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林田力『東急不動産だまし売り裁判』脱原発

脱原発派も不安を煽るtwitter拡散情報を警戒

福島第一原発事故では政府発表やマスメディア報道の「Too Little Too Late」が際立った。メルトダウンを二ヶ月後に発表するなど発表まで時間がかかり、危険を伝えようとしない姿勢である。これに対し、脱原発派市民はインターネット上の情報発信で対抗する。これは一定の効果を出しているが、近時は脱原発派市民からもtwitterなどで拡散される情報への警戒が広がっている。
インターネット上の情報、特にツイッター(twitter)のように安易に発信される情報には根拠が脆弱なものが入りやすいことは以前から指摘されてきた。それでも多数の脱原発派市民はtwitterの拡散情報を歓迎した。政府やマスメディアが伝えない情報を入手でき、不確実な情報でも受け手の判断材料を増やす意味ではプラスになるためである。
意図的な虚偽や誇張が入り込むことさえ、政府に不信を抱く人々にとっては問題ではない。政府による圧倒的な危険隠しがなされている状況では、過剰に危険を煽る言説が存在するくらいでバランスが取れる。何よりも批判すべきは真実を伝えない政府である。無責任に危険を煽る情報発信者を叩く暇があるならば、そのエネルギーを政府批判に向けるべきという価値判断があった。
ところが、ここにきて風向きが変わりつつある。典型は脱原発デモの参加者である翻訳者の池田香代子氏の反応である。twitterなどでは福島第一原発4号機が6月14日に白煙と閃光を発したとの情報が拡散した。これに対して、池田氏は白煙が使用済み燃料プールの湯気で、閃光は作業の照明か車のライトという同日の東京電力記者会見での説明に基づき、以下のように呼びかけた。
「あの映像を、なにか起こっているかも、との前提で広め、けれどここまでの情報で異常ではなかったと納得なさった方にお願いです。異常ではなかった、との情報を流してください。」
その上で「作為的にねつ造したうわさを流している人が出てきた」と憂慮を表明する。ここには脱原発派の主張が社会に受け入れられつつあることによる自信と余裕がある。さらに危険を煽る無責任な言説の背後にあるものへの警戒心が生まれている。原発事故は消費者の不安に付け込む悪徳業者にとって飯のタネになる。その種の悪徳業者にとってtwitterのような無責任に情報を拡散できるツールは好都合である。
現実にゼロゼロ物件詐欺などで賃借人を食い物にしていると賃借人の団体から批判された不動産業者が被災者の賃貸住宅への受け入れをブログなどで表明した。無断の鍵交換など、その不動産業者に苦しめられた賃借人らからは、震災や原発事故に便乗し、被災者をカモにしていると反発する。原発不安で自主避難民が増えれば儲かるという構図がある。
脱原発運動は「脱原発の一点での結集」を合い言葉に大きな広がりを見せている。しかし、脱原発派の市民が連帯すべきは、放射能汚染の不安を煽る悪徳業者ではなく、そのような悪徳業者の過去の悪事を糾弾する市民運動であるべきである。原発批判者は皆同志というほど単純ではない。情報リテラシーは奥が深い。(林田力)

武蔵野市を計画停電対象外とする不合理

東京都武蔵野市の松本清治・市会議員が自らの要請で東京電力が武蔵野市を計画停電の対象から除外したと解釈できるビラを地域住民に配布していたことが2011年3月24日に判明した。政治家による利益誘導であるとインターネット上では批判されている。
松本市議は菅直人首相の元秘書で、現在でも菅首相との関係をアピールしている。たとえば公式ウェブサイトには菅首相とのツーショット写真が掲載され、菅首相の台詞「松ちゃん、期待しているよ」が書き込まれている。また、武蔵野市には菅首相の自宅もある。
問題のビラは「市政報告レポート」と題し、「松本清治の要請が実現しました。」と書かれている。そこには以下のように記されている。
「東京電力武蔵野支社から3月16日21時30分に、武蔵野市内地域、病院等と<第一グループ>は当面(3/17 9時20分実施分より)、計画停電の対象地域から除外するとの連絡がありました。」
このビラがインターネット上にアップロードされると、激しい批判が起きた。松本市議はツイッターで「計画停電エリア削除は全国の問題として提起しました。武蔵野市の一部地域についてなどとは言っていません」と釈明した。合わせて「レポートを読んでいただければ節電や経済活性を含め私の信念、 行動がもう少し伝わると思います」として、ビラの全文や東京電力への要請文を画像共有サイトで公開した。
しかし、松本市議への視線は厳しい。「武蔵野市の停電を止めろとは言っていない」ならば東京電力武蔵野支社が武蔵野市を計画停電の対象地域から除外すると連絡することは成り立たない。これは脅迫者の「死ねとは言っていない。心臓に包丁を突き刺しただけだ」という言い訳と同レベルと批判された。
また、松本市議が公開した要請文には「国民は混乱しています」と書くべきところ、「混乱」を「困らん」とする誤字があった。そのために漢字も正しく書けない議員であると批判者を一層勢い付かせる結果となった。
さらに松本市議のプロフィールも槍玉に挙げられた。松本市議は公式サイトのプロフィールによると、1970年生まれで、「國學院久我山高校(野球部、入学時甲子園出場)卒」となっている。國學院久我山高校は1985年春の甲子園に出場している。15歳で入学したならば確かに「入学時甲子園出場」となる。しかし、春の選抜なので彼が入学する前のメンバーの成果である。彼の成果になるのか疑問視された。
一方、東京電力は武蔵野市の除外決定に政治的圧力があったことを否定する。武蔵野市にはJR東日本・中央線や京王線、西武線が乗り入れており、管轄の変電所を止めると、鉄道の運行に大きな影響が生じるためと説明する。
しかし、この理由も疑問視されている。何故ならば問題になりそうな変電所は武蔵野市に存在しないためである。東日本旅客鉄道武蔵境交流変電所は小金井市にあり、東京電力武蔵野変電所は西東京市にある。加えてJR東日本・相模線のように計画停電で不通が続く路線もあり、それらの沿線地域と比べると不公平であることは変わらない。
荒川区と足立区を除く東京都区部が停電対象にならないなど、当初から計画停電には不公平感が漂っていた。区部でもない武蔵野市の除外は、政府や大企業のオフィスが集中する都心部の停電は影響が甚大という理由で納得させた人を嘲笑う措置である。武蔵野市には通信や医療の重要拠点が存在するとの反論もあるが、武蔵野市より大きな政令指定都市の行政施設、商業地域、救急病院も計画停電の対象になっている。
しかも武蔵野市の中心街の吉祥寺は、街の魅力の点で相対的地位が低下していると言われて久しい。駅ビル「吉祥寺エコービル」(ターミナルエコー)は家賃値上げを巡ってテナントが相次いで撤退し、長年「幽霊ビル」と皮肉られていた。「入り口の場所が分かりにくい」「老朽化が進んでいる」などの問題点がある。
南口は、幅が狭くて広場もないなど課題が多い。改札のある2階から階段を降りると、いきなり歩道のない細い道路(パークロード)に出る。パークロードは一般車両などの通行を制限しているものの、路線バスが1日に約500本到着し、駅から丸井や井の頭恩賜公園(井の頭公園)に向かう人の流れを妨げている。バス乗り場が駅から離れていており、不便である。1964年竣工の武蔵野公会堂も老朽化が進む。
南口のパークロードと同様に、北口も平和通りを走る路線バスが商店街に向かう人の流れを妨げている。店舗などに納品・集荷するトラックも商店街に入り込み、歩行者には危険である。吉祥寺では駅東側の地域が歓楽街になっているが、一般の飲食店に混じって風俗店が点在している。立川や町田の発展により、吉祥寺の相対的な地位低下が目立っている(「吉祥寺の復権目指し駅と街を大改造」ケンプラッツ2011/08/10)。
計画停電は単に生活が不便になるだけでなく、生命や安全に直結する問題である。計画停電中は信号も消灯し、それによる交通事故が多発している。交通事故の負傷者が病院で検査できずに重傷になった例もある。
ある地域を計画停電の対象外とすることは、他の地域を犠牲にすることである。それを成果のようにアピールした松本市議の感覚に呆れる人も多い。仮に東京電力が主張するように政治的圧力がなかったならば、松本市議は自分の成果でないものを自分の成果のようにアピールしたことになる。これは有権者を欺く行為である。いずれにしても松本市議は批判される。
松本市議のビラは、被災地のことを考えて計画停電に我慢し、節電に協力していた人々を失望させるものである。石原慎太郎・東京都知事の「津波は天罰」発言など東日本大震災に対する政治家の失言は他にも存在するが、これは他の地域を犠牲にして自分達だけが快適な生活を享受しようとする点で悪質である。買い占めにも通じる心理であり、政治家として最も避けなければならないものであった。
災害時の日本人の忍耐力は世界中から称賛されたが、これは日本人の倫理観が高いことを意味しない。「恥の文化」に生きる日本人にとって、皆が同じ被害に遭い、皆が苦しんでいる状況は我慢できる。しかし、それと異なる状況ならば自分だけが助かろうとして、都心部の買い占めのような恥ずべき現象が生じる。
日本人は同質性が高い反面、立場の異なる層には冷酷にも無関心にもなれる。福島第一原発の事故では、保安院職員が福島第一原発の50km先に避難し、東京電力は原発の処理を下請け業者に押し付けるなど日本社会の醜さが表れている。その意味で菅首相の地元が停電対象外になることは日本社会の一体感を自ら破壊する暴挙になる。既にインターネット掲示板などでは怒りの矛先を自分達の不便と混乱を犠牲に電気を享受する武蔵野市民に向ける論調も生じている。

