の動機を持つ一人になる。そして来週はいよいよ最終回である。

『龍馬伝』完結、民主主義を求めた龍馬の志

NHK大河ドラマ『龍馬伝』は11月28日に最終回「龍の魂」を放送した。坂本龍馬を主人公とする作品は時代に先んじた龍馬のヒーローぶりが突出する傾向にあるが、『龍馬伝』は迫力のある脇役や、通行人まで凝った映像などで重厚なドラマを楽しめた。
坂本龍馬(福山雅治)の暗殺は史実である。2001年放送の大河ドラマ『北条時宗』での主人公の義兄・北条時輔のように史実に反してドラマでは生きていたという展開の可能性も皆無ではない。しかし、『龍馬伝』第4部では語りの岩崎弥太郎(香川照之)が毎回番組の最後に「龍馬暗殺まで、あと○ヶ月」と暗殺までのカウントダウンをしており、暗殺は既定路線と予想できた。
実際、暗殺は無慈悲に行われた。志半ばで殺されてしまう無念、そのような理不尽なことが起きてしまう現実の不条理を強く実感できた。一方、これまでの流れでは龍馬暗殺の動機を持つ人物が次々と登場し、暗殺の黒幕が誰なのかというミステリー的な盛り上がりもあった。しかし、最終回での龍馬暗殺の描写は禁欲的であった。龍馬暗殺に対する木戸貫治や西郷吉之助の反応を見てみたい気がするが、それも視聴者の想像に委ねられた。
その代わり、最終回では龍馬の作成した新政府綱領八策の「○○○自ラ盟主ト為リ」にスポットライトが当てられた。新政府を率いる人物(盟主)を伏せ字にしている。この○○○が誰を意味するのかについては現在でも議論されている。徳川慶喜(慶喜公、大樹公)や山内容堂(容堂公)などとする説がある。
ドラマでも○○○が誰かが問題になった。薩摩藩でも長州藩でも○○○には具体的な人物が想定されているものと受け止め、それが慶喜ではないかと警戒していた。しかし、龍馬の考えは別次元のところにあった。龍馬は中岡慎太郎(上川隆也)に「志のある者を皆で選ぶ」と語った。
これは民主主義における選挙の考え方である。現代日本は民主主義体制であるが、龍馬が目指した理想は実現できているだろうか。現代人にも考えさせられるドラマであった。

『坂の上の雲』日露の悲恋で第二部開始

NHKスペシャルドラマ『坂の上の雲』第二部が12月5日から放送を開始した。『坂の上の雲』は司馬遼太郎の同名小説を原作としたドラマで、2009年から3年に渡って放送される。第二部の初回は第6回「日英同盟」である。
『坂の上の雲』は伊予国・松山出身の3人の男性を主人公に、明治という時代を描く。秋山真之(本木雅弘)、秋山好古(阿部寛)、正岡子規(香川照之)である。司馬史観には賛否があるが、ここでは坂を上っていくような高揚感と明るさのあった時代と位置付けられている。
特に今年は大河ドラマ『龍馬伝』に続いての放送である。劇中で四国艦隊下関砲撃事件に言及されるなど『坂の上の雲』の明治時代が、『龍馬伝』の舞台である幕末と短い年月で連続していることを実感して感慨深い。また、『龍馬伝』で岩崎弥太郎を熱演した香川照之が正岡子規を演じていることも面白い。
今回の放送の中心はロシア駐在武官の広瀬武夫(藤本隆宏)とロシアの貴族令嬢・アリアズナ(マリーナ・アレクサンドロワ)の悲恋である。この悲恋物語の尺が長かったためか、タイトルの日英同盟は何の説明もなく、あっさりと締結されてしまった。
光栄ある孤立を貫いていた大英帝国が東洋の小国・日本と同盟を締結することは世界史の大事件である。ドラマでも伊藤博文(加藤剛)は「英国が日本と対等の同盟を結ぶ筈がない」と言っている。そのような日英同盟をあっさり締結させることは重厚な歴史ドラマを期待する向きには不満もあるだろう。
ドラマでは伊藤は穏健路線が恐露病と揶揄され、日露協商交渉も徒労に終わるという損な役回りである。しかし、伊藤の穏健路線は単なる臆病ではなく、リアリズムに徹したためである。また、日露協商交渉も日本がロシア側につくと英国を焦らせ、日英同盟締結を推進する効果があった。
この辺りの外交交渉を丁寧に描くこともできた。それよりも悲恋物語に時間をかけたことに対し、『坂の上の雲』もスイーツ(笑)路線化してしまったかと絶望する向きもある。しかし、外交にしても戦争にしても、国家と国家の間で行われるものであるが、結局のところ、一人一人の個人が影響を受ける。その一つが広瀬とアリアズナの恋であった。悲恋物語は国家によって引き裂かれる個々人の悲劇の象徴として描く意味がある。