どうなるの、東京の放射能

新日本婦人の会江東支部すみれ班は2011年11月6日、あぜ上三和子・東京都議を迎えて集会「どうなるの、東京の放射能」を東京都江東区で開催した。新日本婦人の会は女性団体であるが、男女に関わりないテーマであるため、男性の出席者も多かった。
あぜ上議員を含む日本共産党都議団は5月にいち早く都内128か所の放射能を測定し、東京の放射能汚染の実態を明らかにした。この集会では測定時の裏話を披露すると共に、実際にガイガーカウンターを使用した測定も実施した。
ガイガーカウンターの測定値は同じ場所で測定していても、コロコロ変わってしまう。この集会で測定した時も0.06マイクロシーベルトから0.1マイクロシーベルトを上下していた。そのために共産党都議団の測定では10秒間隔で10回カウントして、平均値を取得した。そのため、測定者だけでなく、10秒間隔をカウントする人や測定値を記録する人も必要になる。一般に「研究者は5回程度の測定値の平均値を取るが、都議団は素人であるため慎重に10回とした」とする。
測定は「平均的な成人の内臓の高さである1メートルと、子どもの内臓のある50センチメートル、子どもがしゃがんだ時の高さである5センチメートルで実施する」という。ガイガーカウンターは機器によって性能差が激しく、チープな機器では誤差が激しい。それでも「測定することに意味がある」とする。測定することで不審な値が出たら、行政に精密な測定を要求する端緒になるためである。
集会では参加者の不安を反映して、石原慎太郎・東京都知事が進める被災地のガレキ受け入れにも言及された。埋め立て地を抱える江東区民にとってガレキ受け入れは重大な関心事である。あぜ上議員は、「人道的見地からガレキ受け入れ自体は否定しない」ものの、「安全性などを都民に何の説明もしないこと」を問題視した。「民主主義のプロセスを大事にする必要がある」と指摘する。
さらに江東区では都内の放射能汚染物質持ち込みの問題も生じていることを明らかにした。共産党都議団が測定した5月の時点では都内の放射能は東高西低であったが、最近では多摩地域で比較的高い数値が出ている。東京都下水道局の報告では「多摩地域の7つの下水処理場の汚泥焼却灰から最高で1万7000ベクレルの放射性セシウムが検出された」とする。これは国が埋め立て可能とする8000ベクレルを越える値である。
この焼却灰は多摩地区の下水処理場では保管場所が足りないとして、東京都は中央防波堤の埋め立て地に埋め立てている。これに対して日本共産党の斉藤信行・江東区議は「区民の理解は得られない」として多摩地域現地での処理を要求している。国の責任による発生地処理が原則と主張する。
参加者からは説明会などを開催せずに強行する都の姿勢への憤りの声が相次いだ。江東区長が体を張って杉並区のゴミ搬入を阻止したゴミ戦争になぞらえる意見も出たほどである。
集会では除染の方法や重要性についても説明された。「表土を入れ替える。取った土はビニール袋に入れて埋めておく。この除染で除去した放射性廃棄物の保管が今後の大きな課題になる」

林田力は「福島原発の周辺地域では除染か避難かの二者択一となり、除染が住民を避難させない論理として使われる傾向がある。高い線量の地域は除染よりも避難を勧めるべきではないか。」と指摘した。実際、山内知也・神戸大大学院教授は除染の限界を具体的に指摘した上で、高線量地域では除染ではなく避難が必要と主張する(「山内知也・神戸大大学院教授の怒り〜国の除染では効果はない」AERA 2011年11月28日号)。

「いったい、これは何なのか。信じられない光景です。この現実を見ると日本は文明国ではない。なぜ、住民避難、少なくとも子どもや妊婦への公的措置が緊急に取られないのか。これは無作為の人権蹂躙です。」

これに対し、都議は「避難の線引きが地域コミュニティーを無視して行われている。除染の徹底か集団疎開かはコミュニティーで議論して決めるべき」と回答した。
このコミュニティーが決めるという議論は、個々人の避難の権利を主張する人々には物足りなさが残る。前近代的な日本の村社会は個人を抑圧する傾向にある。コミュニティーの決定と個人の権利は衝突する問題であるが、コミュニティーに決めさせるという主張はコミュニストとしては一つの見識である。