『遺恨あり』藤原竜也が演じた被害者遺族の悲しみ

テレビ朝日系列でドラマ『遺恨あり〜明治十三年最後の仇討』が2月26日に放送された。深い悲しみを抱えた人物を藤原竜也が見事に演じていた。
『遺恨あり』は慶応4年に秋月藩で両親を惨殺された臼井六郎(藤原竜也)が明治に入って仇討ちを成し遂げる物語である。江戸時代において仇討ちは武士の義務であり、美談であった。ところが、明治時代に入ると仇討ちは禁止され、謀殺の罪に処せられるようになった。江戸時代と明治時代の価値観の逆転が物語の見どころであるが、ステレオタイプにならない描き方がドラマを引き立たせた。
六郎は一貫して仇討ちに突き進む。藤原竜也の演技は、序盤では舞台俳優のような大げさな演技が目についたものの、中盤以降では抑制が効いていた。表情や話し方、間、立ち居振る舞いで「心をなくした」人物を好演した。
山岡鉄舟(北大路欣也)ら多くの人から復讐の無益さを説かれるが、六郎は決して翻意することはない。しかし、六郎が仇討ちという封建的価値観に縛られていた訳ではない。むしろ六郎の動機は父母の無念を晴らす復讐であった。この点で現代人も六郎に感情移入できる。
両親の惨殺時に国家老・吉田悟助(石橋蓮司)は下手人の処罰を不問とする不公正な裁きを行った。現代でも警察や司法制度の問題によって、桶川ストーカー殺人事件や光市母子殺害事件のように被害者や遺族や浮かばれないことも少なくない。六郎の行動は時代錯誤ではなく、現代の被害者遺族の無念の代弁でもある。
一方で近代国家を目指す明治政府にとって仇討ちは許すべからざる犯罪であった。その明治政府の立場をドラマでは、六郎の仇討事件を担当した東京上等裁判所判事・中江正嗣(吉岡秀隆)に代表させた。この中江が中盤の主役とも言うべき味を出している。
土佐の郷士出身で上士に虐げられる立場であった中江は仇討ちなどの武士道的な価値観に反感を抱いていた。「私情を挟まない」と言いつつも、繰り返し郷士出身であることを強調しており、その法治主義を目指す姿勢も傍から見れば明らかに特権身分であった武士への反感が原動力になっている。
私情を出発点に正義を語るキャラクターが登場したことは、日本社会の成熟を示す。これまでの日本社会は正義を唱える人に対して過度の倫理性を求める傾向があった。正義を唱える人が少しでも私的利益を得ようものならば、偽善者として猛烈なバッシングを受けた。
しかし、欧米では私的利益と公的な正義を相反するものとは考えない。たとえば欠陥品の被害者が自らの損害回復という私的利益を求めて消費者訴訟を起こすことは、同種被害を減少させるという公的正義にも合致する。この点で中江は単に明治政府の立場を単に代弁するだけの存在ではない。自らの体験した社会矛盾を出発点として世の中を変えたいと考える現代人が感情移入できるキャラクターになった。
ドラマでは復讐の虚しさを描きながらも、救いのあるラストで幕を閉じた。仇討ちを成し遂げても得るものは何もない。それは事実である。しかし、仇討ちがなければ最後の救いも存在しない。無責任に「復讐心を捨てろ」「嫌なことは忘れろ」と言うだけでは済まない悲しみが視聴者に突き付けられたドラマであった。

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