園田康博政務官への福島原発汚染水の飲水要求の出発点

内閣府の園田康博政務官は10月31日に東京電力本店で開催された政府・東京電力の合同記者会見で、福島第1原発から出た汚染水を浄化した処理水を「飲んでも問題ないレベル」として、コップに入れた処理水を飲み干した。これはジャーナリストの寺澤有氏と田中昭氏からの「安全というならば飲んでみたらどうか」との要求が発端である。
問題の汚染水は福島第1原発5、6号機に溜まっていた水である。津波で押し寄せた海水や亀裂から流入した地下水と見られる。この汚染水の浄化水を東京電力は「低濃度」であるとし、「樹木の自然発火を防ぐ」という名目で敷地内に散水している。これが果たして安全なことであるか、放射性物質を拡散させることにならないかという点が両氏の問題意識の出発点である。
田中氏は10日の東京電力の記者会見で、「福島第1原発を現地取材できないため、本当に『低濃度』であるか確認できない」として、「安全と言うならばコップに入れて飲んでみてはどうか」と迫った。この質問は13日の合同記者会見でも寺澤氏によって取り上げられ、園田政務官は「飲水する」と回答した。寺澤氏は本物の汚染水を飲んだことを示すために記者が同行する福島原発現地での飲水を提案したが、受け入れられなかったという経緯がある。
田中氏は「水の安全性を確認すること、情報の透明化を促進すること、情報の確度を上げること」が目的であり、東京電力に虚偽の発表をしにくくする効果があったと述べる。現実に汚染水に1991年の美浜原発の放射能漏れ事故でも検出されたトリチウムが含まれている事実が判明した。また、寺澤氏は園田康博政務官が飲んだ残りの水を受け取り、分析すると述べている。
この飲水問題ではフリーのジャーナリストが汚染水を飲むことを強く迫ったという点がクローズアップされ、両氏へのバッシング傾向もみられる。しかし、両氏としては13日の約束の履行を求める立場である。過去を水に流すことを是とする非歴史的な日本社会には時間の経過や状況の変化を理由に安易に前言が翻される傾向がある。しつこく追及した側を責めるのではなく、しつこく追及しなければ約束が守られない状況こそ非難されるべきである。(林田力)

ミクシィ「ヤシマ作戦」コミュニティがオタク出会い系に変貌

大手SNSサイト・ミクシィで5万人以上のメンバーを擁するコミュニティ「ヤシマ作戦」が9月24日頃、「オタクの友達、恋人が欲しい」に改変された。コミュニティ乗っ取りかと騒がれたものの、管理人自身による改変と判明した。
「ヤシマ作戦」はアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』での日本中の電力消費を抑えて兵器への電力供給を集中する作戦である。東日本大震災や福島第一原発事故に伴う電力供給不足に対し、広範囲の節電を呼びかけるキーワードとして使われている。ミクシィでもコミュニティが作成され、5万人以上のメンバーが加入したものの、唐突にコミュニティ名が「オタクの友達、恋人が欲しい」に改変された。
コミュニティ内では批判コメントが続出したものの、管理人によって削除された。さらには管理人によってトピックが全て削除され、コミュニティも承認制に変更された。9月26日頃には元の「ヤシマ作戦」に戻され、管理人がコミュニティのトップページで改変した理由を説明している。
それによるとコミュニティが反原発の政治的主張やデモの呼びかけなどに使われるため、そのような人々に利用させないようにするために「オタクの友達、恋人欲しい」に変更したという。トピックの削除は荒らされたために消したと説明し、「一緒に消されたコメントの中には色々想いがあった書き込みもあると思います、すみません」と詫びている。
この管理人は「オタクで社会人」というコミュニティも管理しており、秋葉原でのオフ会も主催する。そのためにオタク出会いコミュにすることが目的で、ヤシマ作戦は大量のメンバーを集める餌で、震災詐欺と同じという厳しい見方もある。ほとぼりが冷めたら改めて改変するのではないかとの懸念も出ている。
また、都合の悪いコメントの削除やアクセスブロックなど管理人の運営方針への批判も出ており、ブロックされた人物によって「『ヤシマ作戦』監視コミュニティ」が立ち上げられている。
管理人は「コミュニティの書込みも最新のものでさえ一ヶ月以上前になり、皆見ていないようなので迷惑をかける事も無いと思っていました」と述べる。しかし、ミクシィではプロフィールページに参加コミュニティが表示される仕組みになっている。自分のプロフィールページに「オタクの友達、恋人が欲しい」が表示されて、マイミクとの人間関係が崩壊したと怒っているメンバーもいる。(林田力)

ネイビー通信の田代裕治氏、Suica窃盗を陰謀と主張

福島第一原子力発電所事故の記者会見で東京電力らを激しく追及する名物記者として話題になりながらも、ICカード「Suica」1枚の窃盗罪で逮捕された「ネイビー通信」の田代裕治記者。東京簡易裁判所で懲役1年、執行猶予3年の判決を言い渡され、釈放された田代氏に話を聞いた。
田代氏は逮捕当時に自分の物ではないSuicaを持っていた事実を認めつつも、意識がなかったと主張した。逮捕前日の夜に銀座界隈で3軒の「はしご酒」をし、ビルの脇に寝込んでしまったところ、所持金を盗まれてしまったという。起きた後は幻覚を感じた。刀で自分を切ってしまうような、車に轢かれてしまうような感覚になった。酔っ払った時の感覚とは異なる。
田代氏は「所持金を盗んだ犯人によって、何らかの方法で幻覚を引き起こす薬物などを注入されたのではないか」との推理を披露した。そして、その犯人にも思い当たるところがあるという。逮捕の数日前から白人の男性にマークされていると感じていたためである。
何故白人かという点が問題になるが、田代氏は4月23日にネイビー通信で公開した福島第一原発1号機の設計図が背景にあると推測する。この画像には「東京電力株式会社」のクレジットがあり、米国の物理学系のウェブサイトで広まっていた。東京電力が設計図の公開を拒否する中での画像掲載はネイビー通信のスクープになった。
もし原子炉に何らかの欠陥が存在した場合、設計図の公開は欠陥の手がかりを与える可能性になる。原発事故の隠蔽は日本だけではなく、原発メーカーや原子炉輸出国にも利害関係がある問題になる。そのために自分が狙われたと田代氏は語る。そして「これは自分だけではなく、今後は福島の人々などが被曝の被害を主張することを抑圧する動きが出てくるのではないか」と懸念する。
但し、これは9月1日の公判での田代氏の陳述とは相違点がある。公判では「東京電力の記者会見への連日の出席で心身ともに疲弊し、意識がもうろうとしていた」と説明し、幻覚については言及していない。また、トラックの助手席の定期入れを取ったと起訴事実を認めている。
この点について田代氏は一審の主張が万全ではなかったことを認め、控訴審で主張を再構築すると説明した。Suica窃盗という逮捕容疑では異例の70日に及ぶ長期勾留というイレギュラーさを強調した。
田代氏にとって当面の課題は控訴審であるが、社会問題にも広く関心を寄せている。たとえば東京都世田谷区の二子玉川再開発について、「緑豊かな二子玉川に高層ビルは違和感がある」と語り、開発優先の風潮にも疑問を提示した。ネイビー通信の記事も充実させ、法人化を目指すと語った。(林田力)

制服向上委員会が反原発ソング『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』を発表

女性アイドルグループ・制服向上委員会が2011年8月15日に『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』をリリースする。CDの売り上げは1枚につき300円が福島第一原発事故で苦しむ福島の酪農家に寄付される。
『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』はアイドル・ソング専門配信チャンネルA.I.S.Aで6月8日に初披露され、6月11日の新宿の脱原発アクションでも歌われた。アイドルが社会的メッセージの強い曲を歌うだけでも話題であるが、かわいらしいアイドル・ソングと辛辣な歌詞のギャップが原発に否定的な市民の間で評判になっている。
制服向上委員会は1992年に結成された女性アイドルグループの老舗である。国民的アイドルグループとなったモーニング娘。やAKB48に影響を与えた存在である。モー娘。がデビュー時にテレビ番組『ASAYAN』でMCの岡村隆史から「制服向上委員会か」と突っ込まれた話は有名である。
女性アイドルグループの源流としては、おニャン子クラブが挙げられる。しかし、おニャン子クラブがヤンキー御用達であったのに対し、モー娘。やAKB48はヲタという言葉が生まれるほどヲタク層をコアなファンとする点で性格の断絶がある。アイドル・ファン層の転換には、「清く正しく美しく」をモットーとする名門女子高の優等生的な制服向上委員会のイメージが大きく寄与している。
制服向上委員会は日本国憲法第9条を肯定する『理想と現実』や地上波デジタル移行を批判する『TVにさようなら』など社会性の強い歌を発表してきた。ボランティアなどの社会活動にも熱心である。『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』も、これまでの活動の延長線上にある。
制服向上委員会オフィシャルサイトでは「悪政を真似て選挙をし、無駄なエネルギーを消費する事より」とAKB48への対抗意識を明らかにしており、ネット上では脱AKBで脱原発との表現も生まれている。タブーに挑戦する社会派アイドルの反原発ソングが、どれだけの広がりを持つか注目である。(林田力)

制服向上委員会『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』の辛辣さ

制服向上委員会の『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』は「忘れない」が何度も繰り返されている点が印象的である。「私たちは忘れない 原発事故の事」という独白まである。一般に原発批判ソングに盛り込みたい内容は数多く存在する。放射能の危険性や汚染の長期化、内部被曝、原発利権、原発ジプシーなど批判材料には事欠かない。
ところが、『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』では原発の害悪や放射能汚染被害を歌うだけでなく、それ以上に原発事故や原発推進派の嘘を忘れないことを強調している。これは斉藤和義の反原発ソング『ずっとウソだった』に通じるものがある。『ずっとウソだった』も原発の安全神話が嘘だったことを強調している。
「忘れない」というメッセージは過去を水に流すことを美徳とする非歴史的な性質を有する日本社会に突き刺さる。日本社会では焼け野原から経済大国にするような前に進むことしかできないメンタリティが幅を利かせている。過去の問題を追及することを後ろ向きと非難し、目の前の火を消すことばかりに注力する発想である(林田力「日本社会の非歴史性が問題だ」PJニュース2010年6月26日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20100625_11
福島第一原発事故もメルトダウンやメルトスルーなど次々と明らかになる実態を追うことばかりに目を向けてしまいがちである。そのような目の前の情報に振り回されるのではなく、原発推進派が嘘をついていたことという事実を確認し、それを忘れないことは、日本社会の成熟にとって決定的に重要である。
非歴史的な日本人にとって「忘れない」は耳に痛い言葉である。日本軍による宣戦布告前の真珠湾攻撃に対する米国人の合言葉は「リメンバー・パールハーバー」(真珠湾を忘れるな)であった。日本軍の侵略と虐殺に対するシンガポール政府の姿勢は「許そう、しかし忘れまい」である。韓国・独立記念館の日帝侵略館・展示趣旨にも「過去の不幸な歴史の加害者を許すことはできますが、決して忘れてはらならないことです」と記載されている。
このような「忘れない」声に対する醜い日本人の反応は「過去は忘れて、未来志向で前向きに」となる。その意味で日本人から「忘れない」とのメッセージが出された意義は大きい。『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』は非歴史的な日本人の愚かさを克服するメッセージになる。
『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』は「もう忘れないから 原発推進派」と批判対象を原発推進派と明言している点も重要である。未だ収束しない福島第一原発事故を目の前にすると、「加害者や被害者も一致団結して事故の収束に団結しよう」というナイーブな主張も登場する。それは無条件降伏後の「一億総懺悔」につながり、根本的な責任がウヤムヤにされてしまう。責任主体を明言する『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』のメッセージは重い。
『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』が敵を原発推進派と規定した意味も深い。福島第一原発事故以前は、原発は反対するものであり、キーワードは「反原発」であった。しかし、反原発運動には特定セクトのイメージが強く、広範な市民を結集するキーワードとして「脱原発」が普及している。脱原発には反原発と意識的に区別する意味合いがある。反原発の狭いイメージを払拭し、これまでデモと無縁だった幅広い市民各層を取り込んだ点は脱原発を掲げた運動の大きな功績である。
一方で福島第一原発事故以前から反原発の運動家が原発を批判していたことは厳然たる事実である。反原発運動には市民的広がりが得られなかったという限界はあるものの、先人に対するリスペクトは必要である。この視点を忘れたならば反原発の運動から脱原発は紛い物や便乗者と批判されるだろう。
タイトル上は脱原発となっている『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』であるが、原発推進派を否定することで、推進派の対語である反対派と同じ立場であることを暗示している。脱原発を掲げる人々にも存在する「福島原発事故後は原発推進派も原発反対派も一致団結して脱原発を目指そう」というナイーブな論調とは一線を画した曲になっている。

フジロック降板騒動で株を下げた制服向上委員会の社会派的特徴

原発を正面から批判する『ダッ!ダッ!脱・原発の歌』で注目を集めながらも、フジロックフェスティバル「降板」騒動で株を下げた制服向上委員会。当初から想定できなかったことではないが、『脱・原発の歌』はテーマ性の故に「イベントでも歌唱禁止条件の参加やCDショップでもポスターすら貼って頂けない状況」と苦境を明らかにし、通販でも提供するとオフィシャルサイトで発表した。
「降板」騒動については飛び入り出演の中止と説明した上で、「関係者へのご迷惑とファンの方へ不快感を与えた事について、深くお詫び申し上げます」とのお詫びを掲載した。一方で通販の告知文には「フジロックの件も含め話題となっております」との文言も掲載されており、話題性狙いとの批判も燻る。
同じ反原発ソングでも斉藤和義はフジロックで『ずっとウソだった』を熱唱し、明暗を分けた。制服向上委員会の空回りの背景にはアーティストがストレートな社会派ソングで勝負することが受け入れられにくい日本の土壌がある。
斎藤和義の場合は自らが過去に発表した曲の替え歌であって、『ずっとウソだった』をリリースする意図も、それでアーティストとして勝負する意図もなかった。これに対して制服向上委員会は『脱・原発の歌』を勝負曲にしている。日本社会には社会派にだけ高い倫理性を要求し、私的利益を得る社会派を偽善者とバッシングする傾向がある。その傾向が制服向上委員会へのバッシングを大きくしている。
曲自体も『脱・原発の歌』はストレートである。『ずっとウソだった』も激烈な歌詞で、電力会社も名指しするが、原発の安全神話が嘘だったとの指摘が主眼である。『脱・原発の歌』も「忘れない」を繰り返し、原発推進派の嘘を忘れないことを主眼にしているが、タイトルや歌詞で強調される「脱原発」が社会派的主張そのものを表している。
実は社会派ソングには主張をストレートに出さず、メタファーを駆使しているものが少なくない。沢田研二の『我が窮状』は日本国憲法第九条擁護のメッセージが込められているが、「九条」という表現は使わず、「窮状」でたとえる。しかも、「麗しの国日本」や「英霊」など反戦平和主義者の対極に位置する層が好みそうな言葉を使いながら、反戦平和を歌っている。
また、ASIAN KUNG-FU GENERATIONの『ネオテニー』は表面的には分からない在日米軍批判ソングになっている。「古着屋 USアーミー」(古着屋に置いてあった米軍の軍服)と「空に轟音で鳴くジェット機」という何気ない言葉が在日米軍基地のメタファーである。そして「それは本当に必要?」との歌詞によって米軍基地の存在に疑問を投げかける。
これらの社会派ソングと比べると、『脱・原発の歌』は文学的には捻りがなく、薄っぺらいと評することも可能である。一方でメタファーを駆使した社会批判は、直接的な批判ができなかった時代的制約の中で生まれたものである。表現の自由が保障されている現代でもスポンサーなどの関係から、メタファーを駆使することでしか社会批判ができない状況であるならば、『脱・原発の歌』は制服向上委員会の勇敢さを示すものになる。
(林田力)

反原発と脱原発と原発ゼロの微妙な関係

福島第一原発事故を受けて日本世論調査会が6月に発表した世論調査では8割以上の人々が国内の原子力発電所の廃炉を求めているという結果になった。原発撤廃が民意となるが、詳しく見ると「電力需給に応じて廃炉を進める」との回答が5割を占め、撤廃への道筋は不明確である。原発撤廃を進める市民運動側もキャッチフレーズが反原発、脱原発、原発ゼロと乱立している。
福島第一原発事故以前は原発撤廃の運動は原発反対派の運動であって、キーワードは反原発であった。それに対して脱原発は福島第一原発事故後に強調されたキーワードである。ここには反原発運動への反省とイメージチェンジがある。
原発反対派は反原発を叫んだものの、現実には日本国内に50基以上の原発が建設され、反原発団体が以前から危険性を指摘していた通りの事故が起きてしまった。これは原発反対派の正しさが実証されたことになるが、原発事故を止められなかったことは反原発運動の敗北であった。
福島原発事故後の反原発運動は日本には原発が多数存在するという事実を出発点にした再構築が求められた。そして一部の団体の活動という反原発の狭いイメージを払拭し、広範な市民を結集するキーワードとして脱原発が掲げられた。脱原発デモに万単位の参加者が集うなど脱原発運動は、福島事故以前の反原発運動とは比べ物にならないほどの広がりを見せている。
一方で福島事故以前からの反原発の活動家からは、デモの盛り上がりが目的化されていると疑問の声も出ている。一部の市民運動家が自らの運動を盛り上げるために原発事故ネタに便乗しているのではないかとの批判もある。
反原発と脱原発の微妙な関係に加えて、新たに原発ゼロというキャッチフレーズが登場した。これは日本共産党や共産党系の団体から唱えられている。かつては共産党も東京都知事選挙の小池晃候補のように福島事故直後は脱原発を唱えていたが、最近では専ら原発ゼロを主張する。
共産党は事故前から吉井英勝衆議院議員や福島県議団が原発事故の危険性を指摘していたために一般からは見直されているが、反原発運動関係者の評価は驚くほど低い。伝統的に共産党は原子力の平和利用自体は否定しておらず、原発を稼働させる上で危険な点を指摘するというスタンスであることが理由である。
その共産党が脱原発を掲げたことは画期的であったが、反原発運動の長年の不信感を解消するには至っていない。そして共産党が原発ゼロを唱えるようになり、溝は深まった。「原発ゼロとは一時的にゼロにすることで将来の再建を予定しているのではないか」との疑念が出ている。原発撤廃を進める側にも不協和音が存在することが日本の現状である。(林田力)

福島第一原発事故報道での報道の担い手拡大

福島第一原発事故報道は報道の担い手という点で質的な転換期にある。マスメディアが報道しない反原発団体の記者会見やデモなどが動画サイトで報道され、ネット市民の関心を集めている。ここに至るまでにはフリーのジャーナリストらによる記者クラブ批判の活動が大きい。
記者クラブは日本の報道の閉鎖性を象徴する制度である。その弱体化を象徴化した出来事が、民主党の小沢一郎代表(当時)の2009年3月4日の記者会見であった。公設第一秘書が政治規正法違反容疑で逮捕された問題についての記者会見で、小沢氏は違法性を全面的に否定した。小沢氏は「政治的、法律的にも不公正な検察権力の行使」と検察を非難し、大きな話題になっている。
この記者会見ではフリージャーナリストの上杉隆氏が鋭い質問を浴びせ、それがマスメディアでも報道された。上杉氏の質問「政治団体の献金や金額をチェックする機能はあるのですか」が不意打ちであったためか、小沢氏が「チェックというのはどういう意味ですか」と聞き返す一幕もあった。マスメディアに混じってフリージャーナリストが質問し、その質問内容がニュースとして報道された。
小沢氏は新生党代表幹事の頃から、会見の記者クラブ以外のメディアへの開放を志向していた。その後も政権構想の中で「記者クラブを廃止して、内外に開かれた姿にすべきだ」と主張した(「麻生捨て身の「給付金解散」シナリオ」文藝春秋2009年3月特別号)。民主党でも岡田克也幹事長(当時)が記者会見のオープン化を進めた。小沢氏の会見へのフリーのジャーナリストの参加も、この流れに沿ったものである。
記者クラブは会員である報道機関にとっては独占体制、報道される側にとっては情報操作や癒着という既得権益のある制度である。それに風穴を開けようとする小沢氏や民主党の試みは勇気のあるものである。しかし、それ故に記者クラブという特権を維持したい大手メディアからは黙殺されがちで、民主党の試みが取り上げられることは少なかった。
ところが、上記の記者会見では上杉氏が「フリージャーナリストの上杉隆です」と名乗って質問し、そのやり取りがテレビのニュース番組などでも利用された。これは大手メディアも会見でのフリージャーナリストの質問を無視できなくなったことを意味する。記者クラブ制度に風穴を開ける小沢氏や民主党の地道な取り組みが浸透しつつある証拠である。
「4年間で2100万円という大きな金額の背景を小沢事務所では調べないのか」と厳しく追及する上杉氏は小沢氏にとっては歓迎できない相手である。そのようなジャーナリストも会見に参加させる小沢氏の姿勢は評価できる。小沢氏には様々な評価を下すことができるが、この一事だけでもプラス評価できる。
フリーのジャーナリスト達が開けた風穴は福島第一原発事故報道で大きく広がっている。フリーのジャーナリストもジャーナリストという点では既存のジャーナリズムの一角を占める存在である。これに対して東京電力の記者会見などではネイビー通信や平等党報道部という既存のジャーナリズムとは異なるバックグラウンドを有する存在が参入した。ネイビー通信は報道とは別の分野の事業経営者が2011年3月に始めたばかりのブログである。平等党は天皇制廃止などを掲げた政党を志向していた(林田力「草の根革新派市民の対立軸」PJニュース2010年9月3日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20100902_16
彼らは会見場でマスメディアの記者が行わないような大胆な質問を繰り返している。平等党報道部の田中昭氏は地震直後のプラント・パラメータや対策工事に要する人工(にんく)数の公表を要求した。また、ネイビー通信の田代氏は具体的な組織名を挙げて、福島第一原発の作業を請け負う下請け企業と暴力団の関わりを追及した(林田力「福島第一原発5号機の海水ポンプが故障」PJニュース2011年5月30日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110530_1
小沢会見での上杉氏の質問とは異なり、彼らの質問は会見を取材するマスメディアからは無視されがちである。しかし、ニコニコ動画などでは会見が生中継されることで、ネット上で注目を集めている。

反原発団体の情報発信で不安鎮静

福島第一原発事故を受け、反原発運動に長年取り組んできた市民団体が積極的な情報発信を展開している。特にインターネットでの動画中継は、これまでに市民運動に縁のなかった若年層を中心とした人々からも注目された。安心・安全を強調するばかりの政府発表やマスメディア報道では分からない事態の深刻さを理解できたと評価されている。
一方で不安を煽るなどとの原発推進派からの反発もある。これに対して『東京に原発を!』などの著書のある原子力発電所の危険性を訴えてきた広瀬隆氏は「日本人は正しいパニックを起こすべき」と主張している。
世界中が脱原発に進む中で日本の平静さは異常である。震災時に暴動が起きなかった日本人の自制心は世界から賞賛されたが、不合理なことに怒らず、堪え忍ぶだけでは、政府に盲従するだけの奴隷根性の国民であると世界から軽蔑されることになる。
政府発表やマスメディア報道を無条件に正しいと考える思考停止した人々にとって、そこから外れる反原発団体の情報は不安を煽るデマゴギーになる。しかし、実は反原発団体の情報発信は幸か不幸か社会の不安を沈静化する効果を発揮している。
たとえば福島原発事故対応でベントが行われている。これについて反原発団体は一様に危機的状況であると情報発信した。原子炉格納容器は、これまで原発推進派が喧伝していたように頑丈なものではなく、設計条件を越える圧力が加われば破裂する。ベントをしなければ格納容器が高まる圧力で破裂する危険のある切羽詰まった状況であった。
一方でベントは放射能で汚染された原子炉内の大気を外部に漏出させる重大な行為である。住民をパニックに陥らせる危険がある。実際、インターネット上では「本日ベントが行われるので、外出を控えましょう」という類のメッセージが飛び交った。それ故に政府や東京電力は事前発表をしたがらず、少し蓋を開ける何でもないことのように発表しがちである。
これに対して反原発団体はベントによる放射能汚染が政府発表やマスメディア報道のような楽観的な事態ではないことを強調した。また、住民への事前発表なくベントを行った政府らの姿勢を批判した。
それでも上述のベントをしなければ格納容器が破裂する危機的な状況であったとの説明は、ベント自体には必要性があったと反原発団体の参加者やネット動画の視聴者を納得させる効果をもたらした。原発の安全性に懐疑的な人々に「ベントは望ましくないが、やむを得ない」と政府らの選択を追認させる結果となった。
幸か不幸か反原発団体の集会が人々の不安を抑制させる面がある。市民団体・たんぽぽ舎の学習会でも参加者から福島原発作業員らの被爆者に近付いた人が二次被曝する危険性が質問されたが、講師は質問者を安心させるトーンであった(林田力「たんぽぽ舎学習会・よくわかる原子力開催=東京・千代田」PJニュース2011年5月12日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110512_1
ある意味では反原発団体は、政府にとって好都合な存在になっている。現代日本のような情報化社会では仮に政府が情報統制を目論んでいたとしても、一定数は政府発表を信じない人々が出てくる。もし政府発表しか存在しなければ彼らの不安は高まり、パニックにつながる危険もある。しかし、反原発団体の情報発信が彼らの受け皿になり、不安を鎮めている面がある。根拠のない不安の解消は必ずしも悪いことではないが、反原発団体が政府の至らない情報発信の尻拭いをする結果となっていることに釈然としない思いがある。

福島第一原発3号機で9名の作業員が計画線量超

福島第一原子力発電所3号機原子炉建屋内で2011年6月9日、9名の作業員の被ばく線量が計画線量を超過した。東京都千代田区内幸町の東京電力本店で開催された6月11日11時からの定例記者会見で、松本純一・原子力・立地本部長代理が発表した。この問題は6月10日の会見でも発表していたが、11日に詳細を説明した。
問題の作業は11時47分から12時14分にかけて原子炉建屋の1階南側及び西側で行われた。被曝した作業員の内訳は東京電力5名、協力企業4名である。計画線量5ミリシーベルトのところ、被曝線量は5.88から7.96ミリシーベルトであった。作業場所には毎時100ミリシーベルトの場所もあった。
作業員の線量計は被曝線量が2ミリシーベルトになる度にアラームが鳴る仕組みになっている。被曝線量が4ミリシーベルトになった時点で、退避を始めたが、間にあわずに計画線量を越えて被曝した。但し、今回の被曝が直ちに健康に害を及ぼすものではないとした。
再発防止策としては素早い退避を徹底し、計画線量についても適切な値に見直す。今回は計画線量が低かったと考えている。但し、計画線量をオーバーしないことを優先させると計画線量を高めに設定しがちになる点には留意するとした。
この日の記者会見ではフランス・アレバ社の汚染水浄化装置や株主総会についても質疑応答がなされた。東京電力は高濃度汚染水の処理にフランス・アレバ社の装置を使用すると発表している。これについて、以下の質問がなされた。
第一に装置の設置場所である。安全性を考えれば装置は汚染水の処理に伴って放射能が再拡散しないように地下の遮蔽した環境に設置すべきではないかと質問された。しかし、松本氏は早期の設置及び稼働を重視したと回答した。
第二にアレバ社の企業姿勢である。アレバ社はフランス・コタンタン半島のラ・アーグ核燃料再処理施設で海中と大気中に放射性物質を排出し、再処理後の劣化ウランをシベリアに投棄している。このような企業に任せるならば放射性物質の垂れ流しになるのではないか、東京電力の社会的責任を果たすものかと質した。
このアレバ社の問題はNHKで5月17日に「BS世界のドキュメンタリー 放射性廃棄物はどこへ 終わらない悪夢 後編」で放送されている。しかし、松本氏は上記の話を知らないと答えた上で、アレバ社の装置の性能に満足していると述べた。
第三に残渣の処理である。汚染水の浄化処理後に高濃度の放射性物質を含む汚泥が残る。これを残渣と称するが、松本氏は残渣の処理は今後の検討課題とした。
6月28日に開催される株主総会については中継の要望が出された。これに対して株主総会は会社と株主の問題として、中継するつもりはないとした。従業員株主の「異議なし」発言による不当な議事進行がなされないことの担保として、改めて中継が要望されたが、株主の一人一人が判断する問題と答えた。
但し、報道陣には公開する。また、例年よりも多数の株主の出席が予想されるため、6000人を収容できる会場を用意している。もし会場の定員を超える株主が出席した場合、別室でモニター中継する予定とした。

福島第一原発2号機の二重扉を開放

福島第一原子力発電所2号機の原子炉建屋の二重扉が2011年6月19日20時から翌20日4時まで開放される。東京都千代田区内幸町の東京電力本店で開催された6月19日11時からの定例記者会見で松本純一・原子力・立地本部長代理が発表した。
二重扉の開放によって建屋内の放射性物質が外部環境に放出される。推定される総放出量は推定16億ベクレルである。東京電力は「二重扉の開放が周辺に与える影響は小さい」と主張する。一方で質疑応答では「これまでの大量の放射性物質の拡散が、ベントによるものか、水素爆発によるものか分からない」と答えており、東京電力の予測の信頼性に疑問符が付された。
二重扉はエアロックの回路調整しながら開放し、その後に全開する。扉の開放は作業員が建屋内で作業をするためで、最初に圧力計や水位計の構成作業を行う。
既に1号機では5月8日に二重扉を開放しているが、その際は直前になるまで自治体に通知せず、自治体側から批判も出た。今回は会見の時点で説明済みで、自治体側からの反発はなかったとする。
福島第一原発事故の大きな問題は事故が収束しておらず、放射性物質が放出され続けていることである。事故の長期化という点ではチェルノブイリ事故よりも深刻である(林田力「日本の生き残る道は脱原発」PJニュース2011年5月19日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110519_1
東京電力は「放射性物質の放出を抑制することに向け、全力で取り組んでいる」と主張する。しかし、福島原発事故の対応はベントや汚染水の海洋放出、そして今回の二重扉の開放など外部環境に放射能を放出するようなものばかりである。まるで放射性物質を広範に拡散させて濃度を低減させることが対処法であるかのようである。
たとえ作業のために必要であるとしても、原発事故に苦しむ住民には扉の開放による放射性物質の放出は納得できない面がある。そのために自治体任せではなく、事故で苦しんでいる住民にも直接説明する努力をしているかと質問されたが、松本氏は「事故以来、おりおり避難所を回って終息させる工程について説明している」と回答したにとどめた。二重扉開放に対する住民への事前説明については直接の回答を避けた。
会見では原発作業員の環境についても質問された。食事は朝食がパン中心で、昼食と夕食は弁当である。休憩所はプレス向け資料では東京電力の休憩所と協力企業の休憩所に分かれているが、設置主体を記しているだけで、作業員の利用に制限がある訳ではない。協力企業の休憩所では足洗い場が屋外にあるが、これはブーツの泥を洗うものである。屋外で足を洗うものではないとした。

福島第一原発事故の絶望からの悲劇の懸念

政府は2011年8月20日、東京電力福島第一原子力発電所事故で高濃度の放射性物質に汚染された周辺地域がについて、長期間に渡って居住が困難になると判断した。事故当初から一部の専門家が指摘しており、チェルノブイリ事故からも容易に予測できることである。原発事故に対する政府の過小評価体質を象徴する。
原発事故の見通しは立たず、放射能汚染が累積・拡散しているにもかかわらず、日本社会の平静さは異常である。放射能対策のためにマスクをして通学し、部活を休む子どもがイジメの対象になるという情けない日本の姿がある。
福島県民らは「直ちに人体に影響はない」の名目で高濃度の放射能汚染下での生活を余儀なくされている。これに対して放射能汚染の人体実験にされていると批判の声も上がっている。この状況は明治時代の「白河以北一山百文」と言われた東北蔑視を連想する。
内戦が起きても不思議ではないが、日本社会の現状では内戦すら起きそうにない。内戦が起こらないことは一般的には喜ばしいことであるが、むしろ内戦を起こす意思も力もない奴隷根性の国民であると否定的にとらえることも可能である(林田力「反原発団体の情報発信で不安鎮静」PJニュース2011年6月8日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20110608_1
内戦が起こらない理由は日本社会の民度の低さである。政治意識の低い日本の民衆は、不正や不合理と正面から戦おうとするよりも、おこぼれにあずかろうとして権力者にすり寄る道を選択しやすい(林田力「ネット右翼は東京都青少年健全育成条例で目を覚ませ」PJニュース2010年12月20日)。
http://www.pjnews.net/news/794/20101219_6
これは個人のメンタリティであるが、日本では大なり小なり組織の幹部となると、この傾向が強まる。日本では組織化すると、どれほど小さな組織でも保守化してしまう。表向きは「反体制」を標榜する組織ですら、体制内批判派に取り込まれがちである。
まさに原発利権村は、この構造で肥大してきた。本来は原発という有害施設建設の被害者である地域社会も、おこぼれにあずかりたいという卑しい根性で分断され、原発を受け入れてきた。事故後の現在でも雇用を生み出す原発への正面からの批判が遠慮される雰囲気がある。この世な状況では内戦にはなりそうもない。
それでも、原発事故によって生活や人生を破壊され、虐げられている人々が存在することは事実である。癌で余命数年と宣告される人々も増えるだろう。そこでは絶望した個人が単発的な破壊的活動に行き着く可能性がある。たとえば秋葉原無差別殺傷事件に背景には派遣切りがあり、格差社会への絶望が動機となっていると指摘されている。
しかし、秋葉原の通行人は格差社会を生み出した張本人ではない。秋葉原無差別殺傷事件の動機が格差社会への抗議であるとしても、攻撃の矛先を間違っている。福島原発事故でも真の敵を取り違えた悲劇的な突発的破壊活動が起きるのではないかと懸念する。

『東京湾の原子力空母』の感想

本書は原子力空母ジョージ・ワシントンが横須賀米軍基地へ配備されることの危険性を明らかにした書籍である。本書は大きく4章に分かれ、原子力空母の母港化の問題を多面的に検証する。

第1章では原子力空母を横須賀に配備することの合理性が低いことを明らかにする。現在の米軍艦隊は日本に米軍基地が存在しなくても、有事に日本周辺に継続的に展開するだけの機動力を有している。それにもかかわらず、依然として在日米軍基地が存在するのは、アフガニスタンやイラクに部隊を展開するためと本書は喝破する。

加えて原子力空母は通常型の空母と比べて能力的に優れているわけではなく、ライフサイクル・コストは原子力空母の方が高いという実態も明らかにする。また、米国は日本で考えられている以上に市民の動向に敏感であり、日米同盟を前提としても原子力空母を受け入れる必然性は存在しないと主張する。

第2章では原子力空母の危険性を明らかにする。原子力空母は原子力発電所と同じく原子炉を搭載する。そのため、原発が東京湾に浮かぶようなイメージとなるが、空母には通常の原発以上に危険である。原子力空母ではウラン燃料の濃縮度が原発の燃料よりも高い。長期間交換しないでも活動できるように核兵器並みの濃度になっている。また、原発建設で行われるような安全審査は行われていない。そして実際に原子力艦船で事故は起きている。

第2章の後半では横須賀港に停泊中の原子力空母に事故が起きた場合の被害をシミュレートする。その結果は首都圏一帯に被害が広がるという恐ろしいものであった。南南西の風が吹いている場合、東京都心の多くの部分や埼玉県南端の住民が急性障害(脱毛、嘔吐、白血球異常など)になる。職業人の年間被ばく線量限度の50ミリシーベルトを被ばくする範囲は埼玉県東部、茨城県西部、栃木県の南部が含まれる。本書は「横須賀にこのような原子炉を「設置」しようとすることは、住民との十分な離隔が確保できず、技術的にみても不可能と判断されるべきものです」と結論付ける(62ページ)。

第3章では横須賀に大地震が発生する可能性が高く、地震被害を受けやすい地形であることを説明する。原子力空母の事故を考える上で忘れてはならない点は、自然災害の二次災害としての原子力事故である。本書では国内原発の設置基準にも当てはまらないような横須賀に原子力空母を配備することは無理があると主張する(90ページ)。2007年の新潟県中越沖地震では柏崎刈羽原発が大量の放射能漏れを起こしており、本書の着眼点は重要である。

第4章では原子力空母の母港化に反対する市民の動きを紹介する。特定非営利法人まちづくり情報センターかながわによる調査では横須賀市民の65%が原子力空母の配備に不安を持ち、63%が反対と回答した。興味深い点は原子力空母の配備に賛成した市民も、その52%が配備の是非を住民投票に問うべきと回答している点である。

賛成でも反対でも地域の問題を住民主体で判断するプロセスを重視する市民が増えていると本書は分析する(118ページ)。これまで市民は「国の方針」や「基地の町の宿命」ということで、生活や安全に関わる問題でも判断を停止してきた。しかし、現在では自己決定を求める新しい風が吹き始めているとする。

本書で取り上げられている原子力空母の母港化に反対する市民運動は「Think globally, Act locally」を地で行くものである。情報収集においては米国の資料を広く集め分析する。一方で運動の要請先は基本的に国ではなく、自治体である横須賀市である。世界的視野で考え、地域に根付いた運動を進める。それが新しい風に結びついたと考える。

本書出版後の2008年9月にジョージ・ワシントンは横須賀に配備された。しかし、それは運動の終わりを意味しない。実際、原子力潜水艦ヒューストンの放射能漏れ、沖縄県うるま市への原潜プロビデンスの無通報寄港と、原子力艦船の問題が相次いでいる。この点で原子力艦船の危険性を分かりやすく説明した本書は非常にタイムリーであり、その意義は大きい。吹き始めた新しい風が本書によって一層大きなうねりとなることを期待したい。

自由報道協会事務所開きに寄せて

本日は事務所開設おめでとうございます。祝辞に代えて情報をひとつ提供します。
東京電力の記者会見に来ていたネイビー通信の田代裕治が、今、築地署に逮捕・拘留されています。容疑はSUICA一枚を盗んだ車上荒らしだと言います。
犯罪の有無をはじめ、犯行の成否すらわからない現状において、既存メディアの報道は、いつものように当局発表を是とする姿勢を前提とし、田代の会見における発言を「会見の進行を妨げる不可解な質問に終始するもの」と切り捨て、返す刀で平等党報道部や市民記者を名乗る輩がバッコしていると批判しています。その延長線上にはインターネットなどのニューメディアが視野にあり、それらすべてをこの際、叩いておきたいという意思が見え見えです。
こうした既存メディアのニューメディア叩きは、利害の得失を基本とする現代の日本社会にあって当然の行為であると言えますが、そのような仲間割れがメディア全体の力を削ぎ、ひいては報道者個々の不利益につながることに気付かない浅はかな行為であることに私達は思いを致すべきであると思います。
田代裕治が起訴になるかどうかは明日、決まるという情報もあります。また本人は犯行を否定しているようです。接見は可能です。築地署の電話番号は0335430110です。みなさんも報道の立場から自らの目と耳で真偽のほどを確かめてみてはいかがでしょうか。(平等党報道部 田中昭2011年7月6日)

原子炉設置認可処分の取消訴訟

1.原子炉設置認可処分の取消訴訟について,当該原子炉施設から約20キロメートルの範囲内に居住している者については原告適格を認めることができるが,その後100キロメートル余もの遠隔地に転居するに至った者については原告適格を認めることはできない。

2.原子炉設置許可処分の取消訴訟の係属中に当該原子炉について設置変更許可処分が行われた場合について,原子炉の安全性の問題に関しては,後の変更許可処分に存する実体的な違法事由の有無をも当該訴訟において審理,判断することができる。

3.原子炉設置許可処分における原子炉施設の安全性に関する審査に不合理な点があるものとすることはできない。

第1に,原告適格を認められる者とこれを否定される者とを区分する原子炉からの距離関係等の基準につき,原子炉施設から約3キロメートルないし約20キロメートルの範囲内に居住するものに原告適格を認めることで明確な判断を示していることである。原子炉設置許可処分の取消訴訟も主観訴訟の性格を持つものである以上,原子炉施設からある範囲以上の遠隔地に居住する住民が原子炉事故等によって被る被害については,不特定多数の被る一般的被害にとどまるものとして,その者の原告適格は否定することにならざるを得ないが,この区分基準については従来の判例は明らかにしてこなかったところである。

第2に,伊方原発訴訟最高裁判決以降の各下級審判決は,規制法24条1号の「原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれがないこと」及び2号の「その許可をすることによって原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼさないこと」の各要件については,これが専ら公益を実現することを目的とした規定であることを理由に,取消訴訟においては自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しをもとめることができないものとしている行訴法10条1項の定めとの関係で,原告らは原子炉設置許可処分がこれらの規定に違反するということをその取消しの理由としては主張できないものとしてきたが,本判決は,行訴法10条1項の規定の趣旨は,およそ原告らの法律上の利益の保護という観点とは無関係に,専ら他の者の利益等を保護するという観点から定められたにすぎない処分要件については,その要件に違背しているとの理由では処分の取消しを求めることができないこととしたにとどまるものであるとし,一般的公益の保護という観点から設けられた処分要件であっても,それが原告らの権利,利益の保護という観点とも関連する側面があるようなものについては,その処分要件の違背を当該処分の取消理由として主張することは妨げられるものではないとし,右の1号あるいは2号の要件違反の事実も本件処分の取消事由となり得るものとした。

第3に,当初の原子炉設置許可処分の後に変更許可処分がなされ,これに基づく施設,設備の変更が現に行われるに至っているため当初の設置許可処分の適否が争われている本件訴訟の審理においてこの点どう扱うべきかが問題とされたが,本判決は,原子炉施設においてはその施設,設備の各部分が相互に補完しあって機能していることからして,その施設,設備がいったん変更された以上,その変更後の施設,設備を除いてその安全性の有無を判断することはできないものといわざるを得ないことなどを根拠に,本件訴訟においては,専ら右の変更許可処分に係る変更前の施設,設備に関する事項の安全性の有無はその審理,判断の対象から除外されることとなるが,この変更許可処分に関わる実体的な違法事由については,これも現時点における本件原子炉施設の安全性に関わる事項として,本件訴訟の審理,判断の対象に含まれることとなるものと判示し,両処分を実体的に一体的なものとして取り扱った。

第4に,本件訴訟において原告らが違法事由として主張したものに,原子炉施設の持つ巨大な危険性等からして,原子炉設置許可処分に際しては,災害及び障害の完全な防止という考え方に立った厳格な審査が行われる必要があること,あるいは,我が国におけるエネルギー政策の在り方という観点からしてもはや原子力発電の必要性は失われており,世界各国の趨勢に従って脱原子力発電の方向に向かうべきであることがあったがこれらに対し,本判決は特徴的な見解を示した。すなわち,前者の点については,科学技術を利用した各種の実用機械等の場合と同様に,原子炉施設についても,何らかの危険を伴うことは避け難い事態ともいうべきところであり,ただ,これを利用することによって得られる社会的な効用,利便等との対比において,その危険の内容,程度等が社会通念上容認できる水準以下にとどまるものと考えられる場合には,その安全性が肯定されるものとしてこれを日常の利用に供することが適法とされるものと解すべきであるとした。また,後者の点については,本件処分が原子炉の設置を一定の要件の下に許容することを前提とした法規である規制法に基づいて行われる処分であることからして,本件処分の適否も専らこの規制法の定めとの関係において判断すべきものとした。

